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イシェンドラ  作者: 股切拳
   ~ 隠者のいざない ~
5/15

EP5 聖霊の封印

 [1] ――アストランド城 地下――



 そこは暗い地下へと続く長い階段。

 幅は凡そ2mくらいであるため、それほど幅広い階段ではない。

 階段は平面処理された四角い石を敷き詰めて造られており、それ以外は目立ったところはない石階段である。

 だがしかし、それは素材の加工という部分のことであり、階段の構造自体は大きな特徴をもっていた。

 ではその特徴とは……。

 それは階段自体が大きな螺旋状になっている事である。

 直径30mほどはありそうな石造りの円筒空間の内側に、まるで巻き付いてるかのごとく、剥き出しの螺旋階段が走っているのだ。

 勿論、この円筒状建造物の中は空洞で何もない。あるのは暗闇の空間と、この階段の先にあるであろうと思われる底の部分だけである。

 その為、階段の右側には石の壁があるが、左側には壁はないという構造となっていた。

 しかも落下防止の手摺すらないという階段である為、もし、ここから足を踏み外す者がいたならば、先の見えない真っ暗な闇の中へと落ちる事になるのは、疑いようのない事なのであった。

 よって、この階段を歩む者には、常に奈落の底へと落ちる危険が付き纏うのである。

 一体何の為に、このような円筒状の建造物と地下へと続く長い螺旋階段は作られたのだろうか……。それは分からない。

 だが、今此処に、この階段を下りてゆく、二十数名の一団がいたのだった。

 一団は、鎧を着こんだ者に、赤や青に白や黒といったフード付きのローブを身に纏う者達、それと人間を含む幾つかの種族で構成されていた。

 また、青いローブを纏う者達の手には、各々の背丈と同じような長さの杖が握られており、その杖の先には眩しく発光する丸い石のような物がついていた。

 その光を照明として使い、一団は地下へと降りてゆくのである。


 一団の者達は杖の光を頼りに、右側の壁を手で伝いながら一列に連なって、無言で黙々と歩を進める。

 しかし、この者達は無言ではあるが無音ではない。

 なぜならこの空間内には「ザッザッザッ」という、二十数名の者達が踏み鳴らす足音が響き渡っているからである。

 その足音は、まるで機械音の様に途切れることなく、一定リズムを刻んでいた。

 そして足音と共に、一団の灯す明かりが規則正しく弧を描く事も相まって、真上から見ると、まるで時計の秒針が動いているかの様に見えるのである。

 これは階段が螺旋構造である事と、空洞になった円筒建造物という事が、多いに関係しているだろう。

 だが歩いている当人達にとっては、そんな事など知る由もなく、またどうでもいい事であった。

 何故ならば、この一団は、ある重要な目的の為に集まった者達なのだから。


 一団がこの螺旋階段を降りはじめてから、幾ばくかの時が過ぎようとした頃。

 ようやく螺旋階段の終わりが、この者達の視界に入る様になってきた。

 またそれと共に、一団の持つ杖の明かりが底にも届くようになり、最下層の様相を薄らと浮かび上がらせたのである。

 最下層は凸凹とした岩の様なものが見え隠れする、やや荒れた様相をした所であった。

 だが中心部分だけは違っていた。

 この円筒建造物の最下層中心には、正方形の石版がまるで中心部に蓋をするかのように、横に寝かせて安置されていたのである。

 最下層にはこの石版以外何もない。ただそれだけが置かれていた。が、しかし、問題はその石版の大きさであった。

 その石板は一辺が10mはあるのだ。石版自体が最下層スペースの凡そ7分の1近くを埋め尽くしているのである。

 勿論、この石版の特徴はそれだけではない。

 石版には何らかの文字や幾何学な模様のようなものが幾つも描かれていた。

 それらが、ここに何かがあるというのを見る者に訴えかけているのである。

 最下層にある巨大な石版を見た一団の者達には、ようやく終わりが見えてきたという安堵の感情が生まれていた。

 こういった感情が湧く背景には、恐らく、落下の危険性が伴う道のりだからというのもあるのかも知れない。

 だが、最下層の様相が見えても、一団の歩くスピードは変わらなかった。

 一団は変わらずに黙々とそのまま進み続けるのである。


 それから程なくして、全員が最下層へと辿り着く。

 そこで一旦、この一団に1人だけいる赤いローブを纏った者が、皆を石版の前に整列させたのだった。

 全員が整列したのを確認すると、赤いローブを纏う者は、顔を覆っていたフードを捲り上げる。

 するとその者に習って、他の者達数名もフードを捲り始めた。

 当然、捲った者達は顔が露わになる。

