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似て非なる世界

 カリーさんは俺の質問一つ一つを丁寧に答えてくれた。

 故に収穫はそれなりにあり、新たに分かったことが幾つもあった。

 このカーデンブルグに住む人々は高台にある、俺が目を醒ました建物『時計塔』の壁面にくっついている時計の時間を目安に行動しているということ。カリーさんのように個人で時計を持っている人はあまりいないらしい。

 他にも太陽があり、朝昼夜もきちんと区別しているということ。

 そうやって彼女の話を聞いているうちにふつふつと湧き上がる疑問。


「アストヴェリアと俺たちの世界って似ていません?」


 聞けば聞くほどに、文明的な発達の差異はあるものの、二つの世界の何が違うのか分からなくなる。


「ええ、そうなのよ。私たちはアストヴェリアとイムスフィアの二つを相似世界と呼んでいるくらいだしね。もしかしたらカードの表と裏のような関係かもね」


 やはりカリーさんたちも二つの世界を似ているものと認識していた。

 どっちが表でどっちが裏かは詮索してもあまり意味ないだろう。 そんなものは、どちらの立場に立つかで変わるものだ。


「敢えて言うなら、アストヴェリアとイムスフィアの違うとところってどこですか?」

 

 似ていると言われた二つの世界。そうなると今度は逆に、異なる点も聞いておきたくなるものだ。


「そうね、一言でいうと難しいけど、キミたちイムスフィアの人間はどらかといえば物質を重んじているのに対し、私たちアストヴェリアは精神を尊んでいるわ」


 アストヴェリアの人たちはプラーナを用いて個人レベルで超常的な現象を起こせる。

 よって個人の内面に付属する精神というものを尊ぶのも分かる気はする。 


「そろそろ皆が帰ってくるわね」

「え? もうそんな時間ですか」


 記者さながらに、質問しながらメモをとっていると時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 まだまだ聞きたいことはあったが、カリーさんとの質疑応答によってこの世界の理解が深まったおかげで、未知からくる不安が減った。


「みんなおかえりなさい。どうだった初日を終えて?」 


まもなくして、入口の扉が開き、初の訓練を終えた五人が戻ってきた。


「へへ、明日からが楽しみだ!」


 拳を突き出し前向きな発言をしたのは駆くん。どんな状況でも、やる気があるのは喜ばしい。


「疲れました。明日から大丈夫かな……」


 対照的に不安いっぱいといった様子なのは武くん。

 あらためてみると、縦にも横にも大きい、まさに壁のような男性だった。


「まあなるようになるわよきっと」


 楽天的な言葉武くんを励まし、背中をぽんと叩く律子さん。

 他人の様子を見て、自然に気配りができるところが大人だと思う。


「が、がんばります」


 もう今日の訓練は終わったというのに、いまだ気を張った様子なのは最年少の有紗ちゃん。

 はやくその緊張が解けたらいい。


「すでに私の理解を超える体験だったわ」


 ため息まじりに言ったのは凛さん。彼女に何があったのかは定かではないが、これからも彼女の理解を超える経験が数多くあるだろうし、そのうち慣れるのだろうと思った。  


 五人の感想はばらばらであったが、それぞれの口ぶりから、どうやら本格的な手習いが始まるのは明日からなのだろう察することは出来た。


「じゃあ皆が揃ったところで、街の案内がてら洋服なんかの必要なものを買いにいきましょうか」  

「わーい。今着ている服一着だけじゃ不安だったのよねー」

 

