決勝戦の相手と苦悩!
「お、まえ……」
特殊トーナメント決勝戦……余裕で勝ち上がったトーナメントの最後の相手を俺は知っていた。
別人のように頬がこけ、暗くよどんだ目がなぜか妖しく光る。
綺麗だった金髪はぼさぼさになり、まるで15日前とは別人だ。
「全部……君の言うとおりだった」
決勝戦の選手の紹介がされる中、勇者はあの後の事を語りだした。
「俺は、あの殺人鬼を殺せずに手当をした。目が覚めてから、彼はもう人を殺さないと誓ってくれた……。でも、その夜、目が覚めるとあの男はアリエを!!!アリエを!!!殺して犯していた、人の顔ではなかった。俺は後ろから獣の首をはねた……」
「ゆ、勇者……」
アリエとはおそらくあの少女の名前だろう。
「君が言ってた意味が分かったよ、助けるより守り抜く方が大変だと、俺があの時獣を殺さなかったから、アリエは死んだ。俺が悪を裁けなかったから、アリエは死んだ。俺が……殺したんだ」
ぶつぶつとつぶやく勇者には、明らかに狂気が混じっている。
「だから、俺は悪を殺すことにした。殺さなきゃわからない、だから殺す。今日戦った剣闘士2人も殺した。決勝戦も剣闘士だと思ったけど違ったね」
「お、おまえ……」
「それでは決勝戦、はじめ!」
勇者はなんの躊躇もなくリングから降りる。
観客席から怒号とブーイングが飛ぶ。
「君は悪じゃなかった、だから戦わない。俺はこれから裁けない悪を探して殺しに行く、君も元気でね」
「おい!まてよ!!」
振り返ることはなくそのまま勇者は去って行った。
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大会が終わるとそのまま会長に呼び出される。
「いやーよくやった。約束通りブレスレットの格上げと、拘束具の常時開放を許可しよう。装備はナイフでいいか?」
「ありがとうございます。装備はできるだけ軽くて、丈夫な革の篭手、左手用がいいです……」
「鎧に比べれば安い物だ、片手だけだしせっかくだからいい物を用意しよう。これが空の月で開催されるランクCの大会の一覧だ、15日前には言いに来てくれ」
「わかり、ました」
「なんだ元気がないな?優勝したのに嬉しくないのか?」
「ちょっと考え事を……会長、困ってる人がいたら会長はどうします?」
「は?そうだな……金になるなら助けるし、助けて金がないなら金にする」
「至極まっとうで」
本来商人だもんな、その通りだ
「……決勝戦何かあったのか?」
「……まぁ」
「答えになるかわからんが、お前より年取ったおっさんの戯言だ、面倒だったら聞き流せ、いいな?」
「はい」
「優しさと甘えを区別しろ、甘えは毒だ、年を取るほど猛毒だ、使う方も使われる方も人をクズにする」
「……」
「優しさってのは甘やかすってのと違う。叱る優しさも、時には殴る優しさもある。……よしリョウ、人生の奥義ってやつを教えてやる」
「……奥義ですか?」
「そうだ、これさえ知ってりゃ万事解決、悩むこともない俺の奥の手よ!」
「……教えてください」
「困ったときは自分の尊敬する人を思い浮かべろ、絵本の勇者でもいい、俺でもいい、思いついたらその人だったらどうするか考えろ。これで万事解決だ」
「……なるほど」
ゴレアンさんだったら、ギャリンだったら、学園長だったら、ヴォル師範だったら、在家のおじさんだったら……
それぞれ部類が違過ぎて、答えがまとまらない。
「まぁ悩め、苦しめ、それも若いうちの特権だ」
「ありがとうございます」
「とりあえずブレスレットは予備がある、今日は外して行け。明日までに魔力の移し替えをして持って行く。篭手は完成し次第連絡する」
「わかりました」
ブレスレットを外して部屋に帰る。
そういえば、合同練習から帰ってきたときに、コアルはもうなかった、試合で死んだのか、釈放されたのかわからない。人の出入りは激しいのだ、いちいち気にする奴もいない。空の月のランクCの大会一覧を見ながらいつもの特訓メニューをこなす。内観は集中ができずに途中でやめた。
