15歳の誕生日
「今年で十五歳だね。誕生日おめでとう」
「めでたくない」
だから、毎年飽きもせずこの常春王子は!
「で、今年は何」
「白木蓮の苗と、ミルフィーユ」
その内、白い花の木で城が埋め尽くされそうね。
「お茶しに行くわよ」
そう言うと、侍女たちも心得たもので、すでに温室にお茶の用意はしてあるという。習慣化されちゃったわね。
ほかの候補の王子ともお茶はするけど、それは専用の部屋にお通ししてのこと。彼はアタシにとって親しい人間だからなんでしょう。
ミルフィーユに手がつかない。ごまかすように紅茶ばかり飲む。去年までは普通に食べられたのに、口に運んだとたんに、喉から下へやるのが苦しい。
一年よ。たった一年よ! よりによって今になって、彼の前で不調を見せるなんて情けない。ここのとこ食べてないんだから胃は空いてるでしょう、ここで食べないでどうするの。
「顔色悪いね」
「っ、そうかしら」
「気分が悪いなら今日はここまででも」
「平気よ。あなたが気にすることじゃないわ」
一人でいるほうが、感情がぶれる。吐き気がする。
彼はしばらく黙っていたけれど、自分の紅茶を飲んでから口を開いた。
「前から気になってたことがあるんだけど、聞いていいかな?」
「なあに?」
「君はいつも、誕生日おめでとう、と言われると苦しげな顔をする。生まれてから無事に今日を迎えられた記念日に、どうして君は」
……おめでたい頭してるじゃない。
ええ、ええ、アタシだって心から喜びたいわよ。けどね、あんた、忘れてるでしょ。アタシが妖精の呪いにかかって、十六歳で眠りにつくんだって!
「あんたには分かんないわよ!」
テーブルに手を叩きつけると、紅茶が跳ねてクロスを汚した。
「毎年毎年オメデトウオメデトウって言われるたびに、自分が永眠に近づいてるんだって意識するのが、どれだけ怖いと思ってるの。眠って永遠に目覚めないなら死ぬのと同じよ。『王女様、お誕生日おめでとうございます』って、何がめでたいの! アタシは少しずつ死に近づいてるっていうのに!」
「その君を助けるための俺だろう」
イヤミったらしくなく、まったくの確定事項を口にするだけの彼。
「助けてくれるの? 絶対? 何が起きても? 本当に? アタシは自分の生き死にを他人に委ねるほど楽観的になれない。あんたが失敗したら? 他の王子が誰もアタシの下に辿り着けなかったら?」
「考えすぎだ」
「そう、みんなそう言うの。そんなことはありません、王女様は考えすぎなんです、って。考えて当然でしょ! だってアタシには命が懸かった問題なんだから。家臣たちはいいわよ、ただ寝てるアタシが起きるのを待つだけだもの。父上のお選びになった王子たちに、アタシを救い出してくださいって託して祈って。目覚めないかもしれないアタシが、どんなに不安か分かりもしないで!」
「分からないさ」
睨みつけた彼は、アタシが悪いと思わされそうなほど、悲しげだった。
「分からないから、俺には君のために最善を尽くすしかできない」
――彼の言うとおり、なのに。
「出てって」
アタシの口から謝るなんて、絶対イヤ。
「帰って! とっとと帰りなさいよ!」
彼は暇乞いもせずに温室から出て行った。
そこでアタシはやっと、彼を本当に傷つけたんだと理解した。
「帰った?」
侍従の報告に変な声が出た。
今朝早くに『王女のご機嫌を損ねたまま、のうのうと滞在できない』と仰って、お発ちになった、ですって?
あんの、大馬鹿!
一晩経って少しは悪かったって反省した矢先にこれ? ふざけないでよ。
思えばそんなヤツだったわ。重大なことをしでかした直後は必ず逃げるのよ。
初めて会った時もそうだった。自分から仕掛けたくせに、結局は逃げるんだわ。
許せない。
絶対に許してやらない。
アンタなんて大キライよ!