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夢見る者

 その週、俺たちはなかなかに好調だった。

 一日で狩れるゴレムルの数も上がっていったし、全員が視覚強化を覚えたことによって夜の授業も終わりを迎えた。

 教えた特技は各々磨いてもらう。特技は覚えるまでも大切だが、習得後に使い込むことによって習熟し、より高い効果を発揮できるのだ。

 

 あっという間に五日が過ぎ、俺たちは再び休日を迎える。


「なあ、二人とも今日空いてんだろ? 修行しようぜ!」


 朝日が眩しい晴れた空の下、練習の虫である駆が俺と武を誘う。


「いいよ」


 特に予定もなかったので断る理由はなかった。


「……」

「武は?」


 返事がなかったので気が短い駆が武に応えを促す。


「ん、いや」


 迫られてなおも口ごもる武。答えあぐねている。

 煮え切らない態度に疑問が浮かんだが、すぐにその理由がわかった。


「武は用事があるみたいだから、俺たち二人でいこう」


 武はきっとスケッチしたいのだ。だが、責任感から俺たちと一緒に自主練習に参加するべきだとも思った。己の希望と義務感の狭間でどうしたものかと迷っていたのだろう。

 だから俺は武に気を遣わせないようにと、己が気を遣うことにした。


「ん? なんの用事?」


 が、奥ゆかしい気遣いとは無縁の駆にはそれも通用しない。

 駆の性格上、下手にごまかしても本人が納得しない限りは追及を止めないだろう。良くも悪くも己の気持ちにまっすぐなのが駆だ。

 ならば本当のことを言うしかないと思うのだが、それを言うのは俺の役目ではない。そこまで俺が言ってしまうと出過ぎた真似になってしまう。

 どうしたものかと思いながら、視線を武に送った。

 武は大丈夫とばかりに微笑みを俺に向け、ゆっくりと口を開く。


「実はね、今日はスケッチをしようと思っていたんだよね。アストヴェリアは良い素材の宝庫だから」

「へえ、武って絵を描くんだ。でもなんで今なの? それって武にとって大切なこと?」


 俺が聞くのを躊躇ったことを、いともたやすく質問する駆。

 武が異世界まで来て絵を描こうと思う気概が、俺や駆には分からない。


「――うん」


 武はしばらく考え込んだ後にゆっくりと大きく頷いた。


「二人は仲間だし嘘をつきたくない。だから恥ずかしいけど正直に言うね。実は僕、イラストレーターを目指していたんだ。作品をネットにアップしたり、賞に応募したりしていたんだよね」

「……そうなんだ」


 予期せぬ武の言葉には仄かな熱が帯びていた。夢を語る彼はとても眩しい。


「腕がなまっちゃうのは嫌だし、此処は描く素材としても魅力的だったから練習しようと思ってね」 

「武、すげーな」


 感心する駆は、尊敬の眼差しを武へ向けていた。きっと俺も似たような目をしている。


「本当は元の世界に戻ってイラストレーターになってから、皆に会って伝えたかったんだけどねえ。さすがにそうはいかなかったかあ」


 頭を掻きながら照れくさそうに武が言った。

 彼はしっかりと元の世界に帰った後のことも考えていた。そればかりか準備もしている。

 ――――未知の世界においても、希望を胸に抱き夢を追う。その姿勢ははっきり言ってカッコいい。

 こういう前向きな気概が武の戦うスタイルを変えさせたのかもしれない。

 今ここで、気弱でおどおどしていた彼のイメージが完全に払拭された。


「そういうことなら、武は絵も頑張んないとだな!」 


 感化されたのか、駆は眼に熱いものを浮かべ、武の背中を叩きだした。情にもろいやつだ。


 「ありがとう。でも途中で僕も、二人に合流するよ。元の世界に帰る為の練習だって大切だからね。ところで二人は帰ったら何かやってみたいこととかないの?」


 流れとしては当然の質問。


「俺は、まだないかな」

 

 だが俺は答えることができなかった。


「そっか。俊はこれからだね」

 

 フォローが入る。

 武のような情熱を秘めた仲間と過ごしているうちに、俺にも何かやりたいことが見つかるかもしれない。そうなったら、いい。


「俺は元の世界に戻ったら格闘技をやろうかな。空手でもボクシングでもキックボクシングでもいい。こっちの世界で体術を習って逆に興味が沸いた」


 さすが駆。前向きというか図太いというか。転んでもただでは起きない奴だ。


「はは、そのひたむきな感じが駆らしいね」武も俺と同じ感想らしい。

「ほんとにね」


 武と別れた俺たちは、自主練習を始める前に、駆の要望に従い武具店に寄ることにした。


「俊も手甲買って体術使えば?」


 店に入り、革の脛当てと、底が平らな編み上げブーツを手に取り駆が言った。

 今後は蹴りも使うかもしれない為、欲しくなったらしい。


「んー。俺はいいや」駆のようにゴレムルと打ち合う姿が想像できなかったので遠慮しておく。 


 だが、ブーツは俺も買おう。今はいている革紐で編んだ靴もだいぶ傷んでいるし。


「なんだよ、せっかく組手もさまになってきたのにもったいないな」


 駆は不満を隠さずに言った。弟子である俺の晴れ姿が見たいのかもしれない。


「はは、実戦の格闘は駆にお任せするよ」 


 笑ってごまかしておく。

 

 店主に2万七千ゴルほど支払い新しい靴を購入し、店をあとにした


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