盾を担う少年の秘密3
僕の青春はジョーとの冒険に費やされていった。
クリスマスもハロウィンも新年へのカウントダウンも、彼と一緒にゲームの中で迎えていった。
一年二年、僕とジョーの関係は続いていく。
だがそれも、永遠ではない。
ジョーは少しずつだが、ゲームにインする時間が減っていった。
僕はそれが気になったが、本人に聞くことが出来ない。怖かったから。
彼の口からゲームを引退するという言葉が出るのを恐れたのだ。
「タケ。ちょっと言っておきたいことがあるのだけど……」
僕が気を揉んでいると、ついにジョーの方から話を振ってきた。
不吉な予感で身体がぶるりと震える。
――彼はこのゲームを止めてしまうのだろうか? この二年の間、様々な人がこの世界から去って行った。
ジョーもいなくなってしまうのか……
「このたび週刊少年シャンプの奨励賞を受賞しました!」
「え?」思いもよらない言葉に驚き、聞き返す。
「週刊漫画雑誌の新人賞に応募したら賞とれたんよ! わっはっは! この喜びをまずはタケに伝えたくてね」
頭の中が真っ白になっていると、ジョーは自分が成しえたことを丁寧に説明してくれた。
「漫画を描いていたの?」
知らなかった。
「そうそう。最近インする時間が減っていたのはそれね」
ジョーの説明を聞いているうちに、彼の語る言葉に真実の重みが増加していく。
「おめでとう! ジョーすごいね」
彼の描いた作品が他人から認められたこということが、親友としてとても嬉しい。
「いやあ、それほどでもあるかな。何せ自分で調べてゼロから勉強したんだからね。ネットの力大爆発! ってね」
ゲームの中でも時折あった、ジョーのいざという時の爆発的な行動力がリアルでも発揮されたらしい。
「でもタケだって本気になれば大抵のことはいけると思うよ」
「いや、僕には無理だよ」
気を遣ったのか、ジョーは励ますような言葉を僕にくれた。でも到底無理だ。
「なんで? このゲームを俺とタケの二人でここまで一緒にやりこめたじゃん。その情熱があれば大体のことは出来るっしょ」
――否、ジョーは僕を励まそうとしたわけではなく、本気でそう思っているようだ。
僕らは引きこもってゲームをしていたが、ただ漫然とやっていたわけではない。一日中、本気でやっていたのだ。上位数パーセントのトッププレイヤーに昇り詰めるほどに。
確かにそれは並大抵のことではない。その意思が他のことに向いたならば、ちょっとしたものだろう。
「そっか。そうかもしれないね」
ジョーの言葉が心に沁みていく。ともし火のような温かさを胸に感じる。
彼が言うのなら、僕ももしかしたら……胸の奥にチッチと火花が散った。
「でさ、せっかくだからこれからも漫画をがんばろうと思うんだ」
「うんそれがいいと思う」
「だからこれからはゲームにインする時間が減ると思う」
「わかった。がんばってね」
当然の判断だと思う。せっかく掴んだチャンスなのだ。逃さないようにするべきだ。
「じゃあ、またね」
ジョーは去って行った。独り残された僕は静止した画面をただただ見つめる。
彼の熱にあてられたせいか、これまで感じたことのないふつふつとした熱い感情が湧き上がる。
ジョーは仲間であり親友であり戦友でもある。
――でもこのままじゃ、彼に置いて行かれるのではないか?
ジョーと肩を並べていたい。それが唯一と言っていい僕のプライド。
ならどうすればいい?
今こそゲームだけに向いていた情熱を他のモノにも向けてみるべき時なのではないか?
そんな風に想いに至った僕は、ゲームをログアウトし、情熱の矢を射向ける的を模索し始めた。
昔から身体を動かすことは苦手だった。休み時間は教室で独り絵を描いていた。そう、絵を描くのはわりと好きだった気がする。
ジョーのように物語も考えることは難しいかもしれないが、絵なら僕にも描けるかもしれない。思い立った僕はさっそく動き出した。
イラストレーターというワードを軸に検索し、調べを進める。フリーの絵を描くソフトをダウンロードし、様々なイラストレーターの作品を見て回った。
多様な絵柄を観察し、描き方を調べ学んだ。模写から入り、少しずつオリジナルの絵柄を模索していく。
そんなことをしていると、時間はあっという間に過ぎて行った。
自分なりの絵柄が完成すると、絵描きの集うサイトに自分の作品をアップさせ始めた。評判を見て、反省と試行を繰り返し何枚も描いていく。そうしていると、現実の僕の絵を描くレベルが少しずつ上がっていることに気が付く。
作業している時、いつかジョーが原作で僕が作画の漫画が出せたら面白いなと妄想することもあった。
小説の新人賞を募集している出版社が、同時にイラストレーターの賞も執り行っていたので、思い切って僕はそこに作品を応募することにした。結果は残念ながら最終選考の一つ前で落ちてしまったけど、僕なりに手ごたえはあった。次こそ賞を取ってやろうという闘志が沸いてきた。
「タケ、今度読み切りに俺の作品が載るかもしれない」
ある日、ゲームの中で道具の整理をしていると、ジョーが教えてくれた。
「すごいじゃん! 掲載されるといいね」
着々と夢に近づく彼が眩しい。
「ジョー。実は僕、イラストレーターになろうと思ってるんだ。今回応募した新人賞は駄目だったけど、次は賞取れるように頑張るよ」
だがその輝きに惹かれた僕も、自分で光を放てるようにと、もがくことを覚えた。
「お! ついにタケも動きだしたか。こりゃ歴史が動くな。お互いファイトだなん」
仲間として励ましてくれたジョーの言葉が僕にはたまらなく嬉しい。確かに彼のおかげで、僕の人生は動きはじめた。
――――だが、忘れてはいけない。災難は突然やってくるのだ