盾を担う少年の秘密4
父が交通事故に遭ったとの知らせを受け、母はおおいに取り乱した。
幸い命に別状はなかったが、足に後遺症が残り父は転職を余儀なくされた。相手が保険に入っていなかったらしく、慰謝料のことでものすごく揉めたようだ。
事後分かったのは、父の収入がこれまでよりもずっと下がり、今まで通りの生活は難しくなるということだった。
そんなことがあって、沈痛な面持ちの父と母を見て僕は決心する。
「バイトして家にお金を入れるよ」
外に出て働くことにしたのだ。もちろん夢を諦めたわけでもない。
働きながらイラストレーターを目指すのだ。
こうして僕は三年ぶりに外へと出ることになった。
流れてくる部品を梱包する仕事に就いた。
外の世界は相変わらず恐ろしかったけど、少しずつだがなんとかコミュニケーションをとって仕事をこなすことが出来た。ゲームの中でジョーを通じて色々な人と話したのが良かったのかもしれない。
僕もジョーも以前よりも、ゲームにインする時間はすっかり減ってしまった。
けれどちょっとした時間にお互いの近況を報告しあったり、他愛もない話をするのは楽しかった。ジョーが話す業界の話は僕にとっても興味深いものだった。
「タケ。俺、デビューが決まったよ」
数か月後、ついにジョーのデビューが決まった。
「おめでとう。ほんとに、よかったね」
待ち望んでいた時がやって来た。ゲームで出会ったジョーが、現実世界で夢を叶えたのだ。
「タケ。先に行って待っているから、早く来いよ!」
それは、涙が出るほど嬉しい言葉であり、この上ない激励の言葉だった。
ありがとう、心の中で親友に感謝を贈る。
「うん。すぐに行くから首洗ってまっていてね」
「はは、綺麗に洗って待っているよ」
親友と約束を交わすと、僕の胸の中にある情熱の火が滾った。
僕用に打ち直された防具を抱え宿へと戻る途中、ジョーのことが頭によぎった。
早く元の世界に戻って彼との約束を果たしたい。
その為にも、今の仲間たちと一緒に、頑張らなければならない。
道のりは長いかもしれないが、諦めることだけはもうしたくない。もう立ち止まることはしたくないのだ。
翌日、僕はみんなに買ってもらった新しい防具を装備してゴレムル狩りに挑むこととなった。
「よっしゃ、いくぞ武!」
元気が目印の駆が二体いるゴレムルの右側に向かって疾駆する。確認した僕は左側のゴレムルに向っていく。
駆はがさつで馴れ馴れしいところがあり、昔僕をいじめてきた人たちと似ている感じがした。だから最初は彼を警戒していた。
が、すぐに駆は過去のいじめっ子たちとはまるで違うことに気が付いた。
彼には思いやりがあり、言動行動の節々からそれを感じる。
駆は、口は悪くとも根はいい奴。他のみんなもきっと同じようなことを思っているだろう。
「武、そっちは任せたよ。俺は駆のフォローに入る」
僕が頷いたことを確認すると、俊が駆に加勢していった。
俊は地味な役割を率先してこなし、僕の鎧をみんなで買おうと提案してくれた、他人のことを慮れる奴だ。
人当たりも良いし、年下だがリーダーを決めるとするならば彼がいいと思っている。元の世界に戻ったら、俊のような人になりたいと密かに思っている。
後ろに控える律子さんは、一見おっとりしているように見える。
だが、時折鋭い意見をぶつけてくれる頼れるお姉さんだ。
凛さんは品があって、僕には無い学がある。いつか本当に自分でオリジナルの魔法を編み出しそうな気がする。俊と同じでみんなの補助をしてくれる、縁の下で仲間を支えてくれている女の子だ。
有紗ちゃんはこの世界でとても辛い思いをしているはず。
小さな身体で森まで歩くのは大変だろう。両親が恋しいだろう。
現実世界ではなにせまだ小学生なのだから。そんな彼女が使う魔法はパーティにとって欠かせない。
魔法の発動に集中し過ぎるあまり、周りの声が聞こえなくなるのも僕はすごいと思う。
――みんなほんとに良い仲間たちだ。
だから僕は、大切だと思う仲間を盾となって守りたい。かつてジョーが僕を盾として守ってくれていたように。
――――今度は僕がみんなのことを守りたいのだ。
ゴレムル狩りは順調そのものだった。同じ種類の敵と何度も戦うことで、相手の動きを読めるようになってきたこともあるが、こちらがレベルアップして動きがよくなったことが大きな要因だろう。
僕たちは一歩ずつ先に進んでいる。今はそれでいい。それでいいのだ。
それからも僕たちは飽きることなく、もちろん油断もすることもなく毎日ゴレムルを狩って魔石を手に入れ、お金を貯めていった。
「そろそろゴレムルも卒業かな?」
俊がなんとなしに言った。
「そうだね、もう新しい特技を覚えて次のステップに進む時かな?」
僕は自分の思ったことを述べ、律子さんに視線を送る。
「……そうね。そろそろいいのかもね。いずれは進まなければならないのだし」
僕の目線に気が付いた律子さんは、幾ばくか逡巡した後そう結論を出した。
「よっしゃ。じゃあ、今日でひとまずゴレムルともお別れだな」
もしかしたら、今日でこの白い森に来るのも最後になるかもしれない。
そんな想いがあったからか、僕たちはいつもより長く、日が暮れるまで狩りを続けた。
「そろそろプラーナが切れたし戻りましょうか?」
律子さんが額の汗を拭い声を掛ける。
灰色の森に住むゴレムルのおかげで僕たちは成長することが出来た。
敵ではあるが感謝してもいいのかもしれない。
「そうですね、戻りましょう」
俊の声に従い、僕たちは森ので口へと向かって歩き出した。
と、
「いてえ!」
大声をあげ、駆がうずくまった。
「どうしたの?」
あわてて近寄ると、彼の腿に矢が刺さっていることに気が付く。傷口から真っ赤な血が流れ出していた。