:北の偽者と光明戦線説10
「つーか、お兄さん。あんたに傷を付ければ、俺の勝ちじゃなかったわけ…?」
「あんちゃん、あんな約束信じちゃったわけ?」
「バーカ。生き地獄様に、半殺しにしてやんよ」
「……いいねぇ。偽善者…!!」
アギトが手を交差させる。
「折半橋」
道が大きく半分に割れる。
が、澪がアギトの肩を狙い、発砲すると、弾道はアギトの腕を掠めた。
「ルナー! ワロナー! あのバーテン食らえ!」
雪代が白銀狼二匹に命令し、飛び掛かってくる。
「紅蓮!」
火柱が二匹の足を止める。
「ワン公! おっまえぇ!!」
「まだお相手しましょうか…? 先程は仕留め損ねたので……」
冥利が錫杖を、シャンと鳴らすと、その横からその白銀狼の背中を踏み台にして、煉影が鎌を雪代に放つが、それは阻止される。紛れもない自分に。
「…シエラ、お前……」
「まだ動けるよ、アギト……」
掌で影を揺らめかせるシエラ。
煉影は自分の影を睨む。
「鎌雨!」
鎌の片方を上に放ると、鎌の細かな斬撃が空を埋め尽くし、降ってくる。
「どんでん返し」
本来下に落ちる雨が、空中で自分の後ろに向かって弾かれた。後ろには、
「主人! ミヤちゃん! バーテンさん!」
が、煉影が見たのは、ギド、宮路、澪が構える、計六つの銃口。
−−−ガガガガガガガガガッ!!!
その斬撃に向かって、六つの銃口から無数の弾が発砲され、発砲音と、タイルに空薬莢が落ちる音が耳を支配する。
弾に弾かれ、軌道を変えた斬撃は、消えるものもあれば、砕かれるものと、全て消え去った。
−−−カチャンッ。
「「「問題ない…」」」
ガンマン、スナイパー三人のそれに、ポカンと口を開ける。
キン、と踵に当たった空薬莢を見て、澪は掌に電流を流す。
「折角の素材です。…有効に使わなくては……」
バチバチと音を立て、空薬莢を全て浮遊させると、薬莢の中身が埋まり、先が尖る。出来上がったのは、ライフル弾だ。
冥利と煉影は退くと、タイミングよく澪はその弾を発砲した。
「シャールフ!!」
雪代が素早く地面に両手をつき、現れたのは空中に掛かる、銀色の光を放つカーテンのようなもの。
やがてライフル弾がそれにぶつかると、それは跡形もなく溶けた。
「……!!?」
「私は気象使い。この氷のカーテンは、強制的に吸い上げた膨大な水分子の運動エネルギーが気化して、物凄い高温になってんの。この国の下は、雨を溜めておく為のスペースがあり、夜空には、そこかしこに厚い雲。……私の氷は熱いわよ!! 堅氷!!」
地面からその高温の氷の柱が突き出る。本来の氷であれば、冥利は溶かしたいところだが、『高温を高温で消すことは出来ない』。
「ならば……」
冥利が呪符を出し、前に放る
「式神・癸!!」
呪符が裂かれ、現れたのは白蛇。熱い氷は、その白蛇が放つ、水の妖気に溶けた。
「っはぁ〜? 妖怪が…式神を使うって、何それ、ギャグ…?」
シエラがそう言う。
「私は訳有りでして。それに、私が陰陽道の使い手だと見抜いたのは、貴女でしょう、雪代さん。別に、炎に限った話ではありません。式神も何も、これは私の下部です……」
そう悠長に喋っていると、煉影の影が式神の符を斬りながら、襲いかかってくる。冥利は間一髪でかわすと、錫杖で応戦する。
「お嬢様!」
「OK!」
宮路は前傾姿勢で、シエラに突っ込む。
「影を殺すのも胸糞悪ぃ! 元を絶ちゃぁ元もこもねぇだろ!!」
「お姉さん! 僕は別に分身を作るだけの能無しじゃないよ!! シャドースピア!!」
左右の建物の陰から、槍を型どった無数の影が襲い掛かる。宮路は急ブレーキをかけ、それをかわし、その槍の上に乗り、シエラとの距離を詰める。
「槍篝」
宮路が上を見上げると、無数の槍が降ってくる。が、宮路は怯まない。
