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初陣

「そうなんだね。それと、僕なんかに敬語とか使わなくていいよ」

「僕なんか」とは、これまた卑屈な物言いだ。

「え? でも」


 武くんは年上だし、建前ではそういっても本心では嫌なんじゃないのかという疑念が残った。

「いいんだよ。俺たち仲間なんだし! 男三人衆、遠慮は無用でいこうぜい!」


 いきなり割って入ってきたのは駆。こいつには年齢を気にするという発想は無いらしい。


「うん、そうだね」


 武くんの懐の深さなのか、優しさなのか。年下の生意気ともとれる発言に気分を害した様子は微塵もなかった。 


「武くんはそれでいいの?」

「気にしないで。呼び方も武でいいよ」


 武くんは年下の俺に気を遣わせないように、逆に彼自身が相手に気を遣っているようにも思えてきた。  


「わかったよ。武」


 これから先、俺と武で気の遣いあいをしても不毛だと思ったので、素直に言うことを聞いておく。

 駆と武。性格も体格も対照的な二人だなあとしみじみ思った。


「思春期トリオ、仲良さそうでいいわねん。ところで、俊君からみんなにアドバイス的なものはない?」


 恥ずかしすぎる名前のユニットを独断で結成させた律子さんから質問が。その呼び方は勘弁してほしい。


「初めてだし弱い個体から相手にしていくのが良いと思います。いちおう敵の強い弱いは俺が見極められる、はずです」

「おお、やるじゃない。さすがトリオリーダーね」

「いや、敵の識別は誰でもわりとすぐに出来るようになりますよ。もしよければ皆にも今度やり方を教えます。あと、トリオリーダーはちょっと恥ずかしいです」


 プラーナを視るという技術。俺はまったくの初めから習ったので半日かかったが、既に他の特技を覚えているだろう皆だったら、もっと早く覚えられると思う。 


「他にはアドバイス何かないかな?」


 律子さんの問いに、俺は昨日本にメモした事柄を思い起こす。


「もしも状況が芳しくなくなったら、素直に逃げましょう。本気で走れば敵から逃げ切れると思いますので」


 分が悪くなること自体を避けたいが、万が一のことは決めておいたほうがいい。


「了解。逃げるかどうかの判断は俊君にお任せしちゃおうかな」


 律子さんはさらりとそう言ったが、それは責任重大だ。


「え、俺ですか? まあ、わかりました」


 本音をいえば嫌だったが、唯一の経験者として断ることは憚られた。


「俊さん。実際の戦い方について、何か思うところがあれば教えていただけませんか?」


 自分の番を待っていたかのように、凛さんからの質問が。


「そうですね。基本的には前衛が敵に接近し、注意を引いて相手の足を止めます。そこに後衛から火力を撃ち込み形勢を有利に持っていく。俺が見たパーティはそんな感じのスタイルでした」


