:東の大嘘つきと暗黙談10
「…ぐ、ぅ……」
「暁!」
かなり時間が経っているせいで、暁の身体は呪術の呪いで、気力を削られていく。
しかし、凩が呪術の輪にひと度触れれば、削られるでは済まない。
解く方法は、二つ。
術師を倒す。
もう一つは、耐性のある人物。つまりは錯夜がきてくれればなんとか出来る。
が、彼は今、足止めをしている。待とうにも、暁の命が持たない。
「…万事休す?」
「恥ずかしながらな……」
「何ふんぞり返ってんの。…まぁ、解ってたけどね。どのみちコレは、錯夜君でもどうにも出来ないよ……。凩、この呪術の輪には、必勝法があるよ……」
「暁……?」
「…それはね……」
「…幻想前線。俺の幻覚能力の中枢となる力だ。気を付けろ? 区切れはないから……」
「お兄さんが言うとなんや怖いな。二回も噛まされてんからな。素早く慎重に殺り合わんと…、な!!」
二本の槍を構えると、一気に突っ込む。
「遅い!」
獅童が斬りかかると、目の前にいた錯夜は消える。次に気配を感じたのは、自分の背後。
「三度目の正直やで、お兄さん!!」
読めていたのか、短槍を背後に突き付けると、錯夜の黒刀と初めて交えた。
「学習能力はあるみたいだな」
「そこまで欠けてへんわ、てな訳で」
『電撃戦闘』が発動され、錯夜の身体の至るところから出血する。膝が折れるが立て直し、刀を横に払うと、獅童は宙を舞い距離を取る。
「お兄さん、今は実体なんよね?」
「どうかな? また消えるかもだぜ?」
そう言った錯夜の後ろで、ロアがくすくす笑う。
「錯夜君、君は相変わらず、『大嘘つき』だね…。まったく変わってない……」
「そうか、よ……!!」
黒刀の刃を床に立てると、それを上に振り上げ、斬激の波を獅童に向かって作り出すと、獅童は短槍と長槍を重ねると、魔方陣を展開する。しかも、四つ。
「ガンファイト!!」
四つの魔方陣が回ると、その中心からそれぞれ光を帯びた弾丸が錯夜に向かって何発も発射され、斬激を消すだけでなく、錯夜の足元を狙う。
「ってくれんねぇ……!!」
あえて突っ込むと、錯夜は短槍の刃部分を砕こうと狙うが、バックステップで再び距離を取られる。急ブレーキをかけると、切り傷から再度出血する。そこを突いた獅童は、ぐらついた錯夜に斬りかかる。半ば吹っ飛ばされる勢いでその衝撃を受けると、そこからは槍二本と、黒刀との単純な殺り合い。
「面白い戦い方やねお兄さん、弟との再会に歓喜余ってオーバーしてはるん?」
「抜かせキャラ付けが。こんのある意味万能野郎が!」
一旦離れると、お互い少し息が上がる。
「能力二つに、体質。しかも、呪術使い。すげぇ詰め込まれてパンクしかかってんじゃないの……?」
「せやな。おかげで生きてる心地があんま良くないわ…。全部をフルに使おうモンなら、寿命は一気に削られてしまうんでな。言えば、かなりしんどいわ。せやさかい、それでこそ生きてるって思うわ」
「剽軽対大嘘つき、か……。いいぜ、受けてやるよ…!!」
何をされたのか解らない。
如杜は銃器をその場に落とした。
「…なに? もう終わりなの……?」
そう問いかけるのは、人の姿に九本の尾。いや、頭だった。
「…神話って……。嘘だろ、ヤマタノオロチ……って、稲荷と関係ないだろうが…!」
漸の九本の尾が、竜の頭を持っているのだ。本来八つの頭を持つヤマタノオロチだが、彼の場合は、九つの頭がある。
「…僕は、妖怪として捕まって、妖怪として身体を弄られたんだよ。安心して? 僕はどう腐っても妖狐だから……。でも、この大蛇の威力は本物だよ……」
牙を向く九つの竜の気迫に、如杜は圧倒される。
「…お兄さん、君が素戔鳴尊じゃない限り、僕は倒せないと思うよ……?」
「……!!」
「ほら、僕も次何するか解んないんだからさ……!!」
