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あなたと会えてオメデトウ  作者: あんだるしあ
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12歳の誕生日

 アタシの人生は皿一枚で決まってしまった。




 何でもアタシは国中から誕生を待ち望まれた王女で、生まれた日には、それはそれは盛大なお祝いがされたらしい。アタシは生まれたての赤ちゃんだったから知らないけれど。


 そこでアタシの祝福のために呼ばれた妖精は十二人。これ、十三は不吉だからって理由じゃなく、単に専用のお皿が十二枚しかなかったためだって。用意しなさいよ、それくらい。


 それで、まあ、その一三人目の妖精は侮辱されたと思って、腹いせにアタシに呪いをかけたのね。


『十六歳の誕生日に死ぬ』


 死に方指定のないとこが陰険ね。回避のしようがないったら。

 でもそこで、その場で一番機転の利く妖精が呪いを緩和して、


『十六歳の誕生日に永遠の眠りに就く』


 ……って差し替えたわけ。永遠の眠りじゃ変わらないと思ったけど、幸いなことに目覚める方法も指定してくれた……んだけど。


 その方法がよりによって、『眠ったアタシに王子がキスをすること』なのよ!






 アタシの誕生日は毎年、国を挙げてお祝いする。何せ王女だからね。

 城下の騒ぎは、まあ、それだけ民が祝ってくれてるってことだからよしとするわ。

 けれど、アタシの周り、つまりお城はごくごく小さな祝いの席を設けるだけ。諸外国の方々も祝辞を言い上げると早めにお帰りになってしまう。


 が、そんな中でも例外というものはあるわけで。

 その『例外』というのは、二つ向こうの国の第三王子だった。


 きちんとかしこまって形式ばった謁見で、彼は型通りの挨拶を終えると、立ち上がって言った。


「ここからは個人として。誕生日おめでとう、お姫様」

「おひ……っ!」


 王女、と呼ばれることは多かったけれど、姫、と呼ばれたのは初めてだった。自慢にならないけれど、アタシはおしとやかでも愛らしくもないから、貴族の娘たちみたいに『姫』と呼ばれたことがなかったの。


 その新鮮な感動が油断につながった。


「ところで君はこれからヒマかい?」

「は、はい。これといって用事はありませんわ」

「では、我が国のパティシエの力作をお茶菓子に添える栄誉をいただけないかな」

「それは、アタシとお茶をご一緒したいというご意向かしら?」

「いかがかな、お姫様」


 そんなに連呼しないで。悔しいくらい嬉しくなっちゃう。


「よろしいですよ。ちょうど温室に庭師が丹精込めたバラが咲いてます。そこでティータイムにいたしましょう」






 お茶の席でお酒に弱いことが発覚。


 彼のほうの紅茶はブランデー入りで、興味でアタシも同じものを侍女に淹れさせてみた。

 そして、ものの見事に酔った。


 といっても、へべれけに酔ったわけじゃないわよ。理性は残ってるし、状況もきちんと理解してる。

 ただ、ちょっと箍が外れた。まず敬語は忘れた。


「ちょっと意外だったな」


 真っ白なバラの温室にしつらえたテーブルで、彼と向き合って。侍女が彼の贈り物のチーズケーキを切り分けてる。


「何がかしら」

「十六歳で呪いがかかると告知されたんだから、どれだけ悲壮な人かと思えば」

「生意気で悪かったわね」


 あと、おてんばとジャジャ馬も却下よ。


「失礼。ただ、もう少し憂いを秘めた感じの、深窓の姫君を想像してた」


 アタシの身の上話は色んな国で有名だから、彼がそんな先入観を持ってもおかしくはない。


「解き方とワンセットだから焦りも少ないのか、割合たくましく育つものだな。それなら安心だ」


 何であんたが安心なのよ。


「そりゃ知ってるのと知らないのとじゃ希望の持ち方が違うもの。けどね、大体、何で王子? その妖精、よっぽどの夢想家だったのね。別の妖精に男のキス一つで起こされるなんて、ふざけた反唱で呪いを破られた十三人目も十三人目だけど」


 チーズケーキを食べる。

 おいしい!

