俺は主夫を目指します!?
「あ~これは……なんという罠?いや、俺の思慮不足だ」
今日初めて【生活魔法を極める】の講義に参加して最初に出た一言である。
どう見ても俺だけがこの空間で異質な存在である。
状況を説明すると、体育館ほどの広さの部屋に300人程度の女性と女性講師が約20名。見渡す限り男はこの空間に俺だけである。
女性はみなエプロンのようなものを着けておりそれぞれ大小のグループで固まって話している。
この講義は女性限定ではないが過去男が受講したことはない。と言われる基礎教育1年女子ほぼ必修の、別名【花嫁修業】と言われる講義だった。
「それでは5人1組の班を作るように!その5名で1チームとし全員の合格をもって初めて合格認定とする。途中班員の変更は認めない!メンバーが決まった班から報告に来ること、それでは始め!」
なるほど・・・生活魔法の研究や応用を学ぶのではなく生活魔法を使った実践の家庭科をするわけですね。ありがとうございます。このまま帰らせていただきます。
正直2銀貨は惜しい。しかし班でやる以上他の講義のようにさくっと終わらせることができないのだ。ここで無理に執着して時間を浪費するより別な事に時間を使おう。
講義の参加不参加は個人の自由なので、そのまま出口に向かう。
本来は講師に一言いうのが礼儀だが、この女子の波を乗り越えて講師の元に行くのも困難だ。ここは三十六計逃げるにしかずだ。
出口の近くまで来ると記憶より2,3回り大きくなった見覚えのある物体が足元に駆け寄ってきた。
――ラックである
先日ジンが妹にあげたラックがここにいるという事は……
「ラーック!ダメよ勝手にどこか行っちゃ!あっ……ごめんなさいそのネコうちの子で急に腕から飛び出しちゃって……」
「いいよ。こっちこそごめんね。この子俺が孵化させた子なんだ。匂いか何かでつられてきちゃったんだね。君が……ジンの妹さんかい?」
「あっ!お兄ちゃんに聞きました!同じルームメイトのすごい人に売ってもらったって!あなたがリョウさんね。あたしレイ。お兄ちゃんがお世話になってます!」
ダークブラウンの瞳とお兄と同じ髪の色にラックの好奇心を誘うようなツインテールが揺れている。身長は10歳の平均よりも少し小さめだ。
「俺はリョウ。ジンのルームメイトで俺もお世話になってる。そうかお前可愛がられてるな」
しっかり手入れされてるのか、撫で心地のいいラックを撫でる。
気持ちいのかゴロゴロと喉を鳴らすので耳の裏などにもついちょっかいを出してしまう。
「うわ~すごい。この子全然人になれなくて触りたいってルームメイトから毎日逃げてるんですよ?」
「俺も相棒の聖獣がいるし、生まれた時に一度会ってるしね。ちょっとラックに魔力をあげてもいいかい?」
「魔力を……あげる、ですか?いいですよ」
撫でながら魔力を注ぐとラックはより一層嬉しそうにする
「うわ~すごい!すごいです!!どうやったんですか?」
「説明が難しいなぁ……こう、手に魔力を集中して撫でる感じかな。ラックも喜ぶから練習してみてよ」
「はい!……ところで、リョウさんはなんでこんなところにいるんですか?」
「あ……こういう講義だって知らなくてさ…生活魔法のもっと違う使い方を学べると思ってきたんだよ」
「体験講義出なかったんですか?あれで勘違いした男子はみんな帰ったのですが……」
「他の体験講義と重なってね……つい焦って受講申請してしまった。間抜けなミスだよ」
そもそも学園でほとんど交流がない。人見知りだからいけないのだ。
ありふれた情報すら耳に入ってきていない。
「じゃ帰るんですか?」
「あぁ・・自分のミスだし仕方ない」
「でも2銀貨ですよ?この講義、もったいないです」
「でも時間も――」
「レイーどこなの~!!?」
「あっおねぇちゃん!こっちだよ!!」
「どこに行ってたのもう!ん?なんでここに男子がいるのよ!?」
真っ黒な瞳に、燃えるような真紅の髪がポニーテールにまとめられている。
年齢はわからないがおそらく1歳の違いもないだろう。
「あ・・・おねぇちゃんこの人お兄ちゃんの友達だよ!"あの"リョウさん」
「え!?この人が"あの"リョウ君?」
"あの"が"どの"リョウなのかジンをダンジョンに誘って小一時間ほど問い詰めたい。
「あーどんな話を聞いてるかわかりませんが第0寮のジンとルームメイトのリョウです。よろしくえーっとレイのお姉さん……って事はジンのお姉さん?」
「あ、あたしはジンの幼馴染のジュリアよ。……それでどうしてここにいるの?」
そういや幼馴染がいるとか言ってたな……女の子だったのか。
