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ほっと一息

 話が一区切りついたところで、「皆さんにお伝えしたいことが」と凛さんが告げる。


「鉄石についてなのですが、売却してお金にする以外にも使い道があります」


 続いた思わぬ言葉に反応し、俺は聞き耳を立てる。


「武さんの持つ剣や盾について、鉄石を原料消費することで錬金を施すことが出来るのです」


 錬金術師である凛さんの言葉。


「錬金をすると、盾や剣に何か付加価値が付いたりするのですか?」


 錬金という作業に、鉄石という単価三千ゴルの価値を消費する以上の意味がなければ、彼女もこんな発言をしたりはしないはず……。


「はい。鉄石を盾や剣などに錬金することによって、その武具の耐久力が増します。この錬金術法をペーストと呼びます」


 剣や盾は損耗していく。考えてみればそれは当たり前のことだった。現にゴレムルの攻撃を何回も受け止めた盾は心なしかへこみがあるようにも見える。

 その損耗品である武具の耐久力が増すということは……  


「例えば百回攻撃を受け止めたら壊れてしまう盾があるとします。鉄石をその盾に錬金することによって、百五十回受け止めることが可能になる。といえば分かり易いかもしれませんね」

 

 なるほど。フローリングにワックスを塗って長持ちさせるようなものか。


「装備品を買い替えるよりは、錬金をして長持ちさせた方が経済的かと思われます」


 俺が次に抱くであろう疑問を先に見透かしたかのように、凛さんは先んじて答えた。


「それなら、錬金してもらった方がよさそうですね」 


 鉄石という資産を失うのは惜しいが、それ以上に武の持つ盾や剣の資産価値が上がるのだからやるべきなのだろう。他の皆も特に反対はしていないようだし。


「錬金術って便利なのねー」


 律子さんがしみじみと感想を漏らす。

 確かに便利だ。

 錬金術師が干からびた石を練磨し魔石として価値を造りだし、さらにその魔石を錬金することで効率的な資産運用をも実現させている。

 金を稼ぎ貯蓄するということにおいて、錬金術師はなくてはならない存在なのではないかと思う。

 そして、お金があれば新しい特技も覚えられるし装備も買える。日々の生活だって潤うだろう。

 どんな世であれ、お金はいくらあっても困らないらしい。

 先日、カリーさんが錬金術師を金策などに便利と言っていた理由が分かった。


「はい。そのかわり、今のところ戦闘では直接みなさんのお役に立てないのが心苦しいですが……」


 自虐的に笑う凛さん。そんなこと言ったら、俺なんて戦闘でも普段でも役に立っているか微妙な気がするのだが……


「そんなことないですよ。俺は錬金術師の凛さんが居て絶対良かったと思いますよ。難しそうな特技を二つも覚えるなんてすごいじゃないですか」


 錬磨と錬金という二つの特技。俺もプラーナを視る、視覚の強化という二つの特技を覚えはしたが、絶対に凛さんの覚えた技の方が難しいだろう。

 俺は人間が普段からやっている、視るという動作を追及しただけ。対して凛さんは、錬磨に錬金という、これまで経験したことなどない未知の作業を二つも覚えたのだから。


「はい。最初は私も非現実的に過ぎて自分に出来るとは思えませんでした。ところが、特に錬金の方なんかは、会計学にある減価償却の概念を強引に当て嵌めてみたところスムーズにいきました。武具を固定資産、一回の使用による損耗を減価償却費に置き換えて考えたところ、鉄石の錬金というものを固定資産の耐用年数の延長と考えることが出来たのです。これによってですね。――――すいません失礼しました」


 話の頭から皆を置いてきぼりにしていることに気が付いたらしい凛さんは、途中で気が付いたようで口に手を当てて謝った。

 事実、俺には彼女の言っている言葉の内容が全然分からない。


「つまりですね、元の世界で得た知識や経験などは、このアストヴェリアにおいて特技を習得する際に役立つことがあると言いたかったのです」

 

