まほうのただしいつかいかた!
「こんにちはーお祭りの手伝いに来ましたー」
「きましたー」
冒険者宿の女将ゴレアンとの初遭遇である。
「エリー、手伝いは2人って話だろ?しかも子守の片手かい?」
「違いますよ、この子が2人目です。まだ3歳ですがしっかり者です」
「がんばります!」
「……足引っ張ることがあったら給料から差っ引くからね。エリーは包丁使えたね。あっちに行って野菜の下処理の手伝いに行っとくれ。坊主は……裏庭で男たちが倉庫から露店の道具出してるから、その掃除の手伝いにお行き。言ってることはわかるかい?」
「はい!大丈夫です。裏庭に行って邪魔しないようにお手伝いしてきます!」
「お?なかなか賢い子じゃないか。夕飯ははずんでやるから頑張ってきな!」
「はい!」
エリーはすでに厨房に向かっている
たとえ鉄貨5枚とはいえ俺らに仕事をくれる人は少ない。
これはエリーが築いた信頼である。しかも刃物を持たせた仕事を任せるとは、よっぽどの信頼があるのだろう。
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裏庭に向かうと、こわもてのおじさん3人が、倉庫と思わしき小屋からテーブルやイスをせっせと出している。
「おにーさん、ぼくはりょうです。ゴレアンさんに言われてきました。お手伝いに来ました!」
「おぉぼーずしっかり挨拶できるのな。いくつだ?」
「3歳です!ゴレアンさんからはお掃除してきなさいと言われました」
「そうだな…今出したイスとテーブルを綺麗に拭いて、倉庫の中身がなくなったらお兄さんたちと倉庫の中掃除するぞ」
「わかりました」
樽を2つ用意して雑巾で拭き、雑巾が汚れたら樽に放り込む。
雑巾がなくなったら、水魔法「水流操作」で簡易洗濯機、雑巾を取り出して空の樽で得意の風魔法での脱水。汚れた水は水魔法で綺麗にしてしまう。
あぁ生活魔法さいこー
この3年で生活魔法に使える魔法はほぼマスターしている。
本来は生活魔法のススメ的な本があるのだが、本なんて高いものは買えない。
現代知識でのオリジナルで試行錯誤して使っている
洗濯がいまだに手洗いのこの世界では、こんな洗い方する奴は俺一人だが。
汚れた水を綺麗にするのも、元の水が汚れていればいるほど魔力を消費する。小さいころから鍛えた魔力操作のおかげで、一般平均よりも圧倒的に少ない魔力で魔法を行使している事に気づくのはまだ先の話である。
「お?ぼーず魔法が使えるのか?」
「ママンに教わりました。ちょっと普通の生活魔法と違いますが」
ママンにならったなど大嘘である……がそうでも言わなければ家なき子の3歳児が魔法を使える説明ができないのだ。
「そうかそうか使いすぎてぶっ倒れないようにな!」
予想以上に早く終わり倉庫の清掃も終わり宿に戻る。
ゴレアンさんは祭りの打ち合わせの寄り会みたいなものにいったようだ。
エリーの手伝いをするために厨房へ行く。
「エリーねぇ手伝いに来たよ!」
「いい所に来たリョウ、お前の好きなじゃがいもだ。皮をむけ」
ひどい誤解だ!謝罪と賠償を要求する!じゃがいもが好きなんじゃない。じゃがいもくらいしか固形物が食べれないのだ。俺だって肉がいい。
「任せてさくっと終わらせるよ!」
「よ!皮むき王子!」
ひどい誤解だ(以下略
エリーは俺の魔法の妙な使い方を知っている。俺は世界の3歳児と比べてもじゃがいもの皮むきは負けないという自負がある。
まずは桶に水を張りまして……左手に水流制御高速。球体で高速で動かす。
右手で持ったじゃがいもをまわしながら球体にあて削る。
そうこれは皮むきではない皮削りである。
自分の右手を削らないようにしながらサクサク終わらせる。
エリーの仕事は多くなりすぎないように、桶の底にじゃがいもを沈める仕事だけである。
泥と皮で汚れる水を綺麗にしながら作業は進む。
エリーは帰ってきたゴレアンさんに呼ばれ夕飯の調理手伝いに行く。
じゃがいもの皮むきが終わった俺は宿の掃除を命じられ、夕飯完成にはくたくたであった。
夕飯はじゃがいもたっぷりのシチューだった。
なかなか食べれない濃厚なシチューは肉がなくても大満足であった!
