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イシェンドラ  作者: 股切拳
   ~ 隠者のいざない ~
6/15

EP6 六つの災禍

 [1] ―― 一方、牢獄 ――



 俺がこのアストランド城に来てから、かなりの時間が経った。

 相も変わらず、俺は檻の中である。

 生まれてこの方、犯罪とは無縁の人生を送ってきたが、まさかこんな形で牢獄に入ることになるんて、考えても見なかった。

 そういえば古美術商の店主が、とても大きな運命が流れが訪れるとかなんとか言ってたが、これは幾らなんでも大き過ぎるやろ。大きな運命にも程があるわ。

 もう愚痴と溜息しか出てこない……。

 色々と考える事があるが、とりあえず、俺は腕時計で時刻を確認する事にした。

 すると、今はもう午後3時半を回っていた。

 だが、これはあくまでも日本の時刻だから、このアストワールではどんな時間帯なのかは分からない。

 おまけに外も見れない場所なので、太陽の位置を確認する事などは不可能な状況だ。

 そういった事から、今が昼か夜なのかすらも分からないのである。

 で、俺がこの地に来てから経過した時間だが。

 アパートを出たのが午前10時。そして西修寺に着いた時間が、確か午前10時半頃だった気がする。

 そこから考えると、もう既に5時間は経過している事になるのだ。……長い筈である。

 しかし、今の俺の感覚では、もっと長い時間が経過しているものと思っていた。実は、その倍の10時間は経過してるような気がしたのだ。

 異常な事態が続いている所為で、さすがに、俺の体内時計というものも狂ってきているのかもしれない。主に精神的な理由で。

 しかも良く考えてみれば、昼飯も食べてないので、余計に長く感じるのである。

 この感覚のズレには、恐らく、生活の区切りが無いというのも関係しているのかもしれない。

 だが、とはいうものの、不思議と腹が減った感じはしないのだ。

 まぁこれだけ周囲の環境が激変すれば、こうなるのは当然だろう。

 大体、こんなカビ臭い檻の中にいて、いつも通り食欲が湧く奴はどうかしている。図太い奴か、アホかのどちらかだ。

 でも体というのは正直なもので、食欲は無くてもグゥグゥと腹が鳴るのである。困ったものだ。


 捕らわれの身である俺は、特にやる事も無いので、周囲に目を向ける。

 今はもう、この薄暗い空間にもだいぶ目も慣れてきたので、隅々まで目視可能であった。

 この牢の大きさは、多分、10畳くらいの広さだろうか。

 そして隅っこの方には、汚物用と思われる、小汚い黒い壺が置かれているのである。

 因みに今、この壺には蓋がされているが、興味本位で中を覗くのはやめた方が良さそうだ。

 何かが発酵して劇物になっている可能性があるかもしれない。これ以上は考えないでおこう。俺はもう考えないぞ。

 またその他にも、相向かいの反対側の隅には、乾燥した藁のような物を広げて茣蓙ござのように敷いてあった。

 そして良く見ると、それらからは所々に、白いカビの様な物が見え隠れしているのである。

 このまま放っておくと、茸とかも生えてきそうな感じだ……。

 まぁはっきり言って、ここの衛生状態はお世辞にも良いとは言えない所なのだ。

 とりあえず、気が滅入るので視点を変えよう。


 房全体はやや縦長の空間で、三方の壁は全て堅牢な石造りの壁となっている。

 そして残りの一方には、小憎たらしい鉄格子の壁が、悠然と立ち塞がっていた。因みに鉄格子は、この長方形の空間の短い辺側にある。

 また、鉄格子の隙間から見える通路の壁面には燭台があり、そこに照明の役割を兼ねた松明が燃え盛っているのである。

 だがこの松明の明かりは、どちらかというと、通路を主に照らしているといった感じであった。

 一応、牢への照明効果も兼ねているのかもしれないが、それは結果的にそうなったという感じだ。

 以上の事から、この松明の明かりは、俺達にお裾分けするかのようにこの牢へと入ってくるのである。

 とまぁ、牢内から見た光景はこんなところだ。

