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イシェンドラ  作者: 股切拳
   ~ 隠者のいざない ~
9/15

EP9 女王

 [1] ―― 続・大広間 ――



 俺は警備兵長の走り去る後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとアーチ状の出入り口に視線を向けていた。

 またそれと共にこう考えるのである。

 無事に解毒薬を持って帰ってこれるといいが……と。

 そう思わずにはいられない。

 なぜなら、幾ら聖法武具を持っているとはいえ、この大広間の外は北斗の拳状態だからである。

 いつ死んでもおかしくない状況なのだ。

 他にもまだある。

 それは、映画とかだとこういう場合、結構、お約束のように死亡するパターンが多いのだ。

 今の状況が、それとダブって見えてしまうのである。

 これも、俺にとっては不安を掻き立てる要素なのだ。が、あれは演出上の話であって現実の話ではない。

 なので、心配ではあるが『そんな事は早々起きない筈だ』と、心の中で自分に言い聞かせながら、俺は不安を和らげていたのだった。

 

 警備兵長の姿が見えなくなったところで、俺は次に女性に視線を向ける。

 今も女性は、床に座って右足太腿の患部をローブ越しに押さえ続けていた。

 かなり傷むのか、女性は非常に辛そうな表情を依然としている。

 見かねた俺は言った。

「あのぉ、かなり痛そうですけど……何か自分にできる事とかありますか?」

 女性は辛そうな表情ではあるが、俺に振り向くと若干の笑顔を浮かべる。

 そして健気にも言うのだった。

「御気を使って頂いて、ありがとうございます。でも、まだなんとか大丈夫です。薬を取りに行った方が戻ってくるまで、なんとか我慢しますから」

 痛い筈なのに、気丈に振る舞うこの女性を見ていると、こんな時に何もできない自分が歯がゆく感じてしまう。

 俺自身が医学の知識なんて持ち合わせてないので、仕方ないと言えば仕方ないのだが……。

 とりあえず、俺は浅い知識を掘り起こして言った。

「まだ少し出血してたので、横になって傷口を心臓よりも上にすると良いかもしれませんよ。そうすれば、血が止まりやすくなると思います」

「そ、そうなのですか。分かりました」

 すると女性は仰向けになって膝をまげると、傷口を心臓よりも、若干、上にする。

 だが曲げた時に痛みが走ったのか、女性は顔を少し歪ませたのだった。

 そんな女性を見ていると俺はこう思った。

 うら若き女性の辛そうな表情というのは、男の苦しい表情以上に、精神的にクルものがあるな、と。

 何故か知らないが、俺はそうなのだ。

 多分、あまりそういった表情を見る事が無いからかもしれない。

 男の辛い顔はしょっちゅう見かけるから、それほど何とも思わないのだろう。

 まぁそれはとにかく、何かしてあげたいとは思うのだが、実際のところ、今の状況で出来る事というのは何もないのである。

 だがそんな事を考えていた時。

 俺は先程言っていた女性の言葉が脳裏に過ぎる。

 また、その内容も少々気になったので、俺は聞いてみる事にした。


「あの、辛いところすいませんが、一つお聞きしても宜しいですか?」

 横になった女性は患部を押さえたまま、俺に視線を向けると言った。

「はい、なんでしょう……」

「貴方は先程、スーシャルの聖域にどうしても行かなければいけないと言ってましたが、一体何の為にそこへ向かわれるのですか?」

 俺の問いかけに、女性は天井を見詰めながら暫し無言になる。

 多分、言うか言わないかを悩んでいるのだろう。

 そういえばさっき、ハシュナード閣下がどうのこうのと言っていた。

 確かその名前は、地下牢でヒロシ達が言っていた、この国の宰相の名前だった気がする。

 だとすると、この女性は、宰相から極秘任務でも受けているのかもしれないのだ。

 質問しておいてなんだが、これは流石に俺みたいな怪しい奴には中々喋れないだろう。

 俺は女性の反応を見て、内心、そう思っていた。

 だが2分程経った頃だった。

 女性は胸元から、青く透き通る丸い水晶のような物を取り出したのだ。

 因みにその水晶は、ネックレスのように、革製の紐によって首から下げられていた。

 俺はそれを見た瞬間、奇妙な錯覚を覚えた。何処かで見た事があると……。

 そんな風に俺が思う中、女性は、青い水晶を見詰めながら静かに話し始めた。

「そ、それは……この眷聖グラムドアの【導きの鍵】を、どうしてもスーシャルの聖域に持っていかないといけないからです」

