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想いを馳せる

「な、ふざけんなよ!」


 カリーさんの冷徹な言葉を聞いた瞬間、けたたましく声を挙げる駆。

 先は越されたが、俺も駆と同じ気持ちだ。


「それに伴いキミたちを襲ったゴブリンを、今後はネェルオーガと呼称することにしました」


 怒りの声を聞き流し、カリーさんは淡々と説明を続ける。


「武くんの遺体が見つかったのですか?」


 いつも柔和な顔をしている律子さんが、鋭い視線をカリーさんにぶつける。


「いえ、エインガードのキミたちは死亡しても死体が残らないの。だから遺体を見つけることは不可能」

「だったら――」


 俺がカリーさんに異議反論を唱えようとした時。


「遺品を見つけたのよ」


 カリーさんは荷袋から鍔の付いたどんぐり型のヘルムを取り出した。間違いない。武の装備だ。俺はヘルムの持ち主であった愛嬌のある丸い顔を思いだす。


「う、うう」


 ここまで我慢していたが、遂に堪えきれなくなったのか、有紗ちゃんが大声で泣き始める。

 有紗ちゃんを抱きしめる律子さんは険しい表情でヘルムを見つめる。

 凛さんは見ていられないといった様子で顔をヘルムから背ける。


「武の馬鹿野郎が! 一緒に帰るって約束したじゃねえかよ!」

 

 駆は怒りと悲しみを、大声と目からの滴で辺りにまき散らしていた。


「武には夢があったのに。あいつ、イラストレーターになりたいって言っていたのに!」


 武との会話や思い出が脳内に蘇えっていく。

 彼は人見知りだが、優しさが雰囲気からも滲み出ている奴だった。クマみたいな大きな身体で、広い背中をよく丸めていた。ご飯を食べるのが好きで、見た目通り食いしん坊な奴だった。とにかく俺は、武のことが好きで。他の仲間もきっと同じ想いだったろう。

 愛されるべき男である武はもう帰ってこない、のか?


「酷なようだけど、キミたちは今後どうするのかを決めなくてはならない。このままエインガードとしての活動を続けるのか。または元の世界に帰還するのを諦め、エインガードとしての活動を止めるか。みんなで話し合って決めてちょうだい」

 

 カリーさんの無慈悲な言葉が俺たちを突き刺す。

 どうしたらいいのだろうか? 

 武、教えてくれよ。

 唇をひき結び、カリーさんが去っていく。

 取り残された俺たちに言葉は無かった。

 寂寞が支配する空間に負の感情がたちこめる。


「ごめん、あの時俺が残っていれば」


 沈黙を破ったのは、俺の頭の中を支配していた慙愧の声。


「てめえ、ふざけんなよ!」


 駆の拳が頬に直撃。良い音がなったが、痛みは感じない。むしろ、犯した罪を責めてくれたので、少しだけ救われた。


「やめて!」

 

 凛さんが悲鳴を挙げる。有紗ちゃんはたまらなくなったのか、律子さんにしがみつく。


「いったん解散しましょう。それぞれどうしたいのか、頭を冷やして考えた方がよさそうだし。でも、私は元の世界に帰ることを諦めるつもりはない。それだけは言っておくわね」


 そう告げると、律子さんは有紗ちゃんを連れて去って行った。


「ちっ!」

 

 続いて、駆が扉を蹴飛ばして外へ。


「頬、大丈夫ですか?」

 

 残されたのは俺と凛さん。彼女は駆に殴られて赤くなった俺の頬を心配してくれた。


「平気です。凛さんはこれからどうするつもりですか?」

「……私も律子さんと同じです。自分たちの世界に帰りたいです」

 

 凛さんはたっぷり間を空けてからそう言った。

 真摯な眼差しに強い意思を感じる。


「そうですか」 


 俺は凛さんの顔を見ることもせずに、亡者のような足取りで建物の外へと出る。

 行く当てもなく、ふらふらと歩き続ける。

 無意識に足を動かしていると、時計塔のある丘の上へと向かっていた。見晴しの良い丘に座ると、この場所で武にシャウトを教えてもらったことを思いだす。

 俺たちは武に頼りすぎだったのか? 

