14歳の誕生日
「今年で十四歳?」
「ちっともめでたくない十四年目よ」
人の気も知らないで毎年飽きずにこの常春王子は。
「毎年遠路はるばるご苦労様。今年の贈り物は何かしら?」
「梨の苗と、フルーツタルト」
くっ。こいつ、アタシの好みを心得おって。悔しいったらありゃしない。
「よく毎年腐らせもしおれさせもせずに運べるわね」
「我が国が運輸技術に関しては随一なの、知ってるだろ? ――ほら、お茶にしようよ、お姫様」
「休まなくていいの? 到着したばっかりじゃない」
「これくらい平気さ。むしろ俺より部下を休ませてやってもらえるかい? 俺は馬車でぐーすか寝てただけだもん」
「それくらい当然よ。いい御身分ね」
「王子ですから」
下への労いは上に立つ者の義務ですもの。
控えの侍従に、彼のお付きたちをもてなすように命じる。
それと、侍女にお茶の席を用意させないと。
彼と一緒に、お茶の席である温室で。
「さ、行きましょう」
結局、前の年と同じ流れなのよね。
サマースノーに囲まれた暖かい部屋で、今年も彼とお茶とケーキを楽しむ。
さて、今年のフルーツタルトはどんな味かしら。あむ。
バナナにイチゴにパインにオレンジにキウイ。赤と黄色と緑とオレンジ色が目にも鮮やかで、色んな味が楽しめる。一口で二度おいしい。アーモンドのしっとりしたタルトと、フルーツの自然な甘さがすてき。
「品種改良に成功したんだ」
道理で甘さが際立つわけね。
「食べないの?」
「贈り物を俺が食べちゃまずいだろ」
「じゃあ、アタシからあげる。これでいいでしょ?」
「光栄で」
侍女が切り分けたタルトを彼も食べる。こうして見ると、手の動きなんかが優雅。腐っても王族ね。
王族、なのよね。つい気安さに忘れがちだけど。目覚めの王子候補になったんだから、アタシを目覚めさせたあとは王族として何かしなきゃいけないんじゃないかしら。
それは、やっぱり……
「何であんたはこの国が欲しいの?」
彼はハトに豆鉄砲を食らったような顔をした。
「俺、そんなこと一言も言ってないぞ」
確かに彼の口から野心的な言葉は聞かなかった。他の目覚めの王子候補のように、遠回しに地位の確約なんて頼まれなかった。訂正しましょう。
「あんたの国は、この国を手に入れてどうしたいの?」
「ああ、そういうことか。単純だよ。我が国は運輸技術が売りだが、遠い国に届けるにはやっぱり品質が落ちる。だからここを抑えて、もっと効率的にやりたい――王はそうお考えらしい」
やっぱり国が目当てなのね。でも、それは王がそうお考えなのであって、彼個人はどう考えてるのかしら。ふふ。まあしょうがないか、なんて思ってるくらいがお似合いよね。あんまり熱心な王子には思えないもの。
「せいぜいこの国を使って頑張りなさいな。アタシを救うことが前提だけどね」
「もちろん」
イイ笑顔じゃない。自信あるのね。その余裕が憎たらしいったら。
アタシは宣告の年が二年後に迫って、そろそろ気持ちが切迫してるわ。まあ大丈夫よね、と昔は割と能天気だったんだけど。
彼はしばらく黙っていたけど、残った紅茶を乾して、カップをソーサーに戻して。
「今度こそしておくかい? 予行演習」
「それも悪くないかもね」
「またビンタされ……って、え?」
自分から振ってきた提案じゃない。ちょっとー、意識あるー?
前のアレがあったから、てっきりアタシにそうしたいんだと思ってた。もっと言えば、アタシに懸想してるんだと思った。
予想とはいえ、ここまで考えてしれっとしてるアタシの頭も、ネジが二、三本ふっとんだみたい。
寝てる間に知らない王子にされるよりは、親しい彼とすませておいたほうがダメージが少なそうなんて思うんだもの。
さ、目は閉じたわよ。どうぞ。
しばらくして、真っ暗な中で、怖々と彼が頬に触れるのを感じた。
震えてるわよ、大丈夫?
「十二の年の君は」
彼の手が静かに離れていった。
目を開ける。珍しく真剣な彼の表情があった。
「まだ将来の展望を持っていただろう。気位も上等。それが今になって俺にあっさり身を任すなんて、どんな心変わりだ?」
心変わりね。言い得て妙だわ。
アタシの心は一年、また一年と過ぎるほどに移ろった。
あんたの言う通りよ。昔はまだ助かる方法があるから何とかなると信じてた。
けれどね、今はそんなに信じてないの。今のアタシはとても刹那的なの。
「大人になったのよ。それよりやるの? やらないの?」
「……やめておく。興が削がれた」
ちょっと残念。未知への探求のチャンスがなくなっちゃったわ。
でも、土壇場でやめちゃうなんて。
この根性なし。王子失格よ。