 眷聖グラムドアの導きの鍵……。

 名前はとにかく、俺は女性の持つ水晶に見覚えがあった。

 いや、正確にはこれと良く似た物を持っているのだ。

 というわけで俺は、早速それを確認する為に、胸元から導きの石を取り出した。

 そして女性の持つ水晶と見比べたのだ。

 やはり、そっくりだ。中に見える模様が違うだけで、その他の造形はまったく同じなのである。

 どういう事だ、一体……。

 と、その時。

 俺が導きの石と見比べる中、女性は不思議そうに問いかけてきたのだ。

「あの、それは?」

「え? ああ、これは知人から貰った物で、なんでも導きの石と呼ばれる物らしいです。自分も良くは分からんのですが」

 と言いながら俺は頭をかく。

 だが女性は、奇妙な物でも見るかのように、俺の持つ導きの石をジッと見ているのだ。

 やはり、造形がそっくりなので、この女性も気になったのだろう。

 女性は、俺の持つ導きの石を見詰めながら言った。

「あの、もしよろしければ、その石を見せて頂いてもよいですか?」

「へ、この石をですか」

 俺は少し悩んだ。

 なぜなら、ヒロシ曰く、この地域一番のヘタレの刻印が描かれているからだ。

 だが断るのもアレなので、忠告だけしてから見せる事にした。

「それは構いませんが、一つ約束してください。俺がこの石を持っているという事は他言しないようにしてくださいね。いいですか?」

「わ、わかりました」

「では、どうぞ」

 返事を聞いた俺は、首から導きの石を外して女性に手渡した。

 だが女性に手渡した瞬間、突然、導きの石が淡い光を放ち始めたのである。

 しかも、女性が首から掛けている青い石も同じように、淡く光り始めたのだ。

 まるでこの2つの石は共鳴しているかのように。

「な、なんだこの光は……」と俺。

 すると女性は、俺の石と自分の石を左右の手に持って見比べながら、驚いた表情で言ったのであった。

「こ、これはまさか……本物の……眷聖リュオールの導きの鍵……。あの、すいませんが、お聞きします。これを一体、何処で手に入れられたのですか?」

「何処でと言われると、俺も返答に困るのですが」

 日本で手に入れたと言ったところで信じないのは、明白である。

 ヒロシ達も胡散臭そうに聞いてた気がするし。

 その為、俺は非常に返答に困ってしまったのだ。

 弱ったな、どうやって説明しようか……。

 などと考えていると、女性は両方の石を見詰めながら、静かに話し始めた。

「私の持つこの導きの鍵は、七眷聖が聖者スーシャルから授かったと云われる遺物の一つです。ですので、導きの鍵はこの世に七つしかありません。そしてこれら導きの鍵は、互いを認める証として、近づけた時に光り輝くのです」

 話を聞きながら俺は、女性の手にある光りを放つ導きの石に視線を向ける。

 そして考えるのである。

 この女性の話が本当だとすると、俺の持つこの導きの石は、眷聖リュオールが所有していた本物の石という事になるのだろうか。

 だとすると、眷聖リュオール本人か、その関係者が、嘗て日本にいたのだろうかと。

 まぁその辺の事は、幾ら考えたところで分からんだろう。

 とりあえず、俺は言った。

「その導きの石が、本物の導きの鍵かどうかはともかくとして、貴方はそれを聖域に持って行って何をするのですか?」

 だが女性は俺の質問を聞くなり、ソワソワと目を泳がせたのだ。

 どうやら俺は、ピンポイントで、都合の悪い質問をしたみたいである。

 女性はややキョドった感じで言った。

「それは……その……ひ、秘密です。あ、あの……これ、お返しします」

 そして女性は慌てたような仕草で、俺に導きの石を返したのである。

 この態度を見る限りだと、何やら色々と事情があるようだ。

 やはり、その辺は機密事項なのかもしれない。

 仕方ない、あまり触れないでおこう。この話はやめだ。はい、やめやめ。

 まぁそれはともかく、俺は念を押す為に言った。

「ところで、この石なんですが。俺が持っている事は、本当に誰にも言わないでくださいね」

「はい、それは分かってます。……やはり、眷聖リュオールの印のある物は、恥ずかしいからなのですか?」

 俺は腕を組むと「ウーン」と唸る。

 それから、やや中途半端に頷くと、曖昧な感じで俺は言った。

「いや、実は俺も、ついさっき知ったんですよ。それによると、この眷聖リュオールという方は、この地域じゃ色々と訳有りな方らしいじゃないですか。だから、あまり人目に付くのも、どうかと思ってね。まぁ俺自身は良く知らないので、あまりそういった感情はないんですけど」

