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戦力アップ

 やるべきことが分かった俺は、丘の上にある時計盤を見据え、文字よ視えろと必死に願う。が、初日は何ら手ごたえを掴めずに宿へと戻ることとなった。


「お、帰って来たか!」


 徒労感に苛まれる中、出迎えてくれたのは駆の元気な声。


「おかえりー」


 もう一つは武の優しい笑顔だった。


「ただいまー」


 温かい出迎えに、心がほぐされていくのを感じる。


「二人ともどうだった? 俺は今回の苦行で奥義を体得してくるから楽しみにしとけよ!」


 駆は物事に対して相変わらずに前のめり。


「僕の選んだ特技、覚えるのが大変そう。でもなんとか一週間で覚えられるように頑張るよ」


 一方の武からは、俺と同じような感想を抱きつつも、決めたことをやりきろうという意思を感じた。


「なら俺も、頑張らないとだ」


 二人の言葉に触発され、あと六日のうちになんとか遠見を覚えてやろうと思う。

 ――――きっと、六人それぞれが頑張っている。

 そう思うことで励みになった。

 

 習い始めて4日が経った頃、変化が起こった。

 己の身体を覆うプラーナの輝きが弱々しく、薄くなっているのだ。

 さらには、長時間勉強し続けた後のように頭も重くなっている気がする。


「プラーナを消耗するようになってきたということね。良い傾向よ」


 身体の異常をカリーさんに伝えると、すぐに返事がきた。

 消耗しているのなら悪い傾向に思えるのだが、カリーさんの見立てではどうやら違うらしい。


「そうなんですか?」

「ええ。実際に遠見を使用するとプラーナを消耗するのよ。今までのキミはプラーナを消耗する段階まで至ってなかった。ところが今は、遠見を発動するまではいかなくともプラーナを消費する所までは修めてきたということ。あと一息よ」

 

 初めての手ごたえに嬉しさが込み上げる。あと三日のうちに、なんとしてでも遠見を習得してやりたい。

 それからはプラーナが尽きるまで視る訓練を繰り返し、すっからかんになったら休憩をとる。休んでいる間にもカリーさんの遠見を観察し、手本とするというサイクルになった。

 俺はこの時、後衛の三人が魔法を使った際に味わっていたであろうプラーナを消費するという感覚を初めて味わった。

 それは精神的な疲労、心の疲れとでも言えばいいのだろうか? 

 兎にも角にも、名状しがたい、初めて味わう類の疲労感だった。

 

 習い始めて七日目。講習の最終日。俄かに焦りを感じていた俺が目を凝らして時計盤を見続けていると、いつもより瞳にプラーナが収束していることを感じた。白い燐光が輝きを増し、瞳の中に吸い込まれていく。その瞬間、彼方だった時計盤がズームインしたように間近の景色となる。

 徐々に時計盤の横にある文字の輪郭が露わになっていく。 


「カリーさん。時計盤には合格おめでとうって書いてあります」


 俺は集中力を切らさないようにと思いながら、慎重に書かれている文字を読んでいった。


「お疲れさま。そして遠見の習得おめでとう! 頑張ったわね」 


 声を聞き遠見の発動を解く。解放感で息を吐き出す。嬉しさよりも疲れが先にやってきた。


「ありがとうございました」


 遅れてやってきたのは、どうにか期間内に新たな特技である遠見を覚えられたという安堵。

 この遠見という特技は、今までに覚えたものとは違い、発動するためにけっこうなプラーナを消費する。

 よって無尽蔵に使えるわけではないが、それ故に効果も大きい。普通の肉眼では到底見えないほどの距離から、モノを視ることが出来るのだ。

 ――絶対にこれからの活動に役立つはず。

 

 昼過ぎに練武館を出た俺は、残りわずかな休日の時間を使って装備品を買いに出掛けた。

 買いたいものは幾つか決まっているが、まずは店主に整備をお願いしておいた弓を受け取る。弱まっていた弦の張りが元に戻っていることを確認。


「さて、何を買おう」


 頭の整理を始める。

 まず欲しいのは頭を守る防具。実戦を通して、顔面や頭部への攻撃をまともにくらうことが一番怖いと思ったからだ。日々歩き回る俺にとって次に欲しいものといえば履物だが、これはこの前買った編み上げブーツを予備としてもう一足分買えばいいだろう。

 あとは腕、胸、胴を保護する防具も欲しい。が、ごてごてし過ぎて動きの妨げになったり、重すぎて身のこなしが鈍くなるようなことがあってはならない。俺は武と違って敵の攻撃を受け止めるのではなく、避けることを信条としているからだ。 

 そう考えると、重い金属性のものは止めておいた方がいい。それらを踏まえてこれだというモノを探す。

 店内を歩き回って探した結果、ボクシングのスパーリングで使われているような革性のヘッドギアと、同じ質の革で出来た胸当を買うことに決めた。あとは弓矢を持つ手を保護するために指先が外に出るタイプの革小手も購入決定。打撃に対する防御性能としてはほどほどだが、軽量で値段もお手ごろだ。

 新しい特技を覚え、装備も買った。こうなると狩りが楽しみになってくる。

 ――――待っていろよゴレムル。

 

 明日の備えを済ませた俺が部屋で寛いでいると、ほどなくして武と駆がやって来た。


「お、俊も戻ってきたか。どうだった?」

「ああ。新しい特技を覚えたし、装備も買ったよ。駆はどうだった?」


 尻尾を振る犬のように落ち着きのない駆。きっと自分にも同じことを聞いて欲しいのだろう。


「鍛錬の末、ついに奥義を会得してきたぞ。見せてやるから明日を楽しみに待っておけよ!」


 待っていましたとばかりに得意げに語る駆。報告したくてたまらなかったのだろう。


「ああ、楽しみにしとくよ。武はどうだった?」

 

 駆の予想通りの反応を微笑ましく思いながら、もう一人の仲間にも問う。


「僕も期間ぎりぎりでなんとか覚えられたよ。通用すればいいなあ」


 息を吐き出し胸を撫で下ろす武。猫背になった彼を見ると、座って笹の葉を食べるパンダの姿を連想してしまう。ともあれ、三人とも実のある七日間を過ごせたようでよかった。


「ふっふっふ。明日は後衛の女三人をびっくりさせてやろうぜ!」


 自信があるのか不敵に笑う駆。 


「逆にこっちが驚かされたりしてね」


 いかにもありそうな結末。今までの結果だけで考えてみれば、後衛の特技は見た目にも分かり易く超常的だ。


「はは、それありそうだね」


 武も笑って同意。こうして和やかに話せるのも、皆が頑張って課題をこなしたからだろう。一人だけ未達成という結果にならなくてよかった。過密な一週間はこうして終わりを告げた。


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