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召喚する方の事情

「ふう。お願いします」


 俺はため息を吐き出すと、これまで以上の非現実を受け入れる覚悟を決めた。


「さっきも言ったけれど、キミは一度、イムスフィアで死んでしまったのよ。今度はちょっとだけでも信じてもらえるかな?」

「まあ、少しは」


 もちろんカリーさんの言葉をそのまま受け入れることなどしたくはない。が、目の当りにしている景色の特異さからも、俺の常識など此処では意味がないのかもしれないと悟りはじめていることも事実。


「私たちはキミが死んだ直後、その魂を選定し、イムスフィアからこのアストヴェリアに召喚したの」


 まっすぐ相手の目を見て話すカリーさん。

 その姿から俺はとても真摯な印象を受け、決して騙そうとか茶化そうとしているわけではないと感じた。故に、彼女の話を信じはじめたらこその疑問が沸く。


「なぜ、俺を選んだのです?」


 可もなく不可もない、一介の高校生である俺のことをなぜ召喚したのだろうか?

 選定したということは、無作為に選んだというわけではなく、俺という特に秀でた特技も持たない存在をわざわざ選んだということのはずだ。


「それは、キミの死を否定する意思、つまり死にたくないという想いが非常に強かったからよ」


 カリーさんに言われ、死ぬ間際のことを思い出す。


「……確かに、それは思っていましたね。それにしても、魂を召喚するだなんて話、もし本当だとしたらとんでもない技術ですね」


 確かに俺は、激しく強く、死んでたまるかと意識が消える直前まで思っていた。

 それにしたって死んだ人間の魂を召喚するだなんて話、まるで神話だ。


「ええ、この術は私達の世界において禁術とされ、ながらくその存在は秘匿されてきた。キミに使われた転生術は、輪廻の流れを止め、魂を別の世界に移すことで疑似的に生を与えるもの。生と死の節理を乱すことから、アストヴェリアの中でも禁術中の禁術だったものよ」

 

 申し訳ないがカリーさんの今の説明は俺にはよく分からない。ただ、俺に使用された術は大層なもので、普通であれば使わないということは分かった。


「なぜ、禁じられていた術を使う必要が?」


 となれば、そう思わずにはいられない。


「今から百五十年ほど前まで、アストヴェリアはとても栄えていたわ。世界の隅々まで人が住まい、交流もあった。ところが、この城塞都市カーデンブルグから最も離れた北の地カスカに突然大穴が空いてしまったの」

 静かに語るたカリーさん。声のトーンが下がり、柔和だった顔にも陰りが見え始めた。

 今話していることは、彼女にとってもあまり良いことではないのだろう。


「いきなり大きな穴が開くなんて大変だったんですね」

 

そこに人がいたなら、被害は当然あっただろう。もし住んでいたとしたら、それは甚大なものだったかもしれない。

 俺の住んでいた世界にも天災はあったし、カリーさんの気持ちにも少なからず共感できた。

「ええ。でもね、本当に大変だったのは穴があいた後からだったの」

 

 災害というものは、そのあとの復興こそが本当に大変だということだろうか? だがそうであれば俺のような存在の意義はどこにもない。

「開いた大穴から、異形の生物が沸きだしたのよ。そしてそれは……おそらく、今でも沸き続けている」

「……異形の生物ですか」 


 話が一気にきな臭くなってきた。


「ん、キミたちに例えるならモンスターとでも言った方が分かり易いかな」

「も、モンスター⁉」

 何度目かわからない驚愕。だが今回はその中でもとびきりの驚きだった。 


「私たちの生活圏は、とめどなく溢れるモンスターの群れによって徐々に狭められていった。もちろん抵抗もしたのだけれど、私達では強い種族にはなす術がなかったし、数の暴力にも勝てなかった。そのうち世界に様々な異変が起こり、アストヴェリアは以前とはまったく別の世界に変わり果ててしまったわ」 

「恐ろしい、ですね」


 もはやお伽噺のような語りに聞き入る俺。だが正直にいって、俺にはモンスターという存在の恐ろしさがいまいちピンとこない。 実感がまるで無いからだ。

 そんな反応が申し訳なくなるほどに、カリーさんの目は真剣そのもの。


「得体の知れない怪物を相手に私たちの祖先も善戦した。でも一時は世界中にくまなく広がっていた開拓領域は、ついにこのカーデンブルグ近郊のみにまで追いやられてしまった」

「……」

 

 カリーさんの語る悲惨な状況に、俺が返せる言葉など見つかるはずもない。故にただ黙って話を聞くほかなかった。

 だが、あらためて街を見回すと、人の往来もあり、石畳の路は綺麗に整備されている。それなりに活気があるように思えるのだが……

 特にモンスターに追い詰められているようには見えない。


「追い詰められた私たちは、歴史の裏で紡がれてきた予言に従い、禁術を使ってイムスフィアからキミのような存在を招き入れることを決心したのよ」

「なるほど」


 俺たちがこの世界に呼び出された理由はひとまず分かった。だからこそ、どうしても聞いておかなければならないことがある。


「でもそれって、俺たちイムスフィアの人間にモンスターとやらと戦ってもらおうってことですよね?」


 これまでのカリーさんの言葉から、そう考えるのが至極まっとうだ。 

 自分達でどうしようも出来ない状況に陥ってしまい、外部の人間に頼るというのは分かる。俺たちの世界だってきっとそういう風にして成り立っている。


「ええ、そうよ。私たちは自分に出来ないことをキミたちイムスフィアの人間にやってもらおうとしている。」 

「でもそれで皆納得していませんよね?」


だからと言って、俺たちイムスフィアの人間が危険を顧みずにモンスターと戦う道理はない。

 割に合わな過ぎる行動を率先してやるほどの余裕は今の俺にはない。そしてそれは、この世界に召喚された大部分が同じだと思う。


「いえ。みんな自分の意思でモンスターと戦い、失われた大地を取り戻すべく開拓してくれているわ」

 

 首を横に振るカリーさんはごまかしている様子も言葉を濁しているふうでもなかった。


「それは見返り、みたいなものがあるのですか?」


 となれば、リスクに見合うリターンが用意されていると考えるのが妥当だ。


「ええ、そうよ。キミたちイムスフィアから来た人間の誰しもが欲しがるものがね」


 今度は小さく首を縦に振るカリーさん。落ち着いた対応だと思う。

 俺たちの誰しもが欲しがるモノ―――― はたしてそんな万人にうける代物がこの世にあるのだろうか?


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