 だがそれを聞いた女性は、俺を不思議そうに見つめていた。

 すると、首を傾げて問いかけてきたのだ。

「ついさっき知った……。どういう事ですか。貴方は、この守護国の民ではないのですか?」

 俺は、また説明しないといけないのか、と思いながらも言った。

「はい、違いますよ。実は気が付いたら、この城の中に、いつの間にかいたんです。で、いきなり不審者扱いされて、さっきまで投獄されてたんですよ。お恥ずかしい話ですが」

 女性はポカーンとしながら言う。

「いつの間にか、この城の中にいた……。あ、あの、すいませんが。もし差支えなければ、どういう事なのか教えて頂けないでしょうか?」

 やっぱりあの説明を一からしないといけないようだ。メンドイが仕方ない。

 というわけで俺は、やや気怠いながらも、この女性に今までの出来事を、また説明することにしたのだった。

「信じられないかも知れないですが、実は……」――



 [2] ―― 聖廟 ――



 バディアン将軍を先頭に、イローシやニーダとその他十数名の者達は今、聖廟に向かって通路を進んでいる最中であった。

 聖廟へと続く通路は、地下牢へ向かう通路とよく似ており、幅はあまり広くない。その為、一行は縦列になって進んでいた。

 途中、死の使いが徘徊している事もあったが、それぞれが熟練の武術の使い手である上に、聖法武具も装備しているという事もあり、その都度、死の使いを殲滅しながら前進していたのである。

 暫くすると、一行は聖廟の表層部分に到着した。

 勿論、表層部にも死の使いが数体のいたが、一行はそれらを難なくすべて片づける。

 そして聖廟の中央部へと移動を始めたのであった。


 聖廟の表層部は直径30m程の円を描く、円筒状の空間となっていた。 

 天井高さは凡そ5mほどで、それなりに高さのある場所である。

 周囲の石壁には、大きな化け物と戦う様子を描いた絵巻のような彫刻が、入口から時計方向に順を追いながら、全面に彫りこまれていた。

 その為、この円筒状の聖廟に入った者は、どの方向を向いても、それら壁画の彫刻が視界に入ってくるのである。

 また、美しい大理石を敷き詰めた表層部の床中央には、奇妙な文字が彫られた長方形の大きな石版があり、四方を石の祭壇に囲まれながら、横に寝かせて安置されていた。

 その石板は、奇妙な文字や紋章が描かれているのと、石版と同じ大きさの台座に置かれている事以外、それほど特筆すべき点はない。

 だが、この聖廟においては、その位置関係と周囲の祭壇等から、一際目立つ象徴的な存在なのだ。が、しかし……。

 今、この石版はやや歪な様相となっていた。

 なぜならば、石板は本来あるべき正規の位置にはなく、台座の横にずらして置かれているのだ。

 そして石版が置かれていた下の台座部分からは、不気味な深淵の闇が支配する地下空間が、オドロオドロしく見えているのである。


 表層部を徘徊する死の使いを全て始末した一行は、中央の石版の付近に集まっていた。

 そして全員が集まったところで、バディアンは口を開いたのだった。

「……ではこれより、聖廟の奥深くに進み、この異常事態の根本を正しに参る。が、その前に、皆にもう一度、確認をする。道具等の準備は抜かりないな?」

 だがそこでニーダが、重々しく言った。

「バディアン将軍、その前に確認しておきたい事があります」

「ニーダ隊長、確認しておきたい事とは?」

 ニーダは言う。

「それはグラムドア女王陛下についてです。バディアン将軍は先程、女王陛下の事は心配いらぬと申されました。ですが、我々は元々、女王陛下直属の近衛騎士隊の者です。女王陛下の御身を守ると誓った以上、我等には知る権利がある。だから、本当の事をお聞きしたい。女王陛下は、今、何処におられるのでしょうか?」