「今日の給料だよ」
そういってゴレアンさんは俺とエリーにそれぞれ5鉄貨くれた
「予想以上に坊主が頑張ったからね特別だよ。明日もよろしく頼むよ!」
「はい!」
「……あの〜ゴレアンさん……お願いがあるんですけど」
「なんだい?坊主」
「家にお母さんがいるんです。あまり物で構いませんから鉄貨5枚で何かいただけませんか?」
「……わかった。シチューの鍋ごと持って行きな、明日ちゃんと洗って持ってくるんだよ!」
「ありがとうございます!」
ゴレアンは鉄貨5枚受け取ると厨房から大きな鍋を持ってきた
大きな鍋と言っても俺から見たらだけど……だがママンの夕飯と明日の朝食には十分すぎる量だった。
ママンにお土産ができた俺は、うきうき気分で家路についた
好事魔多しとはよく言ったものだ。
俺は完全に浮かれていた。
普段なら言いがかりをつける住人や、冤罪で連れていく衛兵を警戒するために範囲探知を怠らないし。状況によっては潜伏も使う。
しかしママンへのお土産という、うきうき気分の俺は完全に油断していた。
気づいたときは、住処の地下水道への道の路地裏で、10代の男の子の囲まれていた。
「ようエリー、うまそうなもん持ってんじゃん、分けてくれよ」
「っっ!ガザル!何の真似?あんたたちは同じスラムのグループに手は出しちゃいけない決まりだよ?忘れたの?」
「別に俺らは無理に奪おうってんじゃないさ。ちょっと分けてくれないかって相談してるんだぜ?それに隣の坊主はなんだ?仕事ができる男は俺らのグループに入れるんだろ?なんでそっちでコキ使ってんだよ」
「リョウはまだ3歳よ。5歳になってからその子に見合う物と交換が約束でしょ?それに交換に出すかどうかはこっちが決める事よ」
「へぇーハジメテキイタねそんな事。まぁどうせある程度の年齢になったら勝手にこっちに来るからいいんだけど。なぁ坊主その鍋もってこっちに来ないか?半分はお前にやるぞ?」
「はじめまして?ガザルさん?僕はリョウです。この鍋のシチューはお母さんへのお土産なのであげられません。そちらのグループに行く気もありません。申し訳ないですが通してください」
相手が無茶をできない関係性と知っていて、うきうき気分で物も考えずにしゃべった。
「あーなるほどね。世の中なめきったガキって事だね。なぁエリー、俺たちは明日からの祭りでグループ一人銀貨1枚をおかしらに払わないとまずいんだ。足りない分仲間が奴隷落ちするんだ。飯の分稼いでる暇なんてないわけ。さっさと鍋おいて帰ってくんない?」
「それはそっちの都合でしょ?スリだか窃盗団だか知らないけど、そっちはそっちで何とかしなさいよ」
「坊主、やっぱ鍋はいらない。だから明日、手伝い行くところの売り上げかっぱらって、俺のところに持ってこいよ。お前の歳ならばれても死ぬまで殴られるって事はないからよ。成功したらうまいもん食い放題だぜ?」
「お断りします。お母さんと食べるご飯以上においしいものを知らないので」
「そうかそれは残念。交渉決裂だな。……そういえば」
その瞬間後ろから頭にものすごい衝撃が走った。
最後に目に映ったのは俺に駆け寄るエリーとにやにやしたガザルの口元だった。
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目が覚めるとそこはいつものママンの隣だった。
「あれ……エリーねぇは?」
「リョウを背負って帰ってきて、さっき自分のばしょに帰ったわ。ガザル達に絡まれたんですって?大丈夫?」
「僕は大丈夫です。エリーねぇは無事でしたか?」
「見たところ特に怪我してるようにも見えなかったわ。リョウは大丈夫?頭を強く打ったようだけど……」
そうだ……あの瞬間何かで殴られるかして一発KOだ…情けない。
(むしろ3歳児を一発KOする威力でよく殴れるものだ)
「あ……鍋……」
「それもエリーから聞いたわ。うちにある一番綺麗な鍋を持って行って、正直に謝りさない」
「ごめんなさい。うちの大事な鍋を……」
「いいのよ。リョウの優しい心ってお土産でお腹いっぱいだから。明日も早いんだから早く寝なさい」
やはり俺のママンは最高のママンである。必ず親孝行をすると改めて誓った
