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イシェンドラ  作者: 股切拳
   ~ 隠者のいざない ~
2/15

EP2 導きの門

 [1] ―― 翌日 ――



 昨夜、ネット連絡したとおり、午前10時頃に宅配業者は荷物を配達にやってきた。

 荷物は20cm角の四角い段ボール箱に梱包されており、それほど大きな物ではない。

 中身が何なのか分からないが、俺はとりあえず受領のサインをして荷物を受け取ると、早速、部屋の中に持っていき中身の確認を始める事にした。

 段ボール箱をあけると、茶色い小さな木箱が気泡緩衝材に守られるように入っており、その上には封筒が1つ添えられていた。

 俺はまず封筒を手に取り、中を見る事にしたのである。

 すると封筒には4つ折りにされた一枚の便箋と一枚の地図が入っていた。

 俺はその2枚を取り出すと、まず便箋に目を通した。

 そこにはこう書かれていた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 拝啓 


  夏を迎え、暑さ厳しきおりではございますが、南川様はお元気にお過ごしのことと存じます。

  さて、南川様におかれましては、突然このような物をお送りしましたので、さぞや驚かれている事と存じます。

  この度、私がお送りさせて頂いた品物は、以前、当店【古史幽玄の庵】に南川様がお仕事で訪れた際、占筮をした事に深く関係のある品でございます。

  これをお持ちになって、四十町にある西修寺さいしゅうじの住職 野浦のうら 栄最えいさいを尋ねて下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。

  兄の栄最には既にお話はしてありますゆえ、ご安心ください。

  必ずや南川様の為になる事だと思いますので、どうかお尋ねになってくださいますよう、宜しくお願い致します。


 追伸 


  尚、今回の訪問によって金銭は発生しませんのでご安心ください。

  そして、西修寺までの地図も同封しましたので、ご訪問の際にご確認ください。

  それと私の紹介とは言いましても仕事ではございませんので、楽な私服で訪問されて構いません。

  また、今月の日曜ならば兄は必ず寺にいますので、なるべく早めに西修寺お尋ねくださいますよう宜しくお願い致します。


                                   敬具



 7月15日

 

                         古美術商 古史幽玄の庵


                          店主   清瀬 頌栄 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 俺はこの手紙を読み、ようやく差出人が誰なのかを理解した。

 この清瀬頌栄という方は、俺が会社で担当する外回り区域の顧客なのである。

 そしてこの間、古史幽玄の庵の店主と少しばかり世間話等をしたのを思い出したのだ。

 ここの店主はすごく穏やかな口調の接しやすい方で、色々と話し込んだのを覚えている。

 年齢は30代半ばから40歳くらい。3分刈りの坊主頭で、体型は中肉中世といった感じの人である。

 またそういった外見のせいか、どことなく僧侶のような雰囲気を持つ方であった。

 店の方は、主に東洋の古美術を取り扱っているようで、店内には掛け軸や壺や仏像等、年代物の美術品が綺麗に陳列棚に並んでいた。

 俺自身はそういった物にあまり興味はないが、恐らく、それらの古美術品は値の張るものばかりなのだろう。

 で、店主との話の内容だが。

 主に他愛ない世間話ばかりであったが、最後の方に一つ気になる話があった。

 実はこの店主、副業で占いのような事もやっているらしいのだ。

 おまけに若い頃は日本全国を易者として回って歩いたような事を言っていた。

 要するにマジモンの占い師でもあるみたいなのだ。

 というわけで、この時の会話の流れから、俺は自身の運勢を店主に占って貰う事になったのである。

 勿論、無料でだ。


 店主は沢山の細い棒が入った筒や幾つかの小道具類を店の奥から持ってくると、店内の商談用のテーブルにそれらを丁寧にセットする。

 それから居ずまいを正して、店主は厳かに占いを始めたのだった。

 因みに店主の話では、この細い棒のことを筮竹ぜいちくと呼ぶらしい。

 まぁそれはともかく、占いの結果だが……。

 店主曰く「現在はまだそれほどでもないですが、近い将来、とても大きな運命の流れが南川さんに訪れるようです。それは良い事でもあり、悪い事でもある。ですが、それを機に、南川さん自身が大きな何かを成しを遂げると出ておりますね」という事らしい。