 俺はメモに書いたことを思いだすまでもなく、脳裡に克明に刻まれていた光景を言葉にする。


「なるほどですね。説明ありがとうございます」


 凛さんは納得し、丁寧にお礼を言った。


「足止めっていうか、倒しちゃってもいいんだよな?」


 気が強い駆が不敵な発言をかましたかと思えば、


「後ろに行かせないように気を付けます!」


 今度は気の弱い武が控えめな発言をする。  


「いちおう、まほうはおぼえたので、がんばります」


 そして有紗ちゃんまでもが少女の決意を表明すると、


「皆、やる気があるようで、なによりね」


 カリーさんの嬉しそうな声が背後から聞こえてきたのだった。


「あの灰の森に、俺たちの標的であるゴレムルが居ます」


 畦道を小一時間ほど歩いたところで目的地へと到着。


「わあ、なんだかおじいちゃんな森ねー」


 自然の緑ではなく、幻想的な灰色の木々が連なる光景を目にした律子さんが感想を漏らす。


「ここに入っていくんだよね」


 肩をいからせる武は緊張している模様。


「じゃあ俺が先頭をやるので皆後ろに付いてきて下さい。もし敵を発見したら一旦立ち止まりますので、合図を出したら戦いましょう」 


 俺たちは静かに灰の森へと足を踏み入れていった。

 覚えたばかりの特技である視力強化を発動。目の周りのプラーナがそば立ち、視界がそれまでより一層クリアになる。

 まっすぐまっすぐ歩いていくと、視界の先に石の人形であるゴレムルを発見。足を止めて振り返る。


「いました。十メートルほど先です」


 静かな声で情報を呟くと、皆が緊張しているのが伝わった。

 俺は再び前を向き、ゴレムルの姿を観察。プラーナの多寡によって強さを見極めようと思ったのだ。


「ちょっとだけ偵察してきます」


 ここからだと木に阻まれてゴレムルの身体の一部しか確認が出来なかったので、身を低くし木の陰に隠れながら慎重に近づいていく。

 三歩ほど近づいたところで、ゴレムルの姿が露わに。

 木に身を隠しつつ、相手のプラーナを視る。

 俺たちのプラーナとは反対色である黒い光が一メートル七十センチほどの石の身体を包んでいた。 

 俺を含めた六人よりは輝きが強い。がカリーさんほどではない。

 どうする? やるべきか、見送るべきか。

 俺は進んだ以上にゆっくりと慎重に時間をかけて後退する。


「あいつは止めときましょう」


 俺の言葉に皆が静かに頷くと、来た道を戻って行った。


「なんで逃げたんだ?」


 やや憮然とした顔で駆が言った。


「あれは俺たちの手に余る個体かもしれない。というか、そもそもの判断材料が無くて、相手が強いのか弱いのかもわからない。だから他の個体も観察した方がいいと判断したので、今は戦わない方がいいかと思ったんだ」

「しょうがねえな。俺はいつでもやれるかんな」


 俺の説明に駆も納得した様子。


「頼もしいね。覚えておくよ」


 駆の物怖じしない強気な性格はきっと前衛向きなのだろう。 

 俺たちは列になって再び歩き出す。

 目印として等間隔で木に彫ってある番号を参考にしながら方向を変えて進んでいく。

 開けた場所にゴレムルが佇んでいた。


「敵発見。距離は十五メートルくらい」


 立ち止まってすぐにゴレムルのプラーナを確認。さっきの個体よりもプラーナの輝きが弱い。

 いける、か?

 振り返り、無意識に尋ねるような視線をカリーさんに送ってしまう。

 彼女は自分で考えなさいと言わんばかりに満面の笑みで返してきた。


「――――よし、やろう」


 自分なりに考えた結果、あのゴレムルは初戦の相手に相応しいと結論を下した。

 俺の言葉に頷く五人の顔に緊張がはしる。


「まず俺と駆と武で突っ込むから、後ろの三人は有紗ちゃんの魔法の射程範囲内まで移動して下さい」


 俺はメモした内容を思いだし、手短に説明する。

 後衛の三人が「了解」「分かりました」「はい」とそれぞれ返事。

「位置に着いたら有紗ちゃんはすぐに魔法発射の準備をお願い。完了したら撃っちゃって」 


 攻撃の要という重要な役割を持つ少女に動き方を説明。小さくても、彼女を頼りにする方法しか俺は知らない。


「はい、なるべく早めに撃てるようにがんばります」


 有紗ちゃんが、自分の役割を全うしようという健気な心意気をみせる。


「怪我をしても律子さんに回復してもらえるから、俺たち前衛は勇気だしていこう」


 有紗ちゃんがそうでありたいと望むように、自分たちも前衛としての役目を果たさなければ。


「勇気なんて売るほど出してやんよ」


 有紗ちゃんの言葉で駆はさらにやる気になったようで、眼には力が漲っていた。


「うん、わかった」


 武の顔は恐怖もしくは緊張で強張っていたが、彼の大きな身体こそまさに前衛に相応しいと思う。はっきりいって一番頼りにしている。


「傷の手当は私にまかせて」


 大きな胸をぽんとたたく律子さん。あとできっとお世話になるだろう。


「私は何をすればいいでしょう? 恐縮なのですが、戦いそのものに使えそうな特技はまだ覚えていません」



 淡々としているが、どことなく悔しそうな顔をしている凛さん。


「魔法の発動準備中は有紗ちゃんが無防備になるので、もしもの時は彼女を守ってください。もしくは魔法を中断し、三人で逃げちゃってください」


 俺自身も錬金術師という職業をよくわかっていないため、たいしたアドバイスが出来なくて申し訳なかったが、それでもなんとか捻りだした言葉を伝える。


「分かりました。」


 小さいが確かな返事。出来ることをやろうという決意が感じられた。


「よし、じゃあいきましょうか」


 俺はみんなの緊張を和らげるべく、口の端を吊り上げ無理やり笑顔を作って開戦の合図を告げた。


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