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イシェンドラ  作者: 股切拳
   ~ 隠者のいざない ~
11/15

EP11 ソーサリュオンの継承者 

 [1] ―― 漆黒の戦士2 ――



 俺はまるで何かに操られたかのように、大剣を振り下ろす漆黒の戦士に向かって、右手に出現した白く発光する光の刃を真上に突きだした。

 だがその刹那。

 俺の目には、紫色に淡く発光した、禍々しい巨大な刃が飛び込んできたのだ。

 またそれと共に、時の流れが緩やかになった様な、奇妙な錯覚を感じたのである。

 それはまるでスローモーションのようであった。

 鋭利に研ぎ澄まされた巨大な刃の切先が、徐々に、俺達へと迫り来るのが、はっきりと分かるくらいに……。

 死の間際になると走馬灯のように記憶の再生が行われるといわれているが、これもそれに付随するような現象なのだろうか。

 ほんの一瞬ではあったが、そん事を考えてしまう自分がいた。

 だが、俺達を容赦なく切り裂こうとするこの巨大な刃を見た俺は、次に、生きる事に対する諦めにも似た気持ちも湧いてきたのである。

 そして俺は、この世界に来てしまった運命を呪いながら、脳内でこう呟いたのだった。


 ――この怪しい輝きを放つ大剣に、俺とエルの命は無残にも刈り取られてしまうのか……。

 ――ああ、どうせ死ぬなら、生まれ育った日本の地で死にたかった。無念だ……。


 俺は死を覚悟して瞼を閉じ、最後の瞬間を待った。

 だがしかし……。

 不思議な事に、刃が俺達に襲い掛かる気配は一向になかったのである。

 それだけではない。俺のすぐ右横で【ゴトッ!】という、何かが落ちてきたような音が聞こえてきたのだ。

 俺は訝しげに思い、そっと瞼を開いて前方に視線を向ける。

 そして、視界に入ってきた光景を見るなり驚愕したのだった。

【なッ!】

 なんとそこには、両手首を切り落とされた漆黒の戦士の姿があったからだ。

【ウッグゥゥゥゥ】

 漆黒の戦士は低い唸り声を上げながら、切り落とされた両手首に目を向けていた。

 手首の切り口からは、黒い煙のようなモノが立ち昇っている。

 因みにその煙は、先程、警備兵長が死の使いを斬りつけた時に見た煙と、同じような感じの黒い煙であった。

 この煙が出ているという事は、この漆黒の戦士は死の使いなのだろうか?

 ……嫌、それはまだ分からない。

 とりあえず俺は、次に、音が聞こえた右横へと視線を向けた。

 すると床には、俺達に襲いかかろうとしていた大剣が横たわっていたのである。

 またそれと共に、大剣の柄を握ったままになっている、切断された漆黒の戦士の手首もそこにあったのだ。

 勿論、その篭手の切断面からも黒い煙が立ち昇っていた。

 一体、これはどういう事だ……。

 何故、漆黒の戦士の手首が切断されているんだ?

 この事態が飲み込めない俺は、自分の右手にあるライ○セーバーみたいな光の剣に目を向けた。

 今の俺は右手を真上に突上げる体勢をしており、丁度、光の剣を天に向かって掲げるかのようになっていた。

 もしかして、この光の剣で切断したのだろうか?

