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イシェンドラ  作者: 股切拳
   ~ 隠者のいざない ~
12/15

EP12 滅びの黒焔

 [1]  ―― アストランド城内 ――



 今、このアストランド城内では、死の使いと城の兵士達との攻防が、各所で繰り広げられているみたいだ。

 俺達が進む城内の通路には、それを証明する痛ましい痕跡が、幾つも目に飛び込んでくる。

 その痕跡とは、灰と化した死の使いの亡骸や、喉や身体を切り裂かれた兵士の死体、そして負傷して動けなくなった兵士達の壮絶な姿だ。

 そして俺達は、そんな痛ましい凄惨な戦場を目の当たりにしながらも、なんとかスーシャルの聖域へたどり着けるよう、慎重に歩を進めている最中なのであった。

 因みに、俺とエルと宰相の3名は、ほぼ丸腰状態である。

 勿論、途中にあった兵士達の死体のすぐそばに、一応、武器等はあった。だから、それを拾って所持すればいい話なのだが、それらはサリュアでは無かったため、あえて手に取らなかったのだ。

 なので、武器や防具を装備している他の者達に守られながら俺達3名は移動しているのである。が……しかし、俺達の一団には致命的な部分があった。

 それは対・死の使い専用の武器であるサリュアを所持している者が、たった1名しかいなかったからだ。

 しかも、その1名というのが、カーミラと呼ばれるあの青い髪の女性なのである。

 俺はそれを聞いた時、少しというか、大分不安になった。

 だがカーミラさんは、一応、剣術の経験があるみたいな事を言っていたので、今はそれに期待したいところである。

 またこの時のカーミラさんは、サリュアである西洋風の両手剣を腰に装備したのち、青く長い髪をポニーテールにして自身に凄い気合を入れていた。

 それを見た俺は、このカーミラという女性の決死の覚悟を見た感じがしたのだ。

 物凄い意気込みだったので、カーミラさんは頑張ってくれそうな気がするのである。とりあえず、期待しよう。


 だが、とはいうものの……。

 意気込むカーミラさんには悪いが、現状、サリュアは1つしかない。

 その為、どう取り繕おうとも、死の使いに対する物理的な対処には、かなりショボイ戦力の集団なのは、疑いようのない事実なのであった。

 だがしかしッ! 

 ここで嬉しい誤算があった。

 それは、死の使いに効果のある魔精ジンの術法を行使できる者が数名いたからだ。

 なので、その者達に先頭と後方を守ってもらう形で隊列を組み、俺達は今、聖域へと向かっている最中なのである。

 一応、人数的な事を言うなら、俺とエルを含めた総勢9名による決死隊といったところだろうか。

 とりあえず、今の俺達はそう言った構成で行動しているのである。


 話は変わるが、俺は先程から一つ気になっている事があった。

 大広間を出発した時から、何かを忘れているような気がしてならないのだ。が、それが何か思い出せないのである。

 とはいっても、それほど重要な事でもないような気がしたので、俺はとりあえず、聖域へと出発する事にしたのであった。


 俺は若干薄暗い通路を移動しながらも、周囲を警戒する。

 だが、周囲に目を向ける度に、恐怖心と居た堪れない気持ちと吐き気が、同時にこみあげてくるのであった。

 それは何故か?

