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器の大きさ

「なんですかそれ?」


 考えても埒があかないと思ったので素直に問い質す。 


「私たちがキミに対して使った禁術の最奥。禁断の極致ともいえる術。それは輪廻を逆転させ、自然の節理に真っ向から歯向かうもの。原理は違うけど死者蘇生術とでも言えば分かり易いかしらね」

 

 ハンマーで頭を殴られたような衝撃。


 死んだ人の魂を別の世界に呼び出し、疑似的とは言っていたが身体を復元させる方法があるのだ。

 ならばその先に、死を巻き戻す奇跡のようなことが待っていても不思議ではない。 


「な⁉ それってつまりは……」


 大それた希望が湧きあがる。もしかすると、俺はまた元の生活にもどれるのか?


「そう、キミをイムスフィアに送り戻し、死んだ直後の状態で生き返らせる術があるのよ。そしてその術を記した魔導書と発動するための施設は、北の大地にある」


 俺が考えていることを見透かしたかのようにカリーさんは言った。

 普通であれば信じるわけがない話なのだが、俺は短い間にその手の話を飽きる程に聞いて、一応は信じている。


 そもそも、今ここに立っていること自体が信じ難いのだ。

 ならば、彼女がくれた信じられないような希望に、ここは一つ縋ってみるべきではないだろうか? 


「なるほど、それなら俺たちみたいな人間が、自分の意思でモンスターに挑むっていうのも納得です」

 

 強制的ではなく己の意思で危険と向き合う。そこには賭けた分に相応しい報酬が待っていなければならない。そうでなければ、チップを注ぐ価値などない。  


「はっきり言ってしまうけど。私たちはイムスフィアから来たキミがモンスターを打倒し、奪われた土地を

取り返していく役を担う『エインガード』として活躍してもらうことを期待しているの」

 

 カリーさんのその言葉で漠然とした不安の一つが解消した。

 彼女が初対面の俺に対して妙に親切な理由が気になっていた。単純な好意ということも考えられるのかもしれないが、それよりも打算的な意味合いからのものであると考えると納得がいく。実をいえば、カリーさんの醸し出す柔らかな毛布のような温かな雰囲気に若干の戸惑いを感じていた。何故なら俺が知る限りにおいて、美人とは怖い生き物であるはずだ。

 だが人に気に入られたいのならば愛想をよくするだろう。美人でも。


「逆に俺たちの方からすれば、自分が生き返って元の世界に戻るために、アストヴェリアの人に協力してもらえると考えていいわけですね」

「うんうん、その通り。キミなかなか鋭いわね」


 カリーさんの華のある顔がぱっと輝く。出会った時の明るさを取り戻した。


「いや、必死に考えているだけです。質問なんですが、アストヴェリアの人たちに対応出来なかったモンスターに、外から来た俺たちみたいな人間が立ち向かえるものなのですか?」

 

 足りない頭でも必死に考えればそれなりに考えが浮かんでくるものだ。というわけで、新たに浮き上がってきた疑問の一つを質問しておくことにした。

 俺たちに自分たちが出来ないモンスターの討伐を望むのだから、それなりの理由があると思いたい。というか、なければただの捨て駒ということになる。


「ええ。私たちと違ってキミたちには無限の可能性があるの。実際に見てもらった方がいいかしらね」

 言い終わると、カリーさんは右手の人差し指をピンと立てた。

「?」

 

 この細い指に注目しろという意思表示だろうか?


「ともし火よ、集え」


 彼女が短い言葉を告げると、指先から小さな火が。


「な、なんですこれ、手品?」


 突然の出来事に俺はのけぞる。

 人差し指の先に燻りつづける火に、俺の視線は釘づけだった。


「いえ、これは私のプラーナを使って起こした初歩的な超常現象よ。魔法とか魔術っていったほうがキミには分かり易いかしら」


 魔法、魔術。そんなオカルト現象を自らの意思で引き起こせるというのか。もうここまで来たらありえないとは思わないが……


「すごいですね。でもそんな力があってもモンスターに勝てないのですか?」


 そんな別次元の力があっても太刀打ち出来ないのなら――


「相手によるわね。私でも倒せるモンスターはたくさんいるけど、倒せないモンスターはどうやっても倒せない」


 俺みたいな何の力も持たない輩では、どうにもならないと思うのだけれど……


「それが俺たちなら倒せるってことなんですか?」


 わざわざ禁術とかいうのを使ってまで俺たちを召喚するくらいだから、理由があると考えるのが筋だろう。 


「ええ。でも正確には倒せるようになりえるって言う方が正しいかしらね」 

 

 カリーさんは深く頷くと、どことなくもってまわったような言い回しで答えてくれた。 

 俺は彼女の言葉を反芻し、顎をさすりながらその意味を考える。


「可能性があるってことですか?」


 それは即ち、将来的に出来るようになるかもしれないということではないか? 


