勇者様登場!
山の月50日俺は会長の部屋に呼び出された。
これまでの大会は新人戦から数えて7戦7勝、釈放金は159銀貨まで減っていた。幾度か会長から指定された大会で勝ったご褒美に、負けるまでの自由な昼食と、左手のブレスレットの保存魔力をすべて右手のブレスレットに移動してもらった。(本来なら売ってから買いなおすので、差額が上乗せされる)
6大会目の試合で、初めて攻撃魔法を使ってみた。
鏡文字を書くときに、右手でできる文字をそのまま発動してみたのだ。
吸収後に発動すると、まるで相手の魔法が反射されたように相手に飛んで行った。
試合後バレスに聞くと、拘束具はどうやら別々の魔道具扱いで、両手で文字を書いて発動すれば2つの魔法を同時に発動できるらしい。
両利きの人も少ないので、そんな奴はいないらしいが、構造上可能らしい。
「よく来たリョウ!連戦連勝だな!!俺も嬉しいぞ!」
「へいへいボス、今日もご苦労様です。で?次の試合の話で?」
「山の月70日にある、特殊トーナメントに……でてみないか?」
「トーナメントですか?……あまり気が進みませんが、特殊って何かあるんですか?」
「この大会には予選がある珍しい大会なんだ。その……命の危険がある」
「命の危険?デスマッチは無いんですよね?」
剣奴隷や剣闘士を殺しあわせるような大会は、運営本部で禁止されている。
「あぁ……大会ではな、しかし演習や、練習ではその限りじゃない」
「予選が演習だ……と?」
「そうだ。10日間ミレーネ山脈で、予選を兼ねた合同演習がある。剣奴隷の本選参加条件は、10日間生き延びる事」
「フリークラスの剣奴隷なら全員余裕じゃ――」
「話は最後まで聞け、剣闘士にも本選参加条件がある、剣奴隷のブレスレットだ……」
「それって……」
「そうさ、ルール無用の殺し合い、いや、剣奴隷狩りか……剣闘士はブレスレットの数の順位で、シード権が決まる。毎年快楽殺人者が多く参加する」
「出ないですよ、そんなの。怖いじゃないですか!」
「この大会は一回戦負けでも5銀貨、優勝すれば50銀貨のでかい大会だ。さらに優勝者は一度だけランクCの好きな大会に割り込める。もちろん割り込んだ大会で優勝すれば、ランクCになれる。一刻も早く釈放されたいなら、最大のチャンスだぞ?」
「演習への私物の装備の持ち込みは?」
ここは重要な点である。
「剣奴隷は一切禁止だ」
え?今なんて言った?
「剣奴隷は……ですか?」
「あぁそうだ……剣闘士は装備、アイテムの持ち込みが許可される」
「剣奴隷が剣闘士を殺してしまった場合は?」
「演習だ。お咎めはない」
正直チートナイフが使えるランクC以上の方が、戦闘の幅は広がる。賞金も跳ね上がるし、いい話だ。
問題は、殺人大好き人間がフル装備で、鹿狩りよろしく狙って来るって事だ。
早く出るためにはその分、大きな勝負に出ないといけない。
5銀貨と言えば普通の大会の優勝賞金に匹敵する。
10日……快楽殺人者のいかれポンチから逃げるだけで、最低5銀貨……悪くない。
「……いいですよ。逃げ切るどころか逆に返り討ちにして、優勝してきます」
「ここ数年、剣奴隷は優勝していない大会だ。リョウが勝てば、うちの剣闘会にも箔がつく」
「優勝のご褒美は?」
「拘束具の常時解除。ついでにブレスレットのランクを上げよう」
これは非常においしい特典だ。
「ブレスレットは両手用に2個ですか?」
「剣奴隷とわかるように嫌でもそうなる、ついでにランクC用に装備を何か新調してやろう」
「なんか裏があるほど高待遇ですね?」
妙にきな臭い