 こんな事態であるから仕方のない事だが、通路には幾つかの凄惨な死体が横たわっているからである。

 しかもそれらは、五体満足な普通の死体ではないのだ。

 具体的に言うと、通路の石壁や床には、飛び散った血液や引き裂かれた手足、そして引き千切られた内蔵等、そういった惨たらしいモノが幾つも目に飛び込んでくるのである。

 こんなグロい惨状に耐性のない俺は、ハッキリ言ってたまったものではない。

 恐ろしい……。恐ろしくて、背筋にゾクゾクと悪寒が走りッぱなしだ。

 おまけに血生臭く生々しいニオイも漂っているので、吐き気もこみあげてくるのである。

 此処は今、現代日本でヌクヌクと平和に過ごしてきた俺からすると、到底考えられない、凄惨な戦場となっているのだ。

 映画やドラマとかでこういったシーンを見る事はあるが、本物を目の当たりにすると、そんな作り物とは比べ物にならない酷さである。

 恐らく、俺以外の日本人が今この場にいたとしても、同じ反応するだろう。俺と同様に、身の毛のよだつ思いをするに違いない。

 そして俺はこれらを見ながら、本物の戦場というのはこういうモノなのだな……と、深く考えさせられたのであった。


 同行する他の者達は、この状況を見て、どんな表情をしているのだろう?

 気になった俺は、エルや宰相達に視線を向ける。

 すると隣にいるエルは、それらの亡骸を見る度に、今にも泣きだしそうなくらい、辛く悲しい表情を浮かべていた。

 また一緒に行動する宰相達も、口を噤み、暗く悲痛な表情でそれらを見詰めていたのである。

 まぁこれが普通の反応だろう。第三者の俺ですら、こんな心境だし。

 流石に笑顔でというわけにはいかない。

 特に宰相達は、自分達がこの惨劇を招いたという事もある所為か、悔いたような非常に沈痛な面持ちで歩を進めているのだった。

 だが悲しみに暮れている暇はない。

 今、下手に気を緩めれば、俺達が死の使い共の餌食になってしまう可能性もあるからだ。



 [2]  ―― 聖域へ ――



 俺達が大広間を出発してから少し時間が経過した。

 その間、幾つかの死の使いと接触して戦闘をしたが、一応、何とか撃退に成功しており、まだ俺達の中からは戦死者は出ていない。

 俺自身も無事にいられたことに対して、生きている喜びを実感しているところだ。

 だが無事でいられたのは、それもこれも、前後の守りを引き受けてくれた方々の尽力の賜物であった。

 何といっても、予想外だったのが、カーミラさんがかなり剣の扱いに長けていたことだ。

 華麗に死の使いを斬りつけるそのシャープな太刀筋は、美しい外見とも相まって、舞いを踊っているようにさえ見えるのである。

 剣を振るう度に後ろに束ねた青い髪が、まるで水のように流れ、手に持ったサリュアで滝のように素早く死の使いを斬りつける。

 そんなカーミラさんの戦いに見入ってしまう自分がいたのであった。

 そして俺は、美しくも強いカーミラさんを見るなり、こう思ったのである。……良かった、敵じゃなくてと。

 だが凄かったのはカーミラさんだけではない。

 魔精の術法を繰り出す、青いローブを纏う方々の活躍も凄かったのだ。 

 俺はこの時、初めて魔精の術法というのを見たのだが、中々に迫力のある術であった。俺自身、思わず「おおッ! スゲェ」と驚きの言葉が自然と出てしまうくらいに。

 で、魔精の術法とはどういうものかというと、早い話が、呪文を唱えたりする事によって超常現象を引き起こす術のようである。

 実際、青いローブの方々は、呪文を唱えて紅蓮の炎や白い光の矢のようなモノを出現させおり、それで死の使い達を遠慮なく葬っていた。なので、この解釈でほぼ間違いないだろう。

 これらの原理がどうなっているのか分からんが、俺からすると、ファンタジー映画のワンシーンを見ているようであったのだ。

 そして、この時の俺は驚きと共に、好奇心も少し湧いてきたので、隣にいたエルに魔精の術法について尋ねてみたのであった。

 するとエルが言うには、魔精を体内で高めて創生デュハスラム言語ピュラトと呼ばれるものを唱えたり、創生デュハスラム紋章ジクトというのを刻む事で、森羅万象をほんの少しだけ具現化させる術だと言っていた。

