EP3 異世界
[1] ―― 導き ――
地に足のつかない浮遊感はしばらく続いた。
まるで水の中に全身が入っているかのようにフワフワした感じで、尚且つ、何も身動きが出来ない。重力というものが、まったく感じられない状況だ。
またそれと共に、「ブーン」という耳障りな低いモーター音の様なモノも、相変わらず、俺の耳に聞こえてくるのである。
い、一体、何が起きているんだ? 夢でも見ているのか……こんなこと初めてだ……。
これ以外考えられない俺は、無重力を感じるこの状況を暫くやり過ごすしかなかった。
だが、それも終わりの時が突然やってきた。
いきなり足に【ドンッ】という、高い所から着地したような衝撃が走ったのである。
その衝撃が走った瞬間。
俺はこうなる事をまったく予想してなかったので、バランスを大きく崩して前方に転倒をした。
そして体を転倒の衝撃から守るために、咄嗟に両手をついて四つん這いになったのだった。
どういう事だ……突然、地に足の着く感覚が戻ってきた……。もうあの現象は終わったのだろうか?
俺はそう考えると共に、しばらく身動きせず、耳だけで周囲の様子を窺う。
しかし、これといった物音は聞こえてこない。
唯一聞こえてくる音といえば、そよ風が耳元を通る時に聞こえる「サァー」という優しい音だけである。
勿論、音だけでなく、肌にもそよ風の撫でるような空気の感じが伝わっていた。
今はそれだけしか感じられない。
俺はそこで一度大きく息を吐くと、徐々に顔を上げる。
それからゆっくりと目を開いたのである。
だが、さっきの強烈な白い光のせいか、まだ目がチカチカしていて、まともに物を見れない状態だ。
俺は何回か瞬きを繰り返し、目を庇うように右腕を掲げる。
それから目を細めると、極力、光が入らないようにしながら周囲を見回した。
だがしかし……。
周囲に広がる光景に俺は息を飲み、驚愕したのである。
「なッ……此処は一体、何処だ? さ、さっきまで、寺にいたのに……」
そう、そこは寺ではなかったのだ。
何故か知らないが、俺の周囲は、背の高いグレーの石壁に四方を囲まれていたのである。
四方に見える石壁は、俺から大体30mくらいの所だろうか。
という事は、どうやら俺はこの空間の大体中心にいるようだ。それと、壁との距離感を見る限り、この空間は正方形のようである。
次に地面に目を向ける。
すると、辺り一面に青々とした緑の芝生が絨毯を敷いたかの様に広がっており、俺が先程までいた六本の石柱や台座、寺の本堂といったものの面影は何処にもなかったのだ。
また空を見上げれば、雲一つない清々しい青い空がどこまでも広がっており、爽やかな風と共に日の光が優しく降り注いでいたのだった。
しかも、周囲はまるで春のような心地よさを感じさせる気温で、ついさっきまでいた糞暑い真夏の気温と比べると全然違うのである。
これは何もかもが、明らかにおかしい……。
いや、おかしいというか。ありえない現象である。
ジョジ○のポルナレフじゃないが、『おれは糞暑い中、寺にある石の台座にいたと思ったら、いつのまにか心地よい春の日差しが眩しい、芝生の生えた庭にいた』
な… 何を言ってるのか わからねーと思うが。
おれも何をされたのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。
催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
と本気で言いたい気分だ。
この状況変化に付いて行けない俺は、訳が分からず、呆然とその周囲に視線を向ける。
すると俺の真後ろに、非常に大きな灰色がかった石碑が、厳かに鎮座しているのが目に飛び込んできたのである。