 赤いローブを纏っていた者は、この地においてフェーネス族と呼ばれる長い耳が特徴の男であった。

 背丈は中肉中世の人間とさほど変わらない。

 顔には若干の皺が見えるものの、人間で言うなら初老の頃といったところであろうか。

 しかし、そうは見えても目つきや表情は凛々しく、威厳を持つ顔つきをした男である。

 その厳しい表情からは、何らかの決心のようなものが汲み取れる。

 恐らく、今から行う目的に対しての意思の表れなのであろう。

 だが、この男の特筆すべき外見の特徴は他にもあった。

 それはこの男の髪である。

 この男の髪は短くカットされた頭髪ながらも、やや薄く青みがかった色をしていたのだ。

 青い頭髪をした者は、この一団の中には2人しかいない。

 その為、この中においては、非常に目立つ特徴となっているのだった。


 赤いローブを纏う男は、一団のある者に視線を向けると口を開いた。

「ジャミアスよ。聖廟の底まで降りてきたが、此処にアストゥラーナが封じられておるのだな?」

 男にジャミアスと呼ばれた者は、漆黒のローブを纏う姿をしていた。

 フードで顔を深く覆っている為、その表情は窺い知れない。

 また周囲が薄暗い事もあって、ジャミアス自身が暗闇に同化してるかのような錯覚を周囲にいる者達に与えていた。

 そしてジャミアスが動く度に、黒い影がモゾモゾと蠢いているかのように見えるのである。

 ジャミアスと呼ばれた者は石版を指さすと口を開いた。

「はい、ハシュナード閣下。此処で間違いございませぬ。この石版の下から感じられる豊かな魔精が何よりの証拠……」

 ジャミアスはかなり低い声でそう答えた。

 声を聞いた感じでは、男であることは容易に想像できる声質であった。

 ハシュナードは頷くと言う。

「ウム。では最後に、今一度だけ確認をする。お主の言った通りにすれば、守護聖霊アストゥラーナを本当に操れるのだな?」

 ジャミアスは恭しく頭を下げると口を開いた。

「はい、閣下。それは間違いございませぬ。その為に聖者スーシャルは、アストランド王家へ、かの秘宝を授けたのです。以前、閣下にお見せしたいにしえの文献にあるとおり、かの秘宝を用いれば封印も制御も可能にございます」

 迷いがなく自信溢れる口調で、ジャミアスは説明をした。

 今の説明に納得したハシュナードは、意を決して言った。

「わかった。お主を信じよう。では早速、封印を解きにかかるのだ。ジャミアスよ」

 ジャミアスはハシュナードに深く頭をさげると、懐から奇妙に曲がりくねった黒い杖を取り出す。

 そして口を開いた。

「……仰せのままに。ですが、この封印を解くには些か時間が必要でございます。それは御覚悟して頂けますよう、宜しくお願い致します」

「それは以前、お主から報告を受けた時点で覚悟しておる。さ、はじめるのだ」

「御意」と言ったジャミアスはもう一度深く頭を下げる。

 そして後ろを振り返った。

 ジャミアスの背後には、銀色の細長い箱を脇に抱えた、真っ黒な甲冑に身を包む異様な戦士が1人佇んでいた。

 異様なというのには、勿論、理由がある。

 それは、顔から手足の先に至るまで、全身を黒い甲冑で覆い尽くしており、尚且つ、非常に大きな体型をした、不気味で威圧感のある戦士だったからである。

 身長は2m以上は優にあり、この一団の中では間違いなく、背丈や体型が一番突出した大きな存在なのだ。

 また、特徴はそれだけではない。

 この戦士の背中には、自身の身長と同じくらいの大きさを持つ黒い柄の大剣が背負われていたのである。

 そういった外見の為、この戦士は一団の中で恐ろしく異彩を放つ存在なのであった。

 ジャミアスはその戦士に向かい、石版のある場所を指さすと言った。

「さぁガルナよ、例の物をそこへ」

 ガルナと呼ばれた黒い戦士は無言で頷くと、カシャカシャとした無機質な鎧の音をたてながら指定の位置に移動を始める。

 そして脇に抱える銀色の細長い箱を、ジャミアスの指示する箇所に置くと共に、箱の蓋を開いた状態にしたのだ。

 その箱は長さが2m程ある細長い箱であった。

 銀色の箱の内部は、全面が血の様に真っ赤な色をしており、鍾乳石の様な突起物がいくつも箱の底から飛び出ていた。

 またその他にも、この箱の内部には、奇妙な模様が幾つも刻み込まれていたのである。

 この箱の様相を見る限りでは、中に物を保管するという用途ではないようだ。

 ジャミアスは箱が開いたのを確認すると、次にハシュナードに向かい口を開いた。

「ではハシュナード閣下。聖者スーシャルから眷聖サーラグラムドアが授かったと云われる武具【始源七星のうつわ】の一つにして、このアストランド王家に伝わりし王の証。【水星の器・スファディータ】を私にお貸し頂けないでしょうか」