 そういえば、カリーさんがそんなようなことを言っていた気がする。


「その通り。キミたちがこれまでの人生で学んできたことは、特技の習得、もしくは戦い方そのものにも大いに生かせるわよ。ちなみにイムスフィアで学んだ専門的な知識や技能を活かして、これまでにない独自の特技を編み出した人もいるわ」

 

 凛さんの説明を補足するように、それまでじっと黙っていたカリーさんが言った。

 話を聞いた俺は、自分にも何か活かせそうな知識や技術がないものかと胸に手を当てて考えてみる。なかった。

 悲しい結論はさておき、地球世界の知識や技術といったものを活かし、新たに特技を作り出すという発想はとてもユニークだと思う。 


「では、錬金しますね」


 気を取り直した凛さんが咳払いをして話の流れを元に戻した。 

 それから、リュックの中から三角フラスコのような形をしたガラス質の容器を取り出し、中に水を注ぐ。 容器の三分の一程度まで水に浸し、今度は鉄石を三つともフラスコの中に落とす。

 ちゃぽんという音がし、鉄石は波紋を作って水の中に沈んで底に着いた。

 凛さんはフラスコに手を添え、目を閉じて精神を統一させていく。


「新たな技術により耐用回数を変更。x回からxy回へと延長―――――」

 

 呪文なのか、はたまた何かの公式なのか、よく分からない言葉を並べていく凛さん。

 彼女の手を覆うプラーナの色が、白から黒へと染まっていく。黒に浸食されたプラーナが今度はフラスコへと伝わっていき、中の鉄石を包み込む。

 小石ほどの大きさであった鉄石が、入浴剤のように泡を吐き出しながら水に溶けて消えてゆく。鉄石が消滅した時、無色透明だった水は、銀を溶かしたような液体となっていた。水銀みたいだ。


「武さん、装備を並べていただけますか」


 目を開けた凛さんは、並べられた盾と剣にフラスコに入った謎の液体をかけていく。

 すると、たちまち白い煙が立ち昇り、俺は思わず身を引いてしまう。


「ふう、完了しました」


 一仕事終えて緊張がとけたらしく、顔が綻ぶ凛さん。

 一連の工程を見学して、まるで科学の実験だなと思ったのは俺だけではないはず。

 煙が消え、液体をかけられた武具を観察するが特に目立った変化はない。と思ったら、薄らだが武具自体にプラーナが宿っていることに気が付いた。

 これは……鉄石のプラーナが武具に宿ったとでも解釈すればよいのだろうか? 分からないがそう考えるとしっくりはくる。


「今はまだ鉄石しか扱えませんが、他の魔石も扱えるよう精進しますね」


 丁寧な言葉遣い。どことなく品のある振る舞い。凛さんは育ちの良いお嬢様っぽいなあと俺はしみじみ思う

「よっしゃ! パワーアップもしたことだし、もう一狩りいくとしようぜ!」

 

 凛さんが錬金を施し終えたのを見計らって駆が息を巻く。


「アップしたのは、パワーじゃなくて耐久性だけどね」

 

 俺は立ち上がって伸びをし、身体をほぐす。リラックスしたせいか口までもが軽くなってしまったようだ。


「俊、細かいことは気にすんなって」


 ばしばしと俺の背中を叩く駆。もう把握したが、怒っているのではなく、彼にとってこれはスキンシップのつもりらしい。 

 俺たちは灰の森へと再び足を踏み入れた。

 休憩をとったことにより、回復した律子さんと有紗ちゃんのプラーナが再びなくなるまで俺たちはゴレムルを破壊していった。

 その結果、新たに三体ほどのゴレムルを撃破。


「初日だし、今日はこの辺にしておいたらどう?」

「そうですね。そろそろ戻りますか」 


 後ろから見守っていたカリーさんの言葉に従い、俺たちは森を出て街へと戻ることにした。


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