EP6 六つの災禍
[1] ―― 一方、牢獄 ――
俺がこのアストランド城に来てから、かなりの時間が経った。
相も変わらず、俺は檻の中である。
生まれてこの方、犯罪とは無縁の人生を送ってきたが、まさかこんな形で牢獄に入ることになるんて、考えても見なかった。
そういえば古美術商の店主が、とても大きな運命が流れが訪れるとかなんとか言ってたが、これは幾らなんでも大き過ぎるやろ。大きな運命にも程があるわ。
もう愚痴と溜息しか出てこない……。
色々と考える事があるが、とりあえず、俺は腕時計で時刻を確認する事にした。
すると、今はもう午後3時半を回っていた。
だが、これはあくまでも日本の時刻だから、このアストワールではどんな時間帯なのかは分からない。
おまけに外も見れない場所なので、太陽の位置を確認する事などは不可能な状況だ。
そういった事から、今が昼か夜なのかすらも分からないのである。
で、俺がこの地に来てから経過した時間だが。
アパートを出たのが午前10時。そして西修寺に着いた時間が、確か午前10時半頃だった気がする。
そこから考えると、もう既に5時間は経過している事になるのだ。……長い筈である。
しかし、今の俺の感覚では、もっと長い時間が経過しているものと思っていた。実は、その倍の10時間は経過してるような気がしたのだ。
異常な事態が続いている所為で、さすがに、俺の体内時計というものも狂ってきているのかもしれない。主に精神的な理由で。
しかも良く考えてみれば、昼飯も食べてないので、余計に長く感じるのである。
この感覚のズレには、恐らく、生活の区切りが無いというのも関係しているのかもしれない。
だが、とはいうものの、不思議と腹が減った感じはしないのだ。
まぁこれだけ周囲の環境が激変すれば、こうなるのは当然だろう。
大体、こんなカビ臭い檻の中にいて、いつも通り食欲が湧く奴はどうかしている。図太い奴か、アホかのどちらかだ。
でも体というのは正直なもので、食欲は無くてもグゥグゥと腹が鳴るのである。困ったものだ。
捕らわれの身である俺は、特にやる事も無いので、周囲に目を向ける。
今はもう、この薄暗い空間にもだいぶ目も慣れてきたので、隅々まで目視可能であった。
この牢の大きさは、多分、10畳くらいの広さだろうか。
そして隅っこの方には、汚物用と思われる、小汚い黒い壺が置かれているのである。
因みに今、この壺には蓋がされているが、興味本位で中を覗くのはやめた方が良さそうだ。
何かが発酵して劇物になっている可能性があるかもしれない。これ以上は考えないでおこう。俺はもう考えないぞ。
またその他にも、相向かいの反対側の隅には、乾燥した藁のような物を広げて茣蓙のように敷いてあった。
そして良く見ると、それらからは所々に、白いカビの様な物が見え隠れしているのである。
このまま放っておくと、茸とかも生えてきそうな感じだ……。
まぁはっきり言って、ここの衛生状態はお世辞にも良いとは言えない所なのだ。
とりあえず、気が滅入るので視点を変えよう。
房全体はやや縦長の空間で、三方の壁は全て堅牢な石造りの壁となっている。
そして残りの一方には、小憎たらしい鉄格子の壁が、悠然と立ち塞がっていた。因みに鉄格子は、この長方形の空間の短い辺側にある。
また、鉄格子の隙間から見える通路の壁面には燭台があり、そこに照明の役割を兼ねた松明が燃え盛っているのである。
だがこの松明の明かりは、どちらかというと、通路を主に照らしているといった感じであった。
一応、牢への照明効果も兼ねているのかもしれないが、それは結果的にそうなったという感じだ。
以上の事から、この松明の明かりは、俺達にお裾分けするかのようにこの牢へと入ってくるのである。
とまぁ、牢内から見た光景はこんなところだ。
こうして改めて見ると、本当に、中世ヨーロッパの歴史映画やファンタジーRPGとかに出てきそうな、ジメジメとした地下牢のような印象をうける牢獄であった。
出来れば長居したくない場所である。というか、今すぐ脱出したい。
とは思うものの、中々、そうは簡単にいかないのである。
だが俺は、この目の前に立ち塞がる、忌々しい鉄格子を見る度に考えるのだ。
早く、あの石碑のある場所に行かなければと。
しかし、事態は一向に変わらない。お手上げ状態である。
はぁ、何か良い手はないだろうか……。
などと考えながら、何十回目かの溜息を吐いていると、横に寝転がるヒロシが欠伸をしながら、俺に話しかけてきたのだった。