 ふとそんな事を考えていた、その時。

 漆黒の戦士が若干苦しそうに、俺へと向かい口を開いたのだった。

【ングゥ……キサマァ、ソノウデワハ タダノ サリュア デハナイナ。オ、オノレェ!】

「は? ただのサ、サリュア?」

 俺は言ってる意味が分からんので、思わずそう口にした。

 だがこの口ぶりだと、先程の予想通りに、この光の剣で切断されたみたいである。

 何か知らんが、結構すごいのかも、この光の剣。

 などと思っていた、その時。

【クソッ、ユダンシタワッ】

 漆黒の戦士はそう言い放つと共に、後方に飛んだのだ。

 そして再度、俺達と間合いをとったのである。

 この光の剣を見て警戒したのだろう。

 すると漆黒の戦士は、そこである行動に出た。

 それは、さっきみたいに腕を交差させると体を震わせたのだ。

 そして次の瞬間。

 漆黒の戦士は奇声を発しながら、ガバッと腕を水平に広げたのであった。

【ウガァァァァァ!】

 俺は、またあの黒い衝撃がくると思って身構える。が、予想外の現象が起きた為、俺は我が目を疑った。

 なぜならば、漆黒の戦士が奇声を発したその直後。衝撃波ではなく、斬り落とされた部分からニョキッと手が生えてきたからである。

 またそれと共に、斬り落とされた部分から立ち昇る黒い煙も消え去ったのだ。

 俺はそれら一連の行動を見て、こう思った。

 まるで、ドラゴン○ールにでてきたピッコ○大魔王のようだと。

 だが俺は、その再生能力自体よりも、生えてきた手を見て、背筋に寒い物が走ったのである。

 生えてきた手自体は、俺達と同じ五本指の手だが、色や形は似ても似つかないものだったからだ。

 皮膚は死んだ人間の様に土気色をしており、その表面は焼けただれたような荒れ果てた皮膚だったからである。

 しかも五本の指先からは、不気味に黒光りする、鋭利で痛々しい長い鉤爪が生えているのだ。

 俺はそれを見て確信した。

 この漆黒の甲冑の下にいるのは確実に人間ではない。この下には、得体の知れない化け物がいるという事を……。


 手を再生させた漆黒の戦士は、感触を確かめるかのように、何回かグーとパーを繰り返す。

 そして赤い目を怪しく発光させながら、俺へ視線を向けたのだった。

 漆黒の戦士は怒気をはらんだ口調で言った。

【キサマカラハ、キケンナニオイガスル。マズハ、オマエヲ カクジツニ シマツシテヤルッ!】

 そう言った直後。

 漆黒の戦士は、俺に向かい真っ直ぐ両掌を突きだす。

 そしてその体勢のまま、力を溜めるかのように身体を小刻みに震わせると、奇妙な言葉を低い声で発し始めたのだ。

【ヨーダウ……ホーイタル……】

 言葉を紡ぐに従い、次第に突きだした両掌からは、深紫色の煙のようなモノが現れはじめた。

 それはまるで紫色の炎が揺らめくかのようであり、それが徐々にうねりとなっていく。

 そこから更に、大きな渦のように弧を描き始めるのである。

 非常に不気味な現象であった。

 今から何が始まるのかは分からないが、確実に、俺にとって良くない事をこの戦士はするつもりなのだろう。

 だが俺にはどう対処していいのか、皆目見当もつかない。

 このままではヤバイという感情だけが、俺の脳裏に過ぎるだけなのである。

 と、その時だった。

 また先程の奇妙な声が、俺の脳内に聞こえてきたのである。

 しかも今度は、さっきよりも慌てたような感じで。

《……こ、これは、滅びの言語・マリスラム ピュラトの『消滅の咆哮』かッ。い、いかぬッ!……》

 その声が聞こえた途端、またもや俺の身体に異変が起きたのである。

 何故か知らないが、この時の俺はまるで操られたかのように、自分の意思とは無関係にサッと立ち上がったのだ。

 そして漆黒の戦士に向かって、右手を真っ直ぐ突きだしたのである。

 俺は今、自分の身体であって自分の身体でないような感覚に陥っていた。

 その為、俺は目の前にいる漆黒の戦士への恐怖心と共に、自分の身体が乗っ取られたかのような恐怖心も、同時に感じ始めていたのである。

 い、一体、何が、どうなってるんだ? 