 バディアンは集まる全員の表情を見てゆく。

 それから静かに言葉を発した。

「……確かに、ニーダ隊長の言うとおりだな。それに此処にいる者達は皆、女王派の者達。いいだろう……話しておこう」

 バディアンは、やや間を空けてから続ける。

「女王陛下は、この封印解呪の儀式が始まった頃、侍女の姿に変装をしてもらい、幽閉されていた場所から私が退避させた。今は城外にあるアストランド大聖殿に移動中の筈だ。今のところはまだ、アストランド城内だけにしか、目立った被害はないのでな」

 説明を聞いたニーダは、若干、笑みを浮かべるとバディアンに頭を下げる。

 そして穏やかな表情で言うのだった。

「バディアン将軍。我らの留守の間、女王陛下をお守り頂き、ありがとうございました。これで、心置きなく戦いに身を投じれます」

「ウム」

 バディアンはそこでもう一度全員の顔を見回す。

 この場にいる者達は、皆が覚悟を決めた様に引き締まった顔つきをしていた。

 そんな皆の顔に満足したバディアンは、意を決して口を開いたのであった。

「よし、それでは行くぞッ」

【ハッ】

 バディアンは、先頭に立って地下への入り口に向かう。

 だがその時だった。


 地下から数名の者達が、息を切らしながら這い上がってきたのである。

 それはハシュナード他数名の者達であった。

 ハシュナード達は慌てたように一気に這い出てくると、床に四つん這いになって身体を休める。

 彼らは疲労困憊といった感じで、全員が肩で息をしている状態であった。 

 だがバディアンは、そんなハシュナードを見るなり、眉根を寄せて言ったのだ。

「ハシュナード閣下ッ。一体、この惨状はどういう事なのだッ」

 喘鳴のような音を出しながら、小刻みに呼吸を繰り返すハシュナードは、慌てたように言った。

「バ、バディアン将軍。わ、私は、ジャミアスに騙されていた。封印されていたのは、破滅の化身だった。そして奴は凶星マリスの手の者なのだッ」

「……なんだと。それで奴は今、何処にいるッ」

 バディアンは憤怒の表情を浮かべてそう言うと、ハシュナードに詰め寄る。

 するとそこで、ハシュナードの隣にいるカーミラが口を開いた。

「ジャミアスはこの聖廟の最下層にまだいます。……しかし、それも封印が完全に解けるまでの間でしょう。もう手遅れかもしれません」

 ハシュナードとカーミラの言葉を聞いたイローシは、鼻で笑う。

 またそれと共に、語気を強めて言うのだった。

「フンッ。素性の知れぬ、胡散臭い奴を信じるからこうなるのだ。女王陛下へ謀反まで起こして招いた、この亡国へと誘う惨劇。貴方はどう始末をつけるおつもりかッ」

 それを聞いたハシュナードは、眉根を寄せて言葉の主を睨み付ける。

 だがイローシとニーダの顔を見るなり、ハシュナードは目を見開いた。

 そして、信じられない者を見るかのように言ったのである。

「なッ! なぜ、お前達が此処にいる!」

 バディアンは言う。

「彼らは、私が地下牢から解放した。もはやこのアストランド城は、聖廟から放たれる邪悪な魔精気の所為で、死の使いが徘徊する死境へと傾きつつあるのだ。戦える者には戦ってもらう。それが理由だ」

「な、なんだと……このアストランド城に死の使いが」

 ハシュナードは今の言葉に耳を疑った。

 だが追い打ちをかけるように、ニーダは言うのであった。

此度こたびの守護聖霊復活の儀式は、全てを知っていたジャミアスが仕組んだ罠でございますよ、閣下。もう城内は死の使いだらけです。ジャミアスはこうなることを見越して、付近に死の使いを待機させていたのでしょうね。まぁその甲斐もあって、このアストランド城は嘗てない危機に見舞われていますが」

 幾分か棘を含むニーダの説明を聞いたハシュナードは、肩を落として無言になる。

 その様子は、落胆という言葉以外に形容するモノが見つからない姿であった。

 そんなハシュナードを見たバディアンは、仕方ないとばかりに言った。

「閣下、我等はこれより、出来うる限りの事はするつもりだ。よって、この場からは早々に立ち去られるがよかろう。カーミラ秘書官、ハシュナード閣下を安全な城外へ退避させたまえ」