 こうして改めて見ると、本当に、中世ヨーロッパの歴史映画やファンタジーRPGとかに出てきそうな、ジメジメとした地下牢のような印象をうける牢獄であった。

 出来れば長居したくない場所である。というか、今すぐ脱出したい。

 とは思うものの、中々、そうは簡単にいかないのである。

 だが俺は、この目の前に立ち塞がる、忌々しい鉄格子を見る度に考えるのだ。

 早く、あの石碑のある場所に行かなければと。

 しかし、事態は一向に変わらない。お手上げ状態である。

 はぁ、何か良い手はないだろうか……。

 などと考えながら、何十回目かの溜息を吐いていると、横に寝転がるヒロシが欠伸をしながら、俺に話しかけてきたのだった。


「ところでソースケ。お前が首にぶら下げているその青い水晶は何なんだ? 魔精ジンの結晶か何かか?」

 ヒロシはそう言うと共に、俺の胸を指さした。

「は? ああ、これか。これは此処に来る前、知り合いが俺の元に送ってきた品物だよ。何かのお守りじゃないかな。確か……【導きの石】とか言ってたけど。ン?」

 俺は答えながら、首に掛かる導きの石を手に取る。

 だが導きの石を見た時に、少しアレ?と思う事があった。

 なぜなら、この青い水晶の中で渦巻いていた、白い霧状のモノが無くなっていたからだ。

 水晶の中には、*・アスタリスクみたいな模様だけになっているのである。

 その為、俺は首を捻った。

 と、そこでヒロシは体を起こして俺に言った。

「へぇ。ちょっと見せてくれないか」

「ああ、いいよ」

 俺は首から導きの石を外すとヒロシに手渡す。

 そしてヒロシは、マジマジと眺め始めたのである。

 だが暫くすると、ヒロシは予想外にも、突然、クスクスと笑いだしたのだ。

 俺は訳が分からんので、とりあえず言った。

「なんだ、ヒロシ。突然、笑い出したりなんかして」

 だがヒロシは、尚もニヤつきながら言うのである。

「オイオイ、これはリュオールの印ではないか。こんな物を身につけていると、皆から馬鹿にされるぞ。というか、リュオールの印がついた装飾品を身に付けてる奴を見たのは、お前が初めてだ」

「りゅおーるの印……何それ?」

 そういえば、俺を拉致したあのオッサンも、リュオールがどうのこうのと、なんかそんな事を言ってた気がする。

 と、ここでニーダが話に入ってきた。

「リュオールというのは、聖者スーシャルに仕えたといわれる七番目の眷聖サーラの名だ。一応、眷聖サーラは全部で七名おり、通称、七眷聖ソーサーラと呼ばれている」

 眷聖サーラ……。

 また、訳の分からん単語が出てきた。が、しかし。今、奇妙な事があったのである。

 それは、このサーラという言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に眷聖という漢字が過ぎったのだ。

 まるで頭の中の何かが、言葉の変換作業をしているかのように。

 どういう事だ、一体……。

 いや、実は今に限った事ではなく、さっきから妙なのだ。

 ヒロシやニーダと話してる時から、ずっと頭の中がざわざわした感じになるのである。まるで頭の中に何かがいるみたいに。

 まぁだからといって、そのせいで都合が悪くなるような事は何もなかった。

 なので、今まではさほど気にしなかった訳だが、しかし……。

 このサーラという言葉にだけ、妙にタイムラグがあったのである。

 だから俺は不思議に思ったのであった。

 だが考えたところで、恐らく、何もわからんだろう。脳内に何かがいるなんて、ある意味、超常現象の類だし。

 それに、俺が今置かれている状況と比べれば、かなり些細な事。

 とりあえず、今は放っておこう。

 そう結論した俺は、次に、そのリュオールについて2人に尋ねることにした。


「ところでさ、そのリュオールという眷聖は、何か問題でもあったのか?」

 ヒロシは言う。

「遥かな昔、聖者スーシャルと破滅の凶星マリスとの戦いが、このディナスリアの地であったとされている。で、このリュオールという眷聖はな、よりにもよって、破滅の凶星マリスとの最後の戦いから、逃げ出したと云われているんだな」

