:北の偽者と光明戦線説4
「夜、か。夜な…。もう九時回っちまってる……。待ってましたってな……」
宮路は一人呟くと、ニヤリと笑う。
「事件を肉眼で拝んでやる…!!」
酒場は活気立っている。宮路はそこを避け、旧市街に足を進めていた。そして向かいつつ冥利に連絡を入れる。
「…お、冥利か? 今から旧市街に向かえ」
『旧市街ですか? 解りました。姉上にも連絡しておきますか?』
「あぁ。ギドには俺から言っとく。旧市街の西ブロックだ」
『御意』
通信を切ると、そのままギドに繋げた。
『やっと太股をじっくり観察出来たよ、宮路姐さん!!』
通信を切る。
が、間髪入れずにギドから連絡が入る。
「死ね」
『そう言わせたのは俺だけど胸が痛いよ宮路姐さん!』
「旧市街の西ブロックに向かえ。煉影には冥利が連絡入れた。以上」
『行ったら姐さんの絶対領域が待ってるんですね解ります』
「気化しろ」
冷たく吐き捨てて通信を切った。
「…来たか」
「なんだ? 従者組は来てないのか?」
「あぁ、まだだ」
静まり返った旧市街の西ブロックで、宮路とギドが合流する中、まだ煉影と冥利が来ない。
「作戦でもあるのか?」
「んなモンすぐに立てられるほど、おつむ良くねぇって」
「おーい、隊長さーん?」
「大事ねぇよ。今回は目の前に敵がいねぇ上に解んねぇんだ。俺だって作戦ぐらい三桁ぐらいパターンはあらぁ。が、敵が人間だったらの話だがな……」
仮にも軍人である宮路は、その点でも成績はトップクラスだ。まだ帝国が女性軍人に対して否定的であるため、宮路は男装をして軍人生活をしていた。
言葉に表すならば、荒野に咲いた一輪の花。しかし、女とバレないようにと釘を刺されている。とか言われつつ、宮路が女ではと言われる噂が立っているのも事実。
実力者である彼女が、Recordに入れられたのは、戦闘狂であることに加え、軍に配属していたという点を見込んでの事らしい。軍人として、冷静な対応が出来るという意味合いでのことだが。
「仕方ねぇ。先に行くぞ」
「隊長さん短気だなおい!」
この通りである。
「空薬莢を置いてく。こいつなら馬鹿でも気付くだろ。それにちょうどいい。誰もいないよりはマシだからな」
宮路はリヴォルバーのシリンダーを外し、空薬莢をその場に一つ落とすと、そのまま歩き出した。
明かりが点々と見られる旧市街。が、何処まで行っても二人分の足音しか聞こえない。
「なぁ宮路。お前はどんな情報掴んだ?」
「夜に意識なく徘徊する、三日前には滅んだ旧都市の方で死体が出てるって。大きくはこの二つだな」
「やっぱ、同じような感じか。……待てよ、三日前…?」
「あぁ、四日前から事件はあったらしい。だから、敵もここに来たのは俺達と同じぐらいだと俺は読んでる」
「そうかもな」
「…ぁん?」
宮路が足を止める。目の前を見ると、黒い影が一つ、不自然に視界の真ん中に立っていた。影は二人に気づくと、即座に走り出した。
「追うぞ!」
「Ja!!」
なんとも怪しい。宮路とギドは全速力で追った。
「待ちやがれそこのぉ!!」
待つどころかどんどん引き離されていく。宮路は舌打ちすると、素早く懐に手を伸ばした。
「って姐さんマジで!?」
「止まれっつってんだろうがぁぁ!!!」
宮路は急ブレーキをかけると、ありえないほどの前傾姿勢になり、影の足元に向かって水平撃ちした。
が、影はいきなり跳んで屋根に逃げた。
「っざかしい事しやがってぇ!!」
宮路もベランダのフェンスを踏み台に壁走りをすると、屋根の上に行った。