 カーミラはバディアンに向かい、申し訳なさそうに深く頭を下げると言った。

「わ、わかりました。では、我々はこれにて退避させて頂きます。どうか、御武運を……」

 その言葉を皮切りに、ハシュナード以下数名の者達は、聖廟出口に向かって移動を始める。

 と、その時。

 イローシは移動するハシュナード達に向かって、腰に差した一本の剣を放り投げる。

 それから憮然とした表情ではあるが、こう言ったのだった。

「城内は死の使いが沢山徘徊している。これを持って行け。聖法武具だ。ま、精々気を付けるんだな」

 カーミラは剣を拾うと、丁寧に頭を下げて言った。

「お心遣い感謝します。ありがたく受け取らせて頂きます」

 そしてこの言葉を最後に、ハシュナード達はこの聖廟を後にしたのであった。


 ニーダは、ハシュナード達が去ったところで、イローシに言った。

「剣を渡して良かったのか? イローシの聖法武具が一つ無くなるのだぞ」

「ああ、構わんさ。俺はこれで戦う方が性に合ってるんでな」

 イローシはそう返事すると、右手に持つ、打・突・斬の性能を持つハルバードの様な槍に視線を向けた。

 その槍は、光沢鮮やかな琥珀色の柄をしており、槍頭には白銀のように美しく光り輝く斧の刃と、四角錐状の槍の刃先が取り付けられていた。

 またその反対の石突きの部分にも、槍頭と同様、白銀に輝く意匠が凝らされた金具が取り付けられているのである。

 その拵えは美しさと豪胆さを併せ持っており、美術品としても通用しそうな外観を持つ槍なのだ。

 そんな槍を眺めるイローシを見たニーダは、笑みを浮かべると言うのだった。

「イローシの相棒はソイツだったな。暫く投獄されていたので、忘れていたようだ」

「フッ、まぁそういうわけだ」

 2人がそんなやり取りをしている中、バディアンは皆に言う。

「よし、では我々も行くぞッ。もう時間があまり無いようだ」

【ハッ】

 気を取り直してバディアン達は地下への入り口に、再度、向かう。

 そして入り口である台座のすぐそばまで来た、その時だった!


 またもや水を差す出来事が起きたのである。

 今度は黒い物体が地下への入り口から、突如、物凄い勢いで真上に飛び上がったのだ。

 イローシは言う。

「またか、クソ、今度は一体なんなんだッ」

 黒い物体は、しばらく滞空しながら床に降りてくる。

 それから仁王立ちの如く、その場に降り立ったのであった。

 バディアン達は、恐ろしいほどの勢いで出てきた黒い物体に、武器を取って身構える。

 そして黒い物体が何か分かったところで、バディアンは口を開いた。

「お、お前は確か、ジャミアスの部下でガルナとか言ったな。貴様も奴の仲間。悪いが討たせてもらうぞ」

 バディアンの言葉に対して、ガルナは無言で微動だにせずに立っていた。

 ニーダやイローシ、そしてその他の者達は、ガルナの逃げ道を塞ぐかのように周囲を取り囲む。

 それから徐々に間合いを詰めてゆくのである。

 だがそこでガルナは奇妙な行動に出た。

 ガルナは突然、両手を胸の辺りで交差させて、うずくまる様に体を丸めたのである。

 それから力を溜めるかのように、体を小刻みに震わせたのだった。

 するとガルナの身体から、黒い煙のようなモノが徐々に現れ始めてきた。

 周囲にいるバディアン達は、この変化に身構える。

 そして身体を震わせてから10秒程経過した、その時!

