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イシェンドラ  作者: 股切拳
   ~ 隠者のいざない ~
1/15

EP1 未知との遭遇

 [1] ―― 未知との遭遇 ――



 ――此処は一体何処なんだ……。

 ――そして何が起きているんだ、一体……。


 さっきからずっと、俺はそればかりを考えていた。

 いや、それしか考えられないと言った方が正しいだろう。

 今、俺は何処かにある西洋の城の様な場所にいるみたいだ。

 城の様なというのは、確信が持てないからである。

 だが視界に否応なく入ってくるのは、幾つもの四角い石が積み上げられた石造りの堅牢な壁や床であり、それらがヨーロッパにある中世の城の様な印象を受けたため、城の様なと俺は表現したのだ。

 そして何故か知らないが、この建造物の中に俺は先程からいるのである。


 此処は日の光が届かない薄暗い通路。

 この先にある地下へ降りる階段へと向かって、俺は前と後にいる、茶色の防具を身に付けた屈強な男2人に案内されていた。

 男達の筋肉質な体型やキビキビとした歩き方を見る限り、かなり鍛えあげられているのが容易に見て取れる。

 2人共、茶色の胸当ての様な鎧を身に付けており、鎧の左胸部分には、絡み合う2頭の竜をあしらった紋章が刻まれていた。

 鎧の下は青い半袖の服に青いズボンといったものを着ており、足には膝近くまである革製のブーツを履いていた。

 その他にも、この男達の腰には、刃渡り60cm程ありそうな剣や30cm程の短剣が装備されており、そういった武装が物々しい雰囲気を感じさせるのである。

 で、対する俺はだが、茶色のカーゴパンツに黒い半袖シャツといったひどく場違いな格好なのだ。

 まるで中世の世界に、現代人が迷い込んだかのような感じだ。

 だが今の状況が理解不能な為、格好の事などはどうでもいい事であった。


 俺は前後にいる2人をチラッと見る。

 見た感じは20代から30代くらいだろうか。2人共、髪は茶髪で、短くカットした髪型をしている。

 また、2人の背丈は、身長180cmの俺とそんなに変わらない感じだ。

 だがしかし。

 年や背丈は俺とよく似た感じだが、明らかに違う特徴があった。

 それは人種を決定づける顔立ちだ。

 2人はトルコ人やアフガニスタン人にイラン人といった、中近東の人間のような彫りの深い顔つきをしているのである。

 俺も彫りが深い顔とよく言われるが、やはりそれでも日本人にしてはという事だと思う。

 そういった人種の違いを感じさせる特徴が、俺と2人の間にはあるのだった。

 この特徴を考えた時、俺が今いるここは中近東の何処かなのだろうか? という疑問も一瞬湧いてきた。が、それは完全にあり得ない。

 何故ならば、それを否定するに十分なモノを俺はさっきから何回も目にしているからである。


 2人の男に連れられながら、俺は無言で通路を進む。

 耳を澄ますと「カツッカツッ」という俺達の足音だけが響き渡っていた。狭い通路の上に床が石畳なので、靴の打突音が良く響くのだ。

 周囲を見回すと不規則に石が積み上げられた壁や床が、すぐ目に飛び込んでくる。

 通路の幅は2m程。そして天井高さは3mくらいだろうか。

 それらを見た感じでは、建築されてからかなりの年月が経過していそうな雰囲気であった。

 左右の壁上部には、照明の役目をする松明が、壁に設置された燭台でユラユラと燃えていた。

 時折、その松明の焦げた臭いが、俺の鼻を少し刺激してくる。

 因みにその燭台は、照明効果を上げる為に、一定の間隔で規則正しく設置されていた。その為、やや薄暗いながらも通行の妨げになるほど通路内は暗く無い。

 しかし、蛍光灯などの電気照明に慣れた俺にとっては、若干、視界の悪い照明効果である。

 また、この不規則に揺らめく松明の明かりと、無機質で冷たい石壁のせいか、妙に息苦しい圧迫感を感じる通路なのであった。

 俺は息が詰まりそうな錯覚を覚えつつも通路を進んでゆく。

 暫くすると、地下へと続く階段が俺の視界に入ってきた。

 そしてその階段を降りてゆくのである。


 地下に降りてゆくに従い、カビ臭さとジメジメとした湿っぽい空気が感じられる様になってきた。

 この若干の環境変化に俺は胸が悪くなっきたが、我慢して歩き続ける。

 すると、程なくして階段の終わりが見えてくる様になる。

 地下フロアに降りた俺は、とりあえず前に視線を向けた。

 勿論、この地下の様相も今までと変わらず、石造りの壁や床であった。

 だが、この階段を下りたすぐ正面には、カウンター状になった木製の机に向かう1人の若い男がいたのである。

 この男も俺の前後にいる男達と同じで、中近東系の顔をした者であった。

 今その男は、机の上にて帳面らしき物を開いており、何かの確認作業をしている最中のようだ。

 またこの男の背後にある壁には幾つかの鍵が掛けられており、それらの鍵には札のような物が付けられていた。どうやらこの男は、何かを管理する役目を帯びているみたいである。