 なので、俺の解釈で大体は合っているのだろう。

 だがエルはこの時、こうも言っていた。

「ソースケさん。一応、大まかな原理はそうなのですが、死の使いには、創生デュハスラム言語ピュラト紋章ジクトの全てが効果あるわけではありません。死の使いには、その内の一つである、聖法サリュスラム言語ピュラト紋章ジクトで完成する術でないと駄目なのです」

 というような事をエルは言っていたのである。

 俺はその説明を聞いていても何となくしか分からなかったが、要するに、何でもというわけではなく、色々と制限があるということなのだろう。

 流石に、この辺の複雑な事情は、短い時間で理解するのは難しい。

 なので、そういうもんだという事で納得することにしたのだった。

 というわけで話がそれたが、俺が言いたかったのは、宰相にお供していた方々はかなりの手練れであったのということなのである。

 まぁ権力者が無能をお供にするわけもないので、ちゃんとしてるのは当然といえば当然ではあるが……。


 因みに戦闘時の俺は、ほぼ傍観者状態だった。

 だって……どうしていいか分からんのだもんよ。こちとら自衛隊のような有事の訓練もしてない、一般ピーポーなんだ。対応なんてできるわけがない。

 もしかするとカーミラさんという女性は、大広間のような力を何時でも使えると思ってるのかもしれないが、この腕輪の力にしたって、どうやれば使えるのか全然分からんのだ。

 それに『無能な働き者は害悪である』という名言や『活動的な馬鹿ほど、恐ろしいものはない』という、どっかの偉い誰かの名言もある。

 だから今の俺は、何もしない事が最善の方法だと思っているのである。という事にしておいてくれ……。


 俺達が大広間を出発してからまだ15分ほどしか経過してない。

 だが俺には、かなり長い間、城内を移動しているように感じられたのだ。

 恐らく、この危険な状況化における極度の緊張が、俺の時間的な感覚を狂わせているのだろう。

 だがその所為か、今の俺は、『スーシャルの聖域まで、あとどのくらいなんだろう?』という疑問ばかりが脳裏に過ぎるのである。

 気になって仕方がない俺は、とりあえず、隣にいるエルに聞いてみる事にした。

「あ、あのさ、エル。スーシャルの聖域とやらは、あとどれくらいなんだい?」

 エルは、通路の先に小さく見える銀色の扉を指さすと言った。

「スーシャルの聖域は、あの扉の向こうです。ソースケさん、もうすぐそこですよ。急ぎましょう」

「ア、アレはッ。よし急ごうッ」

 あの扉は見覚えがある。

 いや間違いない、たしかにあの扉だ。

 バディアン将軍とかいうオッサンに、俺が拉致された時に潜った扉に間違いない。

 先に見える銀色の扉を見るなり俺は、ホッと表情が緩む。

 またそれと同時に、こう考えたのだった。

 こ、これで、日本に帰れるかもしれない……と。


 俺達はT字路の突き当りにある銀色の扉に向かってスピードを上げた。

 他のみんなの顔をチラッと見ると、『後もうちょっとだ』という気持ちが心のどこかにあったのか、少しだけ表情が緩んでいた。

 勿論、俺もだ。

 というか俺の場合は、是が非にも元の世界に帰るという目的があるから、他の人達以上に頬が緩んでいたに違いない。

 またそう考えると共に、足取りも軽くなるのである。