 ガルナは内に溜めた力を開放するように、体を起こすと共に、ガバッと両手を大きく広げたのである。

 その瞬間。

 黒い衝撃波のようなモノが同時にガルナの全身から放たれたのだ。

 周囲にいた者達10名程は、その黒い衝撃波をまともに浴びて吹っ飛ばされると、聖廟の壁に叩きつけられる。

 また、バディアンを含めた残り数名の者達は、なんとか耐えてはいたが、それでもかなりの後退を余儀なくされたのであった。

 その為、耐えた後すぐにガルナへの攻撃へ移れなかったのだ。

 衝撃波を全身から放ったガルナは、そこで一言だけ呟いた。

「ジャマダ。サーラノチスジデナイ、キサマラニ、ヨウハナイ」

 その捨て台詞だけを残すと、ガルナは聖廟の出口に向かい颯爽と駆け出したのである。

 ガルナの言葉を聞いたバディアンは、苦虫を噛み潰したような表情で叫んだ。

「グッ、まてぇ! どういう意味だッ」

 だが言葉を発した時にはもう既に、そこにガルナの姿は無かったのであった。



 [3] ―― 一方、大広間 ――



 俺はとりあえず、今までの事を簡単にだが、女性に説明をしていた。

 本当は細かく話した方が良いのかもしれないが、如何せん此処は異世界。

 あまり信じてはくれないだろうと思っていたので、それほど詳細には言わない事にしたのだ。

 勿論、俺が異世界から来たという事も内緒である。

 理由は、完全なる確証もない上に、言うと面倒くさくなりそうだからだ。

 こういった頭痛の種はまかないに越したことはない。とりあえず、今は黙っておいた方が無難という判断をしたのである。

 とまぁ、そういう風に説明している訳であるが、この女性は以外にも、真剣に耳を傾けているようであった。

 不思議な話なので、ツイツイ聞いてしまうのかもしれない。


「――とまぁ、そういう事があったんですよ。で、俺はここにいるという訳です。信じられないかも知れませんが」

 女性は言う。

「そんな事があったのですか……。という事は、リュオールの導きの鍵が、貴方をこの地に導いたという事なのでしょうか?」

「さぁ、それはどうか俺にもわかりません。でも、まったく無関係ではないように思えるんですよ。それで話は変わるのですが、実は貴方がスーシャルの聖域に行くと言った時、これはチャンスだと思ったんです」

 女性は首を傾げると言った。

「チャンス……ですか?」

 俺は頷くと続ける。

「はい。実はこの地に来た時、この首に掛けられた石とあの石版が、まるで共鳴するかのように強く光り輝いたんですよ。で、もしかするとあの光に飛び込めば、自分の住んでいた場所に帰れるのかもと思っているのです。それに、貴方について行けば、一緒に聖域へ入ることが出来るかもしれない。なので、チャンスだと思ったんです」

 とりあえず、俺は自分の考えている事をこの女性に言った。

 だが女性はやや微妙な反応で、こう言ったのであった。

「そうだったのですか。ですが、その光は多分……」

「え、多分?」と俺。

「……いえ、何でもありません。でも、もしそうなら、帰れるといいですね」

 女性の微妙な返答がやや気になったが、俺は言った。

「ええ、本当に帰りたいですよ。一刻も早く。でもその為には、まず、この導きの石を持ってあの場所に行かない事には、何も始まりませんからね」

 そこで女性は、目を閉じて暫し無言になる。

 俺の話の内容に、何か引っかかるところでもあったのだろうか。

 まぁそれはともかく、10秒程沈黙すると、女性は目を開いて言うのだった。

「あの、つかぬことをお聞きしますが。貴方にその導きの石を送られた方は、他には何も送られませんでしたか?」

「他にですか?」

 俺はその時の光景を思い返す。が、しかし、導きの石以外は何も入ってなかったように思う。

 まぁその後に、住職からこの右手にある奇妙な腕輪を貰ったが……。確か、七星法転輪とかいったか。

 これも、この導きの石と何か関係があるんだろうか……。

 そういえば、ここに飛ばされた時、これも妙な光の糸を出してた気がするし……まぁ気のせいかもしれんが。

 でも、今は七星法転輪の事は置いておこう。話がややこしくなるかもしれん。

 とりあえず、俺は言う。

「いえ、その人から送られてきたのは、この石だけでしたね。それがどうかしましたか?」

「そうですか……。ただ、その石だけだったのかなと思ったもので。あまり気にしないでください」

 俺は女性の一連の反応に違和感を覚える。

 だが、違和感の正体がなんなのかはわからない。

 なので、女性の反応が少々気になるところではあるが、俺はとりあえず納得する事にし、これについてはあまり深く考えない様にしたのだった。


 俺は辛気臭い話ばかりするのもアレだと思い、話題を変える事にした。

 そこで俺は、初対面の定番儀礼が行われていないことに気付く。

 というわけで、まず自己紹介をする事にしたのであった。

「あの、俺の名前はソースケ・ミナミカワ・アシェラといいます。もしよければ、貴方のお名前を教えてください。こんな場所ではありますが、出会ったのも何かの縁でしょうし」