「例え、影が襲おうが、槍が降ろうが!」
仲間を信じた結果だった。
アギトとシエラには馬鹿に見えたその光景に、襲い掛かる影と、槍が何かに弾かれた。
「あんちゃん…!」
「飛鳥樹君…!」
二人の援護だった。
澪はその弾かれた槍と、弾に電流を送ると、槍は連結して鎖に生成され、弾はその槍の横に添えられた刃になる。
何に生成されようとも、元々の素材の重さは変えられない、槍の鎖は、とんでもない重さになっている。
宮路はそれを弾で弾き、軌道をシエラの脳天に向かわせた。
「どんでん返し」
「来ると思った!」
「………!!?」
鎖に電流が走り、鎖が槍に戻った。
『どんでん返し』の弾き返す能力は、本来鎖を弾くはずだったので、バラけた槍は、その場で回転し、二人の上に落下してくる。
「ルナー! ワロナー!」
「ワンちゃん二匹はこっち!!」
白銀狼が構えたが、上から伸びてきた煉影の鎖鎌が二匹の腹は鎖に吊られる。
「鎌鼬ぃ!!」
槍が降ってくる。吊られた白銀狼が先に傷付くと、相手方の三人は所々斬られる。
「…アイアンメイデン」
槍が地面に刺さった時に出た、タイルの礫を利用し、石の杭にすると、宮路に発射する。空中にいる宮路には避ける術もなく、半身を向け、腕で庇う。
「ぅおっ!!?」
腹に鎖が巻かれ、上に引き上げられた。石の杭は標的を無くし、落ちる。
「助かった、レン」
「いいよいいよ!」
「てか、内蔵が出そうな勢い…!」
「だ、大丈夫だよ! 出ないから!!」
屋根に着地する。
「裂閃光!!」
下で声が聞こえると、光の槍が煉影の影の鎖鎌を弾く。その時、煉影の影が宙返りをする。
「…ち、ちょっと…!」
「ワオ、なかなか可愛いの穿いてんじゃん…」
その下でも。ギドとアギトが、
「ピンクか…」
「しかも縁に白のレースかぁ……」
「おいそこの変態二人!! 似てるのは名前だけにして下さい!!」
「いいじゃねぇか。俺なんてトランクスかボクサーだぜ…?」
「ミヤちゃん! それは好感度的に、お口チャックにしなきゃ駄目!!」
冥利と澪は、目を逸らして、顔を赤らめた。
しかし澪は影が着地する前に、地面に電流を流した。すると、着地する地面から石の槍が出てきた。が、影は爪先に風圧を起こし、再び空に逃げた。
−−−ガッ!
「………!!?」
影が横から伸びてきた鎖に拘束される。
煉影だ。
「…いいのか…?」
「いいよ! 殺って!」
「…りょーかい……」
宮路は構え、発砲した。
が、影は身体を鼬に戻し鎖をすり抜け、弾をかわした。
冥利が詠唱を唱える。
「させない!」
雪代が何か技を繰り出そうとすると、その両肩を弾丸が貫いた。ギドと澪だ。
「…邪魔だな、アイアンメイ……」
アギトが言いかけた時、彼の足元から細い鎖が伸び、喉と腕を締め上げた。
「トラップチェーン」
「……ってくれんねぇ。あんちゃん」
詠唱を唱え終えた冥利が、鎌鼬の影を狙う。逃げられるとも思えたが、寸前で宮路が発砲し、影が怯む。
その隙を突き、冥利は止めをさした。 攻撃は、一瞬そこで途絶えた。
「疲れたか…?」
と、ギドは鎖を解いた。
「まぁ、ね……?」
アギトは咳込みながら返した。宮路と煉影が降りてくる。
相手は三人と二匹。役人二人に、妖が二匹、バーテンダーが一人の計五人。数としてはフェアではあるが、先程の息をつかせぬ戦闘で、軽く息が上がる。
「…もう、夜が明ける……」
アギトがそう呟き、空を見ると、少し空が明るんでいる。
「決着、つけるの……?」
「半殺し、やめてあげようか…?」
「偽善者」
「まさかまさか……尻尾生えてるよ?」
アギトがギクリと、後ろを見ると、茶色の尻尾がフリフリと揺らいでいた。
「アギト、耳……」
「ん? ……あぁ…」
耳も犬耳に変わっている。
「冥利、あのお兄ちゃんに飛びつきたい!」