 因みにこの男も、俺が連れられている者達と同じ茶色の防具を身に付けていた。

 この茶色い鎧は制服の意味合いもあるようである。

 俺はその男の前へと案内される。

 こっちに気付いたその男は、立ち上がると俺達に向かって一度軽く会釈をした。

 そこで俺を案内する前の男が口を開いたのである。

「1番の鍵を貸してもらいたい」

「はい」

 返事をした男は、後ろの壁に掛けられた鍵の中から、1つの鍵を手に取る。

 そしてその鍵を前の男に渡したのである。

 鍵を受け取った男は、俺と後ろの男に言った。

「では行こう。向こうだ」

 俺は男に案内されるがまま付いてゆく。

 すると先頭を歩く男は、10数歩ほど歩いたところで立ち止まったのである。

 男が立ち止まった所。

 そこは立派な鉄格子が取り付けられた、中が丸見えの部屋であった。

 一瞬、俺は何の部屋か分からなかったが、さすがに、ここがどういう部屋なのかはすぐに察した。

 というか、分からない方がどうかしてる。

 俺の動揺をよそに、男は格子状の扉の前で鍵を取り出すと、その扉を開いたのだった。


 ――ギィィィ――


 錆びついた蝶番の擦れる音と共に、鉄格子の扉が勢いよく開かれる。

 扉が開くや否や、俺は背後にいる男にドンッと背中を押され、扉の中へと乱暴に案内されたのだ。

 押された勢いで転びそうになったが、何とか踏ん張って転倒を回避する。

 と、その時。

【キィィガシャン】

 勢いよく扉が閉められる音が、背後から聞こえてきたのである。

 俺は慌てて後ろを振り返った。

 扉を閉めた屈強な男は更に「ガチャリ」と鍵をかけると、鉄格子の向こう側から狼狽する俺を一度睨み付ける。

 そして捨て台詞を吐いたのだ。

「バディアン将軍の命によりお前を拘束する。この非常時に城内へ忍びこむ不届き者めッ。観念するがいいッ」

 俺は焦りながらも鉄格子の扉にしがみつき、男に叫んだ。

「ちょ、ちょっと待てよッ! なんで俺が牢屋に閉じ込められるんだよ! オイッ、オイッタラァァァ」

 2人の男は俺の叫びを無視しながら、先程やって来た階段の方向へと向かい歩き出す。

 そしてさっき鍵を受け取った机にいる牢番であろう男に、二言三言、言葉を交わした後、俺を連行してきた2人は階段を昇って行ったのだった。

 俺は男の姿が見えなくなった後も、同じように叫び続けた。

「ど、どういう事なんだよッ、一体! なんでだよッ。返事くらいしろよッ」

 幾ら訴えようとも、空しくこの空間に響き渡るだけである。

 だが流石にウザかったのか、牢番の男がこちらに振り向いて睨みつけてきたのだ。

 そして面倒くさそうに言い放ったのである。

【うるさいッ、静かにしていろッ】

「な、なんでだよ……なんで……」

 俺は力なく項垂れながら、ヒンヤリとした石の床に両膝を吐く。

 それと共に、さっきから怒涛のように続いている理解不能な出来事に、脳内が追い付いてゆかず、頭が真っ白になってしまったのだ。

 俺は一体、これからどうなるんだろう……。

 今、何が起きているのか、さっぱり理解できない……。

 そんな事を考えながら呆然としている、その時だった。

 俺の背後から、低く図太い声が聞こえてきたのである。

「おい新入り。いくら叫んでも、此処にぶち込まれたら、そう簡単には出られんぞ。何をしたのか知らんが、諦めろ」

 はて、何処かで聞いた事があるような声色だが……。

 思い出した。藤岡弘の声にそっくりなのだ。

 まぁそれはさておき。

 俺は声の方向に振り向く。

 それから、明かりが満足に届かない薄暗い牢の奥に目を凝らした。

 すると、奥の壁を背に寄りかかる2人の人影が視界に入ってきたのだ。

 まだ牢内の薄暗さに目が慣れていない俺は、恐る恐る2人のいる奥の壁へ進む。

 そして「ウッ」と息を飲んだ。

 何故なら、人かと思って近づいたら、どう見ても人ではないのが1匹いたからだ。

 俺の目の前にいる物体。

 それは人型のトカゲとでも形容できる、非常に獰猛そうな生物だったからである。