「破滅の凶星マリス……」

 また知らない言葉が出てきたので、俺は何気なしに口にした。

 ニュアンス的にはRPGのラスボスっぽい響きがする。つくづくファンタジーな世界だ。

 正直、この手の話はゲームや映画の中だけでいい。現実にはあってほしくない。

 などと俺が考える中、ヒロシは続ける。

「まぁつまりそういった事から、リュオールは、裏切者にして臆病者の烙印をおされているのさ。さっき『馬鹿にされる』と言ったのはそういう事からなのだよ。それに守護国では、リュオールという言葉自体が、そういった侮蔑の意味合いで日常的に使われているからな」

「へぇ、なんか色々な事情があるんだな。ありがとう、教えてくれて」

 最後の戦い云々のくだりはよく分からんが。

 どうやらリュオールという眷聖は、歴史に名を残すくらいのヘタレとして、この地域ではかなり有名らしい。

 この守護国じゃそれが常識なのだろう。

 ということは、この石はあまり人に見せない方が良いのかもしれない。別の意味で、俺も有名になってしまう可能性がある。

 だがそれよりも、俺は気になる事があった。

 それは、このリュオールとやらの印が描かれた石を、何故、あの古美術商が持っていたのかという事である。

 どこかで、この世界と俺のいた世界とが繋がっているのだろうか?

 この事実の前に、フトそんな事を考えてしまうのだ。

 しかしさっきのと同様、考えたところで分からないので、これも一旦置いておくことにした。

 俺は質問を続ける。

「さっきリュオールの印って言ってたけど。眷聖には決まった印なんてあるの?」

 この質問にはニーダが答えてくれた。

「ああ、そうだ。七眷聖にはそれぞれ聖印がある。それと言い忘れたが、リュオールを除いた眷聖は、最後の戦いの後に六つの守護国を建国した者達だからな。つまり、守護国の初代国王だ。これは覚えておいた方が良い」

「へぇ、そうなんだ。その眷聖達が、この守護国を建国したのか……」

 守護国が出来た経緯には色々と事情があるようだ。

 ニーダは言う。

「ああ、それと、我々が身に付けている鎧に刻まれた、この2頭の竜が絡みつくアストランド王家の紋章だが。これは、眷聖グラムドアの聖印を元に作られたものだ。一応、頭の隅にでも置いておいてくれ」

 ニーダはそう告げると共に、自身の着る鎧の左胸に刻まれている紋章を指さした。

 聖印の元の図形を見た事ないから分からないが、ニーダの話を聞く限りだとこれに近い形をしてるのだろう。

 だが、少し引っ掛かる部分もあったので、俺は問いかける。

「眷聖グラムドア? さっき言ってた女王の名前と同じだね。もしかして女王は、その遥か昔の戦いからずっと生きてるのか?」

 するとヒロシが苦笑いを浮かべて言った。

「そんな訳ないだろう。グラムドアの名は、アストランド王になる者が代々受け継いできた名前だ。もはや、敬称みたいなものさ。大体、そんなに長生きできるわけないだろ」

「まぁそりゃそうか。でもフェーネス族って、なんとなく長生きしそうな気がしたからさ。聞いてみただけだよ」

 確か、この国の王家はフェーネス族だとニーダがさっき言っていた。

 フェーネス族の容姿はエルフにクリソツなので、思わず、俺はそう口にしたのである。

 ゲームや小説に映画等で俺が触れてきたエルフのイメージは、寿命が何千年も生きてそうな設定ばかりだし、これは仕方ない。

 だが俺の考えとは裏腹に、ニーダは笑いながらこう言ったのである。

「なんだ、その長生きしそうというのは。我々フェーネス族の寿命は、アシェラ族とそれほど変わらん。可笑しな事を言う奴だな」

「へ? そ、そうなのか。なんだ、はは……」

 とりあえず、フェーネス族に対してエルフの先入観は捨てた方が良さそうだ……。




 [2] ―― 聖廟 ――


 