「うん。おやすみなさい」
ズキズキする頭を抱えながら、この先、安全に生きていくために色々考えた。
(まずは身の安全の確保……身体的な防御と権力の後ろ盾が必要だな……)
スラムには何人かのボスがいる。
窃盗やスリなどの犯罪系を取り仕切る盗賊団
女の子のグループを最低限保護している娼館の経営者
赤ん坊から暗殺者まで売ってる奴隷商の商人
表では貴族御用達の商人、裏では色々売ってる商人
金次第でなんでもしちゃう何でも屋
聞き耳をたてていた3年間で知ってるだけでも、これだけすぐに上がってくる
選択肢としては
1、スラムのボスに後ろ盾についてもらうという手段
2、貴族、大商人などの権力者に身分を保証してもらう手段
3、衛兵などの国の力に頼る手段
まず、2って選択肢はないな。まずコネがない。商人に対して有用な現代知識を提供しても足元見られてはい終了フラグだ。むしろ危険分子に見られかねない。
同じく3って選択肢もつらいな。いい子ぶりっこ猫かぶりで気に入られるほど家なき子の立場はよくない。衛兵によってはストレス解消に殴る蹴るは普通だ。正義感とか善意ってやつを持ってる大人は衛兵って職業にはなれないらしい。
異世界ものでよくある冒険者ギルドってのも確かにある。あるにはあるのだが、ご都合よろしく国の垣根を越えたギルド組織なんてものはなく、それぞれの国直轄である。おまけに登録制限は基礎教育課程を受けて国からの身分保障がある者限定で、冒険者兼兵士という立場である。
近隣の魔物も軍の演習で狩りつくされるし、素材も国のお抱え商人の独占状態。まともな素材は輸出か軍事転用対象。素材がないから武器、防具なんて鉄と革製しか売られてない。個人依頼での武器、防具作成は違法だし、無許可冒険者の素材はそこらの商人に買い叩かれて終わりである。さらに税金が人頭税+職業税なので国に入るのは自由、出るのはくそ厳しいという罠である。
例で上げるとA国とB国の国境を越えようとすると出国するA国で税金2年分もしくは1年分+1年以内に帰国するという誓約魔法をかけられ破ると自動的に奴隷行きである。それをクリアしてB国に入国すると誓約魔法がある場合そのまま入国。2年分の税金を払った場合B国の定める税金1年分を支払って入国である。無許可越境は重罪即死刑、よくて奴隷である。何ともくそな世界である。
一部例外として貿易商人、ドラゴンクラスの魔物を討伐できる冒険者PTはフリーパスである。フリーパスクラスの冒険者を戦争に転用したり抱え込む国は、ほかの国から包囲網を敷かれ、共通敵性国家になる暗黙のルールであるらしい。
まぁフリーパスクラスの冒険者は、高等教育を受けた国の近衛隊長クラスで、冒険者になるなんてことはほとんどない。たいていは剣奴隷から自由身分を勝ち取って、そこから生き残った極少数の猛者だけである。
俺の身分を保護するためには今ある選択肢は1しか実質ないのである。
女の子グループにいる以上、俺のボスは娼館の経営者。
しかし男である俺を他のボスに告知してまで守る意味などないのだ。
他のボスに庇護を求めるなら、このグループからでなければならない。
ママンと一緒という事を考えると非常に難しいと言わざるを得ない。
簡単に思いつくのは3つ
1、娼館の経営者に気に入られるor有用性を示す。
2、権力のある他のボスにこっそりと付け届けをしてこっそり庇護を受ける。
3、自分の身は自分で守る。
(現実的なのは1か2だよな……)
ある一定以上の街だと攻撃魔法の探知結界が常時発動してあり、一部修練場などを除き攻撃魔法が発動すると検知され即御用となる。
生活魔法とは無詠唱で行える自分の体内魔力のみを使った簡易魔法。
攻撃魔法とは詠唱を使った魔力媒体や体外魔力と、体内魔力を併用した高等魔法。
体内魔力と他の魔力が混じるのを検知しているらしいので緊急時、正当防衛、特権階級以外の高等魔法行使はエギラムでは違法である。
シーフの才能と魔法の才能しかない3歳児には自衛の手段なんて逃げる、隠れるしかないのである。
(いっそ他のグループに行ってしまおうか……)
そんなことも考えるが、他のグループに行く=犯罪予備軍…どころか犯罪者の仲間入りは必至である。