あの時さっさと殺人鬼を殺していれば、勇者と一緒に行ってれば、今とは違った結果だっただろう。どれが最善だったか考えても何も変わらないのだが、目を瞑ると狂気に染まった勇者とあの少女が目に浮かぶ。
(少女も自ら剣闘士の道を選んだんだ)
そんな言い訳をするが、夢に出てきそうでなかなか寝付けなかった。
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次の日から拘束具が常時解除になった俺は、共同練習場で練習するようになった。
「よう!リョウ、最近稼いでるらしいじゃん?」
「や、やだなアニマさんいきなり後ろに立たないでくださいよ」
周囲探知を常に使っているので、人が来たことはわかるのだが。
最近、一度会ったことのある人や、動物なら判別できるようになってきた。
心なしか探知範囲も広がった気がする。
「リョウにはでかい"貸し"があるんだからね……勝手に死なれないように見張っておかないとね!」
「こ、こわいな……あの大会だって絶対に俺の事裏切らないって言えますか?俺が負けたら降参よりもロープ切って戦ったでしょ?」
「リョウが負けなきゃいいんだ。それとも負ける自信があったとか?」
「実際怖いですもん、でも勝ったからいいじゃないですか」
「全然よくない!!あたしゃガキのおかげで優勝したお荷物と言われ、さらに何千人の前で素っ裸にされたんだ!それ相応の物で返してもらわないとね」
「……本題はなんですか?」
「察しがいいね!リョウの使ってる吸収。鏡文字を書くコツがあるんだろ?それを教えてくれたらチャラさ!」
実際、どの大会でも遠慮なく吸収はバンバン使っている。自重しなくなった。その分実戦で練習ができて、文字を書くところさえ隠されなければほぼ確実に吸収できる。近距離では書かれる前に投げ飛ばすので問題ない。
「いいですが、教えたらほんとに借りはチャラですか?」
「"ちゃんと"おしえればな」
「地道な努力ですよ」
―――槍が頬をかすめる。
「いいかいリョウ、冗談は使いどころを間違えると死ぬ。覚えておきな」
「は、はい」
「で?最後になるかもしれない、なにか言う事はないか?」
「文字をまずは一筆書きで。何度も書く練習をしてください」
「一筆書き?」
「紙に書き始めたら、そのまま紙から離さずに、ひとつながりになるように書くんです」
「それから?」
「それを何度もやって手に感覚で教え込ませていくと、書き順が逆でもある程度楽に書けるようになります」
「ふーん試してるよ、サンキュ」
「これで貸し借り無しですよね?」
「あぁそうだな、でもまだあたしの裸の鑑賞料は貰ってないな、初めてだっただろう?母親以外の女性の裸は?」
「見飽きるほど見てきましたよ、でも鍛えられた身体は美しいとおもいました」
夢庵楼で腐るほど見てきたが戦うために鍛えた身体は美しかった。
「っっ!!!ば、馬鹿言ってんじゃないよ!!ほ、褒めたって何も出やしないんだからね!!」
「いつか剣奴隷から解放されたら鑑賞料も考えます。今は手持ちもないので……」
「お、おぅ……じゃ、じゃあ練習頑張れよ!またな」
自分から冷やかし始めたのに、照れて逃げるとは、案外処女だったりするのかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えながら、今日も特訓に励んだ。
翌日、年末最後の大会、スーパーバトルロイヤルの参加が決定した。
その年のフリーランクでの賞金獲得上位100名のバトルロイヤル。
ランクC以上に上がった者は除外され、順位は繰り上がる。ランクインした者は強制参加。全員剣奴隷の1部と全員剣闘士の2部の100人づつの大乱闘だ。優勝賞金は100銀貨なので、ここで勝った剣奴隷は、ほぼ解放だろう。
(いやな予感しかしない……)
なんか妙なフラグ乱立してる気がする……キノセイデスヨネ?