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強敵に注意

 四日の間、毎晩繰り広げられた訓練の成果。

 三人の後衛女性たちは視覚強化の特技まで習得。喜ばしいことだが、俺の立つ瀬がない。前衛の二人はプラーナを視ることは出来るようになったものの、視覚強化はまだまだ練習中。

 個人的には、皆が共用特技をマスターしたら、俺もまた新しい特技を習得したい。それまでに金が貯まればよいが。

 翌朝、アストヴェリアで初の休日を迎えた俺は特にやることもなかった。何の気なしに本を開きこれまで記してきたメモを復習がてら読み込んでいく。右手でペンを持ち、何か書き足すことはないかと思索しながらページを捲る。

 突然紙の上に暗がりが発生。何かと思えば、大きな影が机を覆っていた。


「あ、武」


 気になって振り向くと、大きな影を作った本人の姿が。


「ごめん邪魔しちゃったかな」


 申し訳なさそうに背中を丸めて謝る武。


「いや、全然大丈夫だよ。何か用でもある?」 


 恐縮する年上にむしろこちらの方が申し訳なくなってしまう。


「あのさ、その本とペンってどこで手に入れたのかな?」


 武の視線は机の本に向けられていた。


「ああ、これはカリーさんに貰ったんだ」


 言っていいものかと一瞬判断に迷ったが、こんなことで仲間に嘘をついてもしょうがないので正直に話す。


「その、それって僕もカリーさんから貰えたりするかな?」


 遠慮がちに武が尋ねる。


「たぶん言えばもらえるんじゃないかな」


 どうやら彼も本とペンが欲しい様子。


「うーん。そうかー」


 物欲しそうに本を見てはいるものの、行動に出るかどうか迷っているようだ。


「よかったら今から一緒にカリーさんのところに行く? くれるか聞いてみようよ」


 俺は武という迷えるクマの背中を押してあげたくなった。戦闘では皆の為に身体を張っている彼のために一肌脱ぎたくなったのだ。

 武は年上らしいリーダーシップには欠けるが、思いやりがあって優しい。

 だから俺も彼に良くしてあげたい。


「え、いいのかな?」


 武の顔に喜びが滲む。駆もそうだが、感情が分かり易いところも彼の美点だ。


「いいよ、俺もちょうど外へ出ようかと思っていたところだし」

「ありがとう」


 年下の俺に対してあけすけの無い笑顔をむける武。 

 彼のような人が友達ならば、きっと何をするにも和気藹々と楽しく過ごせるだろう。

 俺たちは宿を出て協会に向かった。


「あのさ、一つ気になっていたのだけど、俊って右利き? それとも左利き? 弓の弦やナイフは左手で持っていたけど、さっきはペンを右で持っていたよね」


 けっこう細かく人のことを観ているなあと感心。


「実は元々左利きだったのだけど、親の躾で字を書くのと箸を持つのは右に矯正されちゃったんだよね」

「へえ、器用だねえ」


 同じことをちょっと前にも誰かにも言われた記憶がある。


「いや、どっちも中途半端。器用貧乏なんだよね」


 記憶を辿ってお決まりの言葉で返す。話をしているうちにカリーさんがいると思われる協会へと到着。

 扉を開けて建物の中に入ると、運のよいことにすぐにカリーさんを見つけることが出来た。


「おはようございます」


 石壁に何かの紙を貼り付けているカリーさんに挨拶。


「あら、おはよう二人とも。何か私に用かな?」


 作業を中断したカリーさんが振り返る。仕事の邪魔をしてしまったかな?


「すいません、あとにしますね」


 悪いと思った俺は時間を改めようとする。頼みごとをするのだから相手に合わせた方がいいだろう。


「大丈夫よ。用件を言ってごらん」


 しかしカリーさんは、不意の来訪者たちを大らかに受け止めてくれた。


「じつは――」


 重そうな口を開いた武が、自分もできれば本とペンが欲しいとお願いをする。


「そうね。俊くんだけにプレゼントしたのでは贔屓になるものね。武くんにもプレゼントしてあげるわ。ちょっと待っていてね、これだけ貼っちゃうから」

「ありがとうございます」


 武は顔を綻ばせ喜ぶ。願いが叶ってよかった。


「よし、終わった」


 壁にしっかりと紙が貼りつけられたことを確認し、手を合わせる払うカリーさん。


「それ、何ですか?」


 見慣れぬ張り紙に視線が移る。

 紙には黒いインクで、釣り上がった鋭い目と大きな鷲鼻、横に長い口とそこから生える乱杭歯の異形が描かれていた。


「これが北の大穴からやってきたモンスターよ」


 ゴレムルとは違う、絵からでも伝わる威圧感。まさに化物だ。


「強そうですね」

「ええ。キミたちイムスフィアの人間に習って、この種のモンスターをゴブリンと呼んでいるのだけど、こいつには特に注意が必要ね」


 紙に描かれているゴブリンに目を向けながらカリーさんが言った。

 注意喚起の意味で張り紙をしていたのか?

「この通称ルーキー殺しはゴブリンの中でもちょっと異質。他の固体に比べて身体が大きく行動範囲も広い。ちらほら縄張りの外からも目撃情報が届いているわ。とはいっても灰の森からはだいぶ住処が離れているから、キミたちはいまのところ遭遇する可能性がないとは思うけど……」 

「もし遭遇したら速攻で逃げます」

 

 恐ろしい相手かもしれないが、巨体からなら逃げ切れるだろう。たぶん。


「そうね、キミは慎重だから無茶はしないと思うけど、当分の間はこいつと戦おうとはしないでね」

「はい」


 ――今は無理、か。それならいつかはこんな化け物も倒せるようになるのだろうか?


「分かればよろしい。じゃあお望みのものを取ってくるから少し待っていてね」


 カリーさんが階段を駆けていく。


「……このゴブリン。僕とどっちが大きいかな?」


 張り紙をじっと見つめる武がふと疑問を口にした。


「わからないけど、武であって欲しいね」


 武よりも身体の大きな化物など、いつまで経っても相手にしたくはない。はっきりいって勝てる自信がない。


「だね」


 笑えない、乾いた笑いが起こった。

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