:西の偽善者と光明戦線説5
「あ、言っとくけど、夜に人を歩かせてたのは俺だよ。亡骸を捨てたのもミーでーす。ま、ぜーんぶ全部『螺旋機巧屋敷』のおかげなんだけどな。おたくはどっちがお好みか、身体で問い質してやんよ……!?」
アギトは両手の指を曲げると、目の前でクロスさせる。すると、アギトのサイドから地面を突き破って鎖が飛び出し、ギドに襲い掛かった。ギドはマガジンを入れ替えると、鎖の根本と先端に撃って方向転換させる。
「ですよねぇ」
「な…!?」
目の前に煉影の鎌が飛んできた。身体を流してかわすも、鎌は追ってくる。
「フェイクだよ、フェ・イ・ク」
「つか煉影の鎌ってホーミングタイプなのかよ! 初耳だよ主人なのに!!」
「ほらほら、敵に背中向けちゃやーよ?」
するとギドの足元から鎖が飛び出てくると、腕に絡み付いた。
「て、マジかよ死ぬっておい!」
目の前から鎌が飛んでくる。ギドは逆海老反りでなんとか回避したが、腰の骨が悲鳴を上げた。踏ん張って身体を起こすと、またもや背後から迫る鎌。ギドはすれすれまで待って、あと数センチというところで鎌に発砲した。鎌は弾かれるとギドを締め上げていた鎖を砕く。一方が解かれ、ギドはもう一方の鎖を弾丸で砕く。
「あ〜。腰マジでキタわこれ…」
「すごいな、あの土壇場で回避するって」
アギトは拍手した。
「あ、あんちゃん、後ろ」
「は? うわぁぉっ!!?」
冷静にアギトが指差したギドの背後から、煉影の鎌が再び飛んでくる。なんとか回避すると、煉影は舌打ちして、鎖を引き戻す。
しかし厄介だ。遠距離にいるとなると、仕留めにくい。動く相手に弾丸を確実に当てるなど、宮路でも出来る確率は限られるほど難しい。しかも煉影は鎌鼬。人間の姿であれど、速さは折り紙つきだ。
アギトとサシで殺り合うのを目的にする場合、まずは煉影から仕留めなければ、話にならない。
「…どうすっかね……」
ギドは唇を舐める。
「ん、待てよ…? 煉影の影…?」
納得すると、ギドは両手をメガホンにして、大きく息を吸った。
「煉影さーん!! 今日は、先日こっそり買ってた、ピンクのローライズに、縁に白のレースのついたパンツを穿いてるんですかぁ!!?」
「ワオ、なかなかのセンス」
煉影の顔に陰がかかり、ピクリと反応すると、一気に距離を詰めてきた。
「最っ低!! 変態!! プライバシーの侵害!! つかなんで知ってんですかぁぁ!!!」
いつもの煉影だ。
ギドは飛んできた煉影の拳をかわし、その腕を掴むと、一本背負いをして煉影の身体を地面に叩きつけた。
「か…っは……っ!!?」
かれた声が漏れたのも束の間。ギドは煉影の身体の回りに出来るだけ発砲する。するとその数だけ魔方陣が現れる。
「トラップチェーン!!」
細い鎖が何十と出てきて、地面に煉影を拘束した。
「あとで相手してるから待ってろ」
「は、離してください!!」
「もがくと更に食い込むぞ」
「第一巻のハ●ポタですか!!?」
あえてもツッコまない。ギドはアギトを見た。
「まずはお前からだ、兄ちゃん」
「マジで? いいぜ? この機巧屋敷を攻略出来んならな。俺に傷つけられたら勝ちにしてやるよ。俺自身は強くないから」
「Ja!!」
「わぁ、ワンちゃん強ーい。宮路お姉さん頑張って! 負けんなぁ!」
「喧しいわ黙れクソガ、キ、い!!?」
太刀を首目掛けて飛んでくるので宮路は身体を反らしてかわし、二つ目の振りをライフルの銃口で受ける。
「強いねぇ、冥利君よぉ!!」
太刀を弾くと、冥利は軽やかに飛んで距離を取る。
「自棄になってるの? 駄目だよ、まだまだこれからなんだからさ。だって始まったばかりなんだよぉ? もうちょっと出血大量閉店大サービスしてほしいなぁ」
「俺がそれするともれなく赤字なんだよ、お前に大サービスしてやろうか、あんコラ!!
