電車1
「・・・危険ですので、白線の内側までお下がりください。」
駅は、朝の通勤通学で込み合っている。
それでも、このアナウンスは聞こえる。広也が毎日聞くものだ。
白線は、危険なものとそうでないものとを分かつ境界線である。
今のアナウンスのように、駅のホームでもそうだし、歩道もそうである。
線路の向こうから電車がやって来る。皆、アナウンスに聞き入っている訳ではない。
にも関わらず、誰しもが白線の外側を歩かない。
広也には、この事が不思議だった。たったアナウンスだけで、何千何万の人が白線の内側を歩く。
海外と日本を比べた時、日本には独特のものがあると聞いた事があったが、この一事も、まさにその一つなのではないだろうか。
だから広也は小学校に入ってから現在に至るまでの五年間、このアナウンスを聞き流す気にならなかった。
毎朝、この出来事を不思議に思っている。今日も、いつもと同じ事を考え、電車に乗った。
広也の学校生活は、普通だった。本当に普通。
いじめや悩みは無いが、特に楽しい事や刺激的な事も無かった。
ただ過ぎていく日々だ。嫌な授業、苦手な授業は早く終わるように願い、それ以外は気を抜いて過ごす、そんな一日が積み重なっていくだけだった。
無為な日々。ただ過ぎていく日々。無難な日々。
この日もそんな一日の一つのはずだった。
しかし、昼休みに担任の先生に呼ばれた。友達と教室でダラダラと話をしている時、急に先生が来て、
「お母さんから電話。急ぎの用みたい。すぐに職員室に来て。」
そう言われたのだ。