 なんで身体が勝手に動くんだよ……。

 そんな事を考える中、またさっきの様に俺の口は、聞いたこともない呪文のような言葉を素早く唱えたのであった。


 ――【マーサ・ミカノーチ・イダイサ・ダーク・テーケ・スゥタ・アムト】――


「なッなんだよ、これッ」

 だが唱え終えた次の瞬間。

 俺はまたもや驚愕した。

 なぜなら、右手に装着している七星法転輪が光り輝くと共に、ドーム状になった半透明の大きな何かが、俺の目の前に現れたからである。

 右手を奴に向けている所為もあって、まるで巨大な楯を目の前に出現させたような感じだ。

 この予想外の事態について行けない俺は、ただそれらの現象を見ているだけであった。

 そしてこのドーム状の楯が出現したその直後に、漆黒の戦士は、深紫色の何かを勢いよく俺へと発射したのだ。

 ソレはいつか見た某漫画の技であるカメ○メ波に似たようなモノであった。

【キエルガイイッ!】

 漆黒の戦士の怒号と共に、容赦なくソレが俺に向かって襲い掛かかってくる。

 だがしかし。

 ソレは目の前に現れたドーム状の何かによって、俺に到達する事はなかった。

 まるで放水された水が壁にぶち当たるかのように、ソレは俺の目の前で霧散したのだ。

 また、ソレが霧散するとともに、ドーム状の壁も消え去るのである。

 どうやら間一髪、助かったようだ。俺は少しだけ安堵した。

 だがそれを見た漆黒の戦士は、叫ぶように声を発したのだった。

【マリスラムピュラトヲ フセイダダトォ! オ、オノレェェェ! ナラバ、チョクセツ、ヤツザキニシテヤルッ】 

 次に漆黒の戦士は、両手を大きく広げて、全ての指先に生える鉤爪を50cmくらいの長さにまでニュルっと伸ばした。

 どうやら爪は伸縮自在のようである。

 そして漆黒の戦士は俺へ向かって大きくジャンプし、飛び掛かってきたのだ。

 これはヤバイ……こ、殺される……。

 だがそう考えてしまう俺の心理状況とは裏腹に、俺の身体は漆黒の戦士の動きに連動しながら、また、わけの分からない呪文を唱え始めたのだった。

 ――【スーデン・ケーナ・イータ・ミ・アバーセ・ト・イーラ・ラドラム】――

 呪文を唱え終えると同時に、さっきの光の剣がまたもや俺の右手に出現する。

 だが今度は、さっきよりも刃渡りがかなり長いモノとなっていた。刃渡り3m以上ありそうな長さである。

 光の剣が完全に出現したところで、俺の身体は剣を左脇に構える

 そして剣の間合いに入った空中にいる漆黒の戦士に向かい、俺の身体は光の剣を鋭く横に薙ぐと、流れる様に縦へ軌道を変えて、勢いよく振り下ろしたのである。

 その瞬間。

 宙を舞う漆黒の戦士の身体に、十字を切った光の筋が浮かび上がる。

 またそれと共に、漆黒の戦士の身体に浮かんだ十字の筋からは、黒い煙が血飛沫の様に噴き出したのであった。

【ウゴァ……ナ、ナンダト……オマエハ……イッタイ、ナニモ……】

 断末魔のような言葉が、漆黒の戦士から聞こえてきた。

 だが言葉を言い終える前に漆黒の戦士の身体は、黒い煙とともに消え始めてゆく。

 それは火の手が燃え広がるような感じでもであり、奴が装着していた黒い鎧もろとも、あっという間に、漆黒の戦士はこの場から消滅したのであった。

 そこで、俺の右手に出現した光の剣も、役目を終えたかのように消えていく。

 俺は今の出来事を夢でも見ているかのように、ただ呆然と眺めていた。が、しかし……そんな俺を無視するかのように、俺の身体は次の行動に出た。

 操られた俺の身体は、室内の中央に移動したのち、右腕を真上に突上げる。

 そしてまた、わけの分からない呪文を唱え始めたのである。

 ――【ゼーウョシーク・ルーカ・アラカ・イー・ラーク・ラドラム】――

 呪文を唱え終えたその時。

 突上げた右腕にある腕輪が、周囲の隅々までを照らすかのように、強烈な黄金の光を発したのだ。

 その瞬間、俺は信じられない光景を目の当たりにした。

 俺の目に飛び込んできた光景……。

 それは、この部屋の至る所にいる死の使い全てが、灰になって消滅したのである。

 因みにこれらの死の使いは、漆黒の戦士の黒い衝撃波で、俺達と共に吹き飛ばされた奴等だ。

 まさかこいつ等も、味方に攻撃されるとは思わなかったであろう。