 宰相ハシュナード達が、この聖廟の最下層に辿り着いてから、既に2時間の時が経過していた。

 そしてこの場では、今正に、守護聖霊アストゥラーナの封印を解く儀式が行われている真っ最中なのであった。

 中央にある巨大な石版の周囲には、青いローブを着た十数名の魔精術師達が杖を掲げ、何かの呪文のような言葉を唱え続けていた。

 彼らが持つ杖の先端からは白い光線が発しており、石版の幾つかある紋章へと、その白い光が注ぎ込まれていたのである。

 魔精術師達の後ろには、銀の鎧を着た近衛騎士隊の者達がおり、彼らを守るように静かに立っていた。

 なぜこのように外敵のいない場所で、こうやって術師を守る必要があるのか……。

 それは女王派の者達による妨害を防ぐためであった。

 その為に彼ら近衛騎士隊はいるのである。

 一方、石版の中心には、黒い杖を突きたてて呪文を唱えるジャミアスの姿があった。

 またジャミアスは呪文の他にも、黒い杖を使って幾つかの模様のようなものを宙に描いており、描かれた模様は空中で暫くの間、赤く光り輝いていた。

 その為、何も知らない者が見ていたならば、空中に絵を描いているように見える光景となっていたのである。

 このような事は普通は無理だが、ジャミアスのいる濃い魔精気に満たされた結界内では、魔精による光が軌跡を描く為、暫くの間は模様を浮かび上がらせる事が可能なのだ。

 そしてジャミアスは、今の様な動作をずっと繰り返しているのであった。

 そんなジャミアスの足元には、跪く黒い甲冑の戦士ガルナの姿があった。

 ガルナはスファディータの納められた銀色の箱に、両手を置いて、ジッと静かに跪いていた。

 両手を置く銀色の箱からは、絶えず紫色をした光が灯っており、その光をまるで受け止めるかのように、ガルナは大きな手で覆っているのである。

 この作業にどういった意味があるのか分からない。が、ガルナは、ジャミアスの指示にてそれをずっと続けているのだ。 

 以上のように、今この場では、そういった作業を絶えず、この者達は行っているのである。

 だがしかし、ここには、それらの作業を見守る者達もいた。

 それはハシュナード他数名である。

 ハシュナード達はやや離れた箇所にて、この様子をジッと見守っているのだ。

 そのハシュナードの隣には、秘書官であるカーミラの姿があった。

 カーミラもこの儀式に目を向けていたが、儀式が進むにつれて、やや周囲を気にする様になっていた。

 そして、そんなカーミラを見たハシュナードは、訝しげに思い始め、小さな声で問いかけるのであった。


「どうしたのだ、カーミラよ。そわそわとしておるが、何か不安な事でもあるのか?」

 カーミラはハシュナードに視線を向けると言った。

「……お父さま。儀式が進むにつれて、嫌な感じの魔精気ジーマニが漂い始めてきました。どう思われますか?」

 カーミラの問いに、ハシュナードは目を閉じる。

 暫し何かを考えた後、口を開く。

「確かに、そうだが。これは一時的な可能性もある。少し、様子を見ようではないか」

 だが、ハシュナードの言葉を聞いたカーミラは、不安げな表情で儀式に目を戻す。

 そしてゆっくりとした口調で、恐る恐る話し始めた。

「お父さま。私は嘗ての王宮顧問聖学師であるオーベル学師の言葉が気になるのです。学師は『守り神である守護聖霊が、何故、封印される事になったのか?』これにずっと違和感を感じていたそうです。そしてオーベル学師は一つの仮説を立てました。六つの守護聖霊と、破滅の凶星マリスの生み出した六つの災禍……破滅の六化身。これらはすべて同一の事象ではないのかと。彼はここにまで言及しておりました」

 今の話を聞いたハシュナードは、厳格な口調で即座に言った。

「カーミラよ。オーベルは聖学師としては異端者だ。奴が述べている内容を信ずるという事は、聖者スーシャルを貶めるという事なのだぞ。分かっておるのか? だから奴は、王宮顧問聖学師の任を解かれたのだ」

「それは、そうなのですが……」

 尚も不安な表情をカーミラは浮かべる。

 ハシュナードは言う。

「確かに、奴は優秀な聖学師ではあった。だが聖者スーシャルが記した古文書を否定するという行為は、スーシャルに仕えた七眷聖の末裔たる王家に泥を塗ったも同然なのだ。そんな奴の言う事をどうして信用できよう」 