「ところでソースケ。お前が首にぶら下げているその青い水晶は何なんだ? 魔精の結晶か何かか?」
ヒロシはそう言うと共に、俺の胸を指さした。
「は? ああ、これか。これは此処に来る前、知り合いが俺の元に送ってきた品物だよ。何かのお守りじゃないかな。確か……【導きの石】とか言ってたけど。ン?」
俺は答えながら、首に掛かる導きの石を手に取る。
だが導きの石を見た時に、少しアレ?と思う事があった。
なぜなら、この青い水晶の中で渦巻いていた、白い霧状のモノが無くなっていたからだ。
水晶の中には、*・アスタリスクみたいな模様だけになっているのである。
その為、俺は首を捻った。
と、そこでヒロシは体を起こして俺に言った。
「へぇ。ちょっと見せてくれないか」
「ああ、いいよ」
俺は首から導きの石を外すとヒロシに手渡す。
そしてヒロシは、マジマジと眺め始めたのである。
だが暫くすると、ヒロシは予想外にも、突然、クスクスと笑いだしたのだ。
俺は訳が分からんので、とりあえず言った。
「なんだ、ヒロシ。突然、笑い出したりなんかして」
だがヒロシは、尚もニヤつきながら言うのである。
「オイオイ、これはリュオールの印ではないか。こんな物を身につけていると、皆から馬鹿にされるぞ。というか、リュオールの印がついた装飾品を身に付けてる奴を見たのは、お前が初めてだ」
「りゅおーるの印……何それ?」
そういえば、俺を拉致したあのオッサンも、リュオールがどうのこうのと、なんかそんな事を言ってた気がする。
と、ここでニーダが話に入ってきた。
「リュオールというのは、聖者スーシャルに仕えたといわれる七番目の眷聖の名だ。一応、眷聖は全部で七名おり、通称、七眷聖と呼ばれている」
眷聖……。
また、訳の分からん単語が出てきた。が、しかし。今、奇妙な事があったのである。
それは、このサーラという言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に眷聖という漢字が過ぎったのだ。
まるで頭の中の何かが、言葉の変換作業をしているかのように。
どういう事だ、一体……。
いや、実は今に限った事ではなく、さっきから妙なのだ。
ヒロシやニーダと話してる時から、ずっと頭の中がざわざわした感じになるのである。まるで頭の中に何かがいるみたいに。
まぁだからといって、そのせいで都合が悪くなるような事は何もなかった。
なので、今まではさほど気にしなかった訳だが、しかし……。
このサーラという言葉にだけ、妙にタイムラグがあったのである。
だから俺は不思議に思ったのであった。
だが考えたところで、恐らく、何もわからんだろう。脳内に何かがいるなんて、ある意味、超常現象の類だし。
それに、俺が今置かれている状況と比べれば、かなり些細な事。
とりあえず、今は放っておこう。
そう結論した俺は、次に、そのリュオールについて2人に尋ねることにした。
「ところでさ、そのリュオールという眷聖は、何か問題でもあったのか?」
ヒロシは言う。
「遥かな昔、聖者スーシャルと破滅の凶星マリスとの戦いが、このディナスリアの地であったとされている。で、このリュオールという眷聖はな、よりにもよって、破滅の凶星マリスとの最後の戦いから、逃げ出したと云われているんだな」
「破滅の凶星マリス……」
また知らない言葉が出てきたので、俺は何気なしに口にした。
ニュアンス的にはRPGのラスボスっぽい響きがする。つくづくファンタジーな世界だ。
正直、この手の話はゲームや映画の中だけでいい。現実にはあってほしくない。
などと俺が考える中、ヒロシは続ける。
「まぁつまりそういった事から、リュオールは、裏切者にして臆病者の烙印をおされているのさ。さっき『馬鹿にされる』と言ったのはそういう事からなのだよ。それに守護国では、リュオールという言葉自体が、そういった侮蔑の意味合いで日常的に使われているからな」
「へぇ、なんか色々な事情があるんだな。ありがとう、教えてくれて」
最後の戦い云々のくだりはよく分からんが。
どうやらリュオールという眷聖は、歴史に名を残すくらいのヘタレとして、この地域ではかなり有名らしい。
この守護国じゃそれが常識なのだろう。
ということは、この石はあまり人に見せない方が良いのかもしれない。別の意味で、俺も有名になってしまう可能性がある。
だがそれよりも、俺は気になる事があった。
それは、このリュオールとやらの印が描かれた石を、何故、あの古美術商が持っていたのかという事である。
どこかで、この世界と俺のいた世界とが繋がっているのだろうか?