 俺は内容が抽象的すぎて、どういう事なのかイマイチ分かりにくかった。

 なので俺なりに今の話をまとめてみた。

 恐らく、運命に翻弄されるが、それを経て成長すると言いたいのだろう……多分。

 だが結果を伝えた店主は、筮竹を眺めながら暫し無言になる。

 それからやけに神妙な面持ちになって、俺にこう言ったのだ。

「……私も長い間、易経をしてきましたが、卦辞かじ爻辞こうじの組み合わせに不思議なものを感じました。それは何故かは分かりませんが、南川さんにとって非常に運命的な出来事が起きようとしているのかもしれません……」

 店主がやたらと真剣な表情なので、俺はすこし驚いた。が、所詮、当たるも八卦・当たらぬも八卦で有名な易占だろうと軽く考える。

 なので、俺はあまり深くは気にせず、笑みを浮かべながら店主に言ったのだ。

「私は今年この区域に配属されたばかりですので、恐らく、これから苦労してゆくという事なんでしょうね」と。

 しかし、店主は尚も難しい表情で、この占い結果を気にかけていた。

 余程、納得がいかなかったのだろう。

 すると店主はこの後、こう言ったのである。

「四十町で寺の住職をしている兄に、一度、この事を聞いてみようと思います。兄も易経に詳しい人なので。念の為に、南川さんの御自宅の住所を教えて頂いてもよろしいでしょうか? 何か分かり次第、すぐにご連絡したいと思いますので」

 この人、やけに熱心だな……。

 やや不思議に思ったが、変に断ると心象を悪くすると思い、俺はアパートの住所と携帯の番号を教える事にした。

 まぁとりあえず、妙な易占結果が出たようだが、俺自身はそれほど深く考えてはいなかった。

 なので、この日はそれを最後に【古史幽玄の庵】を後にしたのだった――


 ――そんなやり取りがあったのを俺は思い出したのである。

 俺はそれらを思い返しながら、読み終えた便箋を見詰めていた。

 そしてどうするか考える。

 だがそのまえに、小さな木箱の中身を確認してからにしようと思い、段ボール箱の中に手を伸ばした。

 木箱を取り出した俺は、まず全体の外観に目を向ける。

 箱自体はそれほど大きなものではない。10cm有るか無いかという大きさの正方形の箱である。

 そして、蝶番によって上蓋がまくれるタイプの物の様だ。

 どことなく工芸品を思わせる箱で、蓋の部分には蔦の模様が彫られていた。

 まぁ箱をこんな風に眺めていても仕方ないので、俺は上蓋をまくり中を確認する。

 すると箱の中には、透明感を持つ、青い水晶のような物が付いたネックレスが入っていたのだ。

 そのネックレスは茶色い革製の紐に、500玉くらいの青い石が1つだけという作りで、他に目立ったところはない。

 だがこの青い水晶が放つ奇妙な美しさと模様が、この単純なネックレスを神秘的なものに魅せていたのである。

 なぜなら、青く透き通った石の中心で、白い霧の様なモノがまるで生きているかのように、淡く白い光を放ちながら渦を巻いていたからだ。

 そしてその渦巻く白い霧の中心には、アスタリスクに似たような模様が描かれていたのである。

 アスタリスクは中心から六本の線が出ているだが、この石に描かれている六本線は途中で折れ曲がっているものがあるため、奇妙な模様となっていた。

 なのでアスタリスクとも言えない模様なのである。

 またそれだけではない。

 俺が水晶に触れた途端、白い霧の発光が強い光へと変化したのである。まるで、俺のことを認識しているかのように。

 これは一体どういう仕組みなのだろう……。

 俺は水晶の不可思議な現象を見るなり、そう考えるしかなかった。

 とりあえず分かった事は、俺がこの石に触れると輝きが増して、離すと元の淡い光に戻るという事だった。

 暫くこの不思議な水晶を眺めた俺は、もう一度、先程の便箋に目を向ける。

 それから俺は、独り、誰にともなく呟いたのであった。

「明日は日曜か……。特に予定もないし、行ってみるか。この水晶の事も気になるしな……」と。

 


