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イシェンドラ  作者: 股切拳
   ~ 隠者のいざない ~
8/15

EP8 邂逅

 [1] ―― 一方、聖廟 ――



 漆黒の甲冑に身を包む大柄な戦士は、眼前にいる銀の鎧に身を包む近衛騎士の真上から、刃渡り2mの大剣を容赦なく振り下ろす。

 近衛騎士は振り下ろされた大剣を受け止めるべく剣を横に寝かせた。

 だが、そんな受けなどお構いなしに、漆黒の戦士は剣ごと叩き斬るように大剣を振りぬいた。

 その瞬間【ザシュッ】という破壊音と共に、漆黒の戦士が振るう大剣の刃先が地面にめり込む。

 そして、脳天から真っ二つに両断された近衛騎士の身体が、血飛沫を上げながら、左右にゆっくりと崩れ落ちたのである。

 漆黒の戦士は次に、やや離れた場所にいるフェーネス族の男性魔精術師に狙いを定めた。

 背丈が2m以上あるにもかかわらず、俊敏な動きを見せる漆黒の戦士は、跳躍しながら間合いを一気に詰める。

 標的となったその魔精術師は、呪文の詠唱をしている最中であったが、近衛騎士の一刀両断された惨たらしい遺体を目の当たりにして、詠唱を止めてしまったのだ。

 だがそこで注意を逸らしたのが、この魔精術師の運の尽きであった。

 何故ならば、迫り来る漆黒の戦士に気付いた時には、もう既に、手遅れの間合いになっていたのだ。

 自身の前方から、まるで猛牛のように突進する漆黒の戦士を見た魔精術師は、諦めたかのように呆然と立ち尽くす。

 そして次の瞬間。

 この魔精術師が見たものは、天井や壁に床が目まぐるしく変わる光景なのであった。

 それらが自身の周囲をまるで回っているかのように、目に飛び込んできたのである。

 だがしかし……。突然、ドンという衝撃と音が魔精術師の耳に入ってくるようになる。

 またそれと共に、目まぐるしく変わる世界にも終わりがやってきたのだ。

 一体何が起きたのか、魔精術師には一瞬分からなかった。

 しかし、あるモノが視界に入ったその時。

 その魔精術師は自身の身に何があったのかを最後に悟ったのであった。

 彼が最後に見たモノ……それは首が無い自分の胴体であった。

 その光景を見た彼は、最後に自分が死んだという事を自身の目で知ったのである。

 

 魔精術師の首をねた漆黒の戦士は、そこで周囲を見回す。

 だが、周囲には自身の主である者だけしかいない。

 他はこの漆黒の戦士が切り殺した20体程の死体が、辺りに横たわっているだけであった。

 生きている者がいない事を確認した漆黒の戦士は、この空間の中央に佇む、漆黒のローブを身に纏う主に歩み寄った。

 そして漆黒の戦士は、その者の手前にて恭しく跪いたのである。

 その者は言う。

「お見事です、ガルナよ。ですが、ハシュナードとその他数名の者達が、上へと撤退してゆきました。そこで貴方にお願いがあります。今から眷聖グラムドアの血統を根絶やしにしてもらいたいのです。目障りな血統ですからね」

 ガルナは無言で頷くとユラリと立ち上がる。

 それから、潰れたような声で言った。

「カシコマリマシタ、ジャミアスサマ。ジョウオウモロトモ、イキノネヲトメテマイリマス」

「では頼みましたよ、ガルナ。私はまだ、此処を動くわけにはいきませんからね」

 ガルナは降りてきた螺旋階段へと歩を進める。

 そして、大きな巨体には似合わない速さで、長い螺旋階段を駆け上がったのだ。

 この最下層に1人となったジャミアスは、そこで不敵な笑い声を発し始めた。

 またそれと共に、独り、誰にともなく呟いたのである。

「クックックッ。水星の器・スファディータは我等の手中ですが、万が一という事も有りますのでね。始源七星の器を扱える眷聖の血統は、根絶やしにしておくに限ります。王家の血が色濃いハシュナード閣下にグラムドア女王陛下の血統は、遠慮なく消させていただきますよ。クックックッ」