この事実の前に、フトそんな事を考えてしまうのだ。
しかしさっきのと同様、考えたところで分からないので、これも一旦置いておくことにした。
俺は質問を続ける。
「さっきリュオールの印って言ってたけど。眷聖には決まった印なんてあるの?」
この質問にはニーダが答えてくれた。
「ああ、そうだ。七眷聖にはそれぞれ聖印がある。それと言い忘れたが、リュオールを除いた眷聖は、最後の戦いの後に六つの守護国を建国した者達だからな。つまり、守護国の初代国王だ。これは覚えておいた方が良い」
「へぇ、そうなんだ。その眷聖達が、この守護国を建国したのか……」
守護国が出来た経緯には色々と事情があるようだ。
ニーダは言う。
「ああ、それと、我々が身に付けている鎧に刻まれた、この2頭の竜が絡みつくアストランド王家の紋章だが。これは、眷聖グラムドアの聖印を元に作られたものだ。一応、頭の隅にでも置いておいてくれ」
ニーダはそう告げると共に、自身の着る鎧の左胸に刻まれている紋章を指さした。
聖印の元の図形を見た事ないから分からないが、ニーダの話を聞く限りだとこれに近い形をしてるのだろう。
だが、少し引っ掛かる部分もあったので、俺は問いかける。
「眷聖グラムドア? さっき言ってた女王の名前と同じだね。もしかして女王は、その遥か昔の戦いからずっと生きてるのか?」
するとヒロシが苦笑いを浮かべて言った。
「そんな訳ないだろう。グラムドアの名は、アストランド王になる者が代々受け継いできた名前だ。もはや、敬称みたいなものさ。大体、そんなに長生きできるわけないだろ」
「まぁそりゃそうか。でもフェーネス族って、なんとなく長生きしそうな気がしたからさ。聞いてみただけだよ」
確か、この国の王家はフェーネス族だとニーダがさっき言っていた。
フェーネス族の容姿はエルフにクリソツなので、思わず、俺はそう口にしたのである。
ゲームや小説に映画等で俺が触れてきたエルフのイメージは、寿命が何千年も生きてそうな設定ばかりだし、これは仕方ない。
だが俺の考えとは裏腹に、ニーダは笑いながらこう言ったのである。
「なんだ、その長生きしそうというのは。我々フェーネス族の寿命は、アシェラ族とそれほど変わらん。可笑しな事を言う奴だな」
「へ? そ、そうなのか。なんだ、はは……」
とりあえず、フェーネス族に対してエルフの先入観は捨てた方が良さそうだ……。
[2] ―― 聖廟 ――
宰相ハシュナード達が、この聖廟の最下層に辿り着いてから、既に2時間の時が経過していた。
そしてこの場では、今正に、守護聖霊アストゥラーナの封印を解く儀式が行われている真っ最中なのであった。
中央にある巨大な石版の周囲には、青いローブを着た十数名の魔精術師達が杖を掲げ、何かの呪文のような言葉を唱え続けていた。
彼らが持つ杖の先端からは白い光線が発しており、石版の幾つかある紋章へと、その白い光が注ぎ込まれていたのである。
魔精術師達の後ろには、銀の鎧を着た近衛騎士隊の者達がおり、彼らを守るように静かに立っていた。
なぜこのように外敵のいない場所で、こうやって術師を守る必要があるのか……。
それは女王派の者達による妨害を防ぐためであった。
その為に彼ら近衛騎士隊はいるのである。
一方、石版の中心には、黒い杖を突きたてて呪文を唱えるジャミアスの姿があった。
またジャミアスは呪文の他にも、黒い杖を使って幾つかの模様のようなものを宙に描いており、描かれた模様は空中で暫くの間、赤く光り輝いていた。
その為、何も知らない者が見ていたならば、空中に絵を描いているように見える光景となっていたのである。