 まぁそれはともかく、その現象を見た俺は、この光がまるで穢れを清めるかのように見えたのであった。

 俺は眩く発光する七星法転輪を見ながら、こう考えていた。

 まさか、七星法転輪とかいうこの腕輪に、こんな力があったなんて……と。


 この空間にいる全ての死の使いが消滅したところで、腕輪は発光を止めた。

 事態について行けない俺は、腕輪が発光しなくなった後も、しばらく、その体勢のままで呆然と突っ立っていた。

 辺りにはさっきからずっと揺れ続ける、地響きの音だけが聞こえてくる。が、俺には妙に静かな空間のように感じた。

 それから20秒程した頃だろうか。

 そこで、ボソッと俺に話しかけてくる者がいたのである。

「あ、貴方、一体何者……。あそこまで強力な死の使いを倒すなんて……。し、しかも、周囲にいた何十体もの死の使いを、一瞬で全て消滅させるなんて……」

 俺は声の聞こえる方向に、ゆっくりと振り向く。

 するとそこには、青く長い髪をした美しいフェーネス族の女性がいたのだ。

 女性は上半身を起こした姿勢でこちらを見ている。

 だがその眼差しは、得体の知れないモノを見ている感じであった。

 確かこの女性は、宰相達の一味だった気がする。

 まぁそれはさておき、俺は口元をヒクつかせながら、思った事を正直に答えた。

「さ、さぁ? ……な、何者なんでしょう?」

 俺もさっぱり分からんから、こんな受け答えしかできない。

 と、その時だった。

「ウ、ウゥゥ……」

 呻くような苦悶の声が、俺の背後から聞こえてきたのである。

 俺は即座に振り向く。

 そこには、辛そうに右足太腿を押さえながら横たわるエルの姿があった。

 俺は急いでエルに駆け寄り、声を掛けた。

「エルッ。だ、大丈夫か?」

 思わず呼び捨てで名前を言ってしまったが、今はそれどころじゃない。

 俺の呼びかけにエルは薄らと瞼を開く。

 そして俺を視界に収めると、弱々しく口を開いた。

「ソ、ソースケさん……。あの黒い鎧を着た死の使いは……ど…どうなったのですか?」

「安心しろ。とりあえず、俺もなんか良く分からんけど、アイツとアイツの仲間と思わしき奴等は消滅したよ」

 それを聞いたエルは、少しだけ微笑む。

 だが、すぐにまた苦悶の表情を浮かべたのである。

 どうやら黒い衝撃で吹っ飛ばされた時に、更なるダメージが傷にあったのかもしれない。これは非常に不味い状況なのかも……。

 などと思っていた、その時だった。

 またもや俺の身体は、勝手に動きだしたのである。

 今度はエルの患部に俺の右手があてがわれたのだ。

 そしてさっきの様に、俺の口は呪文を素早く唱えたのである。


 ――【ズミーウ・マーシー・テシオナ・モーテ・シガーケ・スファディータ】――


 するとお約束の様に、不可解な現象が腕輪に起こる。

 腕輪の周囲に青い霧状のモノが出現したのだ。

 今度はいったい何なんだ? つーか、どうなってんだよ……もう勝手にしてくれ。

 俺が諦めた様に心の中でそう呟く中、それらは次第に水のような液体へと変化を始める。そして暫くすると、俺の掌を伝ってエルの患部を覆い始めたのである。

 その液体が完全に患部を覆ってから1分程たった頃だろうか。

 覆っていた液体は役目を終えたかのように、腕輪へと消えていったのだ。

 今の一部始終を見ていたエルは、大きく目を見開くと共にこう言った。

「い、今、ソースケさんが唱えたのは、スファディータの力を解放させる言語ピュラトの一つ、癒しの聖句……まさか」

 そこで一旦言葉を切ると、エルはゆっくりと上半身を起こす。

 そして押さえていた太腿の手を退けて患部を確認したのだった。

 俺も気になったので、同様に患部を覗き込む。

「う、嘘だろ、おい……」

 自分でやっておいてなんだが、俺は驚いた。

 何故なら、エルの右太腿にあった黒死毒だかが回り始めた酷い裂傷が、跡形もなく綺麗に治っていたからである。

 患部のあったところは若干赤くなってはいたが、傷などどこにも見当たらないくらいに回復していたのだ。

 これには俺もたまげた。

 エルは俺に視線を向けると言った。

「ソースケさん。その腕輪は一体……」

「実は、お、俺もこの腕輪が何なのかサッパリなんだよ。それに、今のは身体が勝手に動いてやったんだ。と、というか、さっきから身体が変なんだよ」

