盾を担う少年の秘密
◇
その夜は興奮してあまり寝付けなかった。
まるで誕生日やクリスマスを前にした子供のように、明日が楽しみだった。
みんなからのプレゼントともいうべき鎧を受け取るのが待ち遠しい。
そもそも、僕がこんなに仲間から評価されているだなんて思ってもみなかった。
仲間が認めてくれていると感じたからこそ、その気持ちに応えたい。
だから、みんなからのプレゼントである鎧を装備し、僕は今まで以上に盾として頑張りたいと思う。
――僕がみんなを守る。
守りたいと思える仲間が出来たことが、僕は本当に嬉しい。
軋むベッドの上で眼をつむりながら、ふと昔を思い出す。
四歳の頃、最初の災難がやってきた。
腎臓と肝臓に疾患を抱えた僕は、慢性的な内臓の不全に陥ってしまった。治療する為に食事を制限し、様々な薬を飲むことになった。
幸いなことに病気は一年半ほどで治った。のだが、薬の副作用のせいか僕は太ってしまった。
この時にダイエットでもすればよかったのかもしれないが、元々食べることが好きだったし、それまで制限されていたこともあり、歯止めが効かなかった。痩せるどころかさらに太ましく育ってしまったのだ。
身体を動かすのは苦手だった。
だから、学校での休み時間。みんなが校庭で遊んでいるときも、僕は自由帳に絵を描いたりしていた。
そんなだから、当然の如く体育は苦手だったし運動会は嫌いだった。
徒競走でみなと比べて圧倒的に遅い僕は、まるで晒し者になっているようで苦痛だった。
クラス対抗のリレーでみんなのお荷物になるのも辛かった。
コンプレックスのせいか、あまり自分から他人に話しかけることが出来ず、クラスに馴染めなかった。
友達が出来なかった。これも今思えば、近くの席になったクラスメイトにもっと積極的に話しかけるべきだったし、勇気をもって人の輪に入ろうとしていくべきだったと思う。
でも、当時の僕にはそれが出来なかった。
独りぼっちだった僕は、影の薄い存在だったが、身体だけはすくすく育っていった。横にも縦にも大きくなった。中学三年生になる頃には、身長は百八十センチを超えていたし、体重はゆうに百キロを超えていた。
クラスでも日蔭な存在なのに図体だけはだ誰よりも目立った僕は、からかわれた。そのうち口だけじゃなく身体にも触られるようになり、悪ふざけがエスカレートしていった。
そのうち、話したこともない人からの、心無い言葉が僕の心を突き刺すようになっていった。
一部のクラスメイトから暴力を振るわれるようになって、これはいじめだと気が付く。
気が付いてしまうと、僕は家から出ることが出来なくなった。
僕は中学三年になって登校することを拒否した。父も母も頭を悩ませていたが、学校に行きなさいとは言ってこなかった。両親に申し訳ないと思ったが、その優しさに甘え、学校には卒業するまで一度も登校することはなかった。
一日中家に居ると、働きもせず学校にも行っていない罪悪感が生まれ、すぐに家族と顔を合わせることも気まずくなった。
だから部屋にこもる時間が多くなる。
まる一日、誰とも話さないことが増えていった。時間を持て余した僕はネットを眺め、暇を潰していく。たいして興味がなくとも、色々なサイトを巡り記事を読む。
亡羊とした意識の中で、無為に時を過ごすことが僕の日課だった。
毎日毎日ネットの世界を巡っていると、嫌でも目に付くものがある。それはブログやホームページの端っこにある広告。
商品の宣伝から、いかがわしい情報商材の販売勧誘など多様な広告あった。
その中で一つ、興味を惹かれるものが――理由は単純で、広告イラストの絵柄がとても僕の好みだったから。
目に留まったのはとあるオンラインゲームの広告だった。
何の気なしにダブルクリック。サイトがアップされると、僕は表示された手順に従い手続きを進める。
こうして僕はMMORPGを体験することとなる。仮想世界の中での冒険が始まった。
僕は自分が操作するキャラクターをタケシンと名付け、素早い連続攻撃を得意とするモンクという職業を選択。今の仲間で例えるならば、駆のようなタイプだ。
ゲームを始めた頃のタケシンは弱かった。雑魚敵からの攻撃でも大きなダメージを受けてしまう脆い奴だった。でも、こつこつとスライムやゴブリンを倒していくと、少しずつ成長していった。
分身であるタケシンが育っていくことが、僕のささやかな喜びとなる。モンスターを倒してレベルを上げ、スキルを覚える。同時に稼いだお金で装備を買ってキャラクターを強化していく。考えてみると、今も似たようなことをやっているのが少し笑える。
当時の僕には時間があったので、タケシンは日に日にレベルアップしていった。
強くなると、スライムやゴブリンでは物足りなくなり経験値の効率も良くなかったので、先のフィールドに進んで別の強いモンスターに挑んだ。未知のモンスターと戦うことは楽しい。
新しい敵に慣れてきたら。また別のフィールドへと足を進め新たなモンスターを狩る。そんな冒険に僕は嵌っていった。
が、やがて壁はやってくる。新たなフィールドに進むために、ボスモンスターを倒さねばならなかったのだが、こいつが手強かった。
何度挑んでも負けてしまう。装備を揃え、レベルを上げ、スキルを成長させてみても、勝ちへの糸口すら見つからない。
どうしたものかと、ボスの手前で立ち往生していると、
「よかったら俺たちと一緒にボスと戦いませんか?」
いきなり見知らぬ人から誘われた。
びっくりしてパソコンの画面を凝視すると、三人組の一人が僕に話しかけていた。僕は突然のことに軽いパニックを起こしそうになる。
「こっちはパラディンと神官と吟遊詩人なんで、ちょうどアタッカーさん探していたんですよ」
アタッカーとは攻撃職であるモンクのこと。つまり僕のことだ。久しく他人と話していなかったので、チャットといえど緊張した。鼓動が早くなるのを感じる。
――――どうしよう。
「もしかしてソロ専さん? それとも落ちるとこでした?」
迷っている間にも話が続く。
「いえ、僕でよければお願いします」
しどろもどろになりながら、つたない手つきでキーボードを叩く。一緒にやろうと決断したのは、ボスが倒したかったというのがもちろんある。あとは、相手の顔が視えないことが恐怖心を和らげてくれていたからかもしれない。
「よっしゃー。がんばりましょうね!」
こうして僕に初めての仲間が出来た。