 [2] ――日曜――



 昨日今日と仕事も休みなので、いつもよりも長く睡眠をとった俺は午前9時頃に目を覚ました。

 起床した俺は、まず部屋の窓を開けて外気をいれると、外の景色を見ながら大きく深呼吸と背伸びをした。

 俺の住むこの部屋は2階にあるので、多少は見晴らしが良い。おまけにこのアパートの周囲は住宅ばかりで、ビルの様な高層建築物もない。なので、視界は良好である。

 それらの住宅は新しい建物から古い建物、瓦の屋根からトタン屋根と様々で、中々に面白い風景となっていた。

 街を一望できる高さではないが、この高さからじゃないと見えない街並みというものをここからは見る事が出来る。俺にはそれで満足だった。

 暫くそれらの街並みを眺めてから、次に、俺は空を見上げた。

 空はギラギラとした太陽が、熱気と共に辺りを照りつけはじめており、まだまだこれからといった感じである。今日も暑い一日になりそうだ。

 また、周囲からは蝉の鳴き声がひっきりなしに聞こえており、もう本格的な夏に入ったという事をこいつ等が町の皆に告げているようだった。

 まぁ夏の風物詩の一つというやつだ。

 暑そうな外をしばらく眺めた俺は、今日の用事を思い出す。

 そしてひとり呟いた。

「……面倒だし、とっとと終わらせてくるか。さっさと帰ってきて、エアコンの効いた部屋で休もう」

 そう結論した俺は、早速、出かける準備に取り掛かった。


 食パンとインスタントみそ汁という、普通ならしない食べ合わせの朝食を済ませた俺は、すぐに着替え始めた。

 今日はだいぶ暑くなりそうな感じなので、茶色のカーゴパンツに黒の半袖シャツという割とラフな格好にした。

 頭はつい最近、かなり短くカットしたばかりなので、整髪料で全体を軽くハネさせて終わりである。

 それから腕時計を身に付けた俺は、ボディバッグの中に、昨日、宅急便で届いたあのネックレスと、携帯に財布といった物を詰め込む。

 そしてアパートを後にしたのだった。

 今の時刻は午前10時。

 アパートを出た俺は、やや離れた位置にある駐車場に向かう。

 何故ならそこにマイカーがあるからだ。

 因みに今年の春、親に卒業祝いプラス入社祝いで買ってもらった中古車で、黒のカローラフィールダーである。値段は60万で買った。

 これを選んだ理由は特にこれといってないが、強いて言えば、荷物が結構載るくらいだろうか。まぁそんなとこだ。

 というわけでマイカーの前に来た俺は、ドアロックをリモコンで解除すると、早速、運転席に座る。

 そして同封されてきた地図を助手席に広げてからエンジンを始動させ、目的地である四十町の西修寺に向かいハンドルを切ったのだった――


 ――30分後


 目的の場所はすぐに見つかった。

 もう少し悩むかと思ったが、住宅や公園の中にポツンと寺がある感じなので、見つけやすかったのだ。

 しかも、かなり古い寺のようで、門構えや建築材からは、長い年月を経ているであろう色褪せた痕跡が所々に見え隠れしていた。

 俺の見立てでは築500年くらいありそうな雰囲気を感じる。勿論、根拠はない。あくまでも感じるだけである。

 まぁそれはさておき、俺は寺の参拝客用の駐車場に車を止めると、早速、車から降りた。

 だがその瞬間。

 エアコンの効いていた車内とは打って変わり、物凄い熱気が辺りに漂っているのを俺はモロに実感することになる。