 ヒロシもこんな言い回しだったなぁ、などと思いながら俺は言った。

 すると女性は、目を閉じて、何かを考えるような素振りを見せる。

 それから少し挙動不審ぽい口調で言ったのだ。

「わ、私の名前は……エ、エルといいます」

「へぇ、エルさんと言うのですか……」

 俺はそう言いながらも、内心アレ? と思っていた。

 何故なら、地下牢でヒロシ達は、名前・一族の名・種族の順で名乗り合うのが、この地域の常識みたいに言ってたからである。

 もしかすると、俺みたいな素性の知れない奴には、フルネームで言えない事情があるのかもしれない。

 まぁ仕方ないか、ついさっき釈放されたばかりだしな。

 などと思いながら、この女性を見ていた、その時。

 横になった時に少し帽子がズレたのか、女性が被る帽子と茶色い髪の隙間から、綺麗な水色の髪の生え際が見えたのである。

 この生え際を見る限りだと、どうやらこの女性の地毛は茶髪ではなく、この水色の髪のようであった。

 地球だと水色が地毛なんてのは、まずありえない。しかし、此処は異世界。

 そういう事もあるのだろうと考えた俺は、女性に言ったのである。

「へぇ、エルさんは綺麗な水色の髪をしてるのですね。その茶色い髪は付け毛か何かですか?」

 だが何気ない俺の言葉を聞いた女性は、突然、慌てたようにガバッと体を起こしたのだ。

「痛ッ……」

 女性は勢いよく起き上がった所為で傷が痛んだのか、顔を顰める。

 そして患部をさすりながら、苦悶の表情を浮かべるのである。

 だがしかし……。

 俺の目には、痛がる女性の姿よりも、もっと気になるモノが映っていた。

 それはこの女性の髪と耳である。

 何故なら、実は今、女性の被っていた帽子と茶色い髪が、起き上がった勢いで取れて、背後に落ちてしまったのだ。

 そして、帽子と付け毛で隠れていた、美しい水色の髪と長い耳が露わになったのである。

 帽子を被っていたので今まで分からなかったが、どうやら、この女性はフェーネス族の方のようであった。

 また女性の髪は、頭部でくるっと小さく纏められており、長い髪にも関わらず、ボリュームが少ない感じになっていた。

 この髪の纏め方は、多分、帽子と茶髪の付け毛を上から被せる為に、こういう風にしたのだろう。

 でも俺からすると、茶髪よりも、地毛である水色の髪の方が綺麗に見えるのである。

 俺的には『こっちの地毛の方が良いのに』と思ったが、これは、この地域の流行ファッションかもしれない。

 なので、俺はあえて、口には出さないようにしたのだった。

 だが俺がそんな風に考える中、女性は何故か引き攣った表情を浮かべていたのである。

 何か不味い事でもあったのだろうか。

 などと俺が思っていると、女性は恐る恐る口を開いたのだった。

「な、な、なんで分かったんですか?」

「はぁ? 分かるも何も……モロに髪が水色じゃないですか。というか今、起き上がった勢いで、帽子が後ろに落ちましたよ」

 俺の言葉を聞くや否や、女性は慌てて両手を頭に持っていく。

 そして目を大きく見開いて言ったのだ。

「う、う、嘘……ぼ、帽子がない……。と、という事は、わ、私の耳も……」

「はい、良く見えてますよ。エルさんはフェーネス族の方だったんですね」

 女性は、途端に青ざめた表情になる。

 すると泣きながら、女性は言うのであった。

「わ、私の正体が、貴方にバレてしまいました。グスッ、ヒィン」

 突然、何を言い出すんだこの子は……。

 しかも、泣き出したし。

 つーか、バレたという意味が分からんわ。

 とはいうものの、なんか知らんが、目の前で女性が泣くと罪悪感が湧いてくるのだ。

 なので、とりあえず、一番可能性がある事柄をチョイスして俺は言った。

「あの、『バレた』って言いましたけど。もしかして、フェーネス族というのを隠してたんですか?」

 女性は首を左右に振って言った。

「ち、違います。グスッ、いや、それもあるんですけど。隠してたのは、私がこの国の女王だという事です」

「へぇ、そうなんですか。エルさんて、女王なんですか……って、ちょっと待てッ。今なんつったッ」

「で、ですから、私が……女……王」

 女性はそこで、大きく目を見開くと共に、また頭を抱える。

 そして俺とほぼ同時に叫んだのであった。


【ジョ、ジョーオーだってぇッ!】

【イヤァァァァァ!】


 俺はエルの反応を見てこう考えていた。

 この子、かなり天然だと……。 

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