 暫くのあいだこの空間内に、ジャミアスの不気味な笑い声が地鳴りと共に響き渡るのであった。



 [2] ―― アストランド城・1階 ――



 地下牢に連行されてきた階段を上り、アストランド城の1階に到着した俺は、その先に続く一本道となった通路を進んでゆく。

 因みに俺の前には、バディアン将軍とヒロシとニーダ、そして茶色の鎧を着た警備兵長がおり、俺はその方々の後に続いて進んでいる最中だ。

 通路を進んでゆくにつれて、小さな灰の山が幾つか目に付くようになってきた。

 どうやらこれら灰は、あの化け物の成れの果てのようだ。という事は、この地下牢付近にも何体か化け物がいたという事なのだろう。

 そしてバディアン将軍がこれらを始末したのかもしれない。

 だが俺はこの痕跡を見るなり、さっき地下牢にいたあの化け物の姿が過ぎるのだ。それと共に、食われていた門番の姿も蘇ってくるのである。

 俺は考える。

 あんな化け物が、この城内をウロウロしているのか……遭遇してしまったらどうしよう、と。

 今の俺には対処の手段もないので、こう思うのは当然である。

 おまけにバディアン将軍は、なんとか魔精術師団の詰所で灰色のローブを俺に与えろと警備兵長に言っていたが、武器の事については言及してなかった。

 なので、俺はその事についても不安になるのであった。

 丸腰であんな化け物に出遭ったら、人生終了してしまうからだ。

 まぁもっとも、俺の場合は武器があっても、その可能性があるが……。

 そ、それはともかく。

 俺はそういった事から、全然気分が晴れないまま、通路を進んでいるのであった。


 一本道となったやや狭い通路を真っ直ぐ進んでゆくと、吹き抜け天井になった大広間へと俺達は辿り着いた。

 そこは天井までの高さが10m近くありそうな長方形の空間で、天井全てがアーチ状に湾曲しているところであった。その所為か、トンネルの中にいる様な錯覚を若干覚えるのである。

 俺は周囲にチラッと目を向けた。

 すると当然、四方を覆う壁が目に飛び込んでくる。だが、俺はそれらを見るなり、美しさに驚いた。

 何故なら、四方の壁には絵画かと思わせる動植物等の美しい彫刻が幾つも施されており、それらの彫刻は色鮮やかな配色で光り輝いていたからだ。まるで壁自体が美術品の様に見えるのである。

 また、それら美しい四方の壁中央には、天井と同じようなアーチ状の出入り口があり、この大広間自体が十字路の様な構造になっていたのだ。

 床は市松模様になっており、白と黒の四角い大理石が連綿と敷き詰められていた。

 しかもその大理石は、周囲の景色が映るくらい、光沢鮮やかに磨き上げられているのである。

 そして大広間の中心よりの位置には、台座に乗る青い竜の大きな像が左右対称に2つ置かれており、この場において一際目を引く存在となっていたのであった。

 そんな豪華で煌びやかな佇まいを見せる大広間ではあるが、今は非常事態。

 悠長に見学している場合ではない。

 その為、俺は先頭を進む、バディアン将軍の動向を注視するのである。

 だが、バディアン将軍は大広間の中央で、突然、立ち止まったのだ。

 そして俺達に振り返り、口を開いたのである。

「この大広間には、先程、強力な守護の魔精結界を張ったので、今はまだ死の使いも入ってこないだろう。まぁこの後の事は、どうか分からんがな。揺れが酷くなると、ここ自体が崩れる可能性もある」