レイに話したことをもう一度説明する。
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「聞いてた話より結構抜けてるのね!いいじゃない受けてけば。ジンから聞いてるけど生活魔法の講義免除なんでしょ?」
「ま、まぁ一応」
「実はあたしお金の都合がつかなくて去年の三度目に受けたんだけど、一人途中で投げ出しちゃってさ、他の4人は合格だったのにその子のせいで合格認定取れなかったの。危うく専門課程の合格足りなくてぎりぎりまで身体強化に通っちゃったわ。」
「な、なるほど」
補習時期の身体強化の大人気にはそう言うからくりがあったのか
「ちょうどいいわ。その時のメンバー3人とあたしとレイで5人の予定だったんだけど1人他の班に行っちゃってさ。残りの1人で困ってたんだ!生活魔法免除してるなら余裕でしょ?」
「……でも俺男だぜ?」
「いいのいいの、お父さんも家でお母さんに掃除とかさせられてるわ!できて損はないでしょ?レイもリョウ君ならいいでしょ?」
「う、うん!」
かなり強引なジュリアに引っ張られ他の2名とも合流する。
ジュリアの紹介と生活魔法の講義免除が効いたのか、残りの二人も納得してくれた。
こうして俺は流されるままに専業主夫への道を歩み出した。
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体験講義終了後、最初の機体撃の受講がやってきた。
「しはーん。これいつまでやるんですか?」
今俺の頭の上には水に入ったどんぶりが置いてある。
「お主が死ぬか落とすまでじゃ」
「落としたらどうなるんですか?」
「罰金10銀貨」
「この講義で5銀貨使ってるんですよ!10銀貨もあるわけないじゃないですか」
「……ジンのたまごの売れ行きはどうじゃ?」
「……なんで知ってるんですか?」
「情報を制す者は世界を制すのじゃ。カッカッカ!!」
「へー、じゃあ師範はかなりいろいろな情報をお持ちだと?」
「金次第で教えてやらんこともない」
ギャリンの事を聞いてみよう。最悪多少の金は仕方ない。
「……この国に俺より強い機体撃の使い手はいますか?」
「目の前におるじゃろうばかもん!!」
「それ以外にですよ!」
「そんな男腐るほどおる。とはいってもこの武術、元祖はワシじゃからの。昔は世界中を廻った。各地で指導した者も多い。しかしこの国限定となると……そんな骨のある男は2,3人かもな。死んでるかもしれんが」
「……俺より強い女はどうですか?」
「……おるわけなかろう!!!」
明らかに緊張の空気が漂った返答である。
「……もし仮にそんな女が学園にいるとしたら一大事じゃ……」
「学園の中じゃないですが長期休暇中にちょっと揉めて、あっさり投げ飛ばされました。師範に日々投げられていたので気づきましたが間違いなく……機体撃でした」
「どこだ!!どこで遭った」
掴みかかられたせいで頭からどんぶりが落ちる。
「師範話しますから落ち着いてください、いたいいたい。腕極まってますって」
しばらくして落ち着いたじじいに事の顛末を話す。
「……というわけで昔スラムでおじいさんに習ったと言ってました」
「なんじゃスラムのガキか……その子は覚えておる。金髪の鋭い目をした賢い子じゃった。1を教えれば10できるまさに才能のある子じゃった。どこかの誰かと違ってな」
「……それでなんであんなに慌ててたんですか?」
「何のことかの?お主が紛らわしい言い方をするから悪いのじゃ」
やはりギャリンのあれは機体撃だった。しかもじじいが教えた兄弟子だ。
「答えになってないですがそれはいいです。俺はこの一年修行したらギャリンに勝てますか?」
「無理じゃの、才能がないし弱点が大きすぎる」
「弱点ですか?」
「そうじゃ弱点じゃ。教えるのは簡単じゃ、しかしここで教えてはお主は数段強くなるじゃろうがそれどまりじゃ、そこから上へはいけん」
「どういうことですか?」
「いつまでも教わってないで自分で考えろ。という時期が来たのじゃ」
「そうやってサボるつもりですね」
「実にひねくれた考え方をするガキじゃ。まぁ受講料はもらってるからの。よろしい、大ヒントをやろう。機体撃の機、体、撃をそれぞれよく考えよ。お主は体だけならすでにこの国にお主を超えるものはおらぬよ……ワシを除いてな」
「じゃなんでギャリンに!」
「それと年上は敬うように。お主のようなガキに呼び捨てされるほどあやつの人生は軽くない!……自分でよく考えよ。それまで修業は死ぬまでどんぶりを頭に乗せておくがいい。以上!」