 ついでに早くも身体からは、結露のような汗が出てきたのだった。まだ何もしてないのに、なんか気持ち悪い。

 そのあまりにも違う気温差に、俺は辟易してくるのである。

 まぁ暑さはともかく、俺は今日の目的を達する為、駐車場の目の前にある大きな門へと向かい歩を進めた。

 間近で見ると物凄い威圧感を感じる門で、幅8m、高さ7mくらいはありそうな大きな門である。

 門の横壁には黒く大きな字で【西修寺】と力強く書かれた木の板が目に飛び込んできた。これもかなり威圧的に俺には見えた。

 そんな存在感のある門を潜り、俺は境内に足を踏み入れたのである。


 境内には巨木とも言えるくらいの大きな杉や松、そして柳の木が生えていた。

 それらの木々からは真夏の象徴である蝉の鳴き声が幾つも聞こえてくる。

 さっきまでなら、蝉の声を聞くと暑さが増したように感じたが、今はそれほどでもなかった。

 多分、境内の木々から伸びた枝葉が、広い範囲に日陰を作っているのもあって、割と涼しい空間となっていたからだろう。

 俺は前方に目を向ける。

 真っ直ぐ先には本堂があり、門と本堂を繋ぐように石を並べた参道がそれらの間に伸びていた。

 また、参道の両脇にある剥き出しになった地面には、所々に苔の生えた緑色の地面が広がっているのである。

 俺はそんな境内を通り本堂へと歩を進める。

 そして本堂に上がる石の階段前で立ち止まり、厳かで大きな本堂の佇まいを眺めたのだった。

 白壁や梁に急な傾斜のついた瓦屋根。それらの下に走る柱は、かなり色褪せてはいるが、まだまだ頑丈に見える。

 本堂正面の引き戸は開ききっており、中の様相も見る事が出来た。

 中には黒い仏像と金箔で塗られたであろう丸い柱や、天井から釣り下げられた煌びやかな華を模した金色の飾りが、豪華に、そして神秘的に内部を彩っていた。

 いつごろ建立された寺かは分からない。だが、京都や奈良の寺社に負けないくらい、歴史を感じさせる寺のように、俺には見えたのだった。

 歴史があるという事は、かなり檀家の多い寺なのだろう。

 結構、儲かってるのかも。

 などと考えていた、その時。

「こんにちは。暑い中、どうもご苦労様でございます。此方へは初めてお越しになられたのでしょうか?」

 俺はハッとして、声が聞こえた右方向に振り向いた。

 すると其処には、黒い僧衣に身を包む丸坊主の男がニコヤカに佇んでいたのだ。

 年は40半ばくらいだろうか。中々に精悍な顔つきをした方で、凛々しい眉毛が頼もしい雰囲気を醸し出していた。

 服装を見た感じだと、どうやら、ここのお坊さんのようである。

 俺は好都合だと思い、早速、目的の住職について尋ねることにした。

「え、あ、はい。こんにちは。え〜と……私は古史幽玄の庵 店主である清瀬頌栄様の紹介で、此方の住職を訪ねるように連絡があった者で、名前を南川崇輔といいます。今、住職の野浦栄最様はおられますでしょうか?」

 俺の言葉を聞いたこの人は微笑みを消すと、やや神妙な面持ちになった。

 そして何かを噛みしめるように、静かに言葉を発したのである。

「そうでしたか……。貴方が南川さんでございましたか。私がこの西修寺 住職の野浦栄最でございます。……話は弟の方から聞いております。ですがその前に……弟から青い石を受け取っていると思いますので、まずはそれを見せて頂きたいのです」