 ハシュナードは頷くと、自身の斜め前に視線を向けた。

 するとそこには、白いローブに身を包む、若く美しいフェーネス族の女性がいた。

 身長150cm程で、この中においてはやや小柄な女性ではあるが、決して低いというわけではない。

 この地に住まうフェーネス族の女性としては普通の背丈である。が、しかし、この女性はハシュナードと、ある共通点があった。

 それは髪の色である。

 肩よりも下に伸びる、サラッとした艶のある長い髪は、ハシュナードと同様にやや薄く青みがかっていたのだ。

 このような髪の色をした者は、ハシュナードとこの女性の2人だけなのである。

 そしてこの薄らと青い髪に守られるかのように、線の細い美しい女性の顔が映える様にあるのだった。

 だがハシュナードは、この女性の美しさに視線を向けたわけではない。

 視線は顔や髪ではなく、別のところを見ていた。

 ハシュナードが見ていたのは、この女性が両手で大事そうに抱えている白い箱なのである。

 その箱はガルナが置いた箱と同じような大きさで、虹色の蔦の様な装飾が走る神秘的な白い箱であった。

 これに視線を向けていたのである。

 ハシュナードはその箱を指さして口を開いた。

「カーミラよ。アストランド王家の秘宝・スファディータをジャミアスに渡しなさい」

「ハッ畏まりました」

 カーミラはキビキビとした動作で返事すると、抱える箱の中から1本の杖を大事に取り出した。

 その杖は、全体が透き通るような透明感と光沢を持った清々しい青さの美しい杖であった。

 長さは凡そ1.5mほどあり、曲りが全くない直線の杖である。

 だが、この杖の最大の特徴は柄の部分ではなく、先端に付けられたやや大きめの丸い水晶球であった。

 なぜなら、その水晶内部には、まるで荒れた海の様に激しく波打つ水が、飛沫を上げて舞っていたのだ。

 内に秘めた荒れ狂う抑えられない力を見せつけるかのように。

 周囲にいた者達は、スファディータの美しくも危険な姿をみるなり、「オオッ」感嘆の溜息を漏らした。

 それほどに見る者を魅了する杖なのだ。

 ジャミアスは言う。

「おお、これが水星の器・スファディータ……。なんと猛々しくも美しい……」

 暫しスファディータを鑑賞した後、ジャミアスはカーミラに言った。

「もうしばらく眺めていたいところではありますが、今は置いておきましょう。ではカーミラ秘書官。今、ガルナが置いた箱の中に、そのスファディータを納めてください」

 カーミラは無言で頷くと、大事そうに抱えたスファディータを銀色の箱へ、ゆっくりと丁寧に納めた。

 するとジャミアスは、スファディータが完全に箱の中に入ったところで、この場にいる皆に向き直る。

 そして大きな声で言うのだった。

「ではこれより、守護聖霊アストゥラーナ封印解呪の儀式に入りたいと思います。解呪の手順は、先日説明した通りでございます。王宮に仕える優秀な近衛魔精術師隊や近衛騎士隊の御助力と、私がもつ古の知識を用いれば、必ずやアストゥラーナは復活するでしょう」