シバくぞクソガキャァ!!」
「わわっ!! だからお姉さんやめてよ!! 僕は弱いんだって! ほら後ろ! 従者のわんわおくるよ!!」
「親切だなおいってうわ!!?」
相変わらず首を狙う冥利の太刀。
冥利は敵には容赦しない。
より迅速に、より確実に、より正確に、敵を仕留める。
そのような戦闘スタイルだからこそ、最初の一撃から急所を狙ってくる。真面目な彼らしいスタイルだ。そんな彼のスタイルに宮路は今まで助けられてきた。
故に、敵に回ると厄介になる。
しかも宮路は遠距離系の武器保持者。近距離線は太刀と肉弾戦になる。
「おいおい、まぁさか俺に、おめめ赤くしろってか?」
「……………」
「ぷはっ。いいぜ? 約束したもんなぁ。お前が必ず俺を連れ戻してくれんだっけ? 冥利君?」
「……………」
宮路は護身用のダガーを出すと、左前腕に傷をつけた。
「く……っ! ぅ……」
視界に手に血がつたうのが映ると、宮路の目が赤く濁り始める。息を軽く乱しつつ、宮路は自我を保つ。
『紅夜の使人』へと、宮路は姿を変えたのだ。
「忌々しいねまったく。もし連れ戻せねぇってんなら、お前の真名をでっけぇ声で叫び散らしてやらぁ」
冥利は迷っていた。
否、術中にハマってしまっていた。
『螺旋機巧屋敷』の仕業である。
「おかしいですね、さっき通った道と同じ……」
このパターンが無限ループ状態だ。冥利は苦汁の決断をする。
「あとで詫びなくてはいけませんね。…すみません、お嬢様…」
目を閉じると、黒い煙を放ち、本来の姿、狼に姿を戻すと、嗅覚を使い、場所を探る。
「……!?」
ある臭いに反応すると、一気に駆け出した。走り続けていると、目の前に壁が見える。が、冥利はお構い無くその壁に突っ込むと、するりと抜ける。
『いわばトリックルーム状態ってやつですか…。歯車が飛んできたり、壁が消えたり、まるで錯夜様の幻覚のようです……』
速度を保ったまま、とある角までくると、臭いが濃くなり、冥利はすれすれで減速した。すると、黒い小さな影とすれ違った。冥利は逃さずそれを追う。が、影はあまりにも小さく、五メートル先で着地した。
『姉上……?』
目の前にいたのは鎌鼬だった。すると、鎌鼬も気配に気付いたのか、警戒心を解くと、突風を起こした。
晴れた視界に映ったのは、やはり煉影だった。
「冥利! 冥利なんだね!」
煉影は駆け寄ると、冥利に抱きつく。
「ぅん、モフモフぅ〜……」
『あ、あの、姉上?』
「冥利の毛並みサラサラモフモフですんごく気持ちいいよ〜。この毛皮頂戴」
『貴女は密売組織か何かですか!』
「ねぇ冥利。主人達に会った? さっきから探しても見当たらないの…」
煉影は冥利の毛並みをワシャワシャと掻き回しながら撫でる。
『私も見かけてません。力及ばず…』
「じゃ、一緒に探しに行こう!」
そう言うと、煉影は冥利に跨がる。
『あ、姉上…』
「ほら早く行こうよ!」
『太りました? 2キロ程……』
「焼いて食べちゃうぞ?」
『絶対その語尾使いどころ間違ってますよ。…まぁいいです。しっかり掴まってて下さい』
走り出そうとしたその時だった。
「冥利!!」
煉影の声に上を向くと、何かキラキラした物が高速で降ってくる。冥利はバックステップでそれをかわした。
「何あれ…。氷柱……?」
「そ、氷柱」
女性の声だった。氷柱を一つ足で砕きながら煉影たちの前に姿を現す。
普通の人とは異なる水色の髪はポニーテールに結われていて、灰色の目をしている。歳は十代後半ぐらいだ。ロングコートの下は、丈の短い白い着物と、かなりミスマッチな服装だ。
「見ていたぞ。鼬の少女に犬の童。我儕は雪代。邪を殺める者だ。ニナとオベリスクから、其処許らの始末を任された。故に、殺してくれよう」
雪代と名乗ったその女性は、氷柱を一本抜くと、二人に歩み寄ってくる。
「み、冥利……」
『あの方に先程言ったお二人の臭いがあれば、お嬢様達の場所が割れるはずです。…姉上』
「オーケー! 心得たよぉ!」
煉影は鎖鎌を構えると、冥利の背中を踏み台して飛び、刃を放る。
しかし雪代は微動だにしない。ただ氷柱の鋒を上げ、飛んでくる鎌に狙いを定めていた。すると。
−−−バキバキバキッ!
鎌が氷柱に触れた瞬間、凍りついたのだ。それは鎌だけに飽きたらず、鎖を登り煉影の手元まで迫った。
「嘘!? 冗談でしょ、私のリベイグちゃんが〜!!」
『名前があったのですか!?』
「あるに決まってんしょ! ブランド名のリベイグまんまだけど!!」
『その割りに物凄い安直ですね!!』
そう言った冥利の足元に氷柱が飛んできた。頭上には雪代。
「戦闘中に戯れとは、随分余裕があるのだな、其処許は。金・庚!!」
降ってきたのは先程の大量の氷柱。冥利は肺に息を溜めると、雪代の背後の建物に向かって一気に吐き出す。
「−−−−−−−−!!!!!!!」
「「………!!?」」
とんでもない遠吠えに、煉影も耳を塞ぐ。すると、その声帯大砲の威力で、氷柱は粉々になった。
「お、のれぇ……!!!」
まだ木霊している内に、冥利は魔方陣を展開する。
−−−あの方の今の技は、陰陽式……。しかも金の兄。おそらく猛者。でしたら、この戦闘は少なくとも五分五分……!!
『火・丁!!』
火柱がそこらかしこから立ち上り、雪代は空中で囲まれる。
「斬切!!」
すかさず煉影がもう片方の鎌で斬撃の礫を雪代に向かって放つ。回りは隙間なく立ち上る火柱。必ずダメージを負うと思っていた。
しかし。
「生温い……」
−−−バキバキバキッ!!!
「「……!?」」
なんと雪代は、自らを氷付けにして礫を弾くと、今度は氷を突き破りながら吹雪を起こし、火柱を凍らせた。
時間は三秒ともかかっていない。
雪代はその場に着地する。
「陰陽式の使い手だったのか、犬の。…まぁ良い。格の違いを身の程をもって知れ」
『殺れるものなら、受けて立ちます』
「郭言葉は流行んないよ、雪女!!」