 と言ったバディアン将軍は、俺と警備兵長に視線を向ける。

 それから真正面にある出入り口を指さして言った。

「では、我等はこれより、この先にある水竜の間へと向かう。よって、そなた達とはここでお別れだ」

 どうやらここで、ヒロシやニーダ、それとバディアン将軍とはお別れになるようだ。

 するとヒロシは笑顔で俺にこう言った。

「じゃあなソースケ、ここでお別れだ。元気でな。機会があったら、また会おう」

 続いてニーダも言う。

「ソースケも、何とか生き延びてくれ。可笑しな事を言う奴だったが、死なれると寝覚めが悪いからな」

 俺も言った

「俺も短い間だったが、ヒロシとニーダには感謝している。ありがとう。それと死ぬなよ」

 これは本当に俺はそう思っていた。

 この2人があの牢にいたお蔭で、俺はそこまで心細くならなかったのだから。本当に感謝しているのだ。

 すると俺の言葉を聞いたヒロシは、笑みを交えながら言ったのである。

「俺達の心配するよりも、自分の心配をしろ。そして死ぬなよ、ソースケ」

「ああ分かってる」

 俺が返事したところで、バディアン将軍は2人に言った。

「イローシ隊長にニーダ隊長、では行こう。お主達の聖法武具サリュアもこの先にて用意してあるのでな」

「はい、では急ぎましょう」と2人は声を揃えて返事をする。

 最後にヒロシとニーダは俺に笑みを向けると、目的地の方向に視線を向ける。

 それから3人は、真正面にある通路先へと向かって走りだしたのであった。


 3人の後姿を見送った俺は、そこで警備兵長に視線を向けると言った。

「あの、さっき将軍が、ローブがどうのこうのと言ってたのですけど、どこに行くのでしたっけ?」

 警備兵長は左の出入り口を指さして言った。

「コッチだ。この先に第5魔精術師団の詰所がある。お前がバディアン将軍に連れてこられた警備兵団詰所の隣だ。では、我々も行くとしよう」

「はい、ではお願いします」

 そして俺達も目的の場所に向かって走り出したのであった。



 [3] ―― 第5魔精術師団・詰所 ――



 目的の詰所は、あの大広間からすぐのところにあった。

 詰所の大きさは、俺が5時間ほど前に将軍に連行された、警備兵の詰所と同じくらいの広さで、中の造りも良く似た感じの所であった。

 警備兵の詰所にあったような丸い木製のテーブルや椅子なんかも確認できるのである。

 それと壁には、槍や杖に棍といった長物武器が、幾つか立てかけられていた。

 これらの武器が置かれているという事は、一応、魔精術師もこういった長物系の武器は多少扱うのだろう。

 またその他にも、ネックレス状になった水晶球の様なものや、何に使うのか分からない道具類等が、壁にぶら下げられていたのである。

 それらを見回しながら俺は思った。

 もしかすると、この第5魔精術師団というのは、このアストランド城の警備兵的なポジションなのかもしれないと。

 理由は、詰所のある位置が警備兵団の隣であるという事と、これら2つの部屋の様相が似ているからだ。

 この両詰所の位置関係は、多分、城内警護の連携を深める為に隣り合っているに気がするのである。

 本当の事は分からないが、俺にはそう見えたのだった。

 まぁそれはさておき、俺達はこの詰所の入口を潜り中へと入ってゆく。

 だが室内はシーンと静まり返っており、詰所には誰も居ないような雰囲気であった。

 すると警備兵長は大きな声で言った。

「オーイッ、警備兵長のグスタヴォだが、誰かいないか?」

 だが返事は帰ってこない。

「……やっぱり、誰もいないか。みんな、死の使いの対応に追われているからな。仕方ない、勝手に入らせてもらおう」

 警備兵長は詰所の一番奥にある、両開きになった木製の扉のところへと移動する。

 それからその扉を開くと、警備兵長は「確かこの棚に、予備の支給品を置いてた気がするな……」などと独り言を言いながら探し始めたのだった。

 探し始めてから暫くすると警備兵長の声が聞こえてきた。

「オッ、あったあった。これだ」

 そこで警備兵長は、入口付近にいる俺に振り返り、手招きをした。

 俺は警備兵長の元へと移動する。

 すると警備兵長は、綺麗に折り畳まれた灰色の物体を俺に差し出したのである。

 そして言ったのだ。

「これが、第5魔精術師団のローブだ。今、ここで着てくといい」

「あ、ありがとうございます」

 俺は礼を言って受け取ると、早速、折り畳まれた灰色の物体を広げてみた。

 すると折り畳まれていたのは、フードが付いたローブだった。

 見た感じ的にはスター○ォーズのジェダイとか、ファンタジーRPGの魔法使いが着てそうなローブである。

 生地は何か知らないが、ややゴワゴワとした質感であった。

 しかし、今は非常時。こんな事を調べていても仕方ない。 

 とりあえず、少し眺めた俺は早速ローブに袖を通したのである。

 そして俺が完全に着終わったところで、警備兵長は言ったのだ。

「よし、それではアストランド城正門に案内する。付いて来てくれ」と。

 警備兵長は出口に向かう。

 だがその時だった!