目にも止まらぬ速さで三つの頭が襲いかかってくる。奴等に弾丸が効くわけもなく、如杜は後ろに吹っ飛ばされた。何処かの部屋の窓をぶち破った。更には誰かにぶつかる。如杜は直ぐ様起き上がった。
「ちょ、早くそこどけ姉ちゃん!」
聞き慣れぬ声に後ろを振り返ると、そこには藍色の瞳を持った青年がいた。
「…誰だこのイケメンな兄ちゃん」
「て、お前男かよ!!」
青年につっこまれた。
「ナオ! 何してんお前!!」
「獅童……? てことは……」
同僚の獅童が後ろにいることを確認すると、如杜は周りを見渡す。
「ここ、ロアの部屋だったんだ……」
「ナオ、ガラス代と窓枠代お願いね…?」
その割れた窓から漸が入ってくる。姿が元に戻っていて、如杜は目を疑う。が、如杜と目が合った瞬間、漸は目の色を変えて如杜に斬りかかった。
「錯夜様から離れろ下衆が…!!」
錯夜の腹を踏み台にして、バックステップでその場から離れ、獅童の横に移動する。
「…大丈夫ですか……?」
「内蔵が、潰れたかと……」
腹を押さえる錯夜の背中をさする。
「稲荷の神、なんで元の姿に……。さっきのヤマタノオロチは…?」
「…何言ってんの……? あんなの幻覚に決まってるじゃん……」
噛まされた。
「あ、お兄さんもしかして、あれマジに見えちゃった……? 隠しても意味ないから教えて上げるよ。…『逆裏手拍子』は言うなら幻覚の連続技なんだ……。かなり高度だから、ほぼ切り札なんだけど………。よかったねお兄さん、馬鹿なトリガーハッピーになるのは今回だけで済みそうだよ……?」
「してやられたよ、稲荷の神……!!」
悔しそうに笑いを浮かべる如杜に、漸は無表情で見つめ返し、馬鹿にしたように舌を出した。
「漸、お前、目ぇどうした…!?」
錯夜は漸の前髪を掻き分けると、左目にぽっかり穴が空いていた。
「…あのお兄さんに撃たれたんです……。変に油断して招いた結果ですから、気にしないで下さい……」
「馬鹿! 気にしないでいられるか!!」
錯夜は至近距離で鋭く吠えた。
「従者が、家族が殺られかけて黙ってられるか!! お前はよくても、俺は許さない!!」
漸の頭を乱暴に撫でると、錯夜は黒刀を払い、構える。
「そこのニット帽のお兄さんと込みでこい! 相手してやる!!」
「なんや? 仲間やられて燃えるタチかいな。ますます王道主人公やんなぁ、お兄さん。しっかし、俺とナオを相手にするて、冗談はやめとき?」
確かに、獅童だけでもかなりの苦戦を強いられた。錯夜は生唾を飲み込む。
「へぇ、なら、二対二ならフェアじゃないかい……?」
新手の声、且つ、聞き慣れた声に皆、同じ方向を向く。
そこには、長身の細い身体、黒髪に優しい瞳、笑いが消えない口元。手には薙刀。
安芸ノ須木暁、その人だった。
「ずっと座ってたから、身体が少し鈍り気味だけど、そこは僕からの熱烈なご好意で、ハンデにしてあげるぜ…? あとついでにコレも、ね……?」
暁はあるものを見せつけた。その場にいた全員は、変わり果てた暁に目を疑う。
「お前、なんで……」
漸が片目で確認する。
「…右腕が、無い………?」
「封印が一つでも解ければ、こいつは崩れる。だから凩、僕の腕を思いっきりぶった斬ってくれないかい……?」
いきなりの頼みに凩は言葉を失った。
「根本から少し離した所で真っ直ぐに頼むよ? あと、僕、利き手が左だから、ちゃんと右腕落としてよ? まぁ、よく使うのが左ってだけで、元々両利きなんだけど……」
「ま、待て! 某は卿の腕を斬り落とすなど一言も申しておらんぞ!!」
暁は小首を傾げる。
「だって、それ以外の方法が無いんだ。まさか君、僕に片足を落とせなんて言わないよね…? なんて薄情な従者だ。二度と仕事出来ないじゃないか。仕事終わりのお酒の味を知ってる君なら解るだろう……?」
「暁!」
ボケ倒す暁を止める。暁は不適に笑う。
「…じゃぁ、聞くけどさ。君は、主人の命と、主人の腕一本、どっちが大事だって言うんだい…?」