「いけません!!」
うずうずしている煉影をピシャリと叱る。
「あーあ、もう飽きちゃったー……」
シエラはそう言う。
「悪いけど、決着はまた今度ねー」
「待てよ!」
「そう熱くならないでよ、お姉さん」
影が蠢く。
「いつかマジで、消しかけてやるから。…ついでに飛鳥樹君も……」
澪は睨む。シエラは舌舐めずりした。
「じゃぁね、お姉さん……」
「ま……っ!!」
宮路が踏み出そうとすると、膝がカクンと曲がり、膝をつく。
その隙を突かれ、敵には逃げられた。
「………」
宮路が目を覚ますと、宿のベッドだとすぐに解った。
「隊長……」
「神風か……。悪かったな…」
ベッドの脇に座っていた澪が、首を横に振った。
「他の連中は……?」
「隊長の従者の少年はまだ寝ています。同僚の方は従者の女性に怒られていましたが、ヘアバンドを縫っていました」
「レンらしいな…」
宮路は身体を起こした。まだ傷が痛む。撃たれた所は弾が貫通したらしく、中に異物感はない。
「なぁ、神風……」
「…はい…?」
「なんで、お前は軍をやめた…?」
宮路の目を見ていた澪が、顔を逸らした。答えにくいのかと顔を伺うと、その顔は笑っていた。
「なんでしょうね。気づいた時には、もう辞めていたんです。…いえ、貴女がRecordに入ると聞いて、記憶を操作したときから、自分がいつか辞めることが解っていたのかもしれません」
「…どうして」
澪は笑いながら宮路を見た。
「解りませんか…?」
宮路は息を呑んだ。細く白い指が、宮路の頬を撫でた。
「好きなんです、隊長…」
「………」
マットレスのスプリングがギシッと鳴ったかと思うと、宮路は澪に抱かれていた。
「お、おい。神風……!」
「…宮路さん……」
下の名前で呼ばれ、指先が反応する。
「…俺も、貴女との約束があったのに、何故辞めてしまったのか、最初は解りませんでした。貴女の記憶まで操作して後悔もしたんです。…でも、それでよかったって、今は思っているんです。解ったんです」
宮路を強く抱き締めた。
「……俺は、部下としてではなく、一人の男として、見てほしかったって……」
「…………」
『神風……』
『はい』
『お前さ、好きな奴、いる……?』
『な、何故そのような事を…』
『いや、鬼更が彼女の話ばかりするから、お前、なかなか二枚目だし、憲兵で外に出ると、帝都の女に騒がれて集られるから、好きな女の一人や二人いるんじゃねぇのかなぁって……』
『い、いませんよ! だって俺は…!』
『うん……?』
『……と、とにかく、俺には…、心に決めた人が……』
『なんだ、やっぱいるんじゃねぇか』
『…た、隊長は、いらっしゃらないのですか』
『……俺、か…? 俺は……』
『隊長……?』
『誰か、捕まえてくんねぇかなぁ…』
『…………』
『…そんな奴を待つ一方だよ……』
「……じゃぁ、お前…」
「………」
記憶を消した理由を問おうとはしなかったが、無言で抱き締める澪は、声を噛み殺して謝っているようだった。
真面目で、誠実で、優しい。
彼の事は、嫌と言うほど見てきた。
宮路は目を伏せると、澪の首に噛み付いた。
「…いった……!?」
首を押さえて離れる。すると、胸を、トンッと押され、ベッドに押し倒される。
「た、い……ぅん…!?」
すぐに宮路が胴に股がり、口を宮路の柔らかい唇で塞がれた。
信じられなかった。
理性が軽く飛び、宮路の唇を啄む。
宮路は離れると、首に触れた。
「…ありがと。俺も……」
「………」
「好き、『だった』よ……」
身体を起こすと、拳を固めた。
「…俺も、好きだったよ。いつも、横でいつも見てくれて、守ってくれた、神風が……。…けど、今は……。その気持ちも、よく解らねぇんだよ…」
澪も上体を起こした。
