すれ違って交わって歩み続けて
少し長めですが読んでいただけると幸いです。
下校途中にわたしの携帯電話が震えた。
受信日: 2013.8.15 15:38
From: 橋本ユキ
Sub : 重大報告!
『聞いて聞いて! わたし松尾くんとお付き合いすることになりました!
色々あったけどごめんね。
もう遠慮とかしなくていいから。
でも今まで通り普通に接してね。
あ、夏祭りは松尾くんと行くことになったから一緒に行けないの。
本当にごめんね……。
それじゃあまた何かあったらメールするね。』
携帯電話越しの夏空が清々しいくらいに青色で、背の高い白い雲が私の行く先へゆっくり流れていた。
熱を帯びた生暖かい風がわたしの鼻先をくすぐる様に吹き抜けていった。
あぁ、夏の匂いだ。
そうだよね、いまは夏休みなんだもん。夏の匂いくらいして当然だ……。
「そんなとこで立ち止まってたら通行人の邪魔だって」
聞き覚えのある声とともに、とんっと背中を軽く押されたわたしは振り返った。
「なんでケータイ見て険しいような難しいような顔してんだよ」
「なんでもない」
「何でもない訳ないだろー。あ、もしかして悪戯メールでも来たか? それともネットで買った商品の発送メールか? あぁーカラオケとかコンビニのクーポンだろ。何かいい商品載ってる?」
…………。
「シカトかよ……。あぁー図星で何も言えないのか! イツキは俺とユキと松尾のメアドしかしらねーもんな」
わたしの心はこの空みたいに広いわけじゃない。むしろかなり狭いほうだ。馬鹿な奴の言葉を何度も聞き流せるほど大人じゃない。高校生を大人という人もいるけれど、わたしにしてみたら子どもだ。それはわたしが一番よくわかっているし、何よりこの馬鹿が子どもすぎる。
携帯電話をポケットにしまって馬鹿のもとへ歩み寄ると、なぜだか顔を斜め上に背けて目を泳がせていた。
どこ見てんだコイツ。
わたしは思いっきり振りかぶった右足を振り下ろして脛を蹴ってやった。
「イッタ! ちょっ、なになに! なんで俺はいま蹴られたわけ!? それに脛ってマジで痛いから勘弁してくれよな……」
しゃがみ込んで脛を何度も何度も両手で擦っていた。
「ほんっと何もわかってない! 全然ダメ! 女の子のメール内容気にするとかダメダメすぎるから」
「あ、でもやっぱりメールだったんだ。で、誰からだった?」
「あんたの耳が飾りなのは前々から知ってたけどがっかりだよ……。それよりもあんたこれから暇でしょ? ううん、部活もバイトもやってないし暇に決まってる。ゲーセン行こ、ゲーセン」
「おいおい、どうしていきなりゲーセンなんだよ。それに俺は暇じゃないぞ? 家に帰って昼寝して、漫画読んでゲームしないといけないんだから。それにほら、ゲーセンって耳痛くなるし……」
「あんたの耳なら大丈夫だって。行くよっ!」
わたしは強引にシャツの裾を握ってゲームセンターのある方へ歩いて行く。
「わかったわかった! 行くから、行くからシャツ引っ張んなって! 自分で歩くから!」
: : : : :
心の奥の奥のどこかで考えていたつもりだった。いつかはこんな日が来るかもしれないって。なるべく考えないようにしていた。考えれば考えるほどわたしの気持ちが表に出てしまいそうで辛かった。逃げていた。逃げてきた。いや、守ってきた。これまでの日常を、これからの日常を守ってきたんだ。
でもそれも今日でお終い。きっと全部この夏のせいだ。
ゲームセンターに着いたわたしたちは太鼓ゲームにコインを入れてバチを激しく振るっていた。
「ねぇ、あんたどの季節が好き?」
周りの音にかき消されない程度に声を張って質問する。
「また唐突だな……。まぁーそうだな、強いて言うなら夏かな。なんつーかチャラい感じがいいよな。家でゲームとか漫画とか読んでるよりも楽しいし」
「わたしは夏が嫌い。大っ嫌い! 夏の陽気な空気に当てられて浮かされてる人を見るとイライラする! 別に浮かれるのはいいと思うんだ! でもさ、人の気持ちも考えないで自分勝手に行動するのってどうなの!? 好きな人がいるのに勝手に諦めてさ、告白もしないまま今までの気持ちとか想いを全部棚に上げて有耶無耶にするのってどうなの!? たったひと時の刹那的感情に任せちゃうのってどう考えてももったいないよね! わたしにはせっかく積み上げてきた想いが可哀想で仕方がないの! ねぇ分かるよね!」
「ちょっ、お前今日大丈夫かよっ! 気性が荒いとかそんなレベルじゃねーぞ! それにわかんねーよ」
「分かってよ!」
「これまた強引だなぁ……。なんかあったのかよ」
もちろんあった。あったからこんなにも荒れてるんじゃないか。少しは察してくれてもいいのに鈍感なんだから。それに何もなくてこんなに荒れていたら捕まっちゃうんじゃないかな。
遊び終えたバチを置いて近くにあるベンチまで互いに無言のまま移動した。わたしが黙っているのが気まずく感じたのか、わたしよりも先に口を割った。
「――というかさ、前に夏好きって言ってたじゃん。夏休み長いし夏祭りとか花火とかもあって大好きだろ?」
「さっき嫌いになった」
「猫かよ……。気分屋にもほどがあるって……。」
「さっき見てたメールさ、あれユキからだったんだよ」
「大方俺の予想通りじゃねーか。それでユキはなんだって」
「ユキと松尾付き合うんだってさ」
…………。
たくさんの音が鳴っているゲームセンターにいてもわかる。きっといまのコイツには何も聞こえていないだろう。だってすごい顔してる。たぶん予想していなかったはずだ。まさかの展開で固まっている。このまま少し見ているのも面白いと思った。
「……おいおい、ちょっと前までそんな雰囲気なかっただろ!? いつの間にそんな展開になってんだよ!?」
「あんたの言うちょっと前より少し前に松尾の方からユキに告白したんだってさ」
「おぉ……マジかぁーへぇ……あの2人が付き合うねぇー……。俺達って中学の時からだから長い付き合いになるけどそんな素振り見たこともなかったわぁ……」
「あんたは本当に鈍感だなぁ……松尾はユキの事昔っから好きだったよ。あれだけ傍から見ておいて気が付きもしなかったの?」
「俺はそういうの疎くてなぁ……」
みんなしてわたしの気持ちも知らないで好き勝手やって。ほんと自分勝手だ。
「……ユキね、本当はずっとあんたの事が好きだったんだよ?」
「へぇー」
「ちょっと、それだけなの!? もっと他にするリアクションあるでしょ!」
コイツどんだけ鈍感なんだよ。普通もっと驚くんじゃないの? それで喜ぶんじゃないの?