【キィィ】


 なんと、地下牢にいたあの死の使いが、この詰所内に入ってきたのである。

 しかも数は3体もだ。

 これは超ヤバイ。つーか、なんでこんな狭い所に現れるんだよ!

 警備兵長は慌てて腰に差した剣を抜くと、中段に構えた。

 そこで警備兵長は俺に言う。

「おい、君。その壁に掛かっている槍を手に取るのだ。私だけでこの化け物3体は、ちょっと厳しい。手を貸してほしい」

「あ、は、はひ」

 俺は身の竦む思いだったが、言われた通り壁に掛けられた槍を手に取る。

 壁にあった槍は、木製の柄に四角錐状の金属刃が付くという、至って普通の槍であった。

 そして、その槍を持った俺は、柄の中間部を持って横に寝かせると、適当に構えたのである。

 この構えが正しいかどうかなんて知らない。とりあえず今の第一目標は生き残ることだ。

 そう言い聞かせながら、俺は死の使いに目を向けたのであった。

 3体の死の使い達と俺達は、丸いテーブルを間に挟んで、互いに身構える。

 向こうは横一列に並び、襲い掛かるタイミングを見計らっているようだ。

 と、そこで警備兵長が、敵を見据えながら俺に言った。

「一つ言っておく。その槍は聖法武具サリュアではないから、お前の持っている槍では、こいつ等は死なない。だから、聖法武具サリュアの剣を持つ私を援護する形でたのむ」

「サ、サリュア? は、はい。わ、わかりました」

 そういえば、さっき地下牢でヒロシがそんな言っていた。

 確か『死の使いは普通の武器では倒せない。特殊な製法を用いた武器じゃないと退ける事すら難しい』というような事を。

 多分、聖法武具サリュアと呼ばれるのが、その武器なんだろう。

 俺は怖いながらも、それらを考慮して考える。

 どう生き延びるかを。

 とりあえず今はリーチの長いこの槍で、警備兵長のサポートをするのが、生き延びる為の最善の道だ。

 そう結論すると俺は、警備兵長のやや後方にて奴等の出方を窺う事にしたのだ。

 