 カリーさんの言葉に一番に喜んでいたのは、律子さん。


「渡したお金の使い道は自由だけど、大事に使ってね」


 俺は支度金として受け取った、十万ゴル分の硬貨を触って大切に使おうと思った。

 はカリーさんに先導されながら街を歩いていく。暮れなずむ夕日を背にし、大通り沿いにある店へと到着。


「私服についてはエインガード割が使えないから注意してねー」


 彼女の忠告を背に受け、俺たちは店の中へと入る。

 エインガードとして活動することによって、様々な店で割引などの高待遇を受けることができるらしい。もっともここではその特典も無効らしいが。

 中に入ると、自然に男女に分かれて洋服を選び始めた。


「服なんかなんでもいいよな」


 たいして興味のなさそうな駆くんは、畳んである服を適当に取り、たいして見もせずに戻していた。


「俺もそう思う」


 はっきり言って、この状況でお洒落をする意味が見いだせないし、安くて丈夫なものであればなんでもいいと思う。


「僕の身体に合う服あるかな」


 せわしなく店内を見回す武くん。

 彼は俺には無縁な悩みを抱えていた。規格外というのはどこの世界にいっても楽じゃないらしい。

 幾つかの服を手に取って値札を見る。値段は安いもので千ゴルほど。高いものは一万ゴルを超えるものもあった。

 俺は少しだけ迷ったが値段を重視し、易い服を選ぶことにした。千百ゴルで購入したのは、茶色い綿のような素材で出来た、上下一体型のワンピースっぽい形をしたもの。

 辺りを見回すと、駆くんと武くんの二人もどうやら買うものを決めたようだ。 

 武くんは服が見つかったようでなによりだ。


「お金をためてまた来たいわねー」


 俺たちに遅れること十分程度。

 律子さんを中心に、買い物を満喫したらしい女性陣と俺たちは合流した。

 外に出ると、日が完全に落ちたらしく、夜の帳が降りていた。

 大通りには、一日の仕事を終えた露店の主が片付けをする姿がちらほらと。


「あの、ごはんは?」


 武くんが不安そうに問う。服を選んでいる間もずっと気になっていたのかもしれない。

 言われれば、俺も空腹を感じる。どんな環境であれ、胃袋は懸命に使命をまっとうするらしい。


「そうね。そろそろご飯を食べにいきましょうか」

 

 俺たちはカリーさんに連れられて、『竜の住処』という食事処に向かった。

 両開きの木の扉を開けると、すでに中の席は七割ほど埋まっていた。

 薄暗い店内には、ジョッキを片手に口から泡を飛ばしながら大声で笑う者。ゆでたジャガイモとソーセージらしき料理を夢中になって口に詰め込む者。リンゴっぽいものに噛り付き、隣に座る仲間と談笑する者。


 店の中には様々な人種や身なりの人間がいたが、みんなに共通しているのは、笑顔であるということ。此処が憩の場であり、食事は心の癒しとなり、生活の中で楽しみなものなのだろう。

 賑やかな店の中を移動し、おれたち七人が座れるくらい大きなテーブルを運よく確保。


「ここみたいに協会に指定されたお店なら、半額で料理が食べられるから覚えておいてね」 

「おお! すごい」


 素晴らしい特典ですねと武くんが喜ぶ。

 俺としても、食費が安く済むというのは大きいと思う。自炊するよりも、外で安く済ませてくださいねという協会の意向なのだろうか。なんにせよ喜ばしい。


「今日はわたしのおごりだから遠慮せずにどんどん食べてね」


 てきぱきと注文をするカリーさん。


「おお、ありがとうございます」

 今日一番の笑顔を見せる武くん。餌付けは大成功のようだ。

 運ばれてきたのは、ソーセージに茹でたじゃがいも風のもの。こんがり焼けた肉と豆の入ったスープ。それに白と黒の二種類のパンだった。

 この世界の食べ物が口に合うか少し懸念していたものの、違和感なく食べられた。というより普通に美味しい。

 ソーセージっぽいものは俺の良く知るソーセージだったし、ジャガイモもジャガイモだった。

 相似世界と言うだけあって、食べ物もよく似ているらしい。

「最初はどうなることかと思ったけど、こうして今ご飯が食べられるような状況でよかったわねー」


 行儀よく、ナイフとフォークを使って料理を口に運ぶ律子さん。しっかり咀嚼し、飲み込んだ後にそう言った。


「みんなまってろよ! あと二日の修行を終えたら漢になって帰ってくるからよ!」


 かと思えば、対照的にマナーという言葉を置き去りにした駆くんが、口に食べ物を積み込んだまま吠えるように声を挙げる 

お腹が満たされたことにより緊張の糸が綻んだのか、和やかな雰囲気のなか会話が繰り広げられる。

 主に話の発端となるのは律子さんと駆くんだった。

 まだよくは分からないが、六人のムードメーカは二人なのかもしれない。

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