「……!!」
「嘘に溺れた僕を、助けてくれるんでしょ…? 本性を晒すのが怖くなった僕を……。だったら、これは出血大量大サービスに等しいぜ……?」
呪術の輪越しに、暁は何物にも恐れずに、恐れられなくなったその微笑みを、凩に向ける。
「嗚呼、伝説と謳われる靄様。どうか僕に、生きる希望を与えてはくれませんでしょうか……」
頭を下げる暁の姿に、凩は気圧された。そして、改めて実感した。
自分の主は、実はこんなに弱かったのだと。
凩は、太刀を握り直すと、暁を見つめ返した。
「解った。そなたに、生きる希望を…」
凩は太刀を振り上げる。
「どうか、貴方に神のご加護を……」
そして、降り下ろした。
「こいつに関しての話は、あまり面白くないよ? それでもいいならあとで小一時間話してあげるぜ? ねぇ凩……?」
「えぐいから聞かないことを某は勧めるがな……」
後ろから凩がいつもの調子で流した。
「なんるほど……。腕ぶった斬って封印解いたんか。なかなか思いきった事するやないか……」
「どっかの誰かの妹じゃないけど、虎穴に入るのが大好きでね」
「おい、もうその時点で明確だぞ!!」
錯夜のツッコミを無視すると、暁は薙刀を突き付ける。
「さぁて、殺り合おうか……」
が、暁はダンと足を一回踏み鳴らすと、指を鳴らす。
「なぁんて♪」
『……!!?』
いきなりの地響き。下から爆発音が聞こえると、足元がぐらついた。
「な、ぁ…!? おい、何したん!?」
「大量の火薬があったから、時限式で点火するようにしたんだよ。大きめのダイナマイツで少量で済んだからよかったよ」
「おい、崩れるぞ!!」
部屋の床に皹が入ると、一気に崩れ始めた。それにつられ、天井も真っ二つに折れて崩れ落ちる。
完全に建物が崩れる終わると、獅童は瓦礫を退かしながら外に出る。
「…ぷはっ! ケホッ、コホッ! 砂埃ひっどいわぁ…! ってちゃうわ! ロア! ロア何処や!! おい!」
辺りを見渡すと、いきなり目の前の瓦礫が盛り上がり、その下から白い大きな塊が出てきた。否、それは見上げるほどに大きい、巨大な銀狼だった。その足元には、傷一つ負っていないロアの姿があった。
「…ありがとうクロード、助かったよ」
大きな銀狼は鼻を鳴らしながら、頭を下げてロアに撫でてとねだり、頭を擦り付けてくる。
「フェンリル……。せやか、よかった。怪我無くて……」
獅童はロアに歩み寄ると、ロアは獅童に身体を預けた。まだ体調が優れないのか、身体はぐったりとしていた。
「なぁ、獅童、逃げられた……」
後ろから腕を押さえて如杜が合流する。
「元々、体力的にも限界やったんやろ。殺り合うつもりなんてそもそもなかったんや。それか、明らかに負けると思ったんやろ。今のコンディションじゃ……」
「そうだな……。とりあえず雨を止めてもらおう。術者に言ってくるよ」
如杜は町外れに走っていった。ロアは更に獅童に身体を預け、膝をその場に落としそうになると、瞬時に支える。が、腕の入り所が悪く、獅童はロアを抱き上げた。
「大丈夫か?」
「うん。まぁ今回は、僕もこんなんだし、何より、錯夜君に会えたし、暁君に至っては秘密まで知れた。充分すぎる収穫だよ」
「……眠いか?」
「うん、とりあえず、今はゆっくり眠りたいな……」
ロアはゆっくりと目を閉じた。
暁のいきなりの行動に、錯夜は後々ガミガミ言われつつ、近くの街に逃げ込んだ。
四人とも、とにかく休むことが最優先だった。とくに、漸と暁は片目を失い、腕を失った。凩も獅童に斬られた傷がそのままだ。錯夜も戦闘の最中、またかなりの傷を負った。
あの激闘から、一晩宿屋で過ごした。漸は治療が済んだものの、暁は笑いもせず、二日目に突入しても起き上がることが出来なかった。呪術のおかげで、大分体力を削られ、動くこともままならない。
「……暁…」