「その通りよ。私のこの力は、アストヴェリアの人間なら誰しもが決まった器の分だけ持つ、プラーナを使ったものなの。そして、人が起こすすべての超常的な力の源はプラーナ」

「すると、今カリーさんの指先に火がついているのも、自身のプラーナを使用して行っているってことなのですね?」

「そうよ。ちなみに私が今使っている術程度ならたいしたプラーナを消費しないけど、行使する術の規模によっては莫大なプラーナが必要になる」  


 なるほど。大まかに理解するならば、プラーナとは俺たちの世界でいうガソリンや電力のようなものに近い存在なのかもしれない。

だが一つだけ決定的に違うのは、それらはあくまで資源やエネルギーといったものであり、個人が身に宿すようなものでは断じてない。


「もう少しプラーナについて説明するわね」


 考えを巡らせていると、一呼吸分の間を置いてからカリーさんが言葉を継いだ。

 思案する俺の様子を見て、少し待っていてくれたのかもしれない。


「あ、お願いします」


 そんな彼女の気遣いに感謝をしつつ先を促す。


「プラーナは個人によって生まれたときから身に宿せる限界容量が決まっているの。そうね、コップをイメージしてみて。水をどんなに注いでも、コップには決まった量しかはいらないでしょう?」

「はい、どんなに注いでもコップから溢れてしまいますね」

 

 人が扱えるプラーナの量は個人差があれど、先天的に決まっているということか。

 人の容姿や身長などが似ているかもしれない。

 そう思うと、どこの世界でも生まれつきの格差は存在するという悲しい事実に気が付く。


「それがプラーナを宿す私たちアストヴェリアの人間の特徴。ちなみにキミたちももう既にプラーナを宿しているのよ。まだ、ほんの小さなコップに入るくらいの量だけどね」

「え、そうなんですか?」

 

 そう言われても、何の実感も沸かない。 

 身体のあちこちをさすってみるが、何も感じないし、指先から火よ出ろと念じても何も起こりはしなかった。

 そもそも何も持たない俺が、いつの間にプラーナとかいう謎の源を手に入れたのかも謎だ。


「ええ、そうよ。プラーナの扱い方はきちんと教える場所を用意してあるから、今は話を続けるわね」

 

 俺の反応を見たカリーさんが微笑みながら言った。


「すいません」


 女神のようなカリーさんの微笑を目にし、俺は彼女の前でせわしなく己の身体をまさぐってしまったという行為が今になって気恥ずかしくなる。

 それにしても、今しがたほんの小さな器しか持たないと言われた俺が役に立つとは思えないのだが。 


「容姿が似通っている私たちとキミたち。生態的にも近しいであろうその二者において決定的に違うところが一つある。それはプラーナを身に宿せる絶対量が不変である私たちに対し、キミたちイムスフィアの人間は変化するという点よ」


 変化する。それはつまりアストヴェリアの人たちにとって先天的なものであるプラーナの量が、俺たちにとっては後天的なものであり、変わるし化ける要素であるということ。


「変わるってことは、器が大きくなるってことですか?」


 答え合わせをするように、自分の考えを確認する。


「そう。キミたちイムスフィアの人間の場合、小さなコップが大きくなれるということ。そして大きなコップがやがて水を汲む桶にもなりえるということよ」


 カリーさんの言わんとしていることを言い換えるならば、


「成長するってことなんですね」


 まさにそういうことだろう。

「ええ、それが私たちに無いキミたちだけが持つ力よ」


 アストヴェリアの人間と違って、俺たちイムスフィアの人間は超常的な力の源であるプラーナの量を増やすことが出来る。それをふまえることで、幾つかのことに気付く。

 同時に点と点であったこれまでの話が線となって繋がっていく。


「これがどういうことかわかるかしら?」


 俺の理解を確かめるようにカリーさが問う。


「いずれは俺にもカリーさんのような、いやそれ以上の力を扱えるようになるかもしれないってことですね」

 

 だから彼女たちは、俺たちのような外部の存在に頼っているのだ。

「ええ」

 

 俺は自分が今此処に居る経緯と理由の両方を悟った。同時にこれから何どうして欲しいのかも。



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