このような事は普通は無理だが、ジャミアスのいる濃い魔精気に満たされた結界内では、魔精による光が軌跡を描く為、暫くの間は模様を浮かび上がらせる事が可能なのだ。
そしてジャミアスは、今の様な動作をずっと繰り返しているのであった。
そんなジャミアスの足元には、跪く黒い甲冑の戦士ガルナの姿があった。
ガルナはスファディータの納められた銀色の箱に、両手を置いて、ジッと静かに跪いていた。
両手を置く銀色の箱からは、絶えず紫色をした光が灯っており、その光をまるで受け止めるかのように、ガルナは大きな手で覆っているのである。
この作業にどういった意味があるのか分からない。が、ガルナは、ジャミアスの指示にてそれをずっと続けているのだ。
以上のように、今この場では、そういった作業を絶えず、この者達は行っているのである。
だがしかし、ここには、それらの作業を見守る者達もいた。
それはハシュナード他数名である。
ハシュナード達はやや離れた箇所にて、この様子をジッと見守っているのだ。
そのハシュナードの隣には、秘書官であるカーミラの姿があった。
カーミラもこの儀式に目を向けていたが、儀式が進むにつれて、やや周囲を気にする様になっていた。
そして、そんなカーミラを見たハシュナードは、訝しげに思い始め、小さな声で問いかけるのであった。
「どうしたのだ、カーミラよ。そわそわとしておるが、何か不安な事でもあるのか?」
カーミラはハシュナードに視線を向けると言った。
「……お父さま。儀式が進むにつれて、嫌な感じの魔精気が漂い始めてきました。どう思われますか?」
カーミラの問いに、ハシュナードは目を閉じる。
暫し何かを考えた後、口を開く。
「確かに、そうだが。これは一時的な可能性もある。少し、様子を見ようではないか」
だが、ハシュナードの言葉を聞いたカーミラは、不安げな表情で儀式に目を戻す。
そしてゆっくりとした口調で、恐る恐る話し始めた。
「お父さま。私は嘗ての王宮顧問聖学師であるオーベル学師の言葉が気になるのです。学師は『守り神である守護聖霊が、何故、封印される事になったのか?』これにずっと違和感を感じていたそうです。そしてオーベル学師は一つの仮説を立てました。六つの守護聖霊と、破滅の凶星マリスの生み出した六つの災禍……破滅の六化身。これらはすべて同一の事象ではないのかと。彼はここにまで言及しておりました」
今の話を聞いたハシュナードは、厳格な口調で即座に言った。
「カーミラよ。オーベルは聖学師としては異端者だ。奴が述べている内容を信ずるという事は、聖者スーシャルを貶めるという事なのだぞ。分かっておるのか? だから奴は、王宮顧問聖学師の任を解かれたのだ」
「それは、そうなのですが……」
尚も不安な表情をカーミラは浮かべる。
ハシュナードは言う。
「確かに、奴は優秀な聖学師ではあった。だが聖者スーシャルが記した古文書を否定するという行為は、スーシャルに仕えた七眷聖の末裔たる王家に泥を塗ったも同然なのだ。そんな奴の言う事をどうして信用できよう」
「しかし、グラムドア女王陛下が、この守護聖霊アストゥラーナの封印を解くのに反対した理由の一つには、オーベル学師の破滅の六化身説もあったと聞きました。私は何か嫌な予感がするのです」
そう告げると共にカーミラは肩を落とし、足元に視線を向けた。
しかし、ハシュナードはそんなカーミラを横目に見ながら、こう言ったのである。
「もうすぐ、封印が解けよう。どちらが正しいかは、すぐに分かる。無論、私はスーシャルが古文書に記したとおり、守護聖霊という言葉を信じるがな。例え、『封印を解いてはならぬ』と記述されていたとしても、だ」