 と、その時。

 またあの声が、俺の脳内に響き渡ったのである。


《ソーサリュオンの継承者よ……サーラの門へと向かえ……急ぐのだ》


 さすがの俺もたまりかねて、叫ぶように言った。

【さっきから一体誰なんだよッ! わけの分からねェことばかり言いやがってッ!】

 しかし、答えは返ってこなかった。

 俺はそこで周囲を見回すが、宰相達以外は誰もいない。

 因みに宰相達は、今ようやく起き上がろうとしている最中であった。

 おまけに全員が、キョトンとした表情で叫んだ俺を見ていた。

 この表情を見る限りだと、声の主はコイツ等ではなさそうである。

 俺はエルに視線を戻す。

 するとエルも、宰相達と同じような表情をしていたのだ。

 エルは首を傾げながら口を開いた。

「ソースケさん。ど、どうしたんですか、突然……」

「いや、それがさ。さっきから変な声が聞こえてくるんだよ」

「変な声?」とエル。

 俺は頷くと言った。

「ああ。今もさ、そーさりゅおんの継承者よ、さーらの門へ急いで向かえとか言ってる。もう、わけがワカンネェよ」

 だが今の言葉を聞いたエルは、驚きつつも真剣な表情になって言った。

「ソ、ソーサリュオンの継承者ですって……まさか、その腕輪は……」

 エルは俺の右腕にある七星法転輪を見詰めながら、驚きの表情でそう呟いた。

 俺はエルの反応が気になったので、すぐに問いかける。

「エ、エル。この腕輪が、声と何か関係してるのか?」

 エルは少し思案顔をしたのち、口を開いた。

「……とりあえず、その腕輪の事は後にしましょう。それでソースケさん。その声はサーラの門へ向かえと言っているのですか?」

「ああ、確かにそう言っていたよ。少し、急かすような口調でね」

 俺の返事を聞いたエルは、意を決したように立ち上がる。

 そして俺の手を取り、こう言ったのだった。

「行きましょう、ソースケさん。スーシャルの聖域へ。聖域の中心にある石碑がサーラの門です」

「え? そ、それはいいけどさ。大丈夫なのか? 一応、傷は消えているみたいだけど」

 エルはコクリと頷き、笑みを浮かべると言った。

「ええ、大丈夫です。だから急ぎましょう、時間がありません」

「う、うん。わかったよ」

 俺は返事をすると立ち上がる。

 だがその時、俺達の話に割ってくる者がいたのだった。


【お待ちください。グラムドア女王陛下ッ】


 俺とエルは、声のした方向に振り向く。

 声の主は、さっき俺に向かって話しかけてきた女性であった。

 女性はその場にて、恭しく片膝を着けて首を垂れると続ける。

「我々もスーシャルの聖域まで、お供させてください。グラムドア女王陛下ッ」

 だが俺達よりも先に、女性の隣にいる宰相が反応した。

「な、何を言い出すんだ、カーミラ。女王と共にゆくだとォ!」

 カーミラと呼ばれた女性は、キッとした鋭い表情になり、宰相に言った。

「お父様……今はもはや、そのような下卑た争いをしている状況ではございません。この非常事態を一刻も早く沈静化させることを何よりも優先させるべきです」

 この女性とこのオッサンは、どうやら親子のようである。

 まぁそれはともかく、宰相は納得が行かないのか、険しい表情をしながら言った。

「クッ、しかしだな……。今更、女王に何ができるというのだ」

 女性はそこで俺とエルに視線を向ける。

 そして静かに口を開いた。

「お父様……思い付きで言ってるのではございません。私は先程あった一連の出来事を目の当たりにして、希望の光が少し見えたからそう言ったのです」

「き、希望の光だと……。何だそれは?」

 そこで女性は俺を指さして話し始めた。

「今は時間が無いので詳細は話せません。ですが、このアシェラ族の男性が、今のこの非常事態を何とかできる唯一の存在かもしれないのです」

「エェッ? 俺ッ?」と、俺は思わず自分を指さして言った。

 ついでにブンブンと右手を顔の正面で振り、無理というジェスチャーをこの女性に送ってやった。

 この女性は俺に何かを期待してるようだが、こちとら一体何がなんやら訳が分からない状況だ。

 さっきの出来事を見てそう言っているんだろうが、俺に期待するのは幾らなんでも飛躍しすぎだろう。