 それから程なくして俺達は扉の前に到着する。

 そこで、エルが俺に振り返ると言った。

「ソースケさん、聖域の扉には鍵がかかっていますから、ちょっとだけ待っていてくださいね」

 エルはそう告げると、首に掛けられたネックレス状の鍵を胸元から取り出す。

 そして銀色の扉に開いている鍵穴へと差し込む動作に入った。

 だがその時であった。

 また俺の脳内に、あの得体の知れない声が響き渡ったのである。


《ソーサリュオンの継承者よッ! 左から何かが来るッ!》


 今度は一体なんなんだよ。

 俺は脳内でそう呟くと共に、T字路の左側通路へと即座に視線を向ける。

【マ、マジかよッ!】

 そして俺は、叫ぶと共に驚愕したのだった。

 なぜなら、視線を向けた先には、深紫色の炎のようなモノに身を包む虎のような化け物がいたからである。

 また、獰猛な野獣を思わせる化け物だった為に、俺は恐怖して本能的に叫んでしまったのだ。

 俺の声に皆が反応する。

【こ、こんなところに、新手の死の使いがッ! クソッ!】

 宰相達の誰かがそう叫ぶと共に、皆は化け物を回避する為に元来た道に後退した。

 俺も避けるべく来た道へ引き返そうと後退を始める。

 だがその時、鍵を開けようとしていた所為で逃げ遅れたエルに向かい、化け物は襲いかかろうとしていたのであった。

【ヴガァァァァッ!】

 深紫色の炎を纏う虎のような化け物は咆哮を上げると、大きな口を開けてエルに飛びかかった。

 だがエルは、絶望的な表情で呆然と立ち尽くしていたのだ。

 この時の俺は、無我夢中であった。

 化け物よりもエルに近い俺は、エルに飛び掛かり地面に押し倒す。

「キャッ!」

 エルの口から少し悲鳴が聞こえてきたが、今はそれどころではない。

 とりあえず俺とエルは、化け物の飛び掛かるコースから、そうする事によって僅かに抜け出して回避したのだ。

 だがその時。

 俺の口から、また奇妙な呪文が唱えられたのである。

 ――【スーデン・ケーナ……】

 俺はこの時、何が起こるのかもう予想がついた。

 何故なら、俺の口が唱えていたのは大広間で光の剣を出現させた呪文のようであったからだ。

 なんとなくだが、覚えていたのである。

 そして予想通りに、俺の右手から光の剣が現れた。

 俺はそこで化け物へと視線を向ける。

 だが化け物はもう、再度、俺達へ飛び掛かる体勢に入っていたのである。

 俺の身体はそこで半身をおこす。

 だがそれと同時に、化け物は俺達に飛び掛かってきたのだ。

 しかし、俺の身体はそんな化け物の行動を見透かしたように、光の剣を、飛び掛かる化け物に向かって水平に斬りつけたのであった。

 その瞬間、化け物は光の剣によって上下に分断する。

【キィィィィッ】

 それから悲鳴の様な咆哮と共に、化け物は切断面から黒い煙を立ち昇らせて灰となったのであった。

 化け物が消滅したところで、光の剣も消え去る。

 そして俺は肩の力を抜くと共に、大きく息を吐いて、ボソッと言ったのである。

「フゥ……危なかった」

 するとそこで、俺の脳内にまたあの声が響き渡った。


《……ソーサリュオンの継承者よ……早くサーラの門へゆけ。……想定外の力を使いすぎた。もう……私の力だけで、今の未熟なそなたを……これ以上、助けてやることは出来ない。早くゆくのだ……》


