中隊長になりました!
契約の日、もう一人の補佐役がカチュアだと知ったアニマは、一時暴れかけたが、文句があるなら来なくていい。の一言でおとなしくなった。
契約の内容は30日ごとの活動内容と収支の報告。
訓練期間は海の月。川の月からは領内の巡回や、駐在執政官などの要請で、魔獣や盗賊の駆除、討伐に加わる事。
戦時は伯爵の指示によって戦地へ出陣の可能性もある。
軍のすべての財産は伯爵に帰属するが、隊長に限り、それを軍の為に自己裁量で使って構わない。
奴隷の所有権は伯爵だが、処遇、解放においては隊長の裁量の元で可能。
軍規は国に一切縛られず、独自の軍規を制定して構わないが、国の法に触れる場合、処罰の対象である。
その他細かいやり取りを決め、契約書にサインする。
「かなり特例な裁量権だが友人としても、上司としても頼む、我が領地を守ってくれ」
「学園長からいろいろ聞きましたよ、俺の安全の為に尽力ありがとうございます」
「まぁこちらとしても政治的絡みがある。すまないがよろしくたのむよ」
「がんばります」
明らかにフォブスリーン家は学園と同調の歩みを始めた。一歩間違えば国中敵だらけである。それを覚悟して、それでも俺に中隊長を頼んだ。
のしかかる重圧はとてつもない。
空の月87日にアルフォン行きの馬車で送ってくれるとのことなので、各自荷物をまとめ87日に集まることが決まった。
家に帰り荷物を整理すると、金と銀の懐中時計が目に入り、肩に大きな重圧がかかるのを感じて、思わずため息をついた。
こうなったら開き直って自由にやらせてもらおう!何かあったら大人に責任をなすりつけるのだ!!
開き直ってベットにもぐると、眠りについた。
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空の月90日、アルフォンに到着した俺達は、軍施設の部屋で荷解きをする。
荷解きと言っても、俺にそれほど荷物はないのだが。
伯爵からは私邸を用意すると言われたが、永住するわけでもないし、訓練が終われば領内を巡ることが多いので、アルフォンの元私設軍施設内の部屋を使わせてもらうことにした。
国からの徴発と同時にもぬけの殻なので、ずいぶんとさみしい宿舎だった。
俺の中隊員は空の月で国中から集められ、新人用宿舎で共同生活をしているようだ。
(生ぬるい生活も今日までだ、精々覚悟しておくがいい)
悪魔のような笑みを浮かべながら、訓練内容などを考える。
部屋は俺だけ個室、カチュアとアニマは同室である。さっさと仲良くなってもらいたいが難しそうだ。
荷物を確認するとアルフォンの駐在執政官の元に行く。
入り口で衛兵に銀時計をみせ、アポがあることを告げ中に入る。
30分ほど応接室で待たされ、一人のおじいさんが入ってくる。
「初めまして、ポダル最高執政官殿、私はロンデル伯爵の命により。海の月1日より私設軍中隊長の任を受けました、リョウです。よろしくお願いします」
伯爵不在の領内では。最高執政官がすべての権力を握る。
伯爵曰く、先代から仕えている古参の執政官だということだ。
「まともな挨拶はとりあえずできるようじゃな、この時期に12歳の子供に私設中隊を持たせるとは、当主様も頭どうかしたのかとひやひやしおったわ……あまり協力はできんが、好きにやれ、騒ぎを起こしたり、領民に危害を加えれば容赦なく処罰する。それだけ覚えておけばいい」
「はい、肝に銘じます」
「まぁ噂は聞いておる。ただの子供だとは思わんが、まだまだ青いようじゃ、金は出せんが領内で聞きたいことがあればいつでもこい。ここは職場で我が家じゃ、ほとんどここにおる」
「ご厚意感謝します」
「これがご当主から預かった今年の運営資金じゃ、1月分の食料備蓄は明日施設の方に運び入れる。今日までの食費はこちら持ちだ、明日以降、精々破産しないように頑張りたまえ」
そういって袋を1つ机の上に置く。
「確かにお預かりしました」
「それと1つだけ言っておく」
「はい」
「ご当主に弓引くことがあれば、いかなる手段を用いてもおぬしをつぶす。心に留めておくように」
「恩こそあれ、恨む筋はありません」
「人の心は移りゆくものよ、己も、他人もじゃ。まぁじじいの戯言はこれくらいにしておこう。こちらから何か用があれば使いを出す。よろしく頼むぞ中隊長殿」
「はい……」
この世界の大人は、重圧をかけて楽しむ性癖でもあるのだろうか?
まったくどいつもこいつもいい性格している!!
200銀貨の袋をポーチに仕舞い、街に出る。
まずは当面の食事係として、食堂のおばちゃんが必要だ。
朝晩2食を200人分作る人がいないと、お手上げである。
伯爵家が空の月末までの契約で、雇っていたおばちゃん2名を、そのまま海の月末までの契約で雇う。海の月で一人4銀貨。2名で8銀貨。
お金はどんどん飛んでいく。
自分の部屋に帰るとカチュアとアニマを呼び、明日からの訓練内容や今後の方針について話し合う。夜遅くまで話し合い、今後の方針を決めた。
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――翌朝……朝と言ってもまだ日の出前である。
厨房から鍋とお玉を借りると、新人用宿舎で盛大にかき鳴らす。
「全員起床!!速やかに訓練場に集合!!!さっさと起きろー!!!」
5分ほど怒鳴って回ると訓練場に戻り、全員が揃うまで待つ。
「来た者から10人づつ縦に並べ!余計な私語は禁止する!!」
ざわざわしながらも10列横隊ができてくる。しかしどう見ても150人もいない。
「カチュア、アニマ、殴ってでもいい、叩き起こして引っ張ってこい」
すでにここまでに30分がかかっている。
「「はーい」」
それからさらに30分が経ち、残りの全員が揃った。寝坊組は横隊に加わらず、一塊にしている。カチュアとアニマに起こした人数を聞いたが、並んでいる数と合わせてちょうど200人だった。
これから俺の中隊長の日々が始まる……
前途多難すぎる。