まだ完全に平衡感覚が戻りきらない俺は、ヨロヨロとなりつつも立ち上がり、その石碑に向かい合う。
そして目を凝らした。
石碑は、凡そ幅4mに高さ5m以上はありそうな大きな石版を、真っ直ぐ立てた感じのものだった。
見たところ結構古そうな石碑で、所々に黒ずんだシミのようなものが目に付く。
長い間、風雨に晒されたのだろう。
また、石碑には見たこともない小さな模様が、文字を並べたかのように何行にもわたって彫ってあった。
見た感じだと、チョロチョロとしたアラビア文字がこれに近い感じではあるが、それとはまた違う様だ。と断言できるほど、俺もアラビア文字に詳しくはないので、あくまでも多分である。
そして、そのチョロチョロとした小さな文字の中心には、奇妙な模様が描かれた丸い紋章の様なモノが彫られているのである。
奇妙なというのは、どう形容していいか分からんからだ。
あえて例えるなら、幾つもの線が交わる幾何学的な模様といったところだろうか。
とにかく、訳の分からない石碑ではあるが、この紋章が一際目を引く存在なのであった。
この小さな模様や紋章にどういう意味があるのか。俺には皆目見当もつかない。が、それだけだはない。
石碑の周囲には供物をささげる様な祭壇を思わせる台座や、緑葉を沢山つけた見た事もない大きな広葉樹が1本生えており、えらく神秘的な佇まいとなっていたのだ。
その他にも、俺の足元には石碑部分で十字を切るように石畳の道が走っており、この石碑自体が何かを象徴する重要なモニュメントというのは、この見た目からでも容易に想像ができる状況なのである。
これを見た俺の第一印象は、何処かの宗教施設だろうかという事であった。
しかし、ここが宗教施設だとした場合。先程までいた仏教の西修寺とは、まったく関係なさそうな宗教様式の空間なので、俺は頭が混乱するのである。
とりあえず、俺はもう一度石碑に目を向ける。が、何の石碑か分からない。
なので、俺はもう少し近づいて、深く観察することにしたのだった。
今は得体の知れない状況な為、俺は恐る恐るこの石碑に近づく。
だがその時。ひとつ奇妙な事があったのだ。
それは、石碑の中心にある丸い奇妙な紋章のようなものに、俺の首にかかった導きの石が反応し、淡く光りだしたからである。
俺は何だろう? と思い、更に石碑へ近づいてみた。
すると俺が近づくにつれて、紋章から更に強い光が発し始めたのである。
どうやらこの石碑の光は、導きの石に反応して発光しているようであった。
今度は一度、石碑から離れてそれを検証してみよう。
そう考えた俺は、首に掛けた導きの石と紋章を注視しながら、体の向きはそのままで後ずさるように石碑から離れてみた。
すると思った通り、俺が離れていくにつれて、光は弱まっていったのだ。
間違いなく、この光は導きの石に関係しているようである。
以上の結果を踏まえて俺は考える。
この光を潜れば、さっきいた西修寺に戻れるのだろうか?と。
だがその時だった。
【そこの男、何者だッ! 怪しい奴めッ】
突然、上空から怒ったような大きな声が聞こえてきたのである。
俺はビックリして空を見上げた。
「な、なんだよ。ア、アレは……」
だが俺は視界に入ってきた物体を目の当たりにし、恐怖のあまり立ち尽くしてしまったのだ。
俺を恐怖させた物体。
それは青い鱗に覆われた一頭の巨大な竜であった。
頭部から尻尾の先端まで10mはありそうな竜で、しかも今は左右両翼を一杯に広げているので、それ以上の大きさに見えるのである。
おまけにギロッとした爬虫類独特の目をしており、それがまるで俺を睨んでいるかのようなのだ。
正直、俺は恐ろしい……。
こんなのに襲われたら一溜りもないだろう。