ギドもそれを追って屋根に行こうとするが、目の先に再び黒い影が通る。
「煉影…?」
それは煉影だった。見直すがやはり煉影だった。だが、煉影はキョロキョロしながら宮路とは違う方向に行ってしまう。
「煉影!!」
ギドは煉影を追った。
「…ばーか」
「だぁ! 待てやゴルァ!!」
不安定な屋根の上にも関わらず、相手は減速しない。
すると、いきなり地上に退路を変え、路地に下り、宮路の前から消えた。
「逃がすか!」
宮路もその後を追い、路地に着地すると回りを見渡す。
「……!?」
左の先に見知った横顔。
「冥利…?」
−−−…………。
「…じゃねぇな。誰だお前」
宮路は声音を低くした。冥利を鏡に写したようなそれの目は、鈍い赤をしていた。一言も発する気配はない。
明らかにまずいと確信すると、拳銃を握り直す。
「あぁ、やっぱり気付いちゃったぁ?」
「………!!?」
いきなりの声に反射的に拳銃を声がした方に構えた。
「流石、帝国の軍人なだけあるねぇ。ま、術中にハマってくれて何よりだけどさぁ? あ、でもでもぉ、気付いたのは、このワンちゃんに気でもあるとかぁ? ほら、好きな人はすぐに見分けつくって女の子よくいうじゃん?」
宮路は黙って右の窓に向かって発砲した。すると人影がくるりと暗闇を舞うと、冥利の前に着地する。
「九割は外れるのがオチだけど。彼女の強がりも、お姉さんの弾丸も、ね……?」
ブロンドカラーの髪の毛に、左目には眼帯。背丈は宮路より低く、小柄な身体は、年期の入った黒のロングコートと、白いワイシャツに包まれて、黒のネクタイが靡く。歳は十代後半ほど。遠目からも解る綺麗なエメラルドの瞳。そして殺気。
「やぁ初めまして。僕はシエラ・ティア・オベリスク。Rebellionの中位、まぁ、軍階級でいう、中佐の位置? よろしくどーぞ♪ 綺麗なお姉さん?」
「どーぞされたくねぇな。お前、俺の同僚にそっくりだぜ。お陰で胸くそ悪ぃ」
更に視線を鋭くする宮路。
「んな事言われてもねぇ。僕は本望のままに生きてんよ? 荒唐無稽な存在を殺すことを生き甲斐にしてんだよ。逆にお姉さんは、そいつらの要らない存在を記録してんしょ? メンドイ事してんねぇ」
シエラはじっとしていられないのか、くるくる回ってみたり、ステップを踏んでみたりと、とにかく動いていた。が、コートのポケットからは手を出さない。
「ねね、お姉さんの名前おーしえて? 僕、お姉さんみたいなのタイプなんだよ。気が強い子の方が後々デレ期に入ると可愛いんだよねぇ」
「んな可愛い時期は俺の中じゃ皆無だぜ? 一生反抗期とベリノリ貫いてやんよ」
ザラリと宮路の身体を飾ったのは、大量の銃器。シエラは拍手した。
「すごーいすごーいお姉さん! ナオみたいだぁ。久しぶりに会いたいなぁ」
「そいつが何処のどいつだか知らねぇが、俺は二階堂宮路だ。さっそくだがよ、お前、俺の従者に何した…?」
ずっと触れずにいたが、異様な冥利を作り出したのはシエラに違いない。シエラは笑って答えた。
「宮路お姉さんね、うん覚えた! もう来世になっても忘れない! これ結論ね!! …で、宮路お姉さんの従者に何したかって? なーんも? なーんもしてないよ宮路お姉さん。僕はただ、『視た』だけだよ♪」
「はぶらかすと撃つぞ」
「わわわっ! ま、待ってよ宮路お姉さん! 解ったよ、説明したげるから待って!」
シエラは焦って両手をブンブンと振って、殺気立つ宮路を止めた。
「まず、僕は強くないんだ」
「あ゛? ざけてんのかテメェ」
「違うって! 言い方が悪かったんだね、ちゃんと言うよ! 僕『自身』は強くなくて良いって事なの!」
