弱者の願い
◇
くそ、なんでこんなことに!
理不尽な出来事に怒りながら俺は走る。ひたすら走る。
武と一緒にゴブリンを迎え討とうとしたが、彼は先に行けと言った。
もしかしたら、俺は足手まといで邪魔だと思われたのかもしれない。
腿が重い。頭が痺れる。森を脱出し、息も絶え絶えになって畦道を走り続けていると、四人の姿を発見。
「み、みんな!」
乱れる息を吐き出しながら、なんとか声を掛ける。
俺の声を聞いて四人が足を止める。
足がもつれそうになりながらも皆に近づいていく。
「武は?」
矢が刺さったままの駆が、苦痛に顔を歪めながら聞いてきた。
「……森の中」
放心状態の俺は、自分が何を言っているのか理解していなかった。
「ふざけんな、戻るぞ! 早く足を治せよ!」
激昂した駆が矢の刺さった足の治療を要求。
「息も切れているし、プラーナが足りない。まだ治癒は出来ない」
律子さんは首を横に振る。
「俺、戻らなきゃ」
反射的に俺が行かねばと判断。
千々に乱れる心が冷静さを奪い取っていく。
「駄目!」
俺が来た道を戻ろうとすると、凛さんに腕を掴まれた。
「離してください」
なぜこの人は邪魔をするのだろうか?
「君は絶対に行っては駄目!」
首をぶんぶんと横に振る凛さん。
ならどうしろっていうのだ?
「しっかりしなさい! 今は街に戻って助けを呼んでくるべきでしょう!」
律子さんの声が響く。
「あっ」
その一言で俺は我に返った。
「今のこの中だったら俊君が一番足速いわよね。行って!」
俺は無言で頷くと、カーデンブルグへ向かって走り出した。
暗がりを駆け抜ける。
一刻も早く街へ。倒れ込みそうになるのを必死に堪え、カーデンブルグへとひた走る。
早く行かなきゃ武が危ない!
目の前がちかちかし始め、意識が飛ぶすんでのところで、なんとか協会に到着することが出来た。
倒れ込むように扉を開けると、何事かと俺の元へカリーさんが駆け寄ってくる。
「助けて下さい」
俺は様々な感情が渦巻き、涙が出そうになるのを堪える。
そして震える指先で、壁に貼ってある大ゴブリンの描かれた張り紙を差す。
「あいつが、灰の森に出ました」
「わかったわ! すぐに行きます」
瞬間で事態を把握したカリーさんが、黒いスキンヘッドのベルドル支部長と一緒に慌ただしく駆け出して行く。
俺もすぐさま二人を追いかけようとしたが、足がいうことを聞かず俯せに倒れこむ。
「武を、助けて」
薄ぼやけた意識の狭間で祈るように呟くと、闇の淵へと沈んでいった。
ベッドの上で目を醒ました俺は、独りで灰の森へと向かう。
到着した頃には既に大々的に武の捜索が行われているようだった。
駆に律子さん。それに凛さんや有紗でさえちゃんも、遮二無二になって森の中を捜しまわっている。
俺もすぐに捜索に加わる。途中で声を掛けてきたカリーさんに休んだ方が良いと言われたが、じっとなどしていられなかった。
黒から暗黒へと空の色が変わり始めた頃、森の中を粗方探し終えた。
が、武の姿を見つけることはついに出来なかった。
森の捜索が徒労に終わったことにより、失意の淵に立たされへたり込む。
「私たちはこれからゴブリンの住処があるトラバト岩盤地帯に行くけど、キミたちは帰って休んでちょうだい」
カリーさんが俺の肩に手を乗せて言った。
「いや、俺も行きますよ!」
この人は何を言っているのだ。
思わず語気が荒ぶる。カリーさんを見る目もいつになく険しくなってしまった。
「駄目よ」
カリーさんは苦い顔をで首を左右に振る。
なんでだよ! と怒鳴りたくなったが、この人を責めてもしょうがない。
彼女は何も悪くない。一番悪いのは、武を置いて逃げてしまった俺だ。
武は逃げなかった。ならば俺も彼が退こうとするまで一緒に戦うべきだったのではないか?
「おい俊。ゴブリンの巣に武を捜しにいくぞ」
駆がうなだれて座る俺の襟を掴み、力強く引っ張って強引に立ち上がらせる。
「駄目よ。私たちに任せなさい」
カリーさんはいつになく厳しい口調で駆を窘める。
「ふざけんなよ! 仲間見捨てて休んでなんかいられるかよ!」
駆は納得するどころか、烈火の如く感情を爆発させた。
「わきまえなさい! 弱いお荷物が居ると邪魔だと言っているのよ!」
カリーさんの口から出た言葉は、ゴブリンに打ちのめされたばかりの俺たちにとって反論の余地がない、厳しいものだった。
「っつ」
認めなければならない。俺たちは弱い。それに迂闊だった。灰の森のゴレムル相手なら負けることはないと安心しきっていた。
灰の森にはゴレムルしかいないと信じ切っていた。もっと時間を気にするべきだった。余力を残しておくべきだった。
そして何よりも、万が一の時の覚悟がなかった。おそらく武にはそれがあったのだ。だからあの状況で落ち着いていられたのだろう。
俺は間違っていた。今までやっていたことは一方的な狩りだと思っていた。
しかし実際には、狩られるのは俺たちの方かもしれなかったのだ。
「カリーさん。どうか武を助けて下さい。よろしくお願いします」
よわっちい俺に出来ることは、真摯に頼むことだけ。
「ええ、善処するわ」
俺たちは一縷の望みをカリーさんに託す。
カリーさんを見送ると、協会員の人がカーデンブルグまで俺たちを送り届けてくれた。
失意のまま宿に戻った俺は何もする気が起きず、ただベッドの端に腰かける。
駆はベッドの上で膝を抱え、壁をじっと睨みつけていた。
ただじっと報告を待つという、気の遠くなるような時間が流れて行く。
お互いに、言葉は無かった。
日が昇り、黒い空が明るみ始めた頃、カリーさんが帰ってきた。
俺たち五人は協会へとおもむき、彼女からの報告を聞くことになった。
「捜索の結果、武くんは死亡したものと認定されました」




