:北の偽者と光明戦線説2
「あいつら、政府の回しモンてヤツ?」
「気になるか?」
「ヒャハハッ、獅童じゃあるまいし、僕はバイじゃないもーん」
「も少し様子を見るか…?」
「えぇ? もう僕我慢出来なーい。さっさと痛めつけたいよー」
「駄々を捏ねるな。…直接手を下すには早すぎる。楽しみは後に取っておくべきだぜ……?」
「うーん、一理ある、かな?」
「てことで、先ずはお手並み拝見な」
北。宮路は不機嫌な顔をして歩いていた。というのも、煉影が。
『情報を握ってるのは裏方の男が大半だよ! ミヤちゃんはお胸、スタイル、ボーイッシュクールの三拍子で今でも充分可愛いけど、決定的にファッションセンスが欠けてるの。だから、ミヤちゃんには男ウケする格好をしてもらいます!!』
と言われ、宮路は白い薄手のレースのワンピースに、黒のショートカーディガン。柔らかい素材の鍔の広い帽子を被り、高いヒールのサンダルを穿き、いかにもいいとこのお嬢様スタイルに変貌した。髪もショートカットにしてしまった今の宮路を見た煉影は、可愛いげを出そうと付け髪を用意し、宮路の髪型をボブに仕上げた。
口が最上級に悪い、いいとこのお嬢様の誕生である。
おかげで、宮路は国民の目を惹いた。ナンパにも既にお約束の三回も受けている。
それも利用する手立てはついてるのが宮路。そして何も得られなかったら。
「あ、そうですか、では」
相手に素っ気ないピリオドを打ち終了。
しかし、そうは言ってもまだいい情報がない。所詮近寄ってくるのはゴロツキしかいないのか。
「…っくしょぉ。仕方ねぇ。当たりが一番でけぇトコに行くか……」
宮路はついに動き出した。
行ったのは、カジノ、兼酒場。
「……!!」
入った瞬間、場違いな服装の宮路に、大半の男、ホステス、従業員は目を向ける。
元々目立つことを嫌う宮路は、その時点で立ち去りたい気持ちで一杯だ。それをこらえ、宮路は正面のカウンターに足を進め、端の椅子に腰掛けた。
「……。くそっ、居心地悪ぃ……」
「お客様、ご注文は如何致しましょう」
「…ロゼで」
若いバーテンダーの青年は、は目の前でボトルを開ける。全体的に長い黒髪と、銀色の眼鏡、芯の細い身体が特徴的だった。
「こほん。……あの、お兄さん」
「はい?」
可愛らしい声を出すと、気前の良さそうな青年はグラスに注がれたワインを差し出しながら反応する。
「ここ最近、この国に訪れた人っていますか……?」
「…そう、ですね……。すみません、見掛けていませんね。しかし、ここは大国と言っても、近年で潰れた都市が増えたので……。他所から来た人は大体解るのですが…」
「では、何か事件とかは…?」
青年が考えていると、宮路の肩に手が置かれる。宮路が振り替えると、柄の悪そうな男が五人ほど、下品の笑みを浮かべ、宮路を見ていた。
「…何か?」
自然と声音が低くなってしまった。
「お嬢ちゃん、そんな男にこの街の事聞いても為にならねぇってモンだ。俺達が」
「人が話してる時にしゃしゃり出てくんじゃねぇよ……」
「あ? ……!!?」
一瞬の出来事だった。宮路は肩に掛けてきた男の左頬にパンチをお見舞いしたのだ。酒場が静寂に包まれる。男は気絶こそしなかったものの、鼻を押さえて宮路を見る。
「っにしやがるてめぇ!!」
「っせぇな。俺はこの兄ちゃんと話してんだよ。タイミング見てから話し掛けろ。あと誘い方が個人的にうぜぇ」
その言葉のあと、残りの四人が宮路に殴りかかる。
一人目の攻撃をかわし、被っていた帽子を押し付けて倒す。二人目は攻撃を受け流し、回し蹴る。三人目は椅子を振りかぶってくるので、宮路は椅子を掴み、男の横腹目掛けてフルスイングした。
「調子乗んなぁぁ!」
最後の一人に後ろをとられた。振り返ったが間に合わない。
−−−パシャ…ッ。
水音。動きを止めた男の頭は濡れていた。無論、宮路は何もしていない。男は後ろを振り返る。
「なにしてんだ、兄ちゃん……」
そこには、先程宮路と話していたバーテンダーの青年の姿があった。その手には宮路が頼んだワインが入っていたグラス。青年は前髪の奥の眼鏡の鉉を上げる。
「すかしてんじゃねぇぞクソガキ!!」
「おい兄ちゃん!」
宮路が声を掛けるが、既に男の拳は青年の顔すれすれだった。が、青年は首を傾けかわすと、アイス用のトングでその飛んできた手首を挟み、反対の手でアイスピックを素早く男の眉間に添えた。
男が小さく悲鳴を上げる。青年は無機物を見るような目で男を見た。
「営業妨害は愚か、女性に手をあげるとは……。貴方方のようなお客様は迷惑です。警察に突き出す前に早くこの店から出ていって下さい。さもなくば……」