 そこで一旦、ジャミアスはハシュナードに視線を向ける。

 ジャミアスの視線にハシュナードは頷くと、皆の顔を見回しながら言った。

「これが成功すれば、死の使いを退ける力が我等の手に入るのだ。皆で力を合わせ、必ずやアストゥラーナを復活させようぞッ! すべてはアストワールの平和の為に!」

 ハシュナードの言葉を聞いた他の者達は、拳を真上に突き上げると、声を揃えてそれに続いたのであった。


【すべてはアストワールの平和の為に!】と。



 [2] ――アストランド城内――



 今、アストランド城内のとある場所へと向かって歩を進める2人の者達がいた。

 1人は中年の男で、金色こんじきの鎧と白いマントを身に付ける出で立ちをしており、この地でアシェラ族と呼ばれる人間種族の者であった。

 長く茶色い髪と口元や顎の髭が特徴の勇ましい雰囲気を持った男である。

 もう1人は、白いローブを身に纏う姿の者であった。

 だが顔をフードで深く覆っている為、表情や種族までは分からない。が、しかし、小柄な体型をした者であった。

 男を先頭に、2人はギリギリ人が擦れ違える程度の狭い通路を、脇目も振らずに進んでいく。

 2人の向かう先には何があるのだろうか……。

 それは程なくして2人の前に現れる。

 この者達の向かう先は行き止まりになっており、その行き止まりの壁には光沢鮮やかな茶色の扉があるのである。

 そう、この2人はその扉の向こうにある場所へと向かっているのだ。

 金色の鎧を着た男は、扉の付近に来たところで歩くスピードを緩める。

 そして立ち止まった。

 茶色い扉の左右には、門番の様に、銀色の鎧を着た者達が背筋を伸ばして佇んでいた。

 左には短い銀髪が特徴のフェーネス族の若い男が、また右には、黒く長い頭髪のアシェラ族の若い男がいるのである。

 金色の鎧を着た男が扉の前に来たところで、左右の者達は丁寧な動作で頭を下げて敬礼をする。

 そして口を開いた。

「ご苦労さまでございます。バディアン将軍」

 バディアン将軍と呼ばれた男は、やや笑顔を浮かべて頷くと口を開いた。

「ウム。両名共、ご苦労である」

 バディアンはそう告げると共に、手に持った茶色の巻物を2人に見せる。

 そして言った。

「ハシュナード閣下から承った親書、並びに、陛下の身の回りを世話する侍女を連れてきた。グラムドア女王陛下にお目通りさせてもらいたい」

 バディアンの手に持つ親書には、何か黒い印のようなモノが押されていた。

 そして左右の者達は、まず、その親書に目を向けたのである。

 親書の印を確認した左右の者達は、次に白いローブの纏う者に視線を向ける。

 そこで左側の者が言った。

「バディアン将軍、ハシュナード閣下からは素性の知らぬ者を通すなとの御命令です。失礼ですが、その者のお顔を拝見させて頂きとうございます」

 バディアンは言う。

「おお、そうであった。これはすまぬ。さ、フードを捲り、この者達に顔を見せるのだ」

 バディアンの言葉を聞いたその者はコクリと頷く。

 それから、ゆっくりとした動作で、顔を覆うフードを捲ったのである。

 すると、丸い眼鏡を掛けたアシェラ族の女性の顔が現れた。

 年の頃は12〜15歳ほどだろうか。背は180cmほどあるバディアンよりも大分低い。凡そ140cmといったところであろう。

 またこの女性は、ターバンによく似た青い帽子のような物を被っており、その下からは茶色のサラッとした長い髪が耳を覆う様に伸びている。

 バディアンと同じ茶髪の為、この2人は親子のようにも見える光景なのであった。

 左右の者達は女性の顔を確認すると、まず、右の者が口を開いた。

「なんだ、いつもの侍女ではないか。どうしたのだ、今日は被り物などをして」

 すると女性は、頭を下げて申し訳なさそうに言う。

「実は先日。女王陛下に、私が気に入っているこの帽子の話をした際、是非、見たいと陛下が申されたのです。ですので、今日は少しでも女王陛下のお役にたてればと思い、帽子を身に着けて参りました。フードで顔を隠していたのは、城内の方々にこの姿を見られるのが、少し恥ずかしかったからなのです。申し訳ありませんでした」

 そこで左の者が口を開いた。

「ふむ、そうであったか。まぁよかろう」

 そして、左右の者達は互いに頷くと、開錠して扉を開いたのである。

 扉が完全に開いたところで、左側の者は手振りを交えて言った。

「ではお入りください。バディアン将軍」と。

「ウム」

 バディアンは返事すると共に、早速、室内へと足を踏み入れたのであった。


 室内はそれほど大きな部屋ではなかった。

 四角い部屋で、大きさは20畳程度といったところだろうか。

 周囲には窓もなく、外と接することができる箇所といえば、バディアンが入ってきた茶色の扉だけのようであった。

 しかし、だからといって薄暗い部屋というわけではない。

 部屋の壁には、山や草原といった風景の描かれた絵画や、人や動物等の彫刻品等が飾られており、床には赤く綺麗な分厚い絨毯が敷かれていた。

 また天井からは、シャンデリアを思わせる煌びやかな照明が吊り下げられており、それが室内を隅々まで照らしていたのだ。

 その他にも、部屋の奥には、青地に蔦の刺繍が施された天蓋付きの豪華なベッドがあり、窓はないが、決して暗い感じのする部屋ではないのである。

 だが、それは部屋の様相であって、中にいる者はそうではなかった。

 この部屋の中心には、豪華な内装とは裏腹に、悲しげな雰囲気を身に纏う1人の女性がいたのである。

 女性は部屋の中心にある、色彩鮮やかな花の意匠が施された、背もたれの無い椅子に座っていた。

 だが、入口に背を向ける様にして椅子に座っている為、入ってきた2人にはその表情を窺い知ることは出来ない。見えるのは後姿だけである。

 2人の目に映る女性の後姿は、まるで水が流れるかのような青さを持った、美しく艶のある長い後髪と、その左右から見える尖った耳の先、そしてこの女性が纏う水色の衣服の一部だけであった。