俺がその威圧感に立ち竦んでいると、巨大な竜は大きな翼を羽ばたかせながら、この石碑のある空間に着陸してきたのだった。
だが竜が降り立った瞬間。
竜の羽ばたきで生まれた強烈な突風が、俺へと吹き付けてきたのである。
俺はこの風圧を凌ぐ為に、片目を閉じて両手を顔の前にかざすと、足腰に力を入れて踏ん張った。
そして突風が止んだところで、瞼を開き、降り立った竜へと視線を向けたのである。
竜の背には、煌びやかな金色の鎧を身に付けた1人の男が跨っていた。
肩よりも長い茶色のロン毛と、口と顎に生やした濃い髭が特徴の男で、背丈は身長180cmの俺とよく似た感じに見える。
年は40代くらいだろうか。見たところだと、色々と人生経験が豊富そうな顔つきをした厳格な雰囲気を感じさせるオッサンであった。
まぁ身体的な特徴はこんなもんだが、このオッサンの一番の特徴はその格好だろう。
オッサンの格好は、ロープレ系のゲームなら、終盤に手に入れそうな感じの武器や防具を装備していたからだ。
パッと見ではこんな感じの装備である。
何やら、ややこしい意匠が施された金の鎧・金の小手・金の具足。それプラス、純白のマント。腰にはファイナルフ○ンタジーとかに出てきそうな西洋風の両手剣。
これらを装備したオッサンは、かなり迫力ある雰囲気をもった歴戦の豪傑の様に見えた。
でも……はっきり言って、痛い格好でもある。
だがオッサンが跨る竜を見た俺は、そんな事などすぐに吹き飛んでしまうのだった。
また、このオッサンはどうみても、スペイン人やポルトガル人のような若干肌の浅黒いラテン系の顔つきなのに、流暢な日本語で叫んでいた事自体も凄い違和感がある。
もしこのオッサンが俺の町にいたなら、遠慮なくファンタジーコスプレ外人親父と呼んでいただろう。
だが、今は何もかもがおかしい……。何もかもだ。正直、今は何が何だか訳がわからない状態なのである。
それに、あの竜だ。
これは俺の直感だが、本物の様な気がするのであった。
勿論、こんな生物が地球上に存在しない事は重々承知している。が、竜が呼吸する度に動く身体の様子や、滑らかに動く長い首や尻尾は、どう見ても本物としか思えないくらいリアルなのである。
しかも、竜の鱗や鋭い歯が見え隠れする口元を見ていると、えらく生々しい質感が漂っているのだ。
他にもまだある。
それは、これが作り物だとした場合、こんな大きな竜がリアルに空を飛ぶように見せるには、どう考えてもCGとかじゃないと無理だからだ。
ワイヤーで吊るという選択肢もあるが、空には支えになる物は一切存在しない。雲一つない青空以外、他にはないのだ。
なので、直感的に本物かもしれないと俺は思っていたのである。
だがそうは思いつつも、出来れば作り物であってほしいと思う自分もいるのだった。
心のどこかに『こんな化け物が、地球にいるわけない!』と、認めたくない自分がいるからだ。今現在の日本に住む者なら、誰だってそうだろうと思う。
しかし、今、目の前にいるこの物体を見ていると、そんな常識など吹き飛んでしまうのである。
そして俺は、こう考えてしまうのだった。
地球にこんな化け物がいたのかと……。
竜に跨るオッサン騎士は、俺を睨み付けると青い竜から飛び降りた。
そして歩く度に鳴る「ガツッガツッ」という具足音と威圧感を撒き散らしながら、俺の前へとやって来たのである。
何か知らんが、さっきから予想外の流ればかりだ。
おまけにこのオッサンからは、なんかすごい殺気を感じる。
だが、初めて竜を見て委縮する俺は、立ち竦んでいる所為で動けない。
その為、オッサンの接近に対して何もできずに、ただ突っ立っていただけなのだった。
オッサン騎士は俺に近づくなり、腰に差した高級そうな剣を抜いた。
ヤバイ、斬られる!