青年が更にアイスピックを突き付けると男は後退りし、仲間を起こすとそそくさと出ていった。
青年が長い溜め息をつくと、トングを流し台放り込む。
「澪、何かあったか?」
奥から年配の男性が青年に問う。
「あぁ、マスター。営業妨害です。幸い何も注文してなかったので、帰ってもらいました」
「そうか、いつも悪いな。最近、礼儀のなってねぇゴロツキが増えたモンでなぁ」
「いいえ、お気になさらず」
コキリと手首を鳴らす、澪というバーテンダーの青年。すると澪は、暴れ回った後の宮路に目を向ける。
「お客様、大丈夫でした?」
「え、お、おう……」
宮路は椅子を正す。
「しかし、あんな男相手に、まったく物怖じしないなんて、それにあの身のさばき方、何か習い事でも?」
「いや、別にそうじゃ……」
「あ、すみません。あまり干渉されたくないですよね」
申し訳無さそうに笑う。
「大変だなぁ澪。嬢ちゃんも凄かったけどな!!」
「いやぁ流石流石!!」
「おい澪! その嬢ちゃん雇えよ! 只でさえゴロツキが絶えねぇんだからよぉ。いい戦力になるし、嬢ちゃんなら客寄せがいい看板娘にならぁ!」
回りの若い男達はわぁわぁと盛り上がる。澪はまた申し訳無さそうに笑った。
「駄目ですよ皆さん。こちらのお客様にも迷惑になりますし」
「澪は相っ変わらず優男だなぁ。だぁから二枚目っつっても女気がねぇんだよ。さっさと彼女作りゃぁいいものの」
「マスターまでやめてくださいよ。俺は彼女なんてまだ…」
ちらりと宮路の方を向く。宮路はまじまじと見られ、宮路は自分の姿に赤面する。
「わ、悪い、兄ちゃん。ちょっと奥の部屋借りていいか。着替えたいんだ」
「え、えぇ、どうぞ」
「わぁ……。お客様大分豹変されましたね……」
再び席に座り直した宮路の格好は、いつもの服装に戻っていた。
「元々柄じゃないんでね。スカートなんて初めて穿いたよ」
「そうなんですか? よかったじゃないですか。スカートは女性しか穿けないんですから、悪くない経験だと思いますよ? どうぞ、先程のロゼです」
ワイングラスを宮路に差し出す。
「…兄ちゃんは、安易にゃ名乗らねぇのな……」
澪は疑問に満ちた顔をすると、すぐに理解した表情をする。
「俺は、相手が女性なら、女性から名乗らない限り、自分の名前は名乗りません。それが男性の礼儀ですから。異国でも、握手が挨拶とされる国では、異性同士の握手は、女性が手を出してから、男性が握ると言いますし」
「律儀な兄ちゃんだなぁ……」
宮路は半分呆れながら、ワインを口に運んだ。
「…二階堂宮路だ。兄ちゃんは…?」
「飛鳥樹澪です。よろしくお願いしますね、二階堂さん」
くすりと笑う顔は、マスターのいう通り、なかなかの二枚目だ。が、宮路は話題を切り出す。
「なぁ飛鳥樹さんよ、ここ最近の事件とかあったら教えてくれねぇか?」
「……訳は聞かない方が良さそうですね。少し待っててください。新聞を持ってきますから」
カウンターから出ると、客に提供している新聞を宮路の前に広げ、とある記事を指差す。宮路は目を凝らした。
「…最近、催眠術類いか何なのか、夜中に意識なく徘徊したり、殺しをしたりと、不可解な事件が多発していて。取り調べをしても、記憶がないと誰もが豪語するんですって……」
「催眠術……」
「なんだお嬢ちゃん、その事件の事調べてんのか?」
「おじ様なんか知ってんのか?」
酔いが回って顔が赤くなった中年の男性が、宮路の横に座る。
「俺の知人がこの事件に巻き込まれてな、刃物持って徘徊してたところを取っ捕まって。そいつから色々聞いてみたんでぇ。そしたらどうだ、全っ然覚えてねぇってんだ。自分は酒と自分で取ってきたつまみで飲み明かして、風呂入って寝たんだよって言ってな。一緒にいたダチからアリバイ証言があったんで、帰されたんだがな、俺もそいつもどうも後味が悪ぃ……」
「興味深ぇなおい……。なぁ、もちっと話、聞かせてくんねぇかな?」
「嬢ちゃん、俺の話も聞くかい?」
「俺も知ってるぞ」
店にいる男が手を上げ、宮路の回りに集まる。そして新聞を見たり、宮路に話してみたり、回りと話を重ねたりと、情報が一気に入ってくる。
「…おいおい……」
圧倒された。
「嬢ちゃん可愛いから協力するぜ?」
「そんな事もあったのか」
「その話、俺の知り合いと同じだ」
「この新聞記事のここは……」
宮路は澪の方を向くと、澪は綺麗に笑い返した。
「安心してください。ここの常連さんは、皆いい人ですから。きっと力になるはずです……。それに皆さん、可愛い女性には目がなくて……」
「…親に感謝しなきゃな。女に生んでくれてありがとさん、て……」