 その身体的特徴を見る限り、椅子に座る女性は、どうやらフェーネス族のようである。

 また女性の着ているガウンの様な水色の衣服には、絡み合う2頭の竜が金色の刺繍で描かれており、非常に美しく厳かな様相をしていた。

 衣類を見た感じでは、かなり身分の高い女性のようだ。


 部屋に入ったバディアン達2人は、中心にいるフェーネス族の女性を視界に収めると、若干離れた所で片膝をつく。

 そしてバディアンは、女性の背後から静かに話しかけたのであった。

「グラムドア女王陛下……ハシュナード閣下より、親書をお預かり致しました」

 女王と呼ばれた女性は、バディアンには振り向かず、後ろを向いたまま静かに答える。

「そうですか……。では親書をこちらへ」

 女王はそのままの姿勢で、右掌だけを横に出した。

 バディアンは静かに近づくと、女王の手にそっと親書を手渡す。

 それからまた元の位置に戻って片膝をついた。

 受け取った女王は、バディアンに振り向くことなく親書に目を通しはじめる。

 暫く室内に無言の時が過ぎてゆく。

 親書を読み終えた女王は、静かに口を開いた。

「……こうなった以上、予想はしてた事ですが。ハシュナード卿は、私をずっと幽閉し続けるつもりのようですね……。まぁ仕方ないでしょう、もう後戻り出来ない事をしたのですから」

 バディアンと白いローブを着た女性は、女王の言葉に無言でいた。

 女王は続ける。

「……バディアン将軍。守護聖霊の封印は今、どうなっておりますか? まさか……もう宰相達は、封印を解いてしまったのでしょうか?」

 バディアンは首を左右に振ると言った。

「いえ、まだでございます。ですがつい先程、アストランド城最下層の聖廟から、更に下へと彼らは降りてゆきました。ですので、もう暫くすると封印解呪の儀式が始まる事と思われます」

 今の言葉を聞いた女王は、やや肩を落とす。

 そして大きくため息を吐いた。

 女王は言う。

「……もう時間が無いようですね。スーシャルの秘宝であるスファディータまで彼らの手にある以上、もはや今の私には成す術はありません。ですが……私は非常に嫌な胸騒ぎがするのです。古文書にはどうなるか触れられておりませんが、封印を解いてしまうと、今以上の災いがこのアストランド……いえ、引いてはイシェンドラの地に襲いかかる気がしてならないのです。バディアン将軍、貴公はどう思われますか?」

 するとそこでバディアンは更に女王に近寄る。

 そして入口に一度チラッと目向けてから、小声で女王に語りかけた。

「……女王陛下。封印を解いたことによってどのような事態が起きるのか。それは私には想像できませぬ。しかし、『守護聖霊の封印を絶対に解いてはならぬ』という古き言い伝えを考えますれば、下手をすると守護聖霊の怒りを買う可能性があるやもしれませぬ」

 女王は無言で頷く。

 バディアンは続ける。

「ですが、スーシャルが記したと云われる古文書には、守護聖霊の封印以外にも『七眷聖ソーサーラの血筋と【始源七星の器】の継承は、いかなる事があっても途切れさせてはならぬ』と書かれております。最悪の場合、それだけでも回避しなければなりませぬ」

 女王も小声で言う。

「しかし、もはや私は籠の鳥です。そしてスファディータまでが向こうの手にある今の状況では、もうどうにもなりません。それに貴方は、ハシュナード卿の謀反に対して中立の立場をとっておりました。なので、今はあまり下手な事できないでしょう。違いますか?」

 バディアンはそこで、斜め後ろにいる侍女に視線を向ける。

 そこで目配せをすると、女王に告げた。

「女王陛下……私に考えがございます」 

 バディアンの言葉に女王は少しだけ首を動かした。

 女王はバディアンに向かい、若干ではあるが、振り向くと口を開いた。

「考え……それはどのようなものですか?」

「はい、実は」――

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