決着
俺は弓をつがえゴレムルの後頭部に狙いをつける。
有紗ちゃんは再び魔法発動の準備に入った模様。
駆と武はそれぞれ奮戦している。盾を持つ武に比べ、駆の方は時折ゴレムルの攻撃をくらっているが、今のところ動きに鈍りはない。
俺も援護したいところだが、万が一を考えるとここは我慢の時。
――2人ともこらえてくれ!
歯がゆい思いを噛み殺し、俺は状況を観続ける。
有紗ちゃんのプラーナがほんのりと赤い色味を帯びはじめる。
攻撃を受けながらも果敢に攻める駆と、剣を振るよりも盾を使った防御の意識が高い武。同じ前衛でも二人の戦い方には明確な違いがあった。
有紗ちゃんのプラーナの赤みが増していく。
見ていてハラハラするのは駆の方だが、これだけ積極的に攻められたら相手は駆のことを意識してしまうだろう。
駆がゴレムルの石拳を受けたたらをふむ。そこへ追撃の石拳。はやってこない。
武が良いタイミングでタックルをかましたのだ。
先ほどから駆の態勢が崩れた瞬間、武が剣を振ったり、体当たりをしたりでゴレムルの行動を阻止していた。武のこの動きがあるからこそ、駆は大きな痛手を負わずにすんでいる。
いいコンビだ。
有紗ちゃんのプラーナが濃い朱に染まる。
――ここが勝負のかけどころ。
「撃って来て!」
俺は前へ一歩踏み込んでつがえていた矢を放つ。
至近距離からの一撃は狙いを過たずゴレムルの後頭部に突き刺さった。
ゴレムルの動きが一瞬止まる。同時に駆と武が合図に従いゴレムルの背後に居る俺の元へと駆け出す。
ゴレムルは二人の動きに対応したのか、はたまた俺の放った矢に反応したのかは定かではないが、後ろにいる俺の方へ身体の向きを変えた。
よし! と心の中でガッツポーズ。これで射線は確保したはずだ。
「いきます! 火の玉よ、とんでいけー!」
有紗ちゃんが杖の先をこちらに向けてそう叫んだ。
すると、杖の先に直径一メートルほどの炎の球が発現。すぐに発射された。
マシーンから放たれた速球のように直線的に森を疾駆する火球は、木々を焦がしながらみるみるうちに近づいてくる。
大気を焼いて俺の元へ迫りくる火球。普通なら逃げ出したくなる状況だが、今は違う。
なぜなら、俺と有紗ちゃんの間には敵が居る。ゴレムルに火球が直撃。球が砕け火炎となってゴレムルの身体を覆い尽くす。
「すごい」
間近で見た魔法の迫力に感嘆。舞い散った火の粉が前髪をちりちり焦がす。
「いまだ、畳み込もう!」
すぐに惚けている場合ではないと気が付き、頭を振って火の粉を避ける。
俺は急いで矢をつがえ、弓弦を左手で思い切り引っ張ると、ゴレムルの身体に矢じりが付きそうなほどのゼロ距離から渾身の一矢を放つ。
「止めはもらった!」
駆は熱さなどまったく意に介さず、燃える続けるゴレムルに拳の連打を叩き込む。
「ぬぬん!」
武も盾を捨て置き、剣を両手に持ち直すと力任せに振り下ろした。
三人の懸命な破壊活動の甲斐もあってか、まもなくゴレムルの輪郭か足元から崩れていった。
焼けた砂となったゴレムルの身体がさらさらと地に積もっていく。
「ふう、やったね」
初勝利の余韻に浸りながら、左右に居る武と駆に笑みを向ける。
「記念すべき大初勝利!」
鼻息荒く拳を掲げる駆。
「ふうう、よかったー」
大きく息を吐き出し安堵する武。
両者の気持ちは俺も分かる。
無事に初戦を勝利することが出来たということは、俺たちがこの世界でやっていけるという根拠になる。だから嬉しくもあるし安心もする。
喜びを分かち合っていると、後衛の三人が俺たちの元へと近づいてきた。
「おつかれさまー。やったわね、みんな怪我は?」
治癒の特技を持つ律子さんが笑顔でねぎらい、それから三人の状態の確認をした。
「俺は平気ですよ」
まず怪我の疑いが濃いのは駆だろう。
「僕も大丈夫です」
武も首振って怪我はないと答えた。
すると、自然に俺と武の視線は駆へと向けられる。
「ん、俺も無傷だな。奴の攻撃は全部いなしてやったからな」
すっとぼけたような駆の返答。見栄を張っているのか、強がっているのか。どちらかは分からないが、一つだけ確信している。それは、
「嘘だ」ということ。
指摘に対し、すかさず駆は「本当だ」と言い張ったが、
「ちょっと失礼」
会話に割り込んできた律子さんが、ふいに駆の服を捲り上げた。
「ちょ」
驚いた駆が抗議の声を挙げる。
「やっぱり怪我しているじゃないの。すぐに治すからそのままじっとしていてちょうだい」
だが律子さんはそんな声など、どこ吹く風と言った様子で受け流した。
杖の先を駆の身体に当てると、瞳を閉じて気を集中させはじめた。
律子さんのプラーナがゆっくりと杖へと流れる。それから杖を伝わって駆の身体へとプラーナがゆったり移動していく。
「いたいのいたいのとんでゆーけ」
律子さんが呪文? のようなものを唱えると、駆の身体に移ったプラーナが腫れあがった腕や痣になった胸に染み込んでいく。
すると、腫れが引き青くなった肌が元の肌色に戻っていった。
「おお、治った」
効果のほどは分かっていたものの、治癒の力を目の当りにすると、その奇跡ともいえる光景にまだ驚いてしまう。
「ふふ、これぞ私が頑張って覚えた特技『癒しの光』別名律子エイドよん」
律子さんが得意げに胸を張る。
駆の負傷が治ったことを見届けた凛さんが、ゴレムルの亡骸である砂の山に手を突っ込む。
凛さんが華奢で長い指が砂で汚れることも厭わずに砂山の中をまさぐる。ややしてから、中から小さな石を取り出す。この石こそがゴレムル誕生の元となった魔石の成れの果てである。
「では、錬磨しますね」
凛さんが石を手のひらに乗せてそっと握りしめる。
「お願いします」
俺もまだ実際は目にしたことがないが、錬金術師は『錬磨』という特技を使ってこの石ころと成り果てた魔石を元の状態に戻すことができるらしい。