「はぁ? み、未熟が何だって……一体、何を言ってるんだ?」

 言葉の意味が分からんので、俺は思わずそう呟く。

 だが丁度その時。

 床に伏せていたエルが、ゆっくりと身体を起こしたのだ。

 声の内容も気になったが、とりあえず俺はエルへ意識を向かわせる。

 起き上がったエルは「イッ……」という声とあげると、右手で左肩をさすりながら、やや痛そうな表情をした。

 多分、俺が押し倒した時に、床にぶつけたからだろう。

 俺もそこまではケアなんぞ出来ないから、こればかりは仕方ない。

 だが大分痛みも引いてきたのか、エルは少し肩をなでた後、俺に視線を向ける。

 それから申し訳なさそうな表情で口を開いたのだった。

「あ、ありがとうございました、ソースケさん。……すいません、二度も……いえ、三度も助けて頂いて……」

 そこで俺は、エルの頭をポンッポンッと軽くたたき、笑顔で言った。

「ああ、別にいいよ。気にスンナ。さぁ、そんな事より、さっさと中へ入ろう。またさっきみたいなのが、現れるかもしれないからね」

「は、はい、そうですね。はやく中へ入りましょう」

 エルは笑顔になると勢いよく立ち上がる。

 それから急いでエルは扉を開錠し、俺達はやっと、スーシャルの聖域の中へと入る事ができたのであった。



 [3]  ―― 聖廟 ――



 崇輔達が聖域へと向かっている頃、バディアン達は聖廟の最下層付近を進んでいる最中であった。

 だが、今のこの聖廟内、特に最下層付近は濃い魔精気で満ちている為、非常に危険な状況となっていた。

 バディアン達の周囲には、水を得た魚の如く、幾つかの死の使いが舞っており、それらが時折、バディアン達を目掛けて襲い掛かってくるのである。

 しかし、この十数名で構成する面子は、アストランド城内においても屈指の腕をもつ猛者達ばかり。

 彼らはそれら死の使いの攻撃に対して、慌てることなく冷静に対処しながら、歩を進めていたのだった。


 一行はただ無言で下へ下へと進み続ける。

 終始無言で歩き続ける彼らであったが、先程からずっと、ガルナの言動に疑念を持つ者がいた。

 それはニーダである。

 ニーダはガルナの去り際の言葉が、頭から離れずにいたのだ。

 その為、ニーダは同じ近衛隊長であるイローシに、その疑念を問いかけたのであった。

「イローシよ、先程のガルナとか言う戦士だが、奴は『サーラノチスジデナイ、キサマラニ、ヨウハナイ』と言っていた。お前はどう思う?」

 暫し間を空けてイローシは答える。

「……俺が考えられることは一つしかない。ニーダよ、お前ももう、察しがついているのではないか?」

 その言葉を聞いたニーダは、雑念を振り払うかのように首を振ると言った。

「ああ……それしかないだろうな。恐らく奴は、ハシュナード卿やグラムドア女王陛下に脈々と流れる、眷聖サーラの血統を根絶やしにするつもりだ」

 イローシはニーダの言葉に無言で頷く。

 それから天井を見上げて言った。

「もう既に女王陛下は、この城内から退避している。なので、奴にもそう簡単には見つからないだろう。だが……安全というわけではない。今のこの状況下では、やはり、完全に不安はぬぐえないからな」

「ああ……それに今の我等は、ただ無事であることを願うことしかできない」

 ニーダはそう呟いた後、鎧の左胸に刻まれたアストランド王家の紋章に右手で触れる。

 そして聖者への祈りをささげたのである。

「……願わくば、陛下にスーシャルの加護があらん事を……」と。



 [4]  ―― 聖廟 最下層 ――



 バディアン達が聖廟の最下層へ下りはじめて、15分が経過しようとした頃。

 ようやくバディアン達の目にも、終わりが見えるようになってきた。

 そう、彼らはこの聖廟の最下層が見えるところまで降りてきたのだ。

 15分程なので、それほど長い間、降り続けていたわけではないが、この危険な中を進む彼らにしてみれば、ようやくといった感じであった。

 だがしかし、それは決して喜ぶべきことではない。

 ここからが彼らの本当の目的が始まるのである。


 最下層が見えたところで、イローシはバディアンに向かい口を開いた。

「バディアン将軍、あの巨大な石版の中心に、何かがいますな。他はなにも見当たらない。どうやら、アレが奴でしょう」

「ウム。どうやらそのようだ。恐らく、あれがジャミアスで間違いなかろう」

 バディアンは返事すると共に、いつでも抜けるよう、腰に帯びた剣の柄に手を伸ばす。

 そこでニーダは、険しい表情をしながら口を開いた。

「私はこのアストランド王家に忠誠を誓い、様々な任務に当たりましたが、これほどの邪悪な魔精気を感じたのは生まれて初めてです。これは……想像を絶する危険な任務になるかもしれません」

