思いやり
夕食後、俺たちはしばらく休止していた共用特技の伝授を再び始めることにした。
シャウトと遠見。現在俺たちは二つの覚えるべき共用特技があるわけだが……話し合いの結果、シャウトを優先して覚えることになった。
万が一のことを考え、後衛がシャウトを使えた方が良いと判断したからだ。
というわけで、武先生による授業が始まった。
「シャウトは成功すれば少しの間、相手の動きを止められるわけだけど、同じ相手には何度も通用しないのだよね。耐性が出来ちゃうらしいんだ。それとこの技は、相手に警戒されていると効きにくいみたい。ゴレムル相手だと警戒されているかどうかも分かりづらいけど」
基本的には、一回の戦いで使用するのは一度。それも使うタイミングが重要らしい。
「うんと、注意はとりあえずこの二点かな」
目線を上に向けながら、頬をかく武。照れくさいのだろう。俺も同じ経験があるので気持ちは分かる。
「大声出さないといけないから、近くに人のいない場所に行こうか」
俺たちは武に連れられて時計塔が建つ丘の上に到着。武はここで技の習得に励んだらしい。
心地の良い夜風が吹く丘の上で、シャウトを習得するための練習内容が語られる。
武先生によれば、動くなという意思を言葉に乗せて発声。その想いがこもった声にプラーナが反応するようになるまで繰り返し続けばそのうち出来るということだった。
武が習得するまでまる七日も費やした特技だ。今回は長いスパンで覚えていくことになるだろう。
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翌日からもゴレムル狩りは続いた。以前よりも効率はぐんと上がり、多くの魔石を一日で手に入れることが出来るようになっていた。良い調子だ。
休み前の夕食時、俺は皆の前でかねがね思っていたことを提案することにした。
「ちょっとだけ聞いて欲しいのだけど」
前置きし、仲間の視線が俺に集まった所で深呼吸を一回。気を落ち着けてから本題に入る。
「俺なんかはあまり装備にお金が掛からないからいいのだけど、武はその点大変だと思うんだよね。武の装備だけ、俺たちと比べてあからさまに値段が張るよね」
俺が調べたところ、板金鎧の上半身だけでも二十五万ゴル。プラスサイズの打ち直しに5万ゴル。合計三十万ゴルもの大金を一人の財布に委ねるのは負担が大きすぎるとかねがね思っていた。
「かといって武にも装備はしっかりして欲しいよね。このパーティで一番身体を張っているのは彼なのだし」
俺の言葉に皆が頷く。ここまでは納得しているようだ。
前衛の要である武は、戦闘の勝敗の鍵を握る者でもある。
「だから、律子さんが稼いできたお金は武の鎧購入代金に充てたらどうかな?」
「お、名案だなそれ!」
駆が即答、親指を立てて賛成する。気の良い奴だ。
「私もいいと思うわ。でも、私が出稼ぎしたお金を加えても全然足らないと思うわよ」
冷静に指摘する律子さん。彼女もきちんと鎧の相場を把握していたようだ。やはり侮れない。
「ええ、その通りなんですが……まあ足りない分は俺が出そうかなと思って」
決して偽善のつもりはないが、良い子ぶっていると思われたら少し辛い。
「それなら、私にもお金を出させてください」
凛さんが間を開けずに言った。どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。
「みずくせえな。俺のも使えよ」
駆は胸を叩いてそう言い放つ。相変わらずに男前だ。
「みんな、悪いよ」
大きな背中を丸め、小さな声で恐縮を示す武。
「私もお金あまっているので、よかったら使ってください」
縮こまる武を余所に、有紗ちゃんまでもが話に乗ってくる。
「ふふ。新しい服が欲しかったのだけど、武くんの装備の方が大事よねー。ということで、私も一口乗らせていただこうかしら」
俺が思っていたよりも、皆はさらに仲間想いだった。
「でも……」
未だに遠慮する武。
「いいんだって」
駆が強引に説き伏せる。
「じゃあせっかくだから、明日みんなで武くんの防具を買いにいきましょうよ」
律子さんが駄目押しの一撃を加え、皆でお金を出し合って武の防具を買うことが決定事項となる。
「ありがとう、みんな本当にありがとう」
厚意を受け取る決心がついた武は、礼を述べて嬉しそうに笑った。
次の日、俺たちは全員で武具屋に向かった。
店の中に入った俺たちは、六人で相談しながら武に相応しい防具を探していく。ああでもないこうでもないと言いながら、買う防具を一つずつ決めていった。
――――結果。首から下の上半身を守る、ドズエルという鉄っぽい素材で出来た板金鎧。それに肘から先を保護するガントレットを買うことにした。下半身は大腿部と脛を保護する金属性の足甲を購入決定。全身をくまなく鎧で固めると熱がこもってしまうので、エインガードの装備としては、ところどころ隙間があるくらいが望ましいらしい。
「なんとか明日にはサイズ直しが終わるって」
採寸を終えた武が顔を綻ばせて戻ってきた。
「みんなありがとね。僕これまで以上に頑張るからね」
屈託のない笑顔を振りまく武。それを同じような類いの顔で彼を見つめる仲間たち。
俺はとても良い仲間に巡り合えた。エインガードとしての実力はまだまだかもしれない。
だが、いくら強くなっても手に入らない、大切なモノは既に持っている気がした。
「明日の何時ごろ仕上がるの?」
俺の横で寝そべる武へと言葉を投げる。
「夕方だって」
夜、ベッドに川の字になった俺たちはいつものように寝るまで話をしていた。
「金が足んなくなったらいつでも言えよ。武には装備が必要だろ? おれは最悪拳があればいいからさ」
身体は小さいが気は大きい、親分肌の駆が言った。
「ありがとう」
「俺も今はそんなにお金を必要としてないし、武の力になりたいからさ。必要なときは遠慮しないで言って」
普段なら言えないような気恥しい台詞だが、僅かな眠気で頭がぼうっとしていることと、駆の言葉に俺も感化されたのか、自然と本心が口から出た。
「俊もありがとう」
武、さっきからありがとうばかり言っているぞ。
「お礼はいいって。武はそれだけの仕事をしているのだから」
尊敬の念を込めて俺は伝える。
武は仲間の為に身体を張っている。最初は怯えていたのに。おそらく俺と同じで本当はそんなに勇敢でもないのに。恐怖を上回る想いを胸に、己の意思で立ち向かっているのだ。だから俺は彼のことを誇らずにはいられない。
――――武が仲間で本当に良かった。




