夢に手を伸ばす者たち
「ふう、今日はこれまでにしとくか」
汗が頬を伝い滴となって地面に滴り落ちるようになった頃。すっかり師匠気取りとなった駆が稽古の終わりを告げる。
「ありがとう。またよかったら教えてよ」
心地よい疲労を身体に感じる。
結果的には俺の実力不足で駆の練習相手にはまだなれなかった。
「おう、またやろうぜ!」
が、駆はそれを不満に思っている様子は微塵もなかった。幼い顔立ちに似合わず親分肌で、面倒見も良い奴だ。
「二人ともおつかれ」
俺と駆が自主練を切り上げて宿へ戻ろうとした時、武が水差しとコップ二つを持って現れた。
「お、気が利くじゃん」
武から水を受け取りぐびぐび飲み始める駆。
「俊もどうぞ」
続いて俺も武に差し出されたコップを取り、ごくりと喉をならして水を飲み干す。
「水、ありがとね。ていうか見ていたなら声を掛けてくれればいいのに」
喉の潤いが胃に収まり、一息ついたところで俺は言った。
「いやあ、邪魔しちゃ悪いかなと思って」
頭を掻きながら武が返す。
「なんだよ武、気を遣い過ぎだろ。まあいいや、風呂いこうぜ!」
「ああ」
汗を流したかった俺は、駆の言葉に賛同し着替えを取りに部屋へと戻る。
「ん? 武もまだなら一緒に入ろうよ」
突っ立ったままの武に声を掛ける。
「うん、はいろう」
はにかんだ武が俺たちの後へ続く。
お湯浴びをした俺たちは、三人そろってベッドに飛び込む。いつものように、真ん中だけ太い川の字だ。
仰向けになった俺は石の天井を見つめながらしみじみ思う。少しずつだがこっちの生活に慣れてきている。
そういえば、武は手に入れた本にどのような絵を描いたのだろうか?
ふと気になりはしたが、朝と同様ここでも聞いてみるのは憚られた。
「なあ、俺良いこと思いついちゃったよ」
「なにかな?」
「俺たちがいつか元の世界に戻ったらさ、みんなでまた集まろうぜ! 地球に戻って、自分たちで生還の祝いをするんよ」
駆の言葉が静まり返った部屋に響き渡る。
「いいねそれ」
本来は生還のお祝いは居なくなった当人たちでなく、帰りを待っていた周りの人間がやるものなのだろう。
だが、そんなことはこの際どうでもいい。
「うん、僕も皆に会いたいなあ」
武も乗り気。細かいことはさておき、良い提案であると俺も思う。
このアストヴェリアで大冒険をして地球世界に帰還するという目的を成し遂げる。
その後力を合わせた仲間たちと、地球世界で再会して旧交を温める。
――――今の俺たちにとってなんとも夢のある話じゃないか!
「元の世界に戻る動機が一つ増えたね」
口にした途端、自然と胸が高まった。
「なら絶対に六人全員で元の世界に帰らないとね」
きっと武も。
「当たり前だろ!」
駆も。
その想いは一緒のはず。
途切れることなく俺たち三人の会話は続く。皆が明るい未来を望み語り合う。
その夜は、修学旅行の夜のようにとりとめのない話が尽きなかった。
次の日、相変わらず予定などなかった俺は弓の練習をし、午後からは駆と組手を行った。弓術も組手もまだまだ全然さまにはなっていなかったが、有意義な一日は過ごせたと思う。身体は全く休まらなかったが。
休日が終わり、新しい週が始まる。
「前にも言ったとおり、今日で私が付いていくのはひとまず今日で最後になるから」
門の前で集合した俺たち六人に向かってカリーさんが言った。
「よっしゃ、旅立ちの時だな!」
不安や寂しさなどはおくびも出さず、前向きに答える駆。
「俺たちだけでも平気ってとこ見せてあげないとですね」
本音を言えばカリーさんにはいつまでも俺たちと一緒にいて欲しい。だが、それが無理だというならせめて安心して見送ってもらいたい。
「ふふ、期待しているわね」
俺の言葉を聞いたカリーさんが穏やかに微笑む。女神の微笑でやる気も充分な俺は、パーティの先頭となって灰の森へと向かった。
先週と同じように、プラーナの輝きや、多寡を目安に弱そうなゴレムルに狙いを絞る。
初戦を無事に終えると、気が付いたことが。
「みんなのプラーナの量が少し増えてない?」
僅かではあるが、初めてゴレムルと戦った時よりも仲間のプラーナが増している気がする。特に、有紗ちゃんのプラーナの増大が一番顕著だ。
「あら、ほんとね」
プラーナを視覚できるようになった律子さんが俺の意見に同意。
「増えているわよ。敵と戦うといった、ある種の魂を賭けた行為を経験したことにより、キミたちのプラーナを収める器が大きくなったのよ」
確かカリーさんは前にも、身に宿すプラーナの量は増やせると言っていた。ゴレムルと戦った経験により、それが実現したというのか?
「これが、成長するってことなのですね?」
確認の意味を込めて問う。
「ええ。前にも言った通り、その成長する素質が、キミたちイムソフィアから召喚された人間の特権よ」
そしてそれは、俺たちがエインガードとしてモンスターの討伐に重用される理由でもある。
俺たちイムソフィア出身の人間はかリーさんのような現地の人間と違ってレベルアップしていけるのだ。
それにしても、育った証が目で視えるっていうのは分かり易くていい。
このまま成長をし続け、最前線に居ると言われる一流のエインガードたちにもいつか追いつきたいものだ。
「さらなるパワーアップに向けて、さっさと次の相手と勝負しようぜ!」
俄然やる気になった駆が拳をあわせ、ぎらついた瞳を俺に向ける。
「ああ、いこう」
俺は駆の声に従い、目を凝らして次の標的を探し歩く。新たなゴレムルを強化された眼が捕捉。
「発見」
俺の声に反応し、仲間が戦闘態勢に入る。
パーティの特攻隊長である駆が先陣を切り、俺と武がその後に続いていく。
駆と武がゴレムルと攻防を繰り広げる最中、俺はまずパーティ全体の動きに目を配る。次いで自らも弓矢を構えて駆け出した。