「あ、あの石ですか。ちょっと待ってください」

 俺はタスキに掛けたボディバッグの中から、あの石のネックレスを取り出す。

 それから青い石を手の平に乗せて、強く発光した状態の石を住職に見せたのだった。

 住職はその石の輝きを見るなり目を見開くと、周囲を警戒するように見回しながら言った。

「まさしく……弟の言ったとおり。では、場所を変えましょう。こちらに付いて来てください」

「は、はい……」

 住職の妙な反応が気になったが、俺はとりあえず、後を付いて行くことにした。


 本堂の裏手の方へと進む住職の後を付いてゆくと、とある開けた場所にて立ち止まった。

 俺は住職の立ち止まる場所を見るなり、顔を思わず顰めた。

 なぜならば、そこには俺の背丈ほどもある六本の石柱が均等な間隔で円を描くように置かれており、まるで何かの儀式をするかのような様相だったからだ。

 その石柱で作られた円は半径10mくらいで、中心には石の台座の様な物が置かれていた。

 それらは長い年月が経過しているようで、所々に苔や黒ずんだシミのような物がどの石柱にも見受けられる。勿論、中心の台座にもだ。

 また良く見ると、六本の石柱には何かの模様のようなものが彫られており、トーテムポールの様なモニュメントにも見えるのである。

 俺には初めて見る光景だった。

 今から此処で、一体、何を始めるつもりなのだろう……。

 そんな疑問が当然湧いてくる。

 俺は首を傾げながらそんな事を考えていると、住職は俺に振り返って言った。

「南川さんは、此処で暫く待っていてください。すぐに戻って来ますので」

「はい、わかりました……」

 俺の返事を聞いた住職は、一旦、本堂の中へと入って行った。 

 それから五分程経過したところで、住職は両手に古めかしく白っぽい木箱を大事に携えて戻ってきたのだ。

 すると俺の前に来た住職は、先程よりもやや緊張感のある面持ちになり、その木箱を差し出してきたのである。

「南川さん……。この桐箱の中に、私達が何代にもわたり代々受け継いできた【七星法転輪しちせいほうてんりん】と呼ばれる法具が入っております」

「しちせいほうてんりん?」

 と言いながら俺はその桐箱を受け取る。

 その桐箱は縦30cm横20cm高さ20cm程の大きさで、箱の真ん中は白い紐で括られていた。 

 俺が桐箱を見つめる中、住職は続ける。

「はい、そうです。言い伝えによりますと、なんでも、七つの星が法によって転ずる輪という意味らしいです。それで南川さんには今から、先程見せて頂いた【導きの石】と呼ばれる青い石の首飾りと、この七星法転輪を身に付けて、その中心にある台座に立って頂きたいのです。よろしいでしょうか?」