 そんな事を考えていると、宰相は怪訝な表情をしながら、俺に視線を向ける。

 そして溜息を吐きながら言った。

「何を言うのかと思えば……下らん。こんな情けない奴に、一体、何ができるというのだ。馬鹿馬鹿しい。我等は我等で行動すればよいのだ」

 すると女性は強い口調で返す。

「お父様……いえ、ハシュナード閣下。ならば、これからどうなさるおつもりなのですか? お言葉ですが、このアストランド城内に満たされる邪悪な魔精気ジーマニの所為で、恐らく、相当数の死の使いが城内に入り込んでいる筈です。なので、今のこの状況下において、城内を徘徊する死の使いから逃れて外へ出るのは、至難の業だと思われます。ならば、少しの可能性にでも賭けてみるべきです。それにスーシャルの聖域ならば、死の使いもおいそれと入ってこれない筈ですので、避難場所としては悪くないと思いますが」

 女性の言葉を聞いた宰相は、眉間に皺を寄せながら難しい表情をすると、腕を組み何かを考える仕草をする。

 だが考えが纏まらないのか、頭を掻き毟りながら半ばやけくそになって言うのだった。

「……ええい、仕方がない。カーミラの好きにするがいい」

 カーミラと呼ばれた女性は、その言葉に頷くと俺達に言った。

「ではグラムドア女王陛下、そういう事ですので我等もお供いたします」

「そ、そうですか。分かりました。では急ぎましょう」

 だが意外にもエルは、この急な展開に若干驚きつつも、宰相達を冷静に受け入れたのだった。

 今が非常時ということもあるのかもしれないが、意外とエルは懐が深いのかもしれない。

 とまぁそんなわけで、この空間にいる者達全員がスーシャルの聖域へと向かう事になったのであった。



 [2]  ―― 聖廟の奥底 ――



 アストランド城の最下層にある聖廟。

 この聖廟の奥底では、禍々しい邪悪な何かが、今正に、復活を遂げようとしている最中であった。

 またそれと共に、最下層から湧き出す邪悪な魔精気が空間に充満してこともあり、今この聖廟内は異様な様相となっているのである。

 普通ならば、この聖廟の下層は、ただの暗闇が覆う静かな空間である。

 だが今は、最下層から噴き出している深紫色に発光した濃い魔精気の所為もあり、薄らと不気味な明かりが僅かながら存在する空間となっているのだ。

 またその他にも、先程から細かく揺れ続けている地面の影響で、聖廟自体が呻き声を上げているかのように、【グアァァァン】という振動音がずっと鳴り響いているのである。

 この聖廟内は、そんなオドロオドロしくも騒々しい空間となっているのだ。

 そしてその邪悪な魔精気が噴き出す中心部には、今回の騒乱を起こした首謀者であるジャミアスの姿があるのである。

 ジャミアスは、あれからもずっと片時も休むことなく、封印の施された巨大な石版の中心にて、奇妙な模様を宙に描きながら呪文を詠唱し続けていた。

 途切れることなく、それらの行動を続けるジャミアスであったが、あるところで、ピタリとそれらの行動を止めたのだ。

 暫くの間、ジャミアスはまるでゼンマイが切れた人形のように、微動だにせず動きを止めていた。

 何故、ジャミアスは動作を止めたのか?

 それはある事実をジャミアスが知ったからである。

 またその事実が信じられなかった為、思わず動きを止めたのであった。

 動きを止めて10数秒が経過した頃。

 ジャミアスは誰にともなく、知り得た事実をボソッと口にした。

「……ガルナの滅精体マリスドーラの波動が、たった今、消えた。……まさか、本来の力を出せる今のガルナに勝てる奴等が、このアストランド城内にいるとはね」

 ジャミアスはゆっくりとした動作で頭上を見上げる。

 そして忌々しいと言わんばかりの口調で呟いた。

「チッ……ここの奴等を甘く見過ぎていたようです。これは急がないと不味いですね」

 ジャミアスはそこで足元の石版に視線を戻す。

 すると今度は、不気味な笑い声を上げて呟くのであった。

「クックックッ。ですが……あともう少しです。忌々しい封印の鎖から、モディアスが完全に解き放たれるのはね。……待ってなさい、スーシャルの箱庭に住まう者共よ。すぐに、素晴らしき滅びの力を見せてやりますからね。クックックッ」 

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