「……そうですか」
2人はそれから無言になった。
またそれと共に、双方は、対照的な目線で儀式に目向けたのである。
片や希望を抱き。片や不安を抱きながらと……。
――そして、このすぐ後に、その結論が2人の前に現れる事になるのだった。
聖霊の封印を解く儀式は大詰めを迎えていた。
石版の周囲にいる魔精術者達がずっと呪文を唱え続ける中、その中心にいるジャミアスは、手に持った黒い杖を、自身の足元にあるスファディータを納めた銀色の箱に突き立てたのである。
そして自身の身体に蓄えた何かを解き放つかのように、紫色の光を身体から放出したのであった。
その瞬間、この聖廟に異変が起き始めた。
なんと、巨大な石版に幾つもの亀裂が、ジャミアスを中心にして走ったのだ。
またそれと共に、亀裂からは大量の魔精気が放出されたのである。
だがそれだけではない。
魔精気の放出と共に、大きな地鳴りのようなものも、突如として起き始めたのであった。
ハシュナード達はこの地鳴りと放出された魔精気に狼狽える。
また石版の周囲にて呪文を唱えていた魔精術者達は、この突然訪れた異様な状況変化を目の当たりにするや否や、皆が一斉に詠唱をやめてしまったのだ。
まだ儀式の最中にもかかわらずである。
彼らは地鳴りにビックリしたのだろうか……いや、違う。
魔精術師達は大量に放出される邪悪な魔精気に戦慄を覚えた為、詠唱をやめたのだ。
そして、その中の1人がこう言ったのだった。
【な、なんだ! この邪悪な気配は……。しゅ、守護聖霊が、こんな魔精気を発するのかッ!】
それを皮切りに皆がザワザワと慌てだした。
慌てる皆を見たハシュナードは大きな声で言った。
【静まれッ! 皆の者よ。落ち着くのだ】
ハシュナードの言葉を聞いた魔精術師達は、次第に大人しくなる。
とりあえずハシュナードは、彼らが落ち着いたところで、ジャミアスに視線を向けた。
それからジャミアスの方へ近づいたのである。
石版のやや近くに来たハシュナードは、亀裂等を見回すと口を開いた。
「ジャミアスよ。この邪悪な魔精気は、一体どういう事なのだ? 本当に、ここにアストゥラーナがいるのか?」
ハシュナードの問いかけにジャミアスは答えなかった。
10秒、20秒と大きな地響きが続く中、2人の間には無言の時間が経過してゆく。
ジャミアスは微動だにせずに、ひび割れた石版の中心にて静かに佇んでいた。
「黙っていては分からぬ。答えよ、ジャミアスよ」
「……クックックックッ」
再度、ハシュナードが問いかけると、ようやく、噛み殺したような笑い声をジャミアスは発し始めた。
それからゆっくりと、フードで覆われた頭部をハシュナードの方へ向けたのである。
ジャミアスは言う。
「ハシュナード閣下、間違いなく、ここには守り神がおりますよ。但し……それはアストワールのではなく、我等の守り神でございますが」
「なッ、どういう意味だッ。ジャミアスッ」
ハシュナードは声を荒げる。
するとジャミアスは不敵な口調で、ゆっくりと話し始めた。
「もうそろそろ最後なので、一応、話しておきましょうかね。この地に封印されているのは、貴方がたの守り神ではありませんよ。此処には我等の主・マリス様が生み出した、六つの大いなる力の一つが封じられているのです」
「な、なんだとッ! 出鱈目を言うな。ならば異端者の言うとおり、破滅の六化身でも封じられていたとでも言うのかッ」
ハシュナードは慌てたように捲し立てる。
ジャミアスは、そんなハシュナードの様子を見て嘲笑うと、また丁寧な口調で話し始めた。