 スフレタイプと違って重めの食感なのに全然つらくない。クリームチーズの味がよく立ってる。これならいくらでも食べられそうだわ。おかわり、ちょうだいな。


 侍女がカットした二つ目を食べる。うーん、幸せ。普段のデザートもおいしいけど、これは初めての味だわ。


「食べカス、ついてるよ」


 さっと口元を隠そうとしたアタシに先んじて、彼はナプキンでぐいぐいとアタシの口元を拭った。くっ、醜態をさらした。


「で、その救いの王子候補は? 今年が最終選考だったよな」

「父上がお選びになった殿方が大勢。文武に優れ、知恵と度胸があり、ついでに見目麗しい、若い王子たちですって」

「お姫様から見てどうですかね?」

「及第点あげられるのは両手の指ほどもいないわ」

「厳しーねー」


 ――あんたも候補でしょうが。


 一応、自分の将来に関わることだから、候補の顔と名前は覚えてるの。実物がこんなヘラヘラだとは思わなかったけれど。


 自分から言い出すのは癪だから言わない。うっかり口にしたら、意識してると勘違いされる。そうやってアタシに変な期待を向ける王子たちには、ウンザリなのよ。


 アタシの国は交通の要衝。ここを押さえれば大陸全土の掌握もたやすい。

 そして、アタシはこの国唯一の嫡出子。将来は女王になることが決定してる。

 つまり、アタシに婿入りした王子の国は、この国をアタシと一緒に握ることになる。


 これ、普通なら男女が逆なんだけど、男を傀儡してもいい図太い国こそが、アタシを目覚めさせる王子候補のバックの大半ってのが泣けるわ。


 そのためにこそ、お助け役を引き受けようとしている感が強いし。中身はいいけど、野心家ってこと。


「ごちそうさま。残りはあとで頂くわ」

「どういしたしまして。お口に合って何よりだ」


 侍女を呼んでテーブルを片付けさせる。


「少し歩くか? それとも落ち着くまで座って話でもするか」

「何を話せばいいかしら。そうだわ。ここに来るまでの我が国の様子を教えて」

「それを君が聞きたいなら。国境を越えてすぐから?」

「ええ。国民の暮らしぶりを教えて」

「分かった」


 将来のために民の様子は知っておかなくちゃ。父上もよく「人を治める始まりは人を知ること」とおっしゃってるもの。


 彼は本当によくしゃべった。馬車の小さな窓から覗いただけとは思えなかった。きっと宿のたびに村や町を直接見たんじゃないかしら。ただ、『見ただけ』で実際は分からないって話も多かった。人見知りじゃあるまいし。


 アタシは未知の世界に引き込まれて、ドキドキして椅子に座ってられなかった。

 だから、後半は二人で温室を歩きながら話した。


「ご満足いただけたかな、お姫様」

「とっても! 自分が物知らずだってよく分かったわ。父上が『人を知れ』とおっしゃる訳もよーく分かった」


 真っ白なバラが咲き乱れる中で、アタシは立ち止って改めて彼にお礼を言った。


「色々聞かせてくれてありがとう。本当にためになったわ。次を楽しみにしてる」


 すると、彼はとたんに居心地悪そうな顔をする。


「君、俺が君に宛がわれた王子の一人だって、知ってるよな?」

「知ってるけど」


 答えた直後、彼はアタシを片腕で……


「!!」


 な、なになになになに!? 一体何が起きてるの!? 父上母上でない人に、今日会ったばかりの男に、だ、抱きしめられたぁ!?


「呪いの解き方はこちらの国王から伺った。王子のキスだってね」


 彼は残った手でアタシの顎を掴んで持ち上げる。


「予行演習だよ。どうせ眠ったら誰とするかなんて分かんないからムダかもしれないけど」

「い……っ」

「イヤなんて言わないよな? 命かかってんだし」


 イヤに決まってんでしょ、この馬鹿王子!


 そうよ、生きるか死ぬかがどっかの王子のキス一つで決まるのよ。でも唇よ唇、いずれその誰かと結婚するにしてもそんな不埒な真似できるわけないでしょうが。しかも会って間もない男となんて。


 食い縛った唇に、彼の唇が重なる――寸前で彼はアタシを解放した。


「とまあ、こういう紳士じゃない王子もいるわけだ。今後は食べ物と土産話なんかで釣られないよう注意し」


 皆まで言わせなかった。

 アタシは彼の顔をひっぱたいた。往復で。

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