「解らねぇ……。俺、さ…。俺、お前に………」
頭を撫でられた。宮路は声を失う。澪の顔を上目で見ると、笑っていた。
「…神風……」
澪は首を横に振る。
そして宮路の耳元に口を近付けた。
−−−×××××…………。
「…今の……」
「俺の真名です……」
「…………」
「…今度は、迎えに行きます。必ず……」
「…………」
「…その時は、貴女の真名を、教えてくれますか……?」
−−−今度こそ、約束します……。
「よし、縫えた! 出来ましたよ、主人!」
ヘアバンドをギドに渡す。ギドがそれを受け取ると、確かに綺麗に縫われていた。
「………」
「ほら、眺めてないで被って下さいよ!」
「ぎゃぁ! 来るなぁ!」
ギドが後退りする。
「被るから! 被るから来ないで!」
被ろうとヘアバンドを広げた。
「………」
『主人 大好きです』
そう刺繍されていた。
「煉影、これ、なんかのギャグ?」
「失礼な事言わないで下さいよ! ほっんとにデリカシーの欠片もありませんね、主人は! 八十神局長が私と組ませた理由にもある通り、主人の女性恐怖症を治すために、それを縫ったんです!」
「なんの効果が…?」
「女の子にいつも思われていると思えば、きっと異性に、下着以外でも興味が湧くと思いまして!」
「その日は来ねぇな」
「お願いですから来てください! …あと」
煉影がギドの前に座る。やけに改まった顔をしながら、煉影は両手を広げた。
「抱き締めてナデナデ! 約束です!」
「ぐっ!!?」
そうであった。
煉影は待っている。両手を広げて抱かれる準備万端で。ギドは目を逸らした。
「お、お前から、来、て……? ヘタレとか後で罵ってくれていいか、ら!!!?」
飛び付かれた。
鼻孔を擽る女性独特の香りと、シャンプーの香り。首に巻かれる細い腕。足に乗る太股。胸に感じる、ふくよかな感触。
ギドは失神寸前だった。
「ヘアバンド取った主人、素敵です」
耳元でそう言われた。更に力が強くなり、催促される。ギドはおそるおそる、煉影の背中に手を回した。そして、さらりと流れる髪に触れ、その頭をぎこちない手つきで撫でた。
「いい、か…?」
「まだ駄目です!」
ため息をついたが、それでも手は休めなかった。
「お嬢様。昨日の彼は一体…」
「あぁ、あれは昔の俺の部下。いい腕してるだろ……?」
「どうりで…。あの方には、助けられました……」
もうここを発つ。冥利と宮路は荷物をまとめていた。
「………」
「妬いたか…?」
「いいえ。違いますよ。ただ、私には敵わない相手だと思っただけです」
冥利は、ほどけた足首の包帯を巻き直す。宮路はその背中を見て、冥利の後ろに足を進めると、耳打ちをする。
−−−×××××……。
「お、お嬢様…!!?」
ついっと、目を逸らす。
「ど、どうして急に私の真名を……!!?」
「お、あ、い、こ」
「お、おあいこ…?」
冥利は首を傾げた。宮路は荷物を持つ。
「ほれ、行くぞ」
冥利が狼に姿を変え、宮路が開けてくれたドアから出ていく。
「……じゃぁな…。…×××××」
「ん、澪…。なんだ、それ……?」
「え、ち、ちょっと、マスター!?」
働いている澪の首元が気になったマスターは、澪の首から銀色のチェーンのついたネックレス。その先には、空薬莢がついていた。
「なんだ、これ……」
「た、大切な人の……」
「お? おぉ! ついに来たか! 皆、澪に春がきたぞぉ!!」
「や、やめてください! あ、あの皆さん!?」
−−−今回も失敗……。駄目だ。勝てる気がしなくなってくる……。
−−−……まぁ、でも…。いいか。なんか楽しそうだし。
−−−じゃぁ、また………。
元気で……。
・ギド・ディス・エース&二階堂宮路
『Record』ver.古書
新規登録 無。
To be continue...