 死の使いとの対峙がしばらく続く。

 ジリジリと詰め寄り始める3体の死の使い達。

 と、その時だった。

 左側にいる化け物が、警備兵長目掛けて間合いを詰めてきたのである。

 俺は警備兵長の後方から化け物に向かい槍を突きだした。

 すると槍の突きを見て、一瞬、化け物は動きを止める。

 それを見た警備兵長はここぞとばかりに詰め寄り、化け物へ袈裟に一太刀浴びせたのだ。

【イァァァ!】

 化け物の悲鳴が狭い室内に響き渡る。

 すると死の使いの傷口からは、黒い煙のようなモノが立ち昇り始めたのであった。

 黒い煙は次第に広がり始め、ついには身体全体から立ち昇る様になる。

 化け物は苦しいのか、胸を掻きむしる仕草を始めた。

 そして最後には、身体全体が燃え尽きた様に灰になり、それらが床に降り積もってゆくのである。

 とりあえず、1体は始末した。残り2体。

 俺と警備兵長は気を抜かず、すぐに身構える。

 それからまた化け物との睨み合いが続くのだ。


 化け物との間にある丸テーブルの周囲を、俺達は時計回りで徐々に、そして摺足で移動していた。

 すると俺達の動きに合わせるかのように、死の使い達は時計回りで後退し始めるのである。

 どうやら先程1体が消滅したので、俺達の事をかなり警戒しているみたいだ。

 そんな中、警備兵長が俺に言った。

「オイ……いいか、よく聞け。あと少しで詰所の出口にかなり近づく。私が合図したらここを出て、さっきの大広間に行くんだ。いいな?」

「は、はい。大広間ですね。わ、分かりました」

 返事をした俺は、此処までの道順を思い返す。

 途中、十字路があったが、ほぼ一本道だったので、大広間までは行くのは難しくはない。寧ろ簡単な道順であった。

 警備兵長は続けて言う。

「コイツ等とここでやりあっている内に、新手の奴がまた来るかもしれないからな。こんな所で、何体も相手してられない。一旦、引くぞ」

 なるほど、確かにそうだ。

 こんな狭い所にこんな化け物が何体も押し寄せて来たら、それこそ袋の鼠状態である。

 流石に警備兵長というだけあって、こういった状況判断は的確だ。

 というわけで、俺はジリジリと摺足で移動しながら合図を待つのだった。

 10秒・20秒と時間が過ぎてゆく。

 俺は緊張のせいか、額から嫌な汗が流れ落ちていた。

 短い時間が長く感じられる。

 だがこの状況にも変化の訪れる時がやって来たのだ。


【よし、今だ!】


 警備兵長の言葉を皮切りに、俺は一目散に出口を潜り抜ける。

 勿論、警備兵長も俺の後に続く。

 そして俺達は大広間へと向かい、全力で駆けだしたのであった。

 ある程度進んだ位置で、後ろをチラ見すると、化け物達はちょうど詰所から出てきたところであった。

 その為、今のところ俺達とは、距離がけっこう開いてる状況なのである。

 虚を突くような感じで逃げたので、死の使い達も少々面食らったのかもしれない。

 まぁそれはともかく、俺達は大広間へと全力疾走する。

 だがしかし、その途中にある十字路付近に差し掛かった時だった。


【キャァァァァ!】


 突然、悲鳴が聞こえてきたのである。

 声の感じは女性の様な感じであった。

 そして俺はその悲鳴が気になってしまい、十字路で立ち止まってしまったのだ。

 またそれと共に、悲鳴が聞こえてきた右方向に視線を向けたのである。

 だがその瞬間、俺は目を見開いた。

 なぜならば、俺の視線のすぐ先では、小柄な女性が今正に、2体の死の使いに襲われそうになっていたからである。

 その女性は青いターバンの様な帽子と、白いローブに丸メガネといった格好をしており、かなり若い感じの女性であった。

 髪はバディアン将軍と同じ茶髪で、年は俺が見た感じだと大体15歳くらいといったところだろうか。

 とにかくその位の年齢と思われる女性だったのである。

 因みに、周囲には化け物以外誰もいない。なのでこの場には、女性1人だけであった。

 また女性は足を怪我したのか、床に伏せながら太ももの辺りを押さえていたのである。

 これは助けに入らないと、確実にこの女性は襲われてしまう。

 と思った、その時だった。

「オイッ何やっている。立ち止まるなッ。そのまま進むんだッ」

 後方にいる警備兵長が丁度やって来たのである。

【キィィ?】

 だが同時に死の使いも俺達に気付いたのだ。

 なんか予想外な展開になってきた。

 そして、その内の1体が、俺へと向かって襲いかかってきたのだった。

「あわわッ」

 俺は慌てて、手に持った槍をがむしゃらに前へ突く。

 するとズシャという衝撃が腕に伝わると共に、槍は死の使いの胸を貫通したのである。

 だがしかし、この化け物はまるで痛がった素振りを見せず、そのまま俺へと襲いかかってきたのだ。

 化け物の指に生える鋭い爪が俺に襲いかかる。

 ヤバイもう駄目だ……。

 俺は本能的にそう思った。

 だが次の瞬間、一筋の刃が目の前を上から下に通り過ぎたのである。

 それと共に、襲いかかる化け物の手が切断されて、クルクルと宙を舞ったのであった。

 俺は刃の出所にゆっくり視線を向ける。

 するとそこには、振り下ろした剣を握る警備兵長がいたのだ。