「いやぁー俺さ、実はさらに少し前にユキから告白されてたんだよ」
「なんだ、だから驚かないのかぁーってえぇ!?」
「まぁーそういうことだ」
「それで、なんて言ったのよ!」
「細かくまで覚えてねーよ。ただ断った。付き合えないって言った」
「なんで!」
「なんでって言われてもなぁー」
「あり得ないでしょ!! だってユキだよユキ! あのユキなんだよ!? 頭良いし可愛いしスタイル良いし髪の毛長いし性格も抜群なんだよ!? わたしが男だったら絶対に断ったりしないよ! てか断る理由なんて何一つ無くない!?」
「まぁー落ち着けって。ゲーセンの音よりも大きい声出してたら喉壊すぞ」
わたしが周囲を見渡すと何名か手を止めてこちらを見ていた。思わず恥ずかしくなって肩を窄めて下を向くことにした。たぶんわたしの顔赤い。少しでも顔を隠さないと。
「ちなみに断る理由がなかったら断らねーよ」
「まぁ……そうだよ……ね。でもあんたはユキが好きだと思ってた」
「そうなのか……。それにしてもずっと好きでいてくれたのかぁー。なんか恥ずかしいな」
「あんた本当に何も気が付かなかったの? ユキってばすごいアプローチしてたんだよ? メールじゃなくて電話したり、買い物に誘ったり、あんたが登校する時間に合わせたり、誕生日とかバレンタインデーのときにケーキとかチョコとか作ってくれていたでしょ? もっと他にもたくさんしてたんだよ?」
「ユキは性格良いから親切心だと思ってた」
「これだけ長い間いるのにさ、本当に何も気が付かないなんて鈍感にも程があるよ」
口にすると黙り込んだ。
もしかして傷つけちゃったかな。でも、鈍感すぎて我慢できなかったんだ。
「ほんと鈍感だよな。でもさ、それってお前も一緒じゃね? 毎日一緒に登校して毎日話し掛けてるのに、行きたかった高校を諦めてお前と同じ高校選んだのに、部活に入らなかったって言うから俺も部活に入らないで下校のときも一緒にいるのに、お前何も気が付かないんだもんな。鈍感過ぎてもうダメかなって何度も思ったんだぞ」
ちょっと待って。こんな展開になるなんてわたし知らない。コイツはユキの事が好きなんだと思ってきた。それでユキもコイツが好きだって言ってたからずっと応援してきたんだ。それなのにユキの告白を断ったりなんかして。
「もしかして……わたし……なの?」
「うん」
あまりにも素早い返事に胸の鼓動が早くなる。
「好き……なの?」
「うん。ずっと好きだ。俺じゃ嫌か?」
「で、でもでも、わたし可愛くないよ! 頭も良くないから勉強教えてあげられないし、スタイルも良くないし、身長も低めだし、髪も長くないし、性格もおっとりしてないんだよ。ユキと比べて何一つ良いところないんだよ?」
「比べてどうすんだよ。だいたい比べる必要なんかないだろ。俺は頭が少し悪くてスタイル抜群じゃなくて髪が短くて元気で明るくてバカで一生懸命で一緒に居て楽しいって思えるお前が好きなんだ。遠慮とかなしでなんでも話せるところがいいんだよ。そんなお前だから俺はずっと好きなんだ」
わたしもみんなと同じだ。自分勝手だ。周りのせいにして、季節のせいになんかして、一番わたしを見てくれていた人の気持ちもわかってなかった。
ずっと振り回してきた。わたしが鈍感で何も気が付かないままだったせいで、自分の気持ちを後回しにしたせいでわかってあげられなかった。
ずっとわたしを好きでいてくれた。
いつもわたしを見てくれていた。
昔からわたしを思ってくれていた。
そう思うと涙が出てきた。喉の奥が熱くなって、鼻がひくひくして、身体が震えだした。声にならないけれど、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
「おいおい……泣くほど俺のこと嫌いなのかよ……」
「あんたやっぱり鈍感だよぉ……。ダメダメ。ほんっと何もわかってない。ほんと全然ダメ――――」
送信日: 2013.8.15 20:47
To: 橋本ユキ
Sub : 報告
『わたし付き合うことになったよ。
これからも今まで通り普通に接して。
夏祭りはたぶんあいつと行くことになりそう。
また何かあったらメールするね。』
久しぶりに短編を書きました。わたしの作品の中では長編と言ってもいいくらい長くなりました。
お楽しみいただけたでしょうか?
感想をいただけると幸いです!
ありがとうございました!!