「しかし、グラムドア女王陛下が、この守護聖霊アストゥラーナの封印を解くのに反対した理由の一つには、オーベル学師の破滅の六化身説もあったと聞きました。私は何か嫌な予感がするのです」

 そう告げると共にカーミラは肩を落とし、足元に視線を向けた。

 しかし、ハシュナードはそんなカーミラを横目に見ながら、こう言ったのである。

「もうすぐ、封印が解けよう。どちらが正しいかは、すぐに分かる。無論、私はスーシャルが古文書に記したとおり、守護聖霊という言葉を信じるがな。例え、『封印を解いてはならぬ』と記述されていたとしても、だ」

「……そうですか」

 2人はそれから無言になった。

 またそれと共に、双方は、対照的な目線で儀式に目向けたのである。

 片や希望を抱き。片や不安を抱きながらと……。


 ――そして、このすぐ後に、その結論が2人の前に現れる事になるのだった。


 聖霊の封印を解く儀式は大詰めを迎えていた。

 石版の周囲にいる魔精術者達がずっと呪文を唱え続ける中、その中心にいるジャミアスは、手に持った黒い杖を、自身の足元にあるスファディータを納めた銀色の箱に突き立てたのである。

 そして自身の身体に蓄えた何かを解き放つかのように、紫色の光を身体から放出したのであった。

 その瞬間、この聖廟に異変が起き始めた。

 なんと、巨大な石版に幾つもの亀裂が、ジャミアスを中心にして走ったのだ。

 またそれと共に、亀裂からは大量の魔精気が放出されたのである。

 だがそれだけではない。

 魔精気の放出と共に、大きな地鳴りのようなものも、突如として起き始めたのであった。

 ハシュナード達はこの地鳴りと放出された魔精気に狼狽える。

 また石版の周囲にて呪文を唱えていた魔精術者達は、この突然訪れた異様な状況変化を目の当たりにするや否や、皆が一斉に詠唱をやめてしまったのだ。

 まだ儀式の最中にもかかわらずである。

 彼らは地鳴りにビックリしたのだろうか……いや、違う。

 魔精術師達は大量に放出される邪悪な魔精気に戦慄を覚えた為、詠唱をやめたのだ。

 そして、その中の1人がこう言ったのだった。

【な、なんだ! この邪悪な気配は……。しゅ、守護聖霊が、こんな魔精気を発するのかッ!】

 それを皮切りに皆がザワザワと慌てだした。

 慌てる皆を見たハシュナードは大きな声で言った。

【静まれッ! 皆の者よ。落ち着くのだ】

 ハシュナードの言葉を聞いた魔精術師達は、次第に大人しくなる。

 とりあえずハシュナードは、彼らが落ち着いたところで、ジャミアスに視線を向けた。

 それからジャミアスの方へ近づいたのである。

 石版のやや近くに来たハシュナードは、亀裂等を見回すと口を開いた。

「ジャミアスよ。この邪悪な魔精気は、一体どういう事なのだ? 本当に、ここにアストゥラーナがいるのか?」

 ハシュナードの問いかけにジャミアスは答えなかった。

 10秒、20秒と大きな地響きが続く中、2人の間には無言の時間が経過してゆく。

 ジャミアスは微動だにせずに、ひび割れた石版の中心にて静かに佇んでいた。

「黙っていては分からぬ。答えよ、ジャミアスよ」

「……クックックックッ」

 再度、ハシュナードが問いかけると、ようやく、噛み殺したような笑い声をジャミアスは発し始めた。

 それからゆっくりと、フードで覆われた頭部をハシュナードの方へ向けたのである。

 ジャミアスは言う。 

「ハシュナード閣下、間違いなく、ここには守り神がおりますよ。但し……それはアストワールのではなく、我等の守り神でございますが」

「なッ、どういう意味だッ。ジャミアスッ」

 ハシュナードは声を荒げる。

 するとジャミアスは不敵な口調で、ゆっくりと話し始めた。

「もうそろそろ最後なので、一応、話しておきましょうかね。この地に封印されているのは、貴方がたの守り神ではありませんよ。此処には我等の主・マリス様が生み出した、六つの大いなる力の一つが封じられているのです」

