新たな力を
手元のお金はまだ十万ゴル以上ある。射った矢もその都度しっかり回収しているし、普段も慎ましく生活しているせいか着実に俺の貯蓄は着実に増えていた。
駆と組み手をしていると、途中から練習用であるだろう木剣と盾を持った武が合流。
武が加わってからは、二人が寸止めで戦い、その間に残った一人が見学するというサイクルが出来上がった。
実際には当てないとはいえ、武器をもった武が参加したことにより気が付いたことが。
それは間合いの大切さ。剣であろうが拳であろうが、軌道を見定め、攻撃の範囲を見極める。この二つを同時にこなすことが出来れば、より小さな動作で相手の攻撃を躱すことが可能になり、反撃に繋がる。
戦いの基本かもしれないが、極めれば無類の強さを発揮できるだろう。道のりはまだまだ長そうだが。
二日に渡って練習に励んでいると、休日はあっという間に過ぎ去った。
俺たちは翌日からも、五日狩りに出て二日休むというサイクルを何度となく繰り返していった。
気が付くと、前髪が目にかかる長さにまで伸びた。アストヴェリアに来てから一か月くらいは経ったから髪が伸びるのは当たり前かもしれないが。
「私が散発してあげましょうか? プロじゃないからそれなりの仕上がりだけどねー」
人差し指と中指でハサミを作り、閉じたり開いたりしてアピールする律子さん。
言葉に甘えて、希望者は伸びた髪を律子さんに切ってもらった。
「どうかな?」
伸びた部分を切って、重くなった部分を梳いた結果、さっぱり綺麗にまとまった。
「ありがとうございます。器用なんですね」
プロじゃないにしては上手い気がする。律子さんは何者なのだろうか?
「まあねん」
律子さんは得意げに言って、蟹のようにハサミを開閉させる。
全員の身だしなみも整ったところで広場に集合、本題に入る。
「来週は狩りを休んで、七日間の間に各々特技を習得したり装備を新調したりするということでいいかがです?」
「おし。でっかい男になって帰ってくるからよろしく!」
俺の提案に駆が腕を組んで鷹揚に頷く。 他の仲間からも反対の声はない。
俺たちは事前に話し合って、覚えたい特技の習得に要する期間と費用を各々で確認しておいた。その結果、これからの七日間を自己の研鑽に充てることに決まったのだ。
この七日の間、俺は何をするか決めていた。それは、新たな特技『遠見』の習得である。遠見とは俺の覚えている視覚強化よりもさらに遠方のものを視る技能で、マスターすれば双眼鏡にも匹敵働きが出来るようになるらしい。
分類としては共用特技に区別されるが、技の有用性と習いの期間の長さから、習得には十二万ほどのゴルが必要だった。
一週間みっちり修練し、視覚強化の発展型ともいうべき遠見を覚えて仲間に合流することが俺の目標である。
遠見を覚えようと思ったのは、遠方から索敵発見できるようになれば、ゴレムルを歩いて捜しまわる時間も減るからだ、それに不意打ちをうける可能性も下がる。
つまりは、今までよりもさらに効率的な狩りが可能になり、危険も減る。直接戦いの役には立たないかもしれないが、あった方が絶対便利なはずだ。
もうこの際、パーティでの俺の役割は便利屋みたいなものでもいい。
遠見を覚える前段階として必要な視覚強化は既に習得しているし、それなりに使い慣れてきてもいる。幸いなことに遠見を覚える条件はクリア出来ているのだ。
「よし、いくか」
俺は受付で遠見を覚える為の手続きを済ませ、指定された部屋の前まで進むと気合いを入れて扉を開ける。
「あ、ご無沙汰しています」
「久しぶり。キミとはつくづく縁があるわねえ」
中に居たのはお馴染みの顔。カリーさんだった。
「そしてほんとうに瞳術を習うのが好きなのね」
口に手を当てて笑いをこぼす。
「いや、そんなことはな……くはないですね」
客観的にいって、カリーさんの指摘を否定は出来ない。
自分で決めたとはいえ、地味な役回りに向かって直進している感はある。
「さて、始めましょうか」
「はい」カリーさんの声を聞いた俺は、雑念を払って彼女のこれからの発言に集中する。
「今回もやることは非常にシンプルよ。そこの窓から時計塔を見てみて」
俺は言われた通り、四角い小窓に顔を近づけ、彼方にある時計塔を見上げた。
「いま何時かは分かるわね?」
カリーさんに言われた俺は、念のため視覚強化を使って時計盤を視る。
「三時ですね」
「よろしい、では時計盤の三の右に書いてある文字を読んでみましょう」
「? 何か書いてあるんですか? 何も視えないですけど」
そう口にしてからまさかという思いが込み上げてくる。
「うん。だから視えるようになるまで頑張りましょうね」
予感が的中。今回の課題は時計盤に書かれているという文字が読み取れれば合格、すなわち遠見を習得したことになるらしい。
もはや視力が良いとか悪いとかの問題ではない。あの時計盤に文字が書いてあるのならば、それこそオペラグラスでも使わなければ視ることなど不可能だろう。
「じゃあ、これから七日間、頑張りましょうねー」
「はい」こうして俺の無謀とも思える挑戦が始まりを告げた。
「まずはお手本を見せるから、私のプラーナがどうなっているかよく見ていてね」
目の前に立つカリーさんの全身を覆うプラーナが瞳に集まっていく。一カ所に集められたプラーナは輝きを増し、より濃い白に染まる。彼女のプラーナがやがて瞳の奥に収まっていくと、カリーさんの瞳が碧から白へと色が変わった。
「これが遠見を発動している状態よ。習得のコツは視覚強化と同じ。時計盤の文字を視ようと強く想い、見続けること。分かったかな?」
特技の発動によって瞳の色が白へと変わった状態のカリーさんが滔々と言葉を並べる。
「その意思と動作に自分のプラーナが反応するようになればいいのですね?」
やることは視覚強化を覚えた時と同じだと解釈。
「そのとおり」にこりと頷くカリーさん。
視覚強化習得時のことを思いだす。半日でも強い意思を持って一つのモノを観続けるのは苦行だったのだが……それが七日も続くと思うと空恐ろしい。
でもやるしかない。既にお金は払ってしまったのだから!
ではなく、もちろんパーティの為に