陽気な先輩とハイキング
翌日、俺たちは宿の前に集合し全員揃って出発した。
五人は基礎訓練の為に練武館へと向かい、俺はブラウンさんたちと合流するために協会へと向う。途中まで路は同じだった。
昨日もらった本とペンを抱えて歩いていると、ちょんちょんと肩をつつかれる。振り向くと律子さんが微笑んでいた。
どうかしたのかなという疑問を浮かんだ直後、
「昨日は有紗ちゃんのことありがとね」
律子さんは小声でそう耳打ちした。
「昨日、見ていたのですか?」
「まあね」
律子さんがいたずらっぽく笑う。抜け目ないというか、油断のならない人だ。
そうこうしているうちに協会へ到着。
「それじゃあ、またあとでね」
そこで仲間と別れ独りになった。皆より一足早い実践デビュー。今から未来へと続く路の一歩目を踏み出すと思うと、緊張で胸が高鳴る。
ゆっくり扉を開くと、既にブラウンさんの姿が。
「やあ俊! よろしく頼むよ! ん? 胸に抱えているそれは何かな?」
今日の天気と同じくらい陽気な声のブラウンさん。俺の持つ本が気になったようだ。
「ああ、せっかくなので色々メモしておこうと思って」
そう口にしてから、これから危険な場所に行くのにそんな余裕はないと怒られたりしないだろうかと不安になった。
「はっは! キミは真面目だなあ」
俺の不安を吹き飛ばすように豪快に笑うブラウンさん。彼の顔は快晴のまま。どうやら俺の心配は杞憂だった模様。
「今日は私たち四人とキミの計五人でいくから無茶なことはしない。安心していいよ」
ブラウンさんによると、本来は六人パーティなのだが、今日俺と一緒に行くのは四人だけらしい。各々の意思を尊重しているので、必ずしも仲間全員で行動しているわけではないとのことだった。
ちなみに今日行く四人のやりたいこととは、装備を新調するための資金稼ぎらしい。
ブラウンさんと話をしていると、他の三人が遅れてやって来た。
「あら、かわいい坊やね。私はリドリー」
そう言ったのは、鼻の高い、スラリとした黒髪の白人女性。手に持った杖を軽く掲げ「よろしく」と付け加えた。
「お、キミはどこからきたのだい? 僕はリー。よろしくね」
いきなり出身を訪ねてきたのは、アジア風の顔立ちをした男性。似たような人種である俺の出身が気になったのだろうか?
「まだ小さいのに大変ねー。私はレイチェル。今日は頼むわねー」
俺をかなり低めの年齢に見積もっているらしいのは、ドレッドの黒人女性。彼女の手にも杖が握られていた。
「俊っていいます。出身は日本です。今日はよろしくお願いします」
一回り以上は年上と思われる四人に対し礼をつくそうと思い、深々とお辞儀をしておく。
これから一日、行動を共にするのだ。なるべくなら良い印象を最初に持ってもらいたい。
「はは、見ての通り彼は気のいい奴だ。みんな仲良くしてやってくれ!」
ブラウンさんが室内に響くような大きな声を張る。
「イエーイ!」
他の三人も負けないくらいの声量で返事。
賑やかな人たちだ。そして、優しそうな人たちでもある。俺が今そう感じたように、四人にも俺のことが良き人間だと伝わっているといいな。
「じゃあ俊。悪いけどこれを背負ってもらうよ!」
ブラウンさんがリュックを俺の前に置く。
「はい」
俺はリュックの重さを確かめ、若干気おくれしながらも背負った。中には昼食や水などが人数分入っているらしい。
「それでは、狩りへと洒落こもうか!」
ブラウンさんが大股で歩きだす。
「ゴー!」
他三人もそれに続く。
「はい!」
張りきる四人におくれまいと、俺は小走りで追いかける。
市壁をくぐって街の外に出ると、目の前に広がっていたのは大草原。ではなく、畑や牛や鳥のような姿をした家畜らしき生き物の数々だった。
今までは特に感じたことがなかったが、この光景は人が暮らすためにはなくてはならないのだろう。
そういえば、親父の田舎もこんな景色だったような気がする。
「今日は何をする予定なんですか?」
平坦な路を歩きながら前の四人に向かって尋ねる。
金策をするとは言ってはいたが、具体的にどうやって稼ぐつもりなのだろうか?
「はっは! 魔石を取りに行くのさ」
よく笑うブラウンさんの口から出たのは、魔石という聞きなれない言葉。話の流れから察するにその魔石という石に金銭的な価値があるのだろう。
「石ってことは鉱山にでもいくのですか?」
ブラウンさんとリーさんは背中に剣と盾を括りつけており、リドリーさんとレイチェルさんは手に杖を持っている。そして俺のリュックの中身は主に食料品。
これから採掘をするのだとして、それに必要な道具を持ち合わせているとはとても思えない。
「いや、違うんだなそれが」
肩をすくめるリーさん。
「じゃあどこに?」
まさか、川で拾うとでもいうのだろうか?
「ふふ。着いてからのお楽しみね」
思わせぶりなリドリーさん。
「はは。ちなみにあと一時間くらいで着くわよ」
答えは教えてくれないが、謎が解けるまでの時間は教えてくれるレイチェルさん。親切なようで不親切だ。
話しながら歩いているうちに、いつの間にか畑や家畜の姿はなくなっていた。
辺りには緑の草が生い茂り、そよ風に靡いてゆらゆら揺れる。
見晴しがよく、空もまっさら。歩いているうちにじんわり汗が滲む程度の気温であり、時折吹く強めの風が心地よい。
そんな中でブラウンさんたちが談笑しながら歩いているのを後ろから見ていると、よもやハイキングに来たのではと思ってしまう。
「俊。あそこに見えるのが、これから私たちが向かう灰の森だよ」
足を止めたブラウンさんが指さした方向に目を向けると、使い込んだ雑巾のようなくすんだ白色の塊があった。
「すごいですね」
俺はおもわず息を飲む。そこだけ、周囲の緑から抜け落ちたような灰色だった。
足を進め灰の森に近づいていくと、おぼろげだった輪郭が露わになる。
そこには自然の摂理と相反する、灰をかぶったというよりは、灰から生まれた木々がそびえていた。
「よし、いこうか」
ブラウンさんは、背中に背負っていた剣と盾を右手と左手に持ってそう言った。
「はい」
俺たちは異様な灰色の森に足を踏み入れた。
目が良いというリーさんを先頭にした五人縦隊。
俺以外の四人は慣れた様子だが、武器を装着していることからも、モンスターと出会う可能性があると思うべきだろう。
「――いた。数は一」
静かに告げるリーさん。
どうやらモンスターを見つけたらしい。
「よし、やろう」
「おっけー」
隊列の後ろにいる俺からだと前の様子が分からないが、会話から察するにモンスターと一戦交えるつもりのようだ。
そう認識した瞬間、鼓動が速まり、胃が締め付けられるような緊張に見舞われた。
――――未知の世界で、今まさに戦いが始まろうとしている