そうは思ったものの、体が委縮して動かない。
金縛りに遭ったように立ち竦む俺の前に来たオッサンは、たった今鞘から抜いた、刃渡り70cm以上ありそうな美しく輝いた両刃の剣を俺の喉元に突き付ける。
そしてメンチを切りながら、怒声を上げたのだった。
「貴様、一体何者だ! 言えッここで何をしていたッ。この【スーシャルの聖域】は、濫りに入ってはならぬ神聖な場所だ。言えッ何をしていたッ」
俺は喉元に突き付けられた両刃の剣の切先を見て、ゴクリと生唾を飲み込む。
オッサンの剣幕と剣の切先に震えながら、俺は弱々しく口を開いた。
「え、え〜と……と、特に何もしてませんでした」
俺はとりあえず、ありのままに告げる。
オッサンは更に目を細めると言った。
「何もしてないだとォ。戯言を。お前の様な、おかしな格好した奴の言う事など信用できるかッ。貴様、女王派か? それともハシュナード派か? どちらの手の者だッ言えッ」
「へ? え、ええと……。お、仰っている意味が、ま、全く分からないのですが……」
何を言ってるのかさっぱりわからない俺は、ただただ震えながらそう答えた。
オッサンは凄い眼付きで、ジーと俺の顔を見ている。
正直、こんな物凄い眼力で睨まれたのは、生まれて初めてであった。小便チビリそうなくらいの迫力だ。
だがオッサンは、暫く俺の顔をそうやって見続けると、とりあえず、剣を鞘にしまったのだ。
それを見た俺は「ホッ」と一息吐き、少しだけ体の力を抜いた。
だが依然と気が抜けない状況である。
オッサンは次に、俺の体を衣服の上から両手で触り始めたのだ。
もしかすると、ボディチェックをしてるのかもしれない。武器を隠し持ってないかを確認するのだろう。
勿論、襷に掛けたボディバッグも検査対象だ。
因みに珍しかったのか、不思議そうにボディバッグを色んな角度から眺めたあと、中身を確認していた。
ボディバックの中に入ってる物は携帯電話と財布以外だと、1か月前の新入社員研修から入れっぱなしになっている小型のソーラー充電器とメモ帳や簡単な筆記用具、他はガムやのど飴くらいしか入っていない。
なので、それ程大したものは入ってないのだが、オッサンは怪訝な表情でそれらを眺めていた。
そしてその中の携帯を手に取ると、俺に口を開いたのである。
「オイッ。これは何だ?」
オッサンの質問に、やや違和感があったが俺は答える。
「そ、それは、携帯電話です」
だがオッサンは、首を傾げながら言った。
「ハァ? ケイタイデンワ……。なんだそれは?」
どういう事だろう。携帯電話を見た事ないのだろうか。
この人を見た感じだと、携帯なんてものには縁のなさそうな感じである。
弱ったな……。知らないのなら、どういう風に説明しよう……。
などと考えているとオッサンは言った。
「これは武器か?」
「い、いいえ、違います。日々のせ、生活に使う道具みたいなもんです」
俺は考える間もなかったので、無難に答えておいた。
携帯を見て、武器かどうかを聞くくらい頓珍漢だし、こんなんでいいだろう。多分、機能を説明しても信じそうにないし。
「フン」
一応、今の説明で納得したのか、オッサンは他の道具も目を通していく。
最後に充電器と財布をやたらとみていたが、どうでもいいと判断したのか、オッサンはバッグの中に一応戻してくれた。
ボディバッグの中身を一通り確認したところで、オッサンは最後に、俺の首にかけられた導きの石に目を向けたのだ。
するとオッサンは、導きの石を右手でつかみマジマジと見詰める。
そして鼻で笑うように言ったのだった。
「何を首にぶら下げているのかと思えば、リュオールの印が描かれた首飾りか。フッ、物好きな奴がいたものだ」
「り、りゅおーる?」
俺は思わず小さく呟いた。言ってる意味が分からん。
オッサンは俺のつぶやきなど無視すると、憮然とした表情で口を開いた。
「フンッ。武器も持ってないようだし。あるのは訳の分からんガラクタだけか。何を思ってこの聖域に入り込んだのか知らんが、まぁいい」