「クククッ。破滅の六化身ですか……まぁ当たらずとも遠からずというところですかね。……良いでしょう。貴方にはお世話になりましたので、答えをお教しえ致しましょう。此処にはですね、貴方がたの言う六つの災禍の一つ、滅びの黒焔・モディアスの魔精魂が封じられているのです。長かったですよ、ここまで辿り着くのには非常に苦労しました。ですが、もうそろそろ終わりが見えてきました。それもこれもハシュナード閣下のお力添えのお蔭でございます。ありがとうございました。クックックッ」
ジャミアスは癇に障るほどの丁寧な説明をする。
だがそれを聞くや否や、ハシュナードは目を見開いて、大きく両手を広げながらで言ったのである。
「ど、どういう事だッ! 何故、アストランド城の地下に凶星の化身が封じられている! ス、スーシャルが嘘を吐いていたとでも言うのかッ」
ジャミアスは首を傾げると言った。
「さぁ? それはスーシャルにでも聞かないと分かりませんね。まぁこれは私の勘ですが、恐らく、スーシャルは墓守の役目を眷聖に与えたのじゃないでしょうか。クククッ……さて、それではもうお話は終わりにしましょう。もうあと少しで、モディアスの力が完全に解き放たれます。そして私がモディアスの魔精魂を取りこみ、私自身が第二の破滅の化身として復活を遂げるのです。貴方がたは素晴らしい瞬間に立ち会えるのですよ。誇りなさい」
今の話を聞いたハシュナードは、慌てて、周囲にいる近衛騎士隊と近衛魔精術師隊に視線を向ける。
そして大きな声で叫んだ。
【皆の者! あ奴を討つのだ。何としても、この儀式を中止せよッ。この男は我等の敵だッ!】
【ハッ、直ちに!】
ここにいる者達は大きな声で返事すると、各々が武器を構えて石版に近寄る。
だがそれを見たジャミアスは、足元で跪くガルナに告げた。
「ガルナよ。うるさい蝿が寄ってきましたので、ちょっと相手してあげなさい。この心地よい魔精気の中ならば、誰もお前に敵わないでしょうからね。さぁ行きなさい」
ジャミアスの指示を受けたガルナは、無言でゆっくりと立ち上がる。
そして背負う大剣の柄に手を伸ばした。
ガルナは重々しい動作で、剣を鞘から引き抜く。
するとそこには、深紫色のオーラを纏った刃渡り2mはある、禍々しい両刃の大剣が現れたのだ。
ガルナは剣を中段に構えると、周囲の騎士や魔精術師に向かい、静かに邪悪な魔精気を放った。
魔精気が身体から迸ると、ガルナの全身は剣と同じように深紫色のオーラが覆う様になっていたのである。
その所為か、いつも以上に、大きな身体に見える様になっていたのだ。
またそれだけではない。
漆黒の兜に唯一ある目の隙間からは、赤い眼が怪しく光り輝いていたのである。
周囲にいた者達は、そんなガルナの異様な姿と剣を見て息を飲むと、二の足を踏むかのように立ち止まった。
だがその光景を見たハシュナードは、狼狽えながらも皆に大きな声で言ったのである。
【早くせぬと、封印が完全に解けてしまう。急ぐのだァ!】
するとそれを聞いた1人の騎士が、意を決して、ガルナへと向かい駆け出したのだ。
【デヤァァァ!】
その騎士は大きな声を上げながらガルナへと間合いを詰める。
だが、迫り来る騎士を赤く光る眼で見据えたガルナは、別段慌てるでもなく、静かに剣を横に構える。
それから信じられないような速さで、この大剣を横に薙いだのである。
そしてその瞬間。
――【ズシャァァァ】――
金属が引き裂かれたような破壊音が、この聖廟に聞こえてきたのであった。
聖廟に響き渡る地鳴りの音に紛れながら……。