練習熱心
俺は弓イコール遠距離で使うものという固定観念にとらわれていたのかもしれない。
此処は、魔法やらプラーナといった超常的な概念が実在する世界なのだ。ならば近接弓術というものがあってもおかしくはない、かもしれない。
「でも、やっていけるかな?」
だが、いまひとつ近接弓術というスタイルに自信の無い俺は、つい不安を声に出してしまう。
「もし駄目だったらまた別の方法考えればいいんだよ」
俺からすると駆は楽天家で大雑把だった。でも彼の言うことが今は心強く、背中を押してくれた。
「ああ、たしかにそうだね。ありがとうすっきりした。じゃあさっそく受付してこようかな」
すとんと胸のわだかまりが解けたところで、俺は今から基礎弓術を習うことに決めた。
これからも弓を使うのであれば、一度くらいきちんと教えを受けた方が良い。
「いいじゃんか。むー、俺はどうすっかなー。あっそうだ!」
腕を組み何やら考え始めた駆はすぐに何かを閃いた様子。
「すいません。自主練したいんで場所だけ貸してもらってもいいすか?」
持ち前の図々しさを発揮し、駆は受付の女性に詰め寄る。
少し横柄かもしれないが、彼のひたむきな姿勢は俺も見習わなければと思う。
大声を張り上げる駆の横で、俺は粛々と基礎弓術受講の手続きを済ませた。
「じゃあ駆。またあとで」
アドバイスをくれた恩人に一言断ってから、その場をお暇する。
「おう、またな!」
受付と話し込んでいる駆が動作を中断、手を挙げて返事をよこす。
それから俺は、一日がかりで弓の基礎を教わった。
素引きという、矢をつがえずに弦だけを引く基本の構え。これが弓の基礎中の基礎らしい。
続いて行ったのが巻藁という的を近くに置いての実射。これはいわば、俺がゴレムルに対してとっていた戦法を静止してやるといったものだった。
弓は基本的に大きなものほど弦を引く強い力が必要になる。俺が貰った弓は初心者が好んで使うショートボウであったので、素人でもなんとか矢を放つことが出来ていた。
以上が、今日の講義で教わった内容と知識。正直、これがゴレムルとの戦いで活かせるかは分からない。
なぜなら、俺がやろうとしている弓術は、今日習った静止して気を落ち着けるものとは違い、戦いのなかで動きながら相手を射るというものなのだ。
「でもまあ、それが分かったということだけでも収穫かな」
ぽそりと出た独り言は、自分の行動が無駄ではなかったと思いたい気持ちの顕れか。
「よう、おつかれ」
練武館を出ると、駆が建物の壁に背を預け、腕組みをしていた。
「おつかれさま」
もしかして、わざわざ待っていたのか?
「ん、どした? いこうぜ」
先に歩き出した駆が俺を促す。
「あ、うん」
俺は駆の声に反応し、早足でおいかけ並ぶ。空は、橙のカーテンから群青の幔幕に移り変わっていた。
「どうだった?」
頭の後ろに手を組んで大股で歩く駆。
彼なりに俺のことが気になるのだろう。
「まあ、講義は受けてよかったかな。駆は?」
思ったほどではなかったが、収穫はあるにはあった。
「うーん。いちおう空き室を借りて自主練してたんだけどあんまりだったな」
不満顔の駆。
「あ、そうだ。俊、俺と組手やろうぜ」
かと思えば、いたずらを思いついた子供のように笑う。
「はい?」
俺は、ころころ変わる駆の表情に気圧され、予想もしない言葉に驚く。
「いや、練習相手がほしくて。ずっと独りでシャドーやってたじゃ飽きるんだよなー」
俺が弓を習っている間、駆は独りでそんなことやっていたのか。
素直にすごいと思う。きっと仲間の中で一番努力家なのは駆だ。
「いいよ。俺の練習にもなりそうだし。ご飯食べたらやろうか」
そう思ったら、俺なりに駆の心意気に報いたくなった。自分の為にもなるし。
今日、弓の基礎を教わったが、体術の基礎も駆との組手で少しは学べるだろう。
「よっしゃ、きまりな!」
駆は屈託のない笑顔を見せ、俺の背中をばしばしと叩き嬉しさを表現。
そんな一幕があってからの夕食後。宿前の広場で俺と駆は対峙していた。
「最初だしまずは約束組手からはじめるか」
「なにそれ?」
「あらかじめ、どこに突きや蹴りをするか、宣言してから攻撃する組手のことだ。受け手は相手の攻撃の間合いを見極めるように。いくぞ! 右上段突き」
言葉と同時に駆の拳が顔面に迫る。
「うわっ」
俺は意表をつかれながらもなんとか一歩下がって回避する。加減はしたのかもしれないが唐突過ぎる。
「次は俊の番ね。こい!」
俺は一言文句でも言ってやろうかと思ったが、はしゃいでいる駆の方が口が早かった。
「じゃあ右ストレートをボディに」
俺は左足を大きく前へと踏み出し、駆の腹めがけて拳を繰り出す。
「ぬるい!」
駆の鋭い声。俺のボディブローはガードされるでも避けられるでもなく、ぞんざいに叩き落とされた。
「なっちゃいねえな。正拳突きっていうのはこうやんだよ」
自ら手本を見せる駆。
「こう?」
俺は見よう見まねで拳を突きだす。
「ちがうちがう! こうだよこう!」
再び手本を見せる駆。いつのまにか、組手というよりは授業のようになっていた。




