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出発前の支度

 止まってしまった人生を続けたい。意味も分からず突然死んだままなんて理不尽にも程がある。納得なんて到底出来ない。

 他の五人はどう考えているのかと思い顔を見渡すと、


「だな!」と駆が拳を合わせ「うん」と武くんが頷き「ええ」と律子さんが笑い「はい」と凛さんが答え「です」有紗ちゃんが首を縦に振る。


 嬉しいことに皆の気持ちは一緒だった。

 なんの因果か知らないが、見知らぬ場所で出会った仲間たち。

 目的が一緒なのだから、きっと上手くやっていける。

 そんな想いを胸に仕舞い、ジョッキに入った蜂蜜のような味のする液体を喉に流し込んだ。


 翌日、カリーさんからのアドバイスにより、午前中の間に今後の冒険に必要な物資や装備品を買うことになった。

 ちなみに、水筒や地図、それらを入れるリュックなどは協会から無償で支給された。


「みんな基礎訓練を受けたのだから、自分にどんな装備が必要か分かっていると思うけど、所持金と相談して買ってね。武くんは鎧は高くて手が出ないと思うから、盾と剣だけでいいと思うわ」


 エインガードご用達の武具店だという白鷺屋(しろさぎや)の前でカリーさんが言った。

 皆が返事をして店の中に入っていく。   

 ぽつんと取り残された俺は、自分に必要な装備が分からなかった。昨日頑張って基礎瞳術を覚えたのはいいが、それを活かせる武器などあるのだろうか? 


「俊くん? あ、そっか。キミの場合、まだ装備品がいらないかもね」


 カリーさんは店の中に入らない俺を不思議に思ったらしいが、すぐにその理由が分かったらしい。ついでに結論も出たようだ。


「いちおうブラウンさんに弓矢をもらったので、それを持っていきます」


 扱えるかは定かではないが。


「いいんじゃないかしら。習うより慣れろっていうしね」


 その言葉は、独り残された俺を、慰めているだけのような気がしないでもない。

 俺は今後の為にもと思って、店の中に入ってみることにした。中には甲冑や帷子、様々な種類の武器などがびっしり並べられていた。


「おし、これでばっちりだ!」


 決断の早い駆は、拳を保護する手甲を既に両手にはめていた。

 彼がこの三日でどれほどの体術を習ってきたのかは分からないが、手甲を装備していると様にはなっている気がする。


「私たちはこれでいいかな?」


 律子さんが他二人の女子に話しかける。すると、


「そうですね」凛さんと「はい」有紗ちゃんの二人が同意。


 後衛の三人は木の杖をそれぞれ手に取っていた。


「三人ともさあ、木の棒なんて買って意味あるの?」


 好奇心からか、女性三人組が杖を手に取っている姿を見咎める駆。


「ええ。後衛の私たちが使う魔法や術の効果を高める効果があるのよ」

「へー。そうなんか」


 律子さんの説明を聞いた駆はすぐに納得した。 

 少し離れた場所に武くんを発見。


「うーん」


 近づいてみると、何やら迷っているようだった。


「どうかしました?」

「いや、カリーさんに言われた通り盾と剣を買おうと思ったのだけど、結構値段が高くてね。どちらか一つだけに絞った方がいいのかなあと思って」


 悩む武くん。

 彼がこの三日間で何を習ったのか知らないが、盾と剣の両方がないと駄目なような気がする。

 盾だけ持っていても攻撃はおろか牽制すら出来ない。逆に剣だけを持っていても、ゴレムルの打撃を防げるとも思えない。


「実は俺、自分の装備を買う必要がなくて、お金けっこう余っているんですよ」

「へえ、いいねえ。僕はすっからかんになりそう」


 頭を掻いて苦く笑う武くん。彼の役割をまっとうするためには、なかなかにお金がかかるらしい。


「だからその、よかったら俺が半分くらい出しますので剣と盾を両方買いませんか?」


 さしでがましい提案かもしれないが、パーティ全体として考えても、武くんに盾と剣をもってもらうべきだろう。

 ブラウンさんたちだって剣と盾の両方を駆使してゴレムルを捌いていたわけだし。経験で劣る武くんには尚更必要だろう。


「え? いやいやいや、悪いって! 自分で買うから!」


 両手と首をぶんぶん横に振り拒否する武くん。過剰な反応に少し驚く。


「いや、でも武くんのお金の負担って大きいと思うし」


 今後、兜や鎧も購入するかもしれないことを考えると、彼に必要な装備を揃える為にはけっこうなお金がかかるだろう。     


「ありがとう! でもその気持ちだけで充分だから!」


 慌ただしく盾と剣を引っ掴んで、店の奥へと向かって行った。

 単なる厚意だったのだが、彼には受け取ってはもらえなかった。

 

 俺から見て、今の武くんは何かに怯えている、若しくは自分を卑下しているように映った。

 彼は前の世界でどんな生活を送っていたのだろう?

 ふと気にはなったが、それを本人に聞けるほど俺は大胆ではなかった。

 武具屋での買い物を終え、店の外に皆が集まる。


「よし、じゃあ準備も整ったことだし、皆で腹ごしらえしたら出発しましょうか」


 こうして俺たちはカリーさんと一緒にお昼を食べた。


「みんなも知っているだろうけど、この中で俊くんだけが実際に冒険に出ているのよね。分からないことがあったら、彼に聞いてみてね」


 カリーさんの期待の眼差しが俺を射すくめる。


「その、聞いてくれたら俺で分かることだったら教えます」 


 慕う人からのプレッシャーから逃げることは出来ず、皆から偉そうに思われなければいいなと思いながら言葉を告げた。


「おう、頼むぜ相棒!」


 戸惑い気味の俺の背中を、駆がばしんと叩く。弱気に喝を入れられた気がした。


「あ、ちょっと宿に戻りますね。荷物とってきます」


 俺は自分の食事を少し早めに終え、皆にそう言って席を立った。

 小走りで宿に戻り、弓と矢を持って部屋を出る。


「あ、そうだ」


 ふと自分だけお金を使わなかったことが胸につかえ、その微妙なうしろめたさから、肉屋に寄って干し肉を買うことに決めた。休憩の時に皆に食べてもらおう。


「あいよ、ありがとうね」


 ふくよかな女店主に千ゴルを支払うと、俺は皆が待つ食事処竜の住処へと走った。


「あ、俊くんおかえりなさい」


 律子さんが小さく手を振って出迎えてくれた。

 見渡すと、既に皆は食事を終えたようで、店の外で全員が固まっている。


「それじゃあ、みんなそろったところでいきましょうか」


 カリーさんはパーティの荷物を入れたリュックを背負うと拳を掲げ、声を挙げた。


「おーう!」


 駆をはじめそれぞれが了解の返事をすると、俺たちは市壁の門から外へと旅立った。

 俺は先頭を歩きながら地図を見る。


「俊くんって弓使えるの?」 


 のどかな畑の間を歩いていると、背後から武くんの声が。


「いや、実はこれもらいもので、弓なんて使ったことないのですよね。でも無いよりはあった方が良いと思って持ってきました」


 変に期待させてしまっても申し訳ないので、ありのままを説明する。

 ゴレムル相手に弓を使うなら、素人の俺では本来の弓の使い方となど出来ないだろう。いっそ狙いを外しようがないくらい近づいて矢を射るくらいの思い切ったことでもするしかない。 


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