宮路はその言動に引っ掛かる。
シエラ自身は強くない。否、強くなくて良い。ということは、それに代替出来る何かがあるということ。
「テメェ、まさか異能力保持者か……?」
「ざんね〜ん、50て〜ん!!」
いちいち勘に触る奴だ。
「僕の『コレ』は能力じゃなーいの♪ 体質なんだ。生まれつきの。体質って言うんだ」
ポケットから手を出すと、両手を上に向ける。すると、掌から煙とは違う黒い何かが溢れだし、流れた。
「僕の体質は通称影使い。『白昼の蜃気楼』。視たモンを影として作り出せる。しかも、影は影らしく、力も思考も何もかも主人そのまんま」
「おいおい、てことはなんだぁ? 俺は今から従者(仮)と戦えってか…?」
「そ、楽しんでってね?」
冥利の影が前に出て、錫杖を構えた。宮路は焦るどころか、笑いを溢した。
「本人が見たらなんてぇだろうなぁ。お嬢様に逆らう自分なんて見たら、失神すんのが目に浮かぶ。…まぁ、いいぜ。影だろうがなんだろうが叩き込んでやらぁ、お嬢様がどんだけ強いかを。……全装備!!」
宮路は銃器で武装する。
「オベリスク! お前はこいつぶっ倒したらケツから盛大に蹴りあげてやるから覚悟しやがれ!!」
宮路の位置から五百メートル離れた路地。ギドも煉影の異変に気付いたと思うと、煉影はいきなり攻撃を仕掛けてきた。
「煉影! やめろ!」
飛んでくる鎖鎌をかわし、鎖を弾丸で弾く。が、流石に圧される。
「チッ! やりにくいな!」
一旦距離を取ると、煉影も止まる。
すると、煉影の横に誰かが降り立った。
「手加減してる? そうだよなぁ、なんせ自分の従者な上、女の子だもんなぁ」
月明かりに照らされた人影は、180後半並の長身に、不良のような赤い髪と瞳。銀のピアスと、胸元が大きく開けたシャツの中の十字架が光る。黒のロングコートは腕まではだけ、だらしなく着こなしている。
「どーも、俺はアギト・ニナ。仲良くしてね? パツキンのあんちゃん?」
「テメェ、煉影に何した!」
「安心しろ。あんちゃんの従者に直接何かしたって訳じゃない。こいつは、その煉影ちゃんの影よ。か・げ。見りゃ解んでしょ? おたくの従者がおかしいって事ぐらい」
それは最もだ。ギドはただ黙っている。
「今頃、どっかでナンパにでもあってたりして。この子可愛いよな、俺タイプ。とくにこの脚線美」
しゃがんで煉影の脚をまじまじと見る。すると、煉影の爪先が少し動いたかと思うと、その爪先がアギトの顎に目掛けて炸裂した。
「がっ!?」
「何見てんですか! この変態変人スケベ中年思考野郎!!」
影ということで、とくに変わりはなさそうだ。ギドはある意味安堵する。
「てぇな…。脳ミソ揺れたぜおい……」
「そういう奴なんで。よくやったな、うちの煉影が」
「まったくだよ、どうにかしてよ、おたくの従者。つかあんちゃん、さり気なく文脈おかしいから。そこ普通、すみませんじゃないの?」
「せぇよ。謝る事なんてなんもないもんね。俺は悪くねぇもん」
「どっかの主人公みたいだな」
「そうだよ。俺は偽善者なんだ」
ギドはすかさず拳銃を二丁構え、くるくると回す。
「俺はギド・ディス・エース。仲良くしてね、強面なお兄さん」
「オーケー。じゃ、俺も。おたくが偽善者言うなら、俺は異能力保持者だ。ギミック及び、トラップ発動能力。『螺旋機巧屋敷』。俺の罠から逃げられるかね、おたくは」
−−−まだ…。まだだ……。
もう少し、頼む……。もう少しだけ。
…時間を……。まだ、時間を………。
…大丈夫、必ず………。