「はぁ……、はぁ…。やぁ、凩……」
「そのままでいい、無理はするな」
凩はベッドの端に座り、暁の額に触れた。薄く汗を浮かべている。
「凩、手、綺麗だね……」
「は…?」
「大きくて、白くて、期目細やかで、指は細くて長くて、手首は細くて…。女の人みたい……」
「………」
「…傷付いた……?」
暁は肘で身体を起こすと、息を切らしながら笑い、凩の顔を伺う。が、腰で支えきれず、凩の肩に倒れ込み、凩はその小さな肩を寄せて支えた。
「…某がまだ、五百の時だ。某には姉が三人いたんだが、二人は流行り病で死んでしまってな。婚約者に会う当日、病にかかってしまったもう一人の姉の変わりに、某がおなごに扮して婚約者の相手をしたのだ。…その時にも誉められた、そなたは手が綺麗だと」
黙って聞いている暁と目を合わせる。
「…卿も、そう思うか?」
暁は小さく頷く。凩は暁を抱き直した。
「これが某の秘密だ。まだ卿に話せる自信がない話もある。が、少しずつでも、卿に某の事を知ってもらいたい…」
凩が顔を暁の前に持っていくと、暁との距離を完全に無くした。
「…だから、某も卿の事を少しずつでも知りたい…。それが、卿を少しでも助け出せるなら……」
暁はとろんとした瞳で凩を見つめた。が、視線を下に下げ、唇を結んだ。
「…暁?」
「待って、能力、一回解くから…」
今まで自分を守ってきた能力。暁は怖いのか、凩の着物の裾をしっかり握って離さなかった。
「…こ、がらし……」
「なんだ…?」
いつもより弱々しい声音。暁は優しく問いかけた。
「…俺の真名、聞いてくれる、か…?」
いつもと雰囲気が違う。凩はそれに動じなかったものの、逆に聞き返した。
「良いのか…? いきなり真名を某に教えてしまって…」
「信頼してる。……だから、いい、か、な……」
素性を明かすのが怖い。その恐怖にまだ怯える彼を真っ直ぐ見て、凩は頷いた。暁は凩の耳元に口を近付け、耳打ちをする。
暁の少し掠れた声で、その真名は告げられた。
「……よい名だな。とても綺麗だ」
「そうか…?」
言い切って安心したのか、裾を掴む力が弱まる。
「某も卿に真名を教えよう」
「え、靄じゃないの…?」
「そうであったら、某の真名を皆が知ってることになる。…あれは某の源氏名だ。本当の真名は、今はもう某しか知る者はいないだろう……」
凩は暁に耳打ちをした。
「…綺麗な名前……」
真名を聞いた暁は呟いた。もう限界だと、暁は能力を再発動させた。
「…いや、ごめんね。やっぱまだちょっと怖くてさ……」
「いい。気にするな…。少なくとも、某の前で少しでも力を解除できたのは、進歩だと思うぞ…?」
「そう、かな……?」
「あぁ」
「君がそう言ってくれるなら、いいんだろうな……。ありがとう。もう少し寝るね」
「あぁ、ゆっくり休め…」
錯夜は自分の傷の治療に加え、漸が治癒術で傷を癒していた。
「…大丈夫ですか? かなり深いですが」
「あぁ……」
魔方陣を消すと、漸はポスッと錯夜に倒れ込む。
「…う〜ん、眠い……」
「もういいぞ、寝てろ。…膝枕ならいくらでもやってやるから……」
「…うにゅぅ……」
そうして錯夜の膝に頭を落とし、気を失ったように眠りについた。錯夜はワイシャツを羽織ると、漸の頭を優しく撫でた。
「…く……」
漸が何か呟いた。
「……家族、です………」
嬉しそうな顔で寝言を言うと、モゾモゾと動き、更に擦り寄る。
「…あぁ、家族だよ。ありがとな……」
−−−…あぁあ。これもまた失敗か……。 でもいいや……。次の機会を伺うとしよう……。
だから君も、どうか今の生を大切にしてくれたら……。
その時は、君に会いに行こう……。
じゃぁ、また…。
・東神錯夜&安芸ノ須木暁 『Record』ver.古書
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