特殊トーナメント開始!
勇者と殺人鬼は、剣と剣を幾度もぶつけた。
見た所どちらも俺から見たら隙だらけだ、それでも勇者がわずかに上に見える。しかし少女をかばっているためにやや不利だ。
殺人鬼にそっと背後からそっと近づくと、スティールを使い大きめのポーチを奪う。
(おぉ!干し肉に酒!ポーション各種に水筒まで!こりゃ至れり尽くせりだな!)
用は済んだのでとっとと退散する。殺人鬼は戦闘に夢中で気づかない、ポーチは腰の後ろに着けてるので、勇者からはベルト1本程度の違いしか分からない。
ふとおびえる少女の事が頭をよぎった。
(あの勇者は人を守るために命がけで戦ってる。俺は……なんだ?)
知らない奴だから見殺しにするのか?助ける義理がなければ見殺しにするのか?
ゴレアンに、エリーに、ジン、アルベルト、ルーア、ジュリア、レイ、アルベルトの親父、学園長、ヴォル師範、ギャリン、カチュア、ヒヨコ、犬、ファラク……。彼等を救えるのに見捨てる奴を俺は許すのだろうか?
いや……きっと許しても恨む。
(とりあえず勇者の援護をしよう。問題はそれからだ)
足元の雪をすくい握り固める。力をこめ限界まで固めると、殺人鬼の後頭部めがけて思いっきり投げつける。
当たったかどうかも確認せず走りだし、闘いに乱入する。
「やり取りを見てた、助太刀する」
「た、助かった。感謝する」
殺人鬼は後頭部に特製雪玉が直撃し、気絶していた。
「余計な事をしたか?えーっと勇者様?」
「ゆ、勇者?」
「そこの少女を救った勇者様だろ?」
殺人鬼のポケットからブレスレットを取り出すと勇者様に投げ渡す。
「こ、これは?」
「勇者様が持っときなよ、俺は剣奴隷だから持ってても意味ないし、少女に返せばまた狙われるぜ?」
「で、でも俺は……本選には出ないつもりなんだ……」
「じゃ10日目まで持ってて最後に返せばいい」
「でも……」
「でもも案山子もねーよ、お前が救ったんだ、最後まで責任見ろよ?10日目までは俺たちに迎えは来ない。ってか本選に出るつもりもないのになんでここにいるんだ?」
「剣闘士に狩られる剣奴隷がいると聞いて、少しでも助けたくて……その……」
なるほど、正義の味方症候群ってやつね。
「その場だけ助けるのは簡単だけど、この冬の山じゃ少女は生き残れないぜ?」
「それでも、指をくわえて待っているだけなんてできないし、そうだ!!10日目が来るまで一緒に行動しないか?」
「一緒に行くのもいいが、急場は切り抜けた。ブレスレット持ちの剣奴隷といると危ないぜ?」
実際お荷物少女を抱える方が危ないし、食糧も大変だ。
俺にはこの少女を救う力はない……
「とりあえずこの悪漢をどうするか……」
「装備はいで転がしておけばいいよ、生きるか死ぬかは、神が決めるだろ」
「ダメだそんな事!街に連れ帰って衛兵に突き出さないと!」
「衛兵に突き出したって罪なんかねーよ。それに罪があったとして剣奴隷になったら、今度はこいつを救うのか?」
「違う、そんなんじゃない。でも俺達だって裁く権利はないんだ!」
「お前にはあると思うぞ勇者。殺されかけたじゃないか」
「でも、俺は殺したくない!!」
「じゃ手当をして、また殺し合いをするなりなんなりしなよ。少女を命がけで守るのを見て助けに入ったけど、どうやら余計なおせっかいだったようだ」
予想以上に甘いことを言っているが、でもこれが普通じゃないのか?
俺がおかしくなってるんじゃないのか?そんな感覚に囚われる。
でもこの世界では、殺すより助ける方が力がいる。俺にはその力がない。
「人を殺さずに何かを守りきるなんて、多分魔王を倒すより難しいぜ、さすが勇者様だ、頑張れよ」
「な、何をいってるんだ?」
「俺は殺すことはできても殺さずに守る力がないから、その力を手に入れられるように努力するって話だよ」
「???」
「じゃあ、またいつかな……」
よくわかっていない勇者をほっといて、山に入り潜伏を使う。
ブレスレットをスティールしていきたいが、直接肌につけてる物は難易度が高すぎる。
代わりに剣闘士はポケットの入れてることが多いので食糧をスティールするついでにブレスレットもスティールし、地面に埋める。
剣奴隷が持っていても、シード権はないのだ。
ブレスレットはなくすと、ブレスレット分のエギラムが釈放金に上乗せされる。まぁ剣闘士に奪われてる時点で、ほぼ死んでいるだろうが。
初日以降、勇者とその少女を見かけることはなくなった。
剣闘士から奪った食料で、俺は生き残った。
周囲探知で人は避け、できるだけ火を使わないように生活した。
寒い夜は酒をキャップ一杯だけ飲んで寝た。この世界に飲酒法はないのだ。
新人演習よりも格が違う演習を乗り越え、カロナムへ帰った。
生き残った剣奴隷は12名、スティールで盗って埋めたブレスレットは9組。剣奴隷すべてがブレスレットとしているか確認はしていないが、おそらくトーナメント参加者は、25人程度ではないかと予想する。
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特殊トーナメントの組み分けが発表された。
21人でのトーナメント10名が5試合11名が4試合。
自動的に剣闘士は全員4試合、剣奴隷は2名が4試合で残りは初戦の相手が剣奴隷となった。
厳正な抽選の結果、2回戦の6試合目にエントリーされた。
4回勝てば優勝だ。一日で全20試合行われるので新人戦と同じ20分ルールの場外は失格。10秒ノックダウン方式。降参と審判による負け宣告がない。
一回戦はすべて剣奴隷だが、2回戦は1試合を除きすべて剣闘士VS剣奴隷である。剣闘士は実際に剣奴隷からブレスレット手に入れて、参加権を得た者、剣奴隷は10日間不公平な装備差で、剣闘士に狙われ続けた者。
場外にも落とさず、10秒経つ前に無理やり立たせれば、20分間の公開処刑の出来上がりだ。
昼過ぎに俺の最初の試合が始まる。
どう考えても負ける相手じゃない。
演習中にスティールをしていて気づいた。
こいつらは殺すことが好きなのだ、躊躇いなく人を殺せる。……がそれだけだ。
殺し屋は自分の目的では殺さない。仕事だから殺すのだ。
目的の為に殺す手段を持つ人間と、殺すことを目的に楽しんでいる人間。
どちらが賢いかはすぐわかる。賢いというのは力でもある。
準決勝まで余裕で場外に投げ飛ばし、見せ場もなく決勝戦に勝ちあがる。
これじゃ合同演習が本選のようだ。
しかし、決勝戦の相手は予想もしなかった相手だった……
あいてはだれだろう(棒)