「な、なんだとッ! 出鱈目を言うな。ならば異端者の言うとおり、破滅の六化身でも封じられていたとでも言うのかッ」

 ハシュナードは慌てたように捲し立てる。

 ジャミアスは、そんなハシュナードの様子を見て嘲笑うと、また丁寧な口調で話し始めた。

「クククッ。破滅の六化身ですか……まぁ当たらずとも遠からずというところですかね。……良いでしょう。貴方にはお世話になりましたので、答えをお教しえ致しましょう。此処にはですね、貴方がたの言う六つの災禍の一つ、滅びの黒焔・モディアスの魔精魂が封じられているのです。長かったですよ、ここまで辿り着くのには非常に苦労しました。ですが、もうそろそろ終わりが見えてきました。それもこれもハシュナード閣下のお力添えのお蔭でございます。ありがとうございました。クックックッ」

 ジャミアスは癇に障るほどの丁寧な説明をする。

 だがそれを聞くや否や、ハシュナードは目を見開いて、大きく両手を広げながらで言ったのである。 

「ど、どういう事だッ! 何故、アストランド城の地下に凶星の化身が封じられている! ス、スーシャルが嘘を吐いていたとでも言うのかッ」

 ジャミアスは首を傾げると言った。

「さぁ? それはスーシャルにでも聞かないと分かりませんね。まぁこれは私の勘ですが、恐らく、スーシャルは墓守の役目を眷聖に与えたのじゃないでしょうか。クククッ……さて、それではもうお話は終わりにしましょう。もうあと少しで、モディアスの力が完全に解き放たれます。そして私がモディアスの魔精魂を取りこみ、私自身が第二の破滅の化身として復活を遂げるのです。貴方がたは素晴らしい瞬間に立ち会えるのですよ。誇りなさい」 

 今の話を聞いたハシュナードは、慌てて、周囲にいる近衛騎士隊と近衛魔精術師隊に視線を向ける。

 そして大きな声で叫んだ。

【皆の者! あ奴を討つのだ。何としても、この儀式を中止せよッ。この男は我等の敵だッ!】

【ハッ、直ちに!】

 ここにいる者達は大きな声で返事すると、各々が武器を構えて石版に近寄る。

 だがそれを見たジャミアスは、足元で跪くガルナに告げた。

「ガルナよ。うるさい蝿が寄ってきましたので、ちょっと相手してあげなさい。この心地よい魔精気の中ならば、誰もお前に敵わないでしょうからね。さぁ行きなさい」

 ジャミアスの指示を受けたガルナは、無言でゆっくりと立ち上がる。

 そして背負う大剣の柄に手を伸ばした。

 ガルナは重々しい動作で、剣を鞘から引き抜く。

 するとそこには、深紫色のオーラを纏った刃渡り2mはある、禍々しい両刃の大剣が現れたのだ。

 ガルナは剣を中段に構えると、周囲の騎士や魔精術師に向かい、静かに邪悪な魔精気を放った。

 魔精気が身体から迸ると、ガルナの全身は剣と同じように深紫色のオーラが覆う様になっていたのである。

 その所為か、いつも以上に、大きな身体に見える様になっていたのだ。

 またそれだけではない。

 漆黒の兜に唯一ある目の隙間からは、赤い眼が怪しく光り輝いていたのである。

 周囲にいた者達は、そんなガルナの異様な姿と剣を見て息を飲むと、二の足を踏むかのように立ち止まった。

 だがその光景を見たハシュナードは、狼狽えながらも皆に大きな声で言ったのである。

【早くせぬと、封印が完全に解けてしまう。急ぐのだァ!】

 するとそれを聞いた1人の騎士が、意を決して、ガルナへと向かい駆け出したのだ。

【デヤァァァ!】

 その騎士は大きな声を上げながらガルナへと間合いを詰める。

 だが、迫り来る騎士を赤く光る眼で見据えたガルナは、別段慌てるでもなく、静かに剣を横に構える。

 それから信じられないような速さで、この大剣を横に薙いだのである。

 そしてその瞬間。

 ――【ズシャァァァ】――

 金属が引き裂かれたような破壊音が、この聖廟に聞こえてきたのであった。

 聖廟に響き渡る地鳴りの音に紛れながら……。

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