 だがそれで終わりではない。

 警備兵長はそこから更に剣を返して、死の使いを横に薙いで腹部を斬り裂いたのだった。

 腹を裂かれた死の使いは、さっきと同様、黒い煙を発しながら灰化していく。

 そこで警備兵長は俺に言うのであった。

「一体何をしているッ。こんな所で立ち止まるな!」

 だが俺は女性を指さして言った。

「で、でも、アソコ。あの人、ヤバイですよ。死の使いに襲われてます」

 警備兵長は俺の指先を追う。

 それを見た警備兵長は顔を歪ませて言った。

「チッ。仕方ない。お前も援護しろ」

「は、はい」 

 女性の付近にいた死の使いは、仲間が灰化したのに気付き、此方へと向かってきた。

 俺はまた槍を適当に構えて援護に回る。

 そして詰所の時と同様な方法で死の使いを始末すると、すぐに女性の所に駆け寄ったのである。

 女性は右足の太ももを抑えながら俺達に視線を向ける。

 そして丁寧な口調で言ったのだった。

「どなたか知りませんが、あ、ありがとうございます。すいませんが、手を貸してもらえますか。足を怪我したもので……」

「あ、はい」

 俺はそこで手を差し出した。

 女性は俺の手を取ると、ゆっくりと立ち上がる。

 だがその途中、右足が痛むのか、患部を抑えながら辛そうな表情をしたのだった。

 白いローブを着ているので、患部がどうなっているのか分からない。が、女性が手を添える部分には薄らとだが血痕が見えるのである。

 もしかすると、だいぶ酷い怪我なのかもしれない。

 完全に立ち上がると、女性は俺達に言った。

「あの、あぶないところを助けて頂いてありがとうございました。それとお願いがあるのです。私をスーシャルの聖域まで連れて行ってもらえないでしょうか?」

 どうやらこの女性は、あの聖域に行きたいみたいだ……これはチャンスかもしれない。

 俺はさっきから、スーシャルの聖域にどうやって行こうか真剣に悩んでいたのだ。

 だから、これはある意味、渡りに船の状況なのである。

 この女性を利用すべきだ。

 そう考えた俺は、とりあえず警備兵長に視線を向ける。

 すると警備兵長は、難しい顔をしながら言ったのであった。

「スーシャルの聖域は、此処からだとちょっと遠い。おまけに死の使いが徘徊しているこの城内は、今、修羅場と化している。とてもじゃないが、怪我人が向かうべき場所じゃない」

 だが女性は、尚も言う。

「ですが、ハシュナード閣下の御命令で、どうしてもそこへ行かねばならないのです。お願いです、連れて行ってもらえないでしょうか」

 警備兵長は眉根を寄せて困った表情をする。

 だがその時、俺は後ろから新手の死の使いがやってきているのを確認したのだ。

 その為、あわてて警備兵長に言った。

「ちょ、向こうからまた奴らが来たッスよ。と、とりあえず、一旦、大広間にまで行きませんか。そこでどうするか考えればいいじゃないですか」

 警備兵長は頷くと言った。

「そうだな。今はとりあえず、大広間に向かおう。オイお前、その槍をここに置いていけ。そして、足の悪いこの方を抱きかかえて走るんだッ。俺は聖法武具サリュアでお前達を援護する」

「わ、分かりました」

 俺は指示通り槍を放り投げる。

 それから女性をお姫様抱っこした。

 女性はこの突然の流れにちょっと驚いていたが、今は時間が無い。

 それを確認した警備兵長は即座に言った。

「よし、行けッ。全力で走るんだッ」

 予想外なところでバタバタとしたが、俺達は慌てつつも大広間へと全力で駆けだしたのであった。



 [4] ―― 大広間 ――



 息も絶え絶えに大広間へ辿り着いた俺達は、後ろを振り返って奴らの様子を窺う。

 すると奴等は、何かに躊躇するかのように、この大広間の手前で立ち止まったのである。

 その位置からこちら側へは、奴らは来ようとしなかったのだ。

 多分、これが守護の魔精結界の効果なのだろう。

 とりあえず、一安心といったところなのだろうか……。

 若干の不安は拭えなかったが、俺はそう納得することにした。

 そして俺は女性を床に降ろすと、そこで一旦、大の字になって床に寝転がったのであった。

 ほんの少しの距離ではあるがマジで疲れた。しかも、お姫様抱っこで走るのは非常に疲れるのだ。

 この女性は軽い部類ではあるが、動きや体勢が制限されるので、かなり疲れるのである。

 もう本当に勘弁してほしい。こんな化け物の徘徊するところはコリゴリである。

 そんな事を考えながら、俺は大きい呼吸を何度も繰り返す。

 するとそこで警備兵長は言った。

「とりあえず、ここまでは奴等も、そう簡単に入ってこれないだろう。一安心だ」

 俺は言う。

「それにしても、一体全体、どのくらいの数の化け物がいるんスか。これはかなりの数が徘徊してるんじゃないの?」

 俺の言葉を聞いた警備兵長は、困ったように溜息を吐く。

 そして腕を組むと、疲れたように話し始めたのだった。

「ふぅ……ああ、そうだろうな。奴等は、今も揺れ続けているこの地震が起きてから、突然、現れたんだよ。それに、さっきから時間が経つにつれて、数も確かに増え続けているな。一体どうなっているのやら……」