 そう告げるニーダの額からは、一筋の大粒の汗が頬を伝う。

 しかし、今のニーダは自分が汗をかいてる事すら気が付かないくらい、異様な最下層へと意識が集中していたのだった。

 バディアンは、そんなニーダの言葉に頷くと言った。

「ウム、確かにな。アシェラの私でも感じる……。この圧迫感は、ただ事ではない。……どうやら、覚悟を決めねばいかぬようだ」

 しばしの沈黙の後、バディアンは目を細めて他の者達に言った。

【よいか、皆の者。ジャミアスは、得体の知れない死の使いである可能性がある。今以上に気を引き締めるのだッ。それとこの戦いは、アストワールだけの問題ではない。ひいては、イシェンドラの地の平穏にもかかってくるのだという事を肝に銘じるのだッ!】

【ハッ!】

 バディアンの鼓舞に、皆は声を揃えて返事をする。

 そして各々が、自らの武器を手に持ち臨戦態勢に入ったのだ。

 この場にいる全員の表情は、迷いや気の緩みなどといったモノは一切見えず、眉一つ動かさない非常に真剣な顔つきをしていた。

 勇ましい決死の覚悟をした者のみがこの場にいるのである。

 

 程なくしてバディアン達は、地獄と化しつつある聖廟の最下層へ、ついに降り立った。

 そして辿り着くや否や、バディアンの【包囲しろッ!】という号令と共に、すぐさま全員が散らばり、ジャミアスの周囲を取り囲むのである。

 彼らの中心で漆黒のローブを纏ったジャミアスは、何もせず、ただジッと銀色の細長い箱を片手に突っ立っているだけであった。

 それはまるで彫像のようであり、少しも動く気配はない。

 バディアン達はそんなジャミアスの周囲を囲むと同時に、聖法武具を構え、ジャミアスの退路を断つ。

 そこからジリジリと、ジャミアスにプレッシャーを与えながら、間合いを詰めてゆくのである。

 ある程度間合いを詰めたところで、バディアンは大きな声で威嚇するように言い放った。

【我が国に仇名す死の使い、ジャミアスよッ! お前を完全に包囲したぞッ。これ以上、お前等の好き勝手はさせんッ! 死んでもらうッ】

 だがジャミアスは、それを聞いた途端、微動だにせずに噛み殺したような笑い声だけを上げたのだ。

「……クックックックッ……」

 バディアンはジャミアスの笑い声に激高すると言った。

【何がおかしいッ! ジャミアスッ】

 するとジャミアスは対照的に、愉快そうな口ぶりで話し始めたのである。

「クックックッ……ご苦労様です。わざわざ、このような奥底にまでお越し頂いて。ですが、一足、遅かったようですね。もう、モディアスの封印は完全に解けましたよ」

【な、何だとッ!】

【何だってッ!】

 バディアンとイローシ、そしてニーダは、声をハモらせて叫ぶ。

 また他の者達も同様に叫んだ。

 そんなバディアン達の動揺を見たジャミアスは、笑いながら雄弁に言うのであった。


【クックックッ、良いでしょう。愚か者どもよッ。封印を解いたばかりで加減が難しいですが、見せてあげましょう。マリス様が産み出した力の1つ……滅びの黒焔の力をッ!】


 そう告げた瞬間。

 ジャミアスは、身体から濃い深紫色をした霧状のモノを大量に噴出させたのである。

 それは黒といっても差支えない程の濃い深紫色であった。

 この霧状のモノは、まるで竜巻のように、次第にジャミアスの中心を物凄い勢いで回り始める。

 そこから更に大きなうねりとなってジャミアスの身体を持ち上げると、プロミネンスを噴き上げる太陽の如く、黒く燃え盛るほのおの球となって宙に浮き始めたのだった。

 そしてジャミアスは、そんな激しい黒焔の中でバディアン達を見下ろすのである。