 全身が蛇の様な緑色の鱗に覆われており、その上から人が着る様な衣服や鎧を身に付けるという出で立ちをしているのだ。

 その所為か、一見すると人間が化け物に変装している様にも見えた。

 昔やったウィ○ードリィというRPGゲームに、こんなのが居たかも知れない。確か……リザードマンとかいうやつだったか。

 とりあえず、俺の第一印象はそういう感じである。

 だが、さっきから立て続けに経験しているありえない出来事もあって、それが変装ではなく事実なのだと俺にはもう分かっていた。

 このトカゲ人間を見て、やや引き攣った表情の俺は、その隣にいるもう1人にも目を向ける。

 するとこちらも良く見ると、俺が良く知る人間とは若干違う身体的特徴を持っていたのだ。

 もう1人の方は耳の先が尖っており、まるでロード・○ブ・ザ・リングとかに出てくるエルフという種族の様な外見なのであった。

 肩よりも長い、美しい艶やかな銀髪が、この薄暗くカビ臭い牢には場違いなように映えていた。

 パッと見は女の様にも見える。しかし、良く見ると男であった。美しく線の細い顔立ちだからだろう。宝塚歌劇団の男役にこんなのがいそうだ。

 個人的な見解だが、女には不自由して無さそうなイケメン顔である。

 でも、何処となく人形の様な冷たい美しさをこの耳長男からは感じられた。

 多分、この整いすぎた容姿と、俺の中にあるゲームや映画等で見聞きしたエルフのイメージがそう思わせるのだろう。

 俺がプレイしてきたRPGゲームのエルフは、ほぼ例外なく、プライド高く人間を見下す森の種族として描かれていたからだ。

 おまけにやたらと寿命が長いというイメージもある。なので、少々とっつきにくい感じを覚えたのである。

 しかし、俺にはそういった種族の違いよりも少し気になる事があった。

 それは2人が身に付けている鎧である。

 トカゲ人間とこの耳長人間は、ついさっき俺を連行してきた男達と、非常に良く似た鎧を着ているのだ。

 この2人の鎧にも、左胸の辺りに2頭の竜をあしらった紋章が刻まれていた。

 だが、形は似ているが、一つだけ大きく違う箇所があった。

 それは色だ。

 この2人が身に付ける鎧は、白銀と呼んでも差支えないような美しい銀の鎧なのだ。

 その美しさは、この薄暗い牢内でも完全には覆い隠せない程で、一際目を引く物体でもあるのだった。

 2人が身に付ける銀の鎧を見た俺は考える。

 さっきの奴等と良く似た鎧だが、一体どういう事なのだろう……。あのイラン人みたいな男達と何か関係があるのだろいうか、と。

 するとそんな事を考えていたのが顔に出ていたのか、トカゲ人間の方が俺に話しかけてきた。

「ヨォ新入りさん。どうしたんだ難しい顔をして。何か困った事でもあるのか? ……って、牢にぶち込まれた奴に、困ったも糞もないな」

 壁に寄りかかりながら腕を組むトカゲ人間は、藤岡弘に非常に良く似た図太く低い声でそう言うと、ニヤニヤと笑い出した。

 声の感じだと、どうやら背後から話かけてきたのはトカゲ人間のようである。

 それとなんか知らんが、笑った時の裂けたような口元が妙に怖い。

 多分、口のデカい爬虫類の笑い方を初めて見た所為だろう。

 俺にとっては、かなり不気味な笑い方だ。

 まぁそれはとにかく、無視するのも何なので、俺は後頭部をポリポリとかきながら口を開いた。

「……ええ、実は困りまくってるんですよ。と、ところで聞きたい事があるんですけど。此処は、何処にあるどういった施設なんですか?」

 トカゲと耳長の2人は、ポカンと呆けたような顔をする。

 そして藤岡弘の声をした爬虫類が、噴き出すように笑い出したのであった。

「プッ……そ、そんな質問をこの場でする奴がいるとは思わなかったぞ。ゲラゲラ」

「ああ、まったくだ。ククッ」

 トカゲ野郎に釣られて耳長野郎も笑い出した。

 俺は無神経に笑うコイツラを見ながら、さっきからずっと考え続けている事を自問する。


 ――何で俺がこんな目に……。

 なんでこんな事になったんだ……。

 というか、何処なんだよ此処はッ! わけワカンネェよッ! 