オッサンはそこで一旦、周囲を見回すと続ける。
「だがここは神聖な場所だ。向こうの扉がある方へ、一緒に来てもらおう。それと念の為に言っておく。おかしな真似をしたら、即、斬り捨てるからな」
そう告げたオッサンは「ピー」と甲高い指笛を吹く。
すると指笛の音を聞いた青い竜は、大きな翼を羽ばたかせ、また上空に飛んでいったのである。
このオッサンは、あの竜をかなり飼い慣らしている感じだ。
竜が飛び立ったのを見たオッサンは、次に俺の背後に回る。
そして、ドンッと俺の背中を押すと共に、言うのだった。
「さぁ行けッ」
「は、はひッ」
というわけで俺は、逃げられないようオッサンに背後を監視されながら、先に見える銀色の扉へと向かう事になったのだった――
――石碑のあった中庭を後にした俺は、しばらく通路を進んでゆく。
オッサンはさっきからずっと、俺の後ろで一定の距離を空けて監視を続けていた。
変な行動するとマジで斬りつける気がしたので、俺は大人しくオッサンの指示に従って歩いていく。
自分で言うのもなんだが、これは賢明な判断だと思う。
なぜなら、このオッサンはなんとなく、冗談の通じ無さそうな雰囲気が漂っているのだ。
まるで時代劇に出てくる堅物の侍のようである。
まぁそれはともかく、俺は考える。今の状況を。
しかし、考えたところで出てくる結論は『訳が分からない』という言葉だけなのである。
次から次へと起きる状況変化に、付いて行けないのだ。
このオッサンは、一体俺をどうするつもりなのだろう……。
などと考えていると、早速、オッサンの声が聞こえてきた。
「次を右だ」
と、まぁこんな感じで、オッサンは行き先を指示してくるのである。
俺は歩きながら通路内を見回す。
歩いていて気付いたが、此処はなにかの大きな施設の様で、通路を歩く途中、様々な格好をした人や人みたいなのに出会った。
人みたいなといったのは、勿論その言葉のままである。
映画とかに出てきそうなトカゲ人間みたいなのや、俺の腰ぐらいしかタッパがない小人、そして毛むくじゃらの獣人とでも呼べそうなのまでいるのである。
簡単にいえば、RPGゲームに出てきそうなファンタジー世界の住人みたいなのが、リアルに沢山いるのだ。
おまけに擦れ違う奴等全員が、剣や槍に大きな杖といったやけに物々しい装備をしているので、あまり迂闊な事は出来そうにない状況なのである。
ヘタを打つと俺の命が終わりそうだ。
またそれだけではない。
擦れ違う奴等全員が、オッサンに頭を下げて、丁寧に敬礼みたいなのをしてくるのである。
これを見る限りだと、どうやらこのオッサンは、ここのかなり偉いさんのようだ。
あまりオッサンを怒らせない方が良さそうである。
しかし、俺はそれらの光景を見て思う事があった。
それはこの通路内から、妙に重苦しい殺気立った雰囲気を感じたからである。
何故ならば、擦れ違う奴等全員が、あまりに物々しい武装をしているからだ。
そういえばオッサンは、さっき女王派がどうのこうのと言っていた。
もしかすると、近々、争いごとでも始まるのかもしれない。それならこの物々しい雰囲気も理解できるからだ。
とりあえず、俺はそんな重苦しい中を進むわけであるが……。
しかし、と俺は考える。
最初は、やはり映画の撮影でもしてるんだろうか? などとも思ったが、どう考えても一連の流れに辻褄が合わない。
やはり、これはある種の現実? だと考える方がしっくりくるのである。
大体、住宅街のど真ん中にある西修寺の付近で、こんなファンタジー映画の撮影する方がどうかしてるし、している場合はもっと話題にもなっていても良さそうだからだ。
しかも俺は隣町に住んでいるのに、そんな噂なんて聞いた事すらない。
それに良く考えてみると、こいつ等が日本語を流暢に話しているのも解せない部分だった。
なぜなら、日本語を公用語にしている国なんて、日本以外、俺は知らないからである。
という事は、此処は一応日本なのだろうか?