「お前の賭け金でだいぶ儲かってるからな……それと、もう少しで剣闘会の総合賞金が年間2位を獲れる、今年の勝率も悪くない。そろそろTOP3に入りたいんだよ」
「とりあえずは納得できる理由なので、頑張りますよ。うちの剣闘会からの参加者は?」
「剣奴隷だけだ、これでもうちに快楽殺人者はいないんでね」
「じゃあ遠慮なく暴れてきますよ」
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バレスの提案を受けてから5日後、いつぞやのように揺られミレーネ山脈に放り出された。
「10日後に迎えに来る、では解散!」
いつ剣闘士が向かってくるのか、それともすでに山脈に潜伏してるのかもわからず、俺たちは放り出された。
剣奴隷の数は40人前後、ここにいる全員を殺し、ブレスレットを回収して10日逃げ切れば自動的に優勝、そうでなくとも何人か始末すれば、優勝は楽になる。
この演習、要は弱い奴が死に、強い奴がトーナメントに増える仕組みだ。
まぁ剣奴隷同士とはいえ、この人数相手は無理なので、さっさと山に姿を消す。
10日の生きる食料の確保と、殺人鬼から逃げ切る。初心者でも比較的簡単なお仕事で、日給5000エギラム。さぁあなたもどうぞ!
とりあえず周囲探知と、潜伏を使い逃げる。すでに周囲探知では探知できない距離だが、敵意がビンビン感じられる。
雪がだいぶ深いので、奥に行き過ぎると雪崩の危険がある。遭難なんて笑えない。
木に登って隠れるにしても葉がない。
そして何しろ食べ物がない事に気づいた。
(なんて浅はかだったんだ、バカ野郎な俺!!)
雪の少ない所をから枝を探して集め、岩がひさし状になってる所を探してその下で乾かす。洞窟なんぞで寝た熊を起こしたら、それこそ一巻の終わりだ。
まずはしばらくの食糧を探しに山を歩く、ちょうどいい感じのゴミが1人で歩いてくれてると楽なのだが、なかなか見つからない。
しばらく歩くと3つの反応が引っかかった。
人を殺す者は、人に殺されるのだ。
この世界では殺さない者も、殺されるが、少なくとも俺は連続殺人鬼になるつもりも、殺し屋になるつもりもない。
生きるために殺すとしても、できるだけ悪人の方が気が楽だ。
もっとも悪人を殺して生きる俺は、極悪人だろうか?
考えてもわからない事は忘れるのが一番だ。
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状況がわかる位置の風下に隠れると、様子をうかがう。
「もう一度言う、その小娘を置いて消えろ!」
「断る!!この子のブレスレットは渡したはずだ!約束通り消えろ!」
「俺は本選参加資格より、人をなぶって殺す方が好きでね、別にいいんだぜ?俺はお前等2匹をぶっ殺しちまってもよ?」
「貴様!!こんな歳の子を殺して何が楽しい!!?」
「へいぼっちゃん、どこの貴族様か知らないが、こんな歳のガキをいたぶって殺しても捕まらないなんて、サイコ―じゃないか!!剣闘士同士に免じて見逃してやるって言ってんだ!!」
「少女を見捨てて逃げるくらいなら、ここで戦って死ぬ!!こい、勝てずとも一矢報いてみせる!!」
「いいねぇ……なんか楽しくなってきたぜ!!!」
「に、逃げて、あたしは良いから逃げて!!」
腰が抜けたのか、怪我をしているのか、その場から動けない少女は自分の身をかばう少年にそう言う。
「大丈夫だ、君は俺が必ず守る!」
潜伏状態のままドラマのような修羅場に、こっそりと参戦した。
特殊トーナメントで優勝するとランクCに上がってしまうという表現の一部を訂正しました。ランクCに上がるためには招待された大会で優勝か割り込みで参加した大会で優勝が条件です。