 なんなんだよ、このファンタジーな奴等はッ!――


 尽きる事が無い疑問ばかりであるが、こうしていても仕方ない。

 俺は今までの事を整理しようと、この不可解な出来事の数々を思い返すことにした。

 とりあえず今分かっているのは、この牢に来るちょっと前まで、俺は日本のとある場所に間違いなくいたということである。

 そして次第に冷静に考えられるようになってきた俺は、そこである事が脳裏に過ぎると共に、それを元にして一つの結論を出したのだ。

 それは、この一連の不可解な出来事を紐解く鍵は、昨日、俺のアパートに届いた荷物と、ついさっきまでいたあの場所にあるのではないかという事である。



 [2] ―― 一昨日の夜 ――



 最近なってから度々続くサービス残業を終えて帰宅した俺は、まず最初に、アパート入口にある俺の住戸番号が書かれた郵便受けを確認した。

 中には幾つかのハガキや宗教勧誘のチラシなどが入っていたので、俺は一旦、それらを中から全て取り出す。

 そして中身を確認せずにそれらを持つと、とりあえず、自分の住戸へと移動を始めたのだった。

 部屋に着いた俺は壁にある電灯スイッチを入れる。

 4畳半の小さな俺の根城が露わになる。

 其処は今朝出勤した時と同じく、雑誌等が散らばるやや雑然とした空間であった。

 見慣れた光景に気を緩めた俺は、ついでに締めていたネクタイも緩める。

 それから真ん中にあるローテーブルに腰を下ろして、持ってきた郵便物の確認を始めたのである。

 一つ一つ目を通してゆくが、どれもこれもどうでもいいような物ばかり。

 俺はフゥと溜息を吐きながら、それら全部に目を通してゆく。

 すると最後の郵便物で違和感を覚え、目を止めたのだった。

 そこにはこう書かれていた。


 ――ご不在連絡票


 受取人 南川みなみかわ 崇輔そうすけ


 差出人 清瀬きよせ 頌栄しょうえい様からのお荷物をお届けに参りましたが、ご不在でしたのでお預かりしています。

 再度配達しますので下記の連絡方法のどちらかを選び、ご連絡ください――


 どうやら宅急便の不在伝票のようだ。

 だがこれを見た俺は、少し引っ掛かる部分があった。

 それは、清瀬頌栄なる差出人について心当たりが無かったからである。初めて見る名前なのだ。

 やや不審に思いながらも、俺は宅配業者への連絡方法が記述されている箇所に目を向ける。

 するとそこには、ネットでの連絡法と電話での連絡法が書いてあった。

 俺は腕時計で時間を確認する。

 今の時間はもう夜の11時を回っていた。

 流石にもう電話は遅いだろうと考えた俺は、ネットで連絡することにした。

 目の前にあるローテーブル上に置かれたノートPCを開くと、俺はすぐに起動ボタンを押す。

 PCを起ち上げた俺は、次にブラウザを起動して、ここの宅配会社のHPを開いた。

 そこで不在伝票を手に取ると、ネット連絡のところに書かれている問い合わせ番号を入力するのである。

 すると配達希望日時の指定する画面に切り替わった。

 明日明後日は一応、仕事の方は休み。2連休である

 なので、俺は明日の午前中9:00から10:00の間に配達してもらうよう指定する事にした。

 そして一連の入力作業を終えた俺は、疲れた身体を休める為にゴロンと仰向けになって床に寝転がったのである。

 最近になってようやく仕事に慣れてきたところであるが、流石に残業が毎日続くと、幾ら若いとはいえ疲れもたまる。

 俺は大きく息を吐いて全身の力を抜くと、入社してから今までの事を考え始めたのだった。