 俺は住職の言った台座に目を向ける。

 まぁ特に問題のないことに思えたので、俺は軽く返事をした。

「これとネックレスを身に付けてあの台座に立てばいいんですね。いいですよ」

 だが、少し疑問に思った事があったので、それをまず住職に尋ねてみることにした。

「ところで、これを身につけることと占いの結果って、なにか関係があるんですか?」

 住職は言う。

「へ? え、ええ。これを身に付ける事によって、南川さんに御仏の加護が生まれるのです」

 若干、気になる言い方ではあった。が、坊さんらしい答えだったので、俺は納得する事にした。

「そうなんですか。分かりました」

 返事をした俺は、早速、住職が言った導きの石というあの青い石のネックレスを、ボディバッグの中から取り出して首に掛ける。 

 そして次に、七星法転輪という物が入った桐箱の紐を解いて、上蓋をまくったのだった。

 すると中には、幅広のリストバンドを連想させる金色の腕輪のような物が一つ入っていた。

 腕輪の周囲には、虹色をした少し大きめのビー玉の様な珠が七つあり、それらが規則正しく周囲に埋め込まれていたのだ。

 またそれらの周りには、何かの模様が、幾つも小さく刻み込まれていたのである。

 見た感じは金属のような気がしないでもないが、何の素材で出来ているのか俺には分からない。

 だが、それなりに堅そうな外見に見える。

 また埋め込まれた七つの珠が虹色をしている事もあって、僅かに光っているようにも見えるのだ。なので、何となく装飾品のように見えたのだった。

 この七星法転輪を見た俺の感想は、『非常に高価な値が付きそうな骨董品』であった。

 住職が何代にもわたって受け継いできたと言ってたので、当たらずとも遠からずだと思う。

 これは俺個人の勝手な憶測だから、あまり当てにはならないが。

 まぁそれはともかく、この七星法転輪という法具を少しばかり眺めた俺は、ある疑問が湧いてきた。

 なのでそれを住職に尋ねてみた。

「あのぉ、これは腕に装着するものなのでしょうか?」

 ここは重要である。

 実は足首でしたとかいうオチがあるかもしれないからだ。

 住職はゆっくり頷くと言った。

「はい、左様でございます。南川さんの利き腕に通してください」

 俺は無言で頷くと桐箱から法具を取り出した。

 それから、やや大きめの穴が開いた七星法転輪に右手を通したのである。

 するとその時だった。

 まるで生きているかのようにこの法具は、俺の手にピッタリの大きさに縮んだのだ。

 そして体の一部になったかのように密着したのだった。

 俺はこの変化にたじろぐ。

 だが、少し狼狽した俺を落ち着かせるかのように住職は言った。

「南川さん、ご安心を。それはそういう仕組みになっております。それよりも早く、台座の上へ」

「わ、わかりました」

 ややどもった口調で返事すると、六本の石柱の真ん中で静かに佇む丸い台座へと向かい、俺は歩き出したのだった。


 俺が台座に近づくにつれて、少し変化があった。

 それは首に掛けた導きの石というのが、輝きを強めたからだ。

 またそれと共に小さくではあるが、「ブーン」という回転数を落としたモーターのように、低くうねる音が聞こえ始めてきたのである。

 何なんだ一体、この耳障りな音は……。

 この状況変化に、俺はそう考えるしかなかった。

 それと何故か知らないが、漠然と嫌な予感も俺は感じ始めていたのである。

 そのため、やや恐る恐る俺は歩を進めたのだ。

 用心深く進みながら台座の前に来た俺は、端に足を掛けて台座の上へあがった。

 そこで一旦、台座の中心に目を向ける。

 半径3m程の石の台座中心には、昔の書物とかによく見かけるチョロチョロとした書体で、何かの文章が彫られていた。

 文章はなんて書いてあるのか分からなかったが、最後の二文字だけはなんとか読むことが出来たのだった。

 因みにその最後の二文字とは【沙延】という漢字である。【さえん】と読むのだろうか? 

 その辺の事はよく分からないが、最後にこの二文字で締め括られているという事は、この沙延という名前の坊さんが書いた文章なのかもしれない。

 俺は台座の文を見てそう結論付けたのだった。

 まぁそれはともかく、今の俺は台座の中心に向かわなければならない。

 文を少し眺めた俺は住職に言われた通り中心に進む。

 そして中心で歩みを止めた。

 だがその瞬間!

 突然、周囲の石柱が強く輝くと共に、あの低くうねるような音も強さを増したのである。

 そして胸の青い石は眩く輝き、右腕の七星法転輪からは七つの白い糸の様な光が渦を巻くように現れたのだ。

 七星法転輪から現れた糸の様な光は、まるで蜘蛛の巣を張り巡らすかのように六本の石柱へと伸びていく。

 そして幾何学な模様をこの場に描いたのである。

 俺は信じられないこの光景に慌てながら、息を飲むと大きく目を見開いた。

 また、石柱の外にいる住職も驚きを隠せないのか、口をあんぐりとあけながら俺の方を見ていたのだ。

 それと共にこんな言葉が聞こえてきたのである。

「な、なんだこれは!……まさか、先祖の言い伝えは本当だったのか!」

 ちょっと待て!

 なんだこの住職の反応は。思いっきり、素で驚いとるじゃないか……。

 まるで予想外と言った感じだ。

 どういう事だ……住職は知らなかったのか? その前に何だ、先祖の言い伝えというのは。

 住職の狼狽える様子を見た俺は、脳裏に異様な不安が生まれてきた。

 当然、そう考えると共に、物凄い嫌な予感もしはじめたのである。

 これは、なんか知らんが不味いッ!

 だがその時だった。

 突然、目の前に強烈な白い光が現れ、俺を飲み込んだのである。

 俺は強烈な光を遮る為に手をかざして目を閉じる。

 そして光に飲み込まれるや否や、突如、地に足がつかない浮遊したような感覚に陥り、バランスを崩してよろめいたのだった。

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