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僕たちは還りたい!

「なんだよこれ……」


 唖然とした俊が呟く。

 僕は動揺する彼を余所に、教えてもらった視力強化を発動させ周りを見渡す。

 一刻も早く状況を確認しなければ。

 遠くの方で白い草の塊がかさかさと揺れている。


「ギギギイ」


 白い葉の繁みを掻きだし中から躍り出たのは、勝手知ったるゴレムルではなくこの場にいるはずのないゴブリンだった。


「敵だ!」


 突発的な事態に戦慄が走る。

 

 ――――何故この場所にゴブリンがいる⁉  


 皆がそう思って混乱しているのが表情から分かった。

 一匹二匹三匹と現れるゴブリン。

 僕は剣と盾を構え、突如やって来たモンスターと対峙。

 ゴブリンたちは、誰かから奪い取ったのか、継ぎ接ぎだらけの服にぼろぼろの革当てを身に着けていた。

 緑色の肌に黄色い目。横に長い唇からは乱杭歯が覗く。身長は百四十センチメートルくらいで小さめだが、そのぶんすばしっこそうだ。


「グウウウゥ!」

 

 僕が敵を見定めていると、唸り声を挙げ三匹の後ろから悠然と歩いてくる何者かがいた。 

 遅れてやってきたのは、子鬼と表するのが冗談に思えるほど大きな体躯のゴブリン。

 目、鼻、口、背丈の全てが大きい。

 その威容は、子供のゴブリンを付き従える、大人の親分といった風格がある。


 ――――こいつはもしや⁉


 以前、協会で見た張り紙が脳裏によみがえる。イレギュラーなゴブリン。

 通常よりとんでもなく大きな個体。何人かのエインガードを屠ったといわれる規格外の存在。

 間違いない。こいつのことだ!


「逃げろおお!」


 僕は特異な存在感を醸す大きなゴブリンを目にした瞬間、叫んだ。


「みんな早く駆を連れて逃げて!」


 反応がない仲間に向かって再び叫ぶ。パニックになっていて動けないのかもしれない。

 無理もない。気持ちは分かる。

 でも、僕は知っていた。だから動揺していてもすぐに動けた。自分だけはすぐ逃げるべきだと判断できたのだ。そう、


 ――――災難はいつも突然やって来る。

「っいくわよ!」


 一拍の間が空き、律子さんが僕の声に反応。有無を言わさず駆の手を引っ張って走り出した。凛さんと有紗ちゃんも彼女の後に続いていく。


「ギッ!」


 彼女たちを追いかけようとする三匹のゴブリンたち。

 僕は剣を振り上げて牽制。

 ゴブリンから放たれた矢が胴を掠めてしまったが、鎧のおかげで傷は無い。

 この群れのボスであるだろう大ゴブリンは腕組みをしてどっしりと構え、未だ動きを見せない。

 

 このイレギュラーなゴブリンたちは、異質であるがゆえに、住処を離れこの森へとやって来たのだろう。今のような遅めの時間なのも意味があるのかもしれない。遅い時間を選んで、人が僕たち以外に居ないことを確認し、不意を狙った可能性がある。

 こいつ等は今までも注意深く慎重に状況を選び、自分達に有利な戦闘状態を作り出して灰の森にいるエインガードたちを屠ってきたのかも……そう考えると、協会が注意を促すほどに被害を出し続ける、こいつ等がしぶとく生き残っていることもしっくりくる。

 自分の推測のおぞましさに背筋が凍る。


「武、俺たちも逃げよう!」


 張りつめた空気に悲痛な声が響く。

 前衛の責任を感じてなのか、いまだにこの場に俊が留まっていた。

 ――――逃げる、か。

「俊、先に逃げて」


 僕はそう囁いてから、シャウトの準備に入る。

 覚悟は決まった。


「え、でも」

「いいから早く」

 

 躊躇する俊に再び退却を促す。

 それから大きく息を吸い込むと同時にプラーナを口元へ集める。

 

 ――僕はみんなを守る盾となる!

 『早く逃げろよおおおお!』

 渾身の力を振り絞ってシャウトを発動。

 ゴブリンたちの動きを止めようという意思が咆哮となって森に響く。

 僕のありったけをこめたシャウトはボスを含めたゴブリン全員に届いたようで、敵全員がショックを受けて身体をびくつかせた。

 

 ――――よかった効いてくれて。

 

 懸念だった俊は、僕の声に気圧されたのか、言うとおりにこの場から退いてくれた。

 ごめんね怒鳴ったりして。


「よかった」


 ほっと胸を撫で下ろすと、同時にゴブリンたちの戒めが解ける。

 身体の自由を取り戻した三匹の手下が、じりじりと間合いを詰めてくる。

 駆は矢を受けて怪我をしていた。そして、律子さんはプラーナが尽きたと言っていた。

とすれば、ここで僕がゴブリンたちを食い止めなければ、追い付かれて全滅する可能性が高い。

 だからゴブリンたちにみんなを追わせるわけにはいかない。やるしかない。

 

 逃げるわけにはいかない。みんなに危険が及ぶから。

 さがることも出来ない。僕に注意を引き付けたいから。盾として、みんなを守るのは僕でありたい。

 そしてなにより――――負けるわけにはいかない!

 僕には叶えたい夢がある。守りたい約束もある。ジョーが待っているんだ。 

 僕は元の世界に戻って、あいつを追いかけないといけないんだ!

 だから、たとえ相手に自分よりも大きなモンスターがいたとしても、多勢に無勢でも関係ない。

 ここを乗り越え、みんなと一緒に還るんだ!

 恐怖は捨てろ。勝つことしかイメージするな。

 僕はやれる――俺はやれる。

 災難は突然やってきたが、跳ね返すだけの力を今の僕は持っている。

 ただ状況に流されるままだった昔とは違う。

 己の意思で、やりたい道を進むことが出来る。今も――これからも。

 

 心が昂ぶる。魂が震える。プラーナが、身体の奥底から溢れ出てくる。

 かつてないほどの全能感が身体を駆け巡る。とめどなく力が漲ってくる。


「グググウッ」

 

 それまで僕の様子を黙って見ていたボスゴブリンは手下を下げさせると、代わりに自分が前へと出た。

 こいつ、自ら闘うつもりか。


「上等だ」

 

 恐怖はみんなを守りたいという意思で塗りつぶす。 

 自分よりも背の大きなゴブリンを見据える。

 こいつを倒して早くみんなの所に戻ろう。きっと心配しているだろうから。


「僕は、還るんだよおおおっ!」


 願いを叫び、敵へと立ち向かっていった。

 

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