 今年、微妙な2流大学を卒業した俺は、とある事務機器販売会社に就職をした。

 俺の業務内容は、ルート営業と技術職を足して2で割った様な感じで、一応、セールスエンジニアという肩書を持つ。

 取り扱っている物が事務機器なので、それなりに専門知識が必要とされる業務だ。

 しかし、俺自身が情報端末といったOA機器を見たり触ったりするのが好きなので、結構、自分向きの職業だと思っている。

 とは言うものの、知らない事は当然沢山ある。

 なので、このセールスエンジニアとしてのいろはを学ぶ、新入社員研修というものを俺は入社してから2か月の間、受講してきたのである。

 そしてその研修も1か月前に終わり、ようやく俺は現場の第一線へと配属される事となったのだ。

 だが研修が終わったとはいえ、実績のない新入社員には変わりない。

 その為、大口の顧客というものは当然任せてはもらえず、外回りは小口の顧客ばかりであった。

 まぁ客と直に接する仕事だから、こればかりは仕方ない。

 会社もリスクというものを常に考えないといけないからだ。

 ヘタな応対をして大口の得意先を失う事は、会社も避けたいだろう。

 それはとにかく。

 ここ最近の俺はそういった小口の顧客を相手に、外回りの仕事を勤しんでいたのである。

 しかし、小口の顧客とはいえ、そう簡単にはいかない。

 いや、小口だからこその小難しい注文をしてくる事もあるのだ。

 それは例えば、普通はしないであろう事務機器の操作法であったり、機器の推奨外環境下での使い方であったりと、まぁ多種多様だ。

 そしてついこの間、俺はその小難しい注文に対する応対の失敗をして顧客からクレームをだしてしまった。

 クレームの内容を簡単に言えば、俺の説明不足による顧客の誤解である。

 初めてのクレーム処理だったので、非常に気分が滅入った。

 おまけにかなり顧客にキレられて、上司を呼んで来い!という事態になった為、俺は上司と共に平謝りだったのである。

 上司には迷惑をかけてしまった。

 そして俺はこの時、社会に出るというのは色々と大変だなと、深く噛みしめる事となったのだった。

 毎日のように生まれてくる疑問や客との応対に頭を悩ませていると、当然、俺の中に色々と迷いが生じてくる。

 それは――俺はこの仕事を続けて行けるのだろうか……。このままの調子でいいのだろうか――などといった具合である。 

 だがこの間、そういった考えが表情に出ていたのか、上司にこんな事を言われたのだ。

「おい、南川。お前、大丈夫か? ここ最近、やけに顔が疲れて見えるぞ。この間のクレームはあまり気にするな。ベテランでもたまにある事だ。それに思い詰めて仕事すると、かえって余計な失敗をする。もう少し肩の力を抜け。同期の佐山を見てみろ、お前と同じ苦労してる筈なのに、あっけらかんとしてるぞ。お前も見習え」

 どうやらここ最近の俺は、かなり辛そうな感じに上司には見えたのだろう。

 実際、そのクレームで凹んでいたのは事実である。

 因みに佐山というのは俺と同期の社員だが、上司の言うとおり、こいつは良い意味で気楽に仕事をしている。俺にとっては羨ましい性格をした奴だ。

 何といっても、失敗してもそう簡単にめげない芯の強さを持っているのである。

 俺にも佐山くらいの太い精神があればなぁ……。

 などと、日々の苦労を思い返すことが多い、今日この頃なのだった。

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