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迷い

 カリーさんが降りてくると、武も本とペンを彼女から受け取った。

 丁寧にお礼を言ってから、再び外に出る。


「俊、ありがとうね」


 宿に戻る道中、大事そうに本とペンを胸に抱きながら武が言った。


「いえいえ。やっぱり武もメモに使うの?」


 もしそうであるなら、俺の本も武に見せてあげた方がいいのだろう。人に見られるのは少し恥ずかしいが、情報は共用すべきだ。減るものでもないし。


「うん。それもあるけど、個人的にちょっとね」

「ふーん。何に使うのかな?」


 黙っていれば突っ込まれないのに、しっかりと答えてくれるあたり武は正直者だと思う。

 そんな彼に俄然興味を持ってしまった俺は問う。


「その、せっかくだからアストヴェリアをスケッチしようと思って」


 やってきたのは予想もしない答え。


「武、絵を描くのか」


 言われてみれば、アストヴェリアの古めかしい中世のような街並みは絵になる。


「うん、一応ね」


 だが、異世界まで来て絵を描こうという発想が生まれるとは思わなかった。武を否定するつもりはないが、絵などはもっと心と時間にゆとりがある時に描けばいいのではないだろうか?

 それとも武にとって絵を描くという作業は、趣味以上の大切な意味を持っているのか? 


「そっか。休みの日くらい好きなことしないとね」


 気になるが、それを聞くのはさすがにプライベートに踏み込みすぎかもしれない。

 だから当たり障りのない言葉をかけておく。仲間であっても距離感は大切だ。


「俊は何か予定あるの?」


 言われて思いだしたが、俺は休みなのに何もすることがない。

 それに比べて、武は手に入れた道具を使って絵を描くという立派な予定がある。

 もしかすると、そろそろ俺と別れて独りになりたいのかもしれない。

 一人の方が絵を描くのに集中できるだろうし。

 武の言葉を受けて脳内に様々な考えが浮かんでいった。

 ――その結果。

「うーん。ちょっと練武館にてもいってこようかな」


 僅かばかりの見栄と武への心遣いか混じりあい、咄嗟に出た言葉がそれだった。 


「ん、何をするのかな?」


 俺の言葉に武の頬がぴくりと動く。

 もし俺が独りで鍛錬に励むとでも言ったら、彼は自分だけが好きなことをしている場合じゃないと思ってしまう、かもしれない。


「特に何も。どんな種類の特技や基礎の講習があるのか、受付で確認しようと思っただけだよ。それじゃあ、またあとでね」 


 だからたいしたことはしないよと武に伝え、しばしの別れを告げる。


「うん、またあとでね」


 武と別れて独り街を歩く。予定は無かったが、武に言ったことがまったくのでまかせになるのも悪い気がし、俺は本当に練武館に行くことにした。

 それに実戦を踏まえた今の俺だからこそ、自分とパーティに必要な技術や特技が見つけられるかもしれない。有意義といえばそうだろう。

 五分ほどで練武館に到着した俺は、そのまま受付に行って習得できる技能の項目一覧を見せてもらった。

 ずらりと見知らぬ単語が並ぶなか、目に留まったのが基礎弓術。

 今は完全に弓の使い方は我流であるし、一度しっかりと習っておくべきではないか? 

 一方で、自分の役目を考えると、前に出て敵と近接するということは避けられない。そんな状態で弓を使うこと自体がナンセンスなのではないかという疑問もあった。

 今からでも他の得物を使うべきか。それともこのまま弓術を頑張って修めていくべきか。いっそ両方を扱えるようにすればいいのか。だがそうすると労力が二倍になるのではないか。

 

 どうするのが良いのだろう? 

 迷ったところで明確な答えは出ない。


「あれ? 俊じゃん。なにやってんの?」


 俺が考え込んでいると、聞き覚えのある声が背後から。


「ちょっと考えごと。駆こそ、どうしたの?」

「俺は自分にふさわしい、必殺技的な奥義を覚えようと思ったんだけどさ。ゴルも足りないし、手習いの期間も長いしでよ。お預けくらったとこ」


 新たに特技を覚えるには、時間はともかく金もまだ足りないということか。

 特技を覚えるのにはそれなりの期間と費用がかかるらしい。

 それにしても、駆は熱心だ。


「俺も駆とだいたい一緒。今後の為に何か良い特技でもないかなあと思って調べてた」

「おお、お前もか!」

 

 嬉しそうに俺の背中を叩く駆。もういい加減分かったのだが、この行為こそ、彼なりの愛情表現らしい。 

「俺、今はとりあえず貰い物の弓を使っているけど、自分の役割としては前衛じゃない? だから今後どうしていこうかなと思ってさ」

 

 ちょうど良いので仲間である駆に、自分で考えても判然としなかった問題について意見を求めることにした。

「ん? なんだそれ。そんなの今のままやっていけばいいだろ。何か問題あんの?」

 

 腑に落ちないといった様子の駆が聞き返してくる。


「いや、弓って後ろから敵を狙い射るものじゃない? それが前にでなきゃいけない俺の役割と矛盾してるからさ」

 俺は丁寧に自分の状況を説明。


「誰が弓を敵から離れて使うもんだって決めたの?」


 それに対し、駆は怪訝な顔でまたも俺に問う。


「え?」


 思いもよらなかった駆の言葉に驚く。


「敵に近づきながらでも上手く弓が扱えるようになればいいだけの話だろ。その為に修行して必要な技を身に付ければ済むじゃんか」

 

 駆らしいシンプルな言葉。


「なるほど。そういう考え方もあるか」

 

 それは、青天の霹靂。とまではいかないまでも、俺には無い斬新な発想だった。


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