13歳の誕生日
――という思い出が彼との間にはある。
普通は叩く、とまず主張しておきましょう。仮にも王女の唇を狙ったんだから、王子だろうと賊みたいなものなのよ。
ただ困ったことに、父上は選考を終えて彼をアタシに宛がってしまったのです。アタシを救う王子の最終候補の一人として。
もちろん父上は彼がアタシに何をしようとしたかなんて知らない。父上は純粋に彼の能力と人望を評価して、アタシを救うに足る男と見込まれた。
父上は政治はからっきしだけど、人を見る目だけは誰にも劣らない。この決定もきっと最善なんだと、きちんと納得してるわ。
「十三歳の誕生日、おめでとう」
懲りずによく来られたものね、王子様。
まあ、最終候補なんだから交流を深めないでいるわけにはいかないからでしょうけど。
「めでたくないわよ。で、今年は何で釣るおつもり?」
まわりに並ぶ家臣たちがオロオロとアタシたちを見比べている。
「李の苗と、ガトーショコラ」
パターンは去年と全く同じね。
「ありがとうございます。あとでゆっくり頂きますわ」
「おや。お茶会にはご招待してくださらないのか」
「注意することにしましたの」
にっこり。どーよ。
「それは残念だ。せっかく土産話を用意してきたのに」
彼は屈んで、アタシにしか聞こえない声で囁いた。
「君の呪いに関して、聞いてほしいことがある」
アタシはつい彼の顔をまじまじ見てしまった。深刻さなんて欠片も見当たらない。
でも、アタシの呪いの話じゃ、持ちかけた相手がサルだって追い返せない。
アタシは侍女たちを呼んだ。
「お茶の用意をして。彼とご一緒するわ」
とりあえず、お茶菓子にしたガトーショコラはすごくおいしい。チョコレートの苦味がちょうどよくて、ナッツの食感とよく合ってる。いっつも甘く作らせてたけど、苦くてもおいしいものなのね。
「機嫌は直ったかな」
真っ白なバラを背中に、彼は笑った。
こうするとみてくれもそう悪くないし、気品を感じなくもない。
父上が選んだからには悪人じゃないんでしょう。覇気を感じないとこや、芯のなさそうな話し方は、ちょっとどうかと思うけどね。
「どうした? ショコラまずかったか?」
「っ!! 顔近い!」
手の平で彼の顎を押して至近距離から遠ざける。まったく油断も隙もない。
ええ、ええ、ご忠告どおり注意は払ったわよ。今みたいにね。
「おいしいわよ。あんたんとこのパティシエに金一封あげたいくらい」
「伝えておくよ。ウチの職人も喜ぶ」
何となく会話が止まる。しばらくガトーショコラを食べるのに集中してたら、彼がふいに零した。
「サマースノーか」
温室を埋め尽くす真っ白なバラの名前。彼と初めて会った時のまま。植え替えたかったけれど、予算がもったいないからやめなさいって父上に言われてそのまま。
「君の呪いのオプションに『茨の城の中』ってのがあったっけ」
「あったけど……」
正確には「茨に覆われた国の中の城」ね。
国中を覆うほどの大量の茨なんて、我が国では栽培してないはずだけど。
まあ、『死』を覆す反撃魔法だったから、そのくらいの茨で囲って守らなきゃいけないのは、何となく分かる。
「ここのが触媒に使われるのかもな」
「まさか。ここのサマースノーはここにある分で全部よ。城中なんてとても足りないわ」
「分かってるさ。単に頭の端で覚えてくれていればいい。仮にそうだとしたら、君を呪った妖精がここのサマースノーを燃やしに来るかもしれない。茨の守りも、きっと解呪に必要だろうから」
「ひょっとして、それがアタシに聞いてほしかったこと?」
「まあね。つまらなかったかい?」
そんな急に自信なくした顔しないでよ。自分から切り出した話題なんだから、信憑性を保証するのはあんたの役目でしょう。
まあ、期待したような内容じゃなかったのは確かね。やっぱりこう、根本的な解決につながる内容を期待しちゃったから。
「覚えておく」
でも、せっかく教えてくれたんだから、そう言うのが筋じゃない。
それにしても、彼はどうしてアタシにここまで懐いているのかしら?