 バディアン達は、燃え盛る黒焔の中で、おぼろげに視認できるジャミアスの姿をみて驚愕する。

 またそれと共に、生物としての本能からか、バディアン達全員が険しい表情を浮かべながら、無意識のうちに後ずさったのであった。

 特にニーダを筆頭とした数名のフェーネス族の者達は、このジャミアスの異様な姿をみるなり、怯えにも似たような険しい表情を浮かべていた。

 それは、彼らフェーネス族の者達が、魔精気に対して敏感であるが故の事であった。

 また、そんな彼らフェーネス族の表情が、この異変に対する異様さを雄弁に物語っているのだ。

 

 激しく黒い焔を全身に纏ったジャミアスは、聖廟の底から10m近くにまで浮き上がる。

 そこで暫く滞空すると、ジャミアスは声高に言ったのだ。

【マリス様が産み出した、この滅びの力を見るがいいッ! そして後悔と共に死ねッ!】

 その時だった。

 黒焔の球体から焔の柱が、バディアン達に襲い掛かったのだ。

 それはほんの一瞬の出来事であった。

 バディアンにイローシ、そしてニーダは、黒焔から逃げるように、放たれた逆方向へ飛んで避ける。

 しかし、逃げ遅れた半数以上の者達は、その黒焔をまともに浴びてしまったのである。

 今の攻撃を逃れた者達は、即座に、黒焔が放たれた場所に視線を向ける。

 そして全身を震わせながら、無言で立ち尽くしたのだ。

 彼らの視界に入ってきたもの……。

 それは、一瞬で灰と化した仲間の亡骸であった。あの一瞬で、成すすべなく灰と化した仲間の……。

 この途方もない黒焔の力をみたバディアン達の中に絶望感が漂い始める。

 ある者は、呆然と武器を降ろして立ち尽くしていた。

 そしてある者は発狂したような悲鳴を上げたのである。

【ハ…ヒッ……ヒィィィィッ!】

【ウ、ウワァァァッ!】

 それらを見たジャミアスは、噛み殺したような笑い声と共に言った。

【クックックッ、素晴らしい。ほんの少し、軽く試しただけで、この威力ですか。素晴らしいッ。さぁ愚か者どもよ、もっと慌てふためきなさい。すぐに灰にしてあげますからね。クックックッ】

 今のこの場に、ジャミアスへ反論出来る者は、もういなかった。

 バディアンですらも絶望感に最悩まされていたのだ。

 イローシやニーダも、同様であった。

 そんな彼らを見たジャミアスは、つまらないとばかりに言った。

【おやおや、困りますね、もっと騒いでもらわないと。滅ぼし甲斐が無いではありませんか。先ほどまでの勇ましさは、一体、何処にいったのでしょうか? ……まぁいいです。それじゃあもう、あなた方に用はありません。消えなさいッ】

 そこでジャミアスは、黒焔を噴き上げてバディアン達を葬り去る動作に入った。


 だがその時ッ!


 突如、この聖廟内に異変が走ったのである。

 それは、この邪悪に満ちた空間に、清涼感のある何かが満ち始めてきたのだ。

 ジャミアスはこの変化を敏感に感じ取り、黒焔の動作を止めた。

 そして忌々しげに口を開いたのである。

【こ、これはまさかッ、スーシャルの守護結界の波動ッ! オノレェェェ、何者かがスーシャルの結界の力を強めているのですねッ。此処まで来て、そうはさせるかァァァッ!】

 ジャミアスは怒りと共に叫ぶと、バディアン達を無視し、もの凄い勢いで上層部へと飛んで行った。

 そしてこの場に残されたバディアン達は、この予想外の展開に、ただ呆然と立ち尽くしていたのであった。

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