 あの大きな背中に甘えていたのではないだろうか? 

 せめて俺が武と肩を並べて戦えるくらいの強さがあれば……もしかしたらあの時も。

 様々な想いが浮かんではくるものの、行きつくところは後悔の念ばかり。

 時間だけが流れていく。

 嫌味なくらい雲一つない澄んだ空を見上げる。

 俺はどうしたらよいのだろうか? もちろん地球世界には帰りたい。でも、仲間が死ぬのはもう見たくない。そもそも武が居なくて俺たちはやっていけるのか?

 出口のない思考の海に耽っていると、燃えるように真っ赤な太陽が地平線に沈みはじめる。


「おい、立てよ」


 俺の思索を断じた闖入者の正体は夕日に照らされた駆。

 言われるがままに立ち上がると、俺は真っ直ぐ駆の瞳を見つめる。


「ごめん、俺のせいで」

 

 思いついた謝罪の言葉を並べる。ごめんと口にしたところで意味などないのかもしれない。

 だが、他にどうしたら良いのか俺には分からなかった。


「おまえ、ふざけんなよ」

 

 駆は俺の胸ぐらを掴み、声を震えさせて唸る。

 キミの気が済むまで殴られてもいいよ。

 その覚悟で駆を見据える。


「てめえばっかり謝ってんじゃねえ!」

「え?」


 殴られると思っていた所に予想外の言葉。


「俺が矢を受けなければ、みんな逃げ切れたかもしれないだろ! 武は足を怪我した俺が居たからこそあの時逃げなかったんだよ!」

 

 ――そうか。悔いているのは俺だけじゃなかったのだ。

 駆も俺と同じように、自分のせいで武が死んでしまったと思い、苦しんでいたのだ。


「俺だってあの時、武と一緒に戦いたかった。でも咄嗟にそう判断出来なかった。あいつの足手まといになるかもしれないって言い訳作って逃げたんだよ!」


 駆の独白は俺が自分に対して思っていたこととほぼ同じだった。


「俊のことはむかついてる。だがそれ以上に自分の方が許せねえ! だからお前はもう俺に謝るなよ。なあ、頼むよ」

 声のトーンが尻すぼみになっていくと、駆が掴んでいた手を放し大地にへたり込んだ。

 俺は黙って彼の隣に座る。

 お互いに言葉はなかった。ただ地面に飲まれていく太陽を黙って見続ける。時折吹き抜ける風が妙に冷たい。 

 黄昏が終わり、夜の帳が降りる。


「駆、俺たちどうしたらいいと思う?」

 

 同じ自責の念を抱く者同士だからこそ、駆の言葉を聞いてみたい。


「分からねえ」


 駆も悩んでいた。俺たちは今、出口のない迷路に迷い込んでいる。

 武は俺たちに何を望むだろう? 彼は優しいから、頑張って五人で地球世界に帰還してねとか言い出しそうだ。

 へたすると、僕のことは気にしなくていい。とにかく先に進んでとか言い出しかねない。故人の思いなど知れるはずもないが、彼に想いを巡らせることは出来た。

 ――――ああ、そうか。

 俺は武を想うことで大切なことに気が付く。


「駆、俺は前に進むよ。みんなと元の世界を、目指す」


 武は自分のことを、みんなを守る盾だと言っていた。その盾がなくなったのなら、あいつは絶対願うはず。


「武の代わりに仲間を守らないといけないからさ」


 自分の代わりに皆を守ってくれと。武なら絶対そう思うはずだ。 


「俊、俺は馬鹿だ。一番大切なことを忘れていた。あいつは仲間想いのお人よしだった。そんなあいつが望むことなんて決まっている。自分の代わりに仲間のことを守ってくれと願うに決まってる! 後悔したっていい。ぐちぐち悩んだっていい。でも、武の想いを裏切るようなことは絶対したくない!」


 俺の言葉を聞いた駆は、勢いよく顔を上げると、こちらに視線を向けてそう言放った。 

 夜の幕が覆う空の元で、俺と武は進む道を決めた。 

 まだまだ夜明けには遠い。が、月の光も存外に明るい。


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