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第一話「御伽の街のフリークス」アバンタイトル

 戦いの果て。喪失と獲得、敗北と復活を繰り返したその先に、最後に残された舞台は塔だった。

 焔と煙を吹き上げながら点在する瓦礫の山と、破壊され、崩れかけ時には中途から折れたビルたち。

 それらに囲まれて天を衝くがごとくに屹立するは、今この街に唯一の塔。

 今や、舞台に残された者はたった二人。

 塔の頂上、円盤状のヘリポートの上。

 片や、全身を疵ひとつない白亜の鎧に包み、同色に輝く翼をその背に負って、黒曜の剣をその手に佇む騎士。

 片や、ぼろきれのような黒衣をまとって地に膝をつき、残された左腕で必死にその身を支える隻腕の男。その白髪頭の右額からは、中途で無残に折られた赤い角が一本、。

 そして騎士は歩み始める。あたかも聖堂の只中を通るかのように厳かな、そして余裕に満ちた足取りで。

 男の心臓へ剣を突き立て、その生命と運命を絶ち切るために。

 男は喘ぐ。全身に数えきれないほどの傷を負ってその身を痛みで満たし、儘ならない呼吸を繰り返して苦しみながら、それでも尚意識をつなぎとめるために。

 彼の背後には、人の背ほどの白銀の剣が地に突き立っていた。

 それは淡い光を放ちながら、己が力を解き放てる誰か――その力で以って、運命を変えられる誰かを呼んでいた。

 けれど、男は剣を抜かない。

 彼の足元には、ちらちらと紫電を散らす青銀の鎧や、鍬形虫のようないかめしい二本角を持つ兜がばらばらになって転がり、未だその中に秘めたる力を持て余していた。

 けれど、男は鎧を纏わない。

 彼にはどちらを得る資格もなかったからだ。彼が英雄たる資格を持たないがゆえに。



 舞台の袖には、この一幕を朧気ながらも捉える機械の眼があった。

 それが撮影した景色はこの街全体に、ともすれば世界中にも届いていた。

 対峙する両者を見守るこの街の人間は皆、奇跡が起きて救われることを祈っていたけれど、隻腕の男の勝利を信じている者は誰一人いなかった。

 何故なら彼は不格好で、みすぼらしくて、弱々しくて、世界を救える勇者の在り方とは、とてもかけ離れすぎていたからだ。


 それでも、彼は立ち上がる。

 ふらつきながら。未だ闘志の焔が尽きぬその目で、迫る敵を見据えながら。

 悲鳴を上げる両足を、地面に突き刺すがごとき覚悟で踏みしめる。

 残る左手を、男は青褪めた騎士へと突きつけるように構えた。

 彼のその黒く澄み渡った瞳に。黙して静かに握られるその手には、ひとかけらの迷いもない。

 まるでその手の中に、あるじに力を与え、運命を選ぶことを許す――

 彼自身を選んだ、勇者の剣があるかのように。




 ――――遡ること、二ヶ月前。



一月十四日 御伽市みとぎし


「――あのさ、どうしたの?」

 季節は1月。空は透き通るような青。

 肌を刺すような寒気の中、青年は男の子の前に屈みこんで、できるだけ目の高さを合わせようとしながら声をかけた。

 街中とはいえ泣いているのを捨て置くのは心配で、だから声をかけたのだけど、反応はあまり良いとは言えなかった。

 溢れてくる不安と涙を抑えきれずに喉を鳴らしながら、青年の顔をじっと見つめている。

「あー……その、さ。大丈夫? 迷子、だよね?」

 『優しいお兄さん』をイメージしながら言葉を繰り返すが、出てくるのは歯車が軋むようなぎこちない言葉。

 けれど警戒を解くことには成功したようで、泣き声のボリュームがわずかに下がり、男の子が口を開こうとした時。

 予期しない声が青年の背中を叩きつけた。

「あんた、そこで何やってんの!?」

 首筋の緊張に任せて振り向くと、そこには顔面を嫌悪と憤怒に歪ませながら、つかつかと歩み寄ってくる女性の姿。

 ――この子の母親だな、と青年は直感的に悟り、ほんの少しだけ安心した。

「警察呼ぶわよ!」

 話が変な方向に向かおうとしている。

 青年は怒れる母親をなだめようと努めながら、適当な言葉を言葉を頭の中から探した。

「まあ、まあ……何か、ちょっと…誤解じゃないですか?」

 努めて穏便に、相手に敬意を払った上で誤解を解こうとする。

「はあ?」

 けれど、返ってきた言葉は極めて不遜だった。

「あんたがウチの子に何かしようとしてたのが悪いんでしょ!?」

「いやいやいや……俺、いや僕は、この子が泣いてて心配だったから声かけて!」

 何やら知らぬ間に頭の中で犯罪者にされかけている現状に、青年は思わず抗議の弁を口にする。

 しかし、目の前の女性はどうにも感情を持て余しているようで、青年の言葉が耳に入らない様子だ。