 そこで女性は俺達に言った。

「この死の使いは、恐らく、守護聖霊アストゥラーナの封印を解いたことが関係していると思われます」

 警備兵長は言う。

「そういえば、バディアン将軍がそのような事を言っていたが、本当なのだろうか。それに守護聖霊の封印を解いて、死の使いが寄ってくるというのはオカシな話じゃないか?」

 警備兵長は女性の言葉を疑っているようであった。

 多分、守護聖霊が封じられているという事を信じているのだろう。

 そこで女性は、俯き加減に言った。

「ならば、恐らく、守護聖霊ではないという事なのでしょう……イッ」

 言い終えたところで、女性は痛そうに右足を抑える。

 かなり傷むのか、苦悶の表情と言った感じだ。

 気になったので俺は言う。

「だ、大丈夫ですか? もしよかったら傷を見せてもらえませんか」

「は、はい、すいません」

 女性は右足側のローブの裾をまくった。

 するとそこには、真っ赤な血に染まる破けたスカートが目に飛び込んできたのである。

 そして、その破けた箇所から見える患部には、5cm程ある裂傷のような傷跡が確認できるのだ。

 しかも傷の周りは、若干、黒っぽく変色していってるのである。

 これはかなり傷が深そうだ。

 だが、この傷を見た警備兵長は、顔を顰めてこう言ったのである。

「これは……死の使いの爪による傷だ。不味いな、はやく治療しないと、奴等の黒死毒が全身に回り始めるぞ」

「こ、黒死毒? 何ですかそれ?」

 初耳だが、碌な響きがしない。

 警備兵長は言う。

「黒死毒を知らないのか? まぁいい。黒死毒というのは、あいつ等みたいな死の使いが持つ毒の事だ。あいつ等の爪にやられると、皮膚が奴等と同様に黒く変色していき、最後には全身が真っ黒になって死に至るんだ。恐ろしい毒さ」

 どうやら黒死病ペストの毒バージョンのようだ。

 本当に最悪な奴らである。まさしく、死の使いといった感じだ。

 俺は言った。

「なんか、解毒剤みたいなのは無いんですか? このままだと、この女性がヤバイですよ」

 だが警備兵長は難しい表情で言うのである。

「いや、あるにはあるんだが……。実は、黒死毒の魔精解毒薬は、ここから離れた所にある、第3魔精術師団の治療施設に行かないと無いんだよ」

 今の警備兵長を見た感じだと、それなりに移動しないといけないのだろう。

 しかも化け物が徘徊する中だから、余計に大変そうだ。

 警備兵長は判断に迷っているようである。これは仕方ない。

 だが意を決したのか、警備兵長は俺に視線を向けると言ったのだ。

「仕方ない。俺が取って来よう。お前はここで、その方を見ていてやってくれ」

「ひ、1人で大丈夫ですか? 俺も一緒に行った方が……」

 だが警備兵長は首を左右に振ると言った。

「いや、俺1人の方が良い。お前は見たところ、あまり戦闘に慣れてないような感じだからな。余計な事を考えなくて済む分、俺1人の方が楽だ」

 まぁそりゃそうだ。

 確かに俺が一緒にいると、かえって足手まといになるのは確実だ。

 俺は納得すると言った。

「確かにそうですね。ではお願いします」

「ああ、それでは暫くの間、此処で待っていてくれ」

 すると女性も、申し訳なさそうに言うのであった。

「ごめんなさい、私の為に……」

「気にしないでくれ、今は非常時だ」

 警備兵長はそう言うと、さっき来た出入り口の反対に身体を向ける。

 そして俺達に言ったのであった。

「では行ってくる」と――

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