召喚される方の気持ち
「なんだこれ」
そよ風が前髪を撫でる。
はたして、扉の向こうに広がっていたのは――――
街全体を見下ろすような丘から目についたのは、赤みがかった屋根の連なり。次に幅広い石畳の路に視線が移る。
遅れて両隣に立ち並ぶ、古めかしい建物に目がいった。
中世の趣が残るヨーロッパの景色が思い浮かぶ。
観光地か?
いきなり馬車が通りに姿を現したとしても違和感のない景色から、そう思ってしまった。
さらに全体を見渡すと、街の外周は背の高い壁によってすっぽり囲まれている。
俺の住んでいた現代日本とはまるで違う風景に目をうばわれる。
おとぎ話に出てくるような街並み。想像の中にしかなかった光景が具現化されたような世界が広がっていた。
ファンタジーの世界に迷い込んでしまったとでもいうのだろうか?
「ふふ、なんだと思う?」
カリーさんはいたずらっぽく笑いながらゆっくりと歩きだす。明確な答えはなく、何か含みを持たせるような言い方だ。それなら聞く内容を変えてみよう。
「ここは、いったいどこなんですか?」
俺はカリーさんの背中を追いながら、答えやすいようにシンプルな質問をする。
声を聴いた彼女がふと立ち止まり、くるりと反転して俺と顔を合わせる。
「ようこそ瀬田俊君。ここは、キミたちの住むイムスフィアと似て非なる世界、アストヴェリア。私たちはキミのことを歓迎するわ」
胸に手を当てながら恭しくお辞儀するカリーさん。
芝居じみた仕草で彼女が放った言葉は、それこそ演劇の台詞であって欲しいような内容だった。
「ちょ、ちょっと待ってください! ここは日本どころか地球ですらないって言ってるんですか?」
周りの景色から、もしかしたら俺は寝ている間に外国のどこかに連れてこられたのかと思ったのだが。彼女の言葉を鵜呑みにすると、それどころではなかったらしい。
「そうよ。チキュウどころか世界も違うけどね。キミの元いた世界は、ここではイムスフィアと呼ばれているわ」
俺の慌てふためく姿を見てもすました顔で話を続けるカリーさん。
彼女にとって俺の反応は想定内ということなのだろう。
「俺は今までイムスフィアに住んでいたって言うのですか?」
聞きなれない言葉に疑問。そもそも自分たちの世界に固有の名前があるという発想が俺にはないのだ。
「そうそう。そして、私とキミが今いるこの世界がアストヴェリア」
軽い調子でとんでもない発言をするカリーさん。
なぜなら彼女の今の発言は、俺が元いたイムスフィアの日本から、別の世界であるというここアストヴェリアに移動したということを示している。
「そんなバカな話、あるわけない、はずです」
突拍子がないにも程がある発言を、素直に認めることなどできない。だから抗議の意味も込めて、断固否定してやろうと思ったのだが、完全に嘘だといえる自信もなかった。
なにしろ死んだと思ったら見知らぬ部屋のベッドの上で眠りに就いていて、起きて外に出たらこんな見たことのない景色が広がっていたのだ。
白状すると、こまできたら有りえない話など何もないかもしれないと、俺は思い始めていた。
「気持ちの整理が追い付かないのも無理ないわよね。そうね、不安にばかりさせても悪いから朗報を一つ。もうすぐキミは他のニホンジンに会えるから、少しは安心してね」
カリーさんは右目をぱちりと閉じて開いた。
「え? 俺の他にも日本人が此処にいるのですか?」
思いがけない言葉に鼻白む俺。同じような境遇の人が他にもいるということは心強い。何かあればきっと協力できるし、分かりあえるだろう。なんにせよ、心細いのではやく会いたい。
「ええ。今回の選定で、六人のニホンジンがアストヴェリアに召喚されたわ」
俺の顔をじいっと見つめながらカリーさんが答える。
観察するような眼差しなのは、彼女の方も俺の反応が気になるのか?
選定・召喚というカリーさんが話した言葉の中でも特に気になる単語が二つ。
選定とは目的のモノやヒトを選び定めることで、召喚とはヒトなどを呼び出すことのはず。
「ということは……」
彼女の言葉を自分なりに理解しようとしてみる。
「俺は何かしらの目的の為に選ばれてこのアストヴェリアとかいう世界に呼びだされた?」
でた結論は、単純だがこれしかないだろうというものだった。
「その通り。キミ、思ったより察しが良いのね。助かるわ」
カリーさんがくれたのは、自分で言っておきながらも認めたくない答えだった。だが一方で、此処にある現実からはもう逃れようもない。
「っつ」
苦々しい思いが隠しきれず顔にも出る。
「ここまでの話に曲がりなりにも理解を示してくれてありがとう。ここからは、私も誠意を以てキミがアストヴェリアに召喚された経緯と理由を説明するわね」
それまでずっとにこやかであったカリーさんの表情が少し引き締まった。
一体この小さな唇からどんなとんでもないことが語られるのだろうか?