「だいたい、見かけからして怪しいじゃない……なに、その格好?」

 舌打ち混じりに言われたことは、まず外見への批判だった。

 なに、と言われても、いつも通りの格好としか言えない。

 黒のライダースジャケット、インナーには赤いパーカー。

 下は若干履き古しのジーンズ。髪は一応整髪料で整えてはいるが、髪質のせいか一部が犬耳じみて垂れている。

「顔も気持ち悪い」

 ひどすぎる言われようだ。

 十回に一回くらいは二枚目に見えなくもない顔だと、自分では思っているのだが。

「気持ち悪いのよ……ああ、気持ち悪い!」

 結局、青年が弁解する間もなく、女性は一方的に話を打ち切って、人混みの中へと消えていってしまった。

 申し訳無さそうに青年の方を見て、何か言いたそうにしているその子の腕を強引に引っ張って。

 青年に出来たのは、誰もいない冬空を見上げて毒づくことぐらいだった。

「あー……クソっ」



 年末年始にかけてこの街――御伽市を覆い尽くし、未曾有の交通渋滞を引き起こしていた大雪も、正月が明ける頃には殆どが姿を消した。

 今や駅前の大通りを覆うのはスクランブル交差点を行き交う人波と、蟻の行列めいてひしめく自動車の列。

 その直上には互いに天へと届くのを競うように乱立するビルの群れと、その中心を突き抜けるように建つ街のシンボル――時計塔。

 それらが見下ろす駅前商店街の雑踏の中には、スコップを肩に担いだ青年も悪目立ちして混じっていた。

 黒いライダースジャケットに赤いパーカー、それから安っぽいジーンズ姿の青年は、昼前の柔らかな寒気をかき分けて歩きながら立ち止まり、そして急に顔をしかめる。

 昼食、出勤、通学、あるいは早めの帰宅。一日の節目を前に、誰もが足早に行き交う歩道。

 そこにひとりの女の子だけが、立ち止まって泣いていた。

「……またかよ」

 青年は子供の方へ歩き出そうとして、ふいに立ち止まる。

 助けを求めるように泣き続ける幼子を見てから、自分の手をじっと睨む。

 それから息を大きく吸い、そして長く吐き出す。それを何度か繰り返してから、青年は決然とした表情で歩き出そうとして、また二の足を踏んだ。

 もう既に、彼に先んじている者がひとりいたからだ。


「――だいじょうぶ?」

 相手を心から見守り慈しむようなその声は、透き通るように優しかった。

 青年に二の足を踏ませたのは、子供の目の前に屈み込み、目線の高さを合わせてその身を案じる少女の姿だ。

 薄桃色の長髪はネコ科の獣耳を思わせるように髪飾りで整えられてから、そのまま流れるように波打ちながら腰まで伸びている。

 見える横顔は凛として、年の頃は青年と同じ――ティーンを越すか越さないかくらい、だろうか。

深窓の令嬢のようなブラウスとスカートの上から黒いジャケットを羽織ったそのさまは、まるで漫画のヒーローのようだった。

 身長は同等で女性としては高めに見えるが、その表情にはどこか子供のようなあどけなさがある。

「どうしたの?」

「お母さん…いなくなって……」

 少女は口から溢れだす嗚咽を堪えながら、震える喉で健気にも言葉を紡ぐ。

「そう……」

 彼女は困ったような顔をしたのもつかの間、次いでにこりと女の子に笑顔を向けた。

「だったら、お姉さんが一緒に探してもいいかしら」

 女はそう言って、幼子の手を優しく握る。まるで本当に「お姉さん」――少女を守り愛することが役目の、彼女の家族であるかのように。

 子供はしばしの逡巡を経て、そしてくしゃくしゃになった笑顔で頷いた。涙と嗚咽はもう止まっていた。

 青年は二人が手を繋いで歩いてゆく姿を、羨むような顔をしながら静かに見守った。

 二人の姿がどこかに消えて見えなくなりそうになった時、女の子の父親らしき感謝の声が聞こえ――

 青年はやりきれなくなって、見える景色に背を向ける。



 ――資格のようなものが必要だ、ということなのかもしれない。

 女の子を助けた少女には、非の打ち所など何もなかった。

 青年のように人様に嫌がられる格好はしていないし、話し方や容貌にも極めて恵まれていた。

 そうでなくても――と、青年は悔悟する。

 持つべきものを人並みに持っていれば、ああはならなかったのでは無いだろうかと。


 ならば、きっと。

 そうでない人間には。


 青年は何か喉から出かかったものを、言葉にならないように呑み込んで。

 それから自分の右手を目の前にかざして、やや強く握りしめた。

 まるで、その手の中に。なにもないことを確かめるかのように。

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