いやいや、日本とか外国とかの以前に、こんな竜や獣人のような生命体を俺は見た事が無い。
……あまり考えたくはないが、それ以外の超展開も有り得るかも知れない状況である。
なにせ、有り得ないモノばかりを目にしてるのだから……。
それに、俺の持つ導きの石とあの石碑の関係も気になる。
だが、それを確認する前にこんな事態になってしまったので、俺としてはシマッタという感じなのだ。
この現状は、かなり良くない流れである。
俺は歩きながらも色々と思考を巡らせる。が、答えは出てこない。逆に謎が深まるばかりだ。
とりあえず俺は、今後の事が気がかりなので、後ろを振り返りオッサンに問いかけることにした。
「あのぉ……一つ聞いてもいいですか?」
「フンッ。なんだ? 言ってみろ」
「私はこれから、何処に連れてゆかれるのですか?」
するとオッサンは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。
「良い所だ。楽しみにしておけ」
「はぁ……」
答えになっていない答えを聞いた俺は、訳も分からずに指示通り歩いてゆく。
多分、このオッサンの顔を見る限りだと、俺にとって良くない所に連れてゆかれるのだろう。
……憂鬱だ――
――それから歩き続ける事2分程。
オッサンは幾人かの兵士が屯する、それなりに広い詰所のような所に俺を連れてきたのである。
床の広さは20畳ほどだろうか。とにかくその位の床面積がありそうな部屋であった。
勿論、全ての壁面が石造りである。
この部屋の真ん中には、丸く大きな木製のテーブルがあり、そこに幾人かの兵士たちが談笑している最中だった。
因みにこの詰所にいる兵士達も、ここに来る途中で見た兵士と同じで、人間を含む多種族で構成されている。
まだはっきりと確信はもてないが、どうやら、スターウ○ーズみたいな多種族共生社会を形成しているみたいであった。
まぁそれはともかく、ここの兵士達はこのオッサンを見るなり、全員がビシッと起立する。
そして突然、丁寧に頭を下げて敬礼をしたのである。
俺はそれを見るなり改めて思った。
やはりこのオッサンは位の高い権力者のようだ、と。
オッサンはこいつ等に言う。
「ここの責任者は誰だ?」
「はい、私であります」
その中の人間と思われる奴が、一歩前に出て言う。
「そうか。では、少し話がある」
と言ったオッサンは、次に、その辺にある椅子を指さして、俺に視線を向ける。
そして言った。
「お前は、その椅子に座っていろッ」
俺はとりあえず、言われた通り、その椅子に座った。
そこで俺は周囲に目を向ける。
すると部屋の中にいる茶色い鎧を身に付けた兵士が、連れてこられた俺を怪訝な眼差しで見ているのである。
まぁ珍しい服装だから仕方ないだろう。
で、オッサンはというと。
やや離れた所で、さっき責任者だと言っていた兵士の1人と話し込んでいた。
何の話をしているのか分からないが、なんとなく嫌な予感がする。
暫くすると話が纏まったのか、オッサンは俺をチラっと見て、1人この詰所を後にしたのである。
俺はこれからどうなるのだろう……。
言いようのない不安が俺の脳裏に渦巻く。
するとそこで、オッサンと話し込んでいた兵士が、俺の前にやってきて口を開いたのだった。
「これから、お前を下に連れてゆく。さ、行くぞ」と。
俺は嫌な予感がしつつも、それに従うしかなかった。
というわけで、溜息を吐きながら立ち上がった俺は、2人の兵士に連れられて、この詰所を